あの日、二人で写真を撮りあってから、数日が経った。
その間に僕の世界の見方は変わり始めているような気がしていた。
学校の最寄り駅を出て、坂を上る。
周りには、すっかり落ちてしまった桜の木が並んでいる。
数日前の白い光景は今ではなくなり、代わりに葉が生い茂って、初夏らしい雰囲気に変わりつつある。
あの時の桜もきれいだったな。
来年も見れるから別に気にすることは…。
いや、同じ桜はもう見れない。
だから記録しておくべきだったのかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていると、正門前まで来ていた。
昇降口で外靴から上靴に履き替え、教室へと向かう。
今日はいつもより早く着いたからか、だれも廊下にはいない。
初めて見る光景ではないはずなのに。
窓についた朝露。
窓から伸びる光。
風で揺れるカーテン。
これらが全部「大切なもの」のように見えて仕方がない。
自分でも気づかないうちに、だいぶ彼女の影響を受けているようだ。
ガラリとドアを開けて、教室に入ると、黒板の隅に小さな落書きが残っていた。
誰かが昨日消し忘れたもの。
別に綺麗でもない。
面白くもない。
ただの落書きだ。
なのに僕は、
「鏡子なら撮るだろうか」
とつい思ってしまった。
そのとき。
ふいに後ろから肩が軽くたたかれる。
振り向くと。
そこには鏡子がいた。
「おはよ、綴くん」
「ねえ、鏡子」
「ん?」
「あれ、撮らない?」
「……どれ?」
僕が、黒板を指差す。
彼女は一瞬驚いて、そして笑顔で言った。
「撮ろう」
彼女が鞄からいそいそとカメラを取り出すのを見て、僕は言う。
「僕が撮っていい?」
彼女はその言葉にかなり驚いたようだった。
だが、少しすると笑顔になって。
「もちろん」
と言って、カメラを渡してくれた。
自分で撮ると言ったものの、どうとればいいのだろうか。
寄って撮るべきだろうか。
それとも引きで撮るべきだろうか。
せっかくだから朝の光を入れて取るべきだろうか。
そんな様子を見て、彼女は苦笑する。
「綴くん」
「ん?」
「この映画は『普通の日常』を撮るんだから、綴くんが見えたとおりに撮っていいんだよ」
その言葉にはっとする。
僕はいつの間にかうまく撮ろうと考えてしまっていた。
そうだ。
僕の見たまんまでいいんだ。
そう思うと自然にカメラのボタンを押すことができた。
今度は録画で。
教室のドアを開けて、この落書きを発見するまでの映像を。
そして。
気が付けば、僕はカメラを彼女へ向けていた。
彼女は首をかしげて
「どうしたの?」
と聞いてくる。
そこまでで僕の初めての動画撮影は終わった。
なぜ彼女を撮ったのか、自分でもよく分からなかった。
ただ。
『普通の日常』を撮るのならば。
そこに彼女がいないのは、何か違う気がした。
「どんなふうに撮れたの?」
彼女が聞いてくる。
僕が、彼女にカメラを返すと、彼女は動画を確認して。
「いいじゃん」
と笑顔で言った。
「本当に?」
「うん。綴くんが撮った感じする」
「何それ」
「なんとなく」
僕らしさが何なのかはわからないが、彼女にそういわれるのは嬉しかった。
「ねえ」
「今日一日、綴くんがカメラ持っててよ」
「僕が?」
「うん」
「鏡子は?」
「今日は撮られる人」
「主演?」
「主演」
「わかった」
といっても何を撮ればいいのだろうか。
とりあえず、僕は目に付いたものから撮っていくことにした。
最初は、
風でなびいているピンクのカーテン。
朝早くてまだ人がまばらな廊下。
筋雲のみが浮かんでいて、ほとんど青のグラデーションでできていた空。
自分と彼女の机。
でも撮っていて思った。
これでは彼女が撮りそうなものを真似しているだけだと。
せっかく彼女がほめてくれた自分らしさをなくしたくない。
僕が撮りたいもの・・・。
そう思って、僕の後ろについてきていた彼女を見る。
彼女は不思議そうな顔をして、首を傾げた。
僕はその一連の動作を。
撮った。
彼女は驚いている。
でも構わない。
僕が撮りたいのは、彼女との日常。
残しておきたいのは、彼女との普通の思い出なのだ。
それからは彼女を中心に一日撮影した。
彼女が本のページをめくるところ。
横髪を耳にかけるところ。
窓の外を眺めて、ぼおっとしているときの横顔。
彼女が何かを食べているところ。
彼女が笑うところ。
放課後、カメラを彼女に返した。
彼女はその中身を見て、すぐに言う。
「綴くん」
「なに?」
「私ばっかりじゃない?」
「……主演だから」
「綴くんも主演だよ?」
「撮ってる人は映れないだろ」
「それもそっか」
僕はそれとなくごまかした。
でも、いいね」
「何が?」
「綴くんから見た私がいっぱいある」
「……そう?」
「うん」
彼女は嬉しそうに画面を眺める。
「私が知らない私みたい」
そう言われると、なんだか恥ずかしい。
僕は窓の外へ目を逸らした。
「明日は鏡子が撮ればいいだろ」
「そうする」
「僕ばっかり撮るなよ」
「それは分かんない」
「なんでだよ」
彼女が笑う。
今日、僕が何度もカメラに収めた笑い方だった。
それを見て。
やっぱり、今日撮っておいてよかったと思った。
その間に僕の世界の見方は変わり始めているような気がしていた。
学校の最寄り駅を出て、坂を上る。
周りには、すっかり落ちてしまった桜の木が並んでいる。
数日前の白い光景は今ではなくなり、代わりに葉が生い茂って、初夏らしい雰囲気に変わりつつある。
あの時の桜もきれいだったな。
来年も見れるから別に気にすることは…。
いや、同じ桜はもう見れない。
だから記録しておくべきだったのかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていると、正門前まで来ていた。
昇降口で外靴から上靴に履き替え、教室へと向かう。
今日はいつもより早く着いたからか、だれも廊下にはいない。
初めて見る光景ではないはずなのに。
窓についた朝露。
窓から伸びる光。
風で揺れるカーテン。
これらが全部「大切なもの」のように見えて仕方がない。
自分でも気づかないうちに、だいぶ彼女の影響を受けているようだ。
ガラリとドアを開けて、教室に入ると、黒板の隅に小さな落書きが残っていた。
誰かが昨日消し忘れたもの。
別に綺麗でもない。
面白くもない。
ただの落書きだ。
なのに僕は、
「鏡子なら撮るだろうか」
とつい思ってしまった。
そのとき。
ふいに後ろから肩が軽くたたかれる。
振り向くと。
そこには鏡子がいた。
「おはよ、綴くん」
「ねえ、鏡子」
「ん?」
「あれ、撮らない?」
「……どれ?」
僕が、黒板を指差す。
彼女は一瞬驚いて、そして笑顔で言った。
「撮ろう」
彼女が鞄からいそいそとカメラを取り出すのを見て、僕は言う。
「僕が撮っていい?」
彼女はその言葉にかなり驚いたようだった。
だが、少しすると笑顔になって。
「もちろん」
と言って、カメラを渡してくれた。
自分で撮ると言ったものの、どうとればいいのだろうか。
寄って撮るべきだろうか。
それとも引きで撮るべきだろうか。
せっかくだから朝の光を入れて取るべきだろうか。
そんな様子を見て、彼女は苦笑する。
「綴くん」
「ん?」
「この映画は『普通の日常』を撮るんだから、綴くんが見えたとおりに撮っていいんだよ」
その言葉にはっとする。
僕はいつの間にかうまく撮ろうと考えてしまっていた。
そうだ。
僕の見たまんまでいいんだ。
そう思うと自然にカメラのボタンを押すことができた。
今度は録画で。
教室のドアを開けて、この落書きを発見するまでの映像を。
そして。
気が付けば、僕はカメラを彼女へ向けていた。
彼女は首をかしげて
「どうしたの?」
と聞いてくる。
そこまでで僕の初めての動画撮影は終わった。
なぜ彼女を撮ったのか、自分でもよく分からなかった。
ただ。
『普通の日常』を撮るのならば。
そこに彼女がいないのは、何か違う気がした。
「どんなふうに撮れたの?」
彼女が聞いてくる。
僕が、彼女にカメラを返すと、彼女は動画を確認して。
「いいじゃん」
と笑顔で言った。
「本当に?」
「うん。綴くんが撮った感じする」
「何それ」
「なんとなく」
僕らしさが何なのかはわからないが、彼女にそういわれるのは嬉しかった。
「ねえ」
「今日一日、綴くんがカメラ持っててよ」
「僕が?」
「うん」
「鏡子は?」
「今日は撮られる人」
「主演?」
「主演」
「わかった」
といっても何を撮ればいいのだろうか。
とりあえず、僕は目に付いたものから撮っていくことにした。
最初は、
風でなびいているピンクのカーテン。
朝早くてまだ人がまばらな廊下。
筋雲のみが浮かんでいて、ほとんど青のグラデーションでできていた空。
自分と彼女の机。
でも撮っていて思った。
これでは彼女が撮りそうなものを真似しているだけだと。
せっかく彼女がほめてくれた自分らしさをなくしたくない。
僕が撮りたいもの・・・。
そう思って、僕の後ろについてきていた彼女を見る。
彼女は不思議そうな顔をして、首を傾げた。
僕はその一連の動作を。
撮った。
彼女は驚いている。
でも構わない。
僕が撮りたいのは、彼女との日常。
残しておきたいのは、彼女との普通の思い出なのだ。
それからは彼女を中心に一日撮影した。
彼女が本のページをめくるところ。
横髪を耳にかけるところ。
窓の外を眺めて、ぼおっとしているときの横顔。
彼女が何かを食べているところ。
彼女が笑うところ。
放課後、カメラを彼女に返した。
彼女はその中身を見て、すぐに言う。
「綴くん」
「なに?」
「私ばっかりじゃない?」
「……主演だから」
「綴くんも主演だよ?」
「撮ってる人は映れないだろ」
「それもそっか」
僕はそれとなくごまかした。
でも、いいね」
「何が?」
「綴くんから見た私がいっぱいある」
「……そう?」
「うん」
彼女は嬉しそうに画面を眺める。
「私が知らない私みたい」
そう言われると、なんだか恥ずかしい。
僕は窓の外へ目を逸らした。
「明日は鏡子が撮ればいいだろ」
「そうする」
「僕ばっかり撮るなよ」
「それは分かんない」
「なんでだよ」
彼女が笑う。
今日、僕が何度もカメラに収めた笑い方だった。
それを見て。
やっぱり、今日撮っておいてよかったと思った。

