「脳を補助している内側の機械に劣化が見られました。故障はそれだけで、外側の脳を保護する機械に異常は見られませんでした」
研究員は、検査結果は維持システムの劣化だと言った。
「……それ、修理できるんですか。直るんですか」
母が身を乗り出すように質問する。父はなにも聞かなかったが、その視線はまっすぐ研究員に向けられていた。
「修理で直すことはできます。むしろ、放置すると脳本体にも影響してきます。正確には……脳の機能が停止してしまいます」
「なら、」
「ですが」
言葉をさえぎって、研究員は重々しく告げた。
「人格データの保証はありません」
母は口元を引きつらせた。父はまた聞かないまま。
「データ、って……」
「生前の記憶のデータは残ります。ですが、『今の彼』がすごした時間の記憶や形成された新たな人格は残らない可能性があります。……なので、ここから先は慎重に判断していただきたいなと」
話を聞いてぎゅっと手を握った母は、球体からゆっくり視線を動かす。母だけが今、動いている。
母は研究員を見据えると、口を開いた。
「……修理するということで、お願いします」
すべてを後ろで見ていた凪は、はっと母のほうを向いた。父も同じくそちらを向いていて、苦い顔で言い返した。
「おい、聞いていたのか。データが残らないって……」
「それでも湊は湊でしょ。もともと脳にあった記憶が残るんだったら同じじゃない」
「その記憶は残っても、今まですごした分の記憶は残らないんだぞ。……それに、もともとの人格も今の人格も含めての湊だ」
それを受けて、母は目を尖らせた。
「あなた、そんなこと言ってるの?」
「そんなことじゃないだろう」
「じゃあ、今までの記憶と人格のためだけにまた湊を失うの?」
父は言葉をつまらせる。
「私はそんなの嫌よ。もう湊がいなくなるのは、嫌なのよ。……そうじゃないの?」
凪は目を伏せる。
父の膝の上でそれを聞いている球体はなにを思っているのだろうか。
「……それは……」
「だったら――」
「母さん!」
声を荒げた母の声に被せて、話に入った。
振り向いた母と父、それから微動だにしない研究員。凪は細く息をはいた。
「父さんも。……修理するかは帰ってから決めよう。この短時間じゃ決まるわけないだろ」
痛いほどに部屋が静まり返った。空気を悪くしたことに対する罪悪感と、これからどうすればいいのかという不安。
母のため息に、凪はさっと身構えた。
「……分かったわ。今日は一旦帰って全員で話し合いたいと思います。それでもいいですか?」
「もちろんです。決まり次第、連絡をお願いします」
凪は肩の力を抜く。
その日は提案通りこのまま帰ることになった。
「ねえ、兄ちゃん」
施設を出て、駐車場に向かう途中に球体に呼ばれた。球体を持っている父は、気遣ってか凪に歩調を合わせる。
「兄ちゃんは、僕が変わっても直してほ、しい?」
「……どうだろうな」
凪は投げやりに答える。
分からない。どう答えればいいのか。自分がどう思っているのか。
ただ、『俺には関係ない』とは言えなかった。



