最後のフィルムを回すまで

翌日の朝。

教室に入ると、鏡子はもう自分の席に座っていた。

僕に気づくと、いつものように小さく手を振る。

「おはよう、綴くん」

「おはよう、鏡子」

昨日までなら、名前で呼ぶことに少し抵抗があったはずなのに。

今日は、不思議なくらい自然に口から出てきた。

「ねえ、綴くん」

「ん?」

「昨日の写真見てみる?」

 彼女は恥ずかしそうに口元に写真を当てて、僕に尋ねる。

 昨日はまだ印刷できてないからと見せてくれなかったのだ。

 もちろん、答えは決まってる

「見る」

「わかった」

そういってもなお、彼女は写真を僕に渡そうとしない。

頭にはてなマークを浮かべていると。

「綴くんには恥ずかしくて見せれない」

 なんだそれは。

 あの写真に恥ずかしいことなんてあっただろうか。

 ……。

 もしかして。

昨日の僕の顔が、変だったのだろうか。

「僕、変な顔してた?」

「ううん」

「じゃあ、なんで?」

彼女は写真を胸元に隠すようにして、少しだけうつむいた。

「綴君が写っているから」

彼女は写真を見つめたまま、小さくつぶやいた。

「……だって」

「昨日の私、すごく楽しそうなんだもん」

「……?」

「写真んを見るとわかるの。私、綴くんと一緒にいるとき、こんな顔してたんだって」

 彼女は少しだけ頬を赤くした。

「だから、なんだか恥ずかしいの」

「……よくわからない」

「私も、よくわからない」

彼女はそう言って、少しだけ笑った。

そして、ようやく一枚の写真を僕に差し出した。

「ほら」

「…」

写真の中には、昨日の僕と彼女がいた。

少しぎこちない顔をした僕と、いつもよりテンションが高い彼女。

「……普通の写真だな」

「うん」

「これのどこが恥ずかしいんだ?」

「普通だからだよ」

「?」

彼女は写真を指でなぞった。

そしてこちらを見て、少し悲しそうに笑った。

「夏休みの毎日日記とかあるでしょ?」

「うん」

突然写真から毎日日記の話になり、動揺したが何とかうなずくことができた。

「あの日記でさ、『今日は何もない、一日でした』って書いた日のこと、詳しく思い出せる?」

少し考えてみる。

プールに行った日、花火を家族とした日、鏡子と出会った日。

出てくるのはどれも印象的な日のことばかりで、それ以外の日は『存在したけれども覚えていない日』になっていることに気づいた。

僕のその様子に気づいたのか、彼女はうなずいて、再び写真へと視線を落とす。

「普通の日ってさ、あとから見ると一番思い出せないから」

「昨日のことだったとしても?」

「昨日のことだったとしても」

「でも写真にとれば切り取れる」

彼女ははっきりと僕の目を見て言った。

「切り取れれば……覚えておける気がするんだ」

「そういうものだと思う」

僕はもう一度、手の中の写真を見る。

写真の中の僕は、少しだけ緊張した顔をしていた。

 その隣で、彼女は笑っている。

「じゃあ、この写真も大切にするの?」

「うん」

「どうして?」

「いつか、君が楽しかったときの声を聴けるように」

 それだけ言って、彼女は笑った。

僕は写真を見つめたまま、少しだけ考える。

「でもさ?」

「ん?」

「写真じゃ、本当の声は残せないだろ」

「うん」

「そうだね」

「だったら」

「動画のほうがいいんじゃない?」

彼女が目を丸くする。

「動画?」

「……それ、いいかも」

彼女はそう言って、カメラを握りなおした。

「撮ろう」

「私たちの映画を!」

「……は?」

「夏休み全部使ってさ、主演私たちでさ」

「今日の学校。今日の私たち。今日の星空。」

「全部残そう!」

この日。

僕と彼女の、少し変わった夏休みが始まることが決まった。