【勇者×偽物】~離婚は半年後の予定です~


街の、仕立て屋に入り、まぁ当然のように、

「あらまぁ、勇者様!いらっしゃい!」

なんて声を店主に掛けられ、軽い会釈の後――リックは、棚を覗くふりをして、頭を抱えたい勢いだった。
……想像以上に、デートである。
あと、へらへら禁止、でれでれ禁止が思った以上に、キく……。
ジノがちょくちょく笑う顔も垣間見える。自分をからかうようにして遊んでいるのも、大変に楽しそうでもうすごくとんでもない。

「おい」
「っはい」

にゅ、と肩口から覗き込まれて、ぴゃっとリックの肩が揺れた。もう、この近さも、絶対にわざとである。

「お前、あれだな、全体的に白っぽいから、赤とか紺とか似合いそう」
「え、ええ……」

柔らかなマフラーが、ふたつ、リックの首元にあてがわれる。――ひくり、リックの眉と、口の端が振れた。
ジノは、片眉を上げて、わずかに顔をしかめながら、どこか真剣な表情で、マフラーを睨んで、いる……、……――。

――リックの胸の内が、ざわ、と、した。

そんな、まるで、"置き土産"でも選ぶかのような。

「…………ジ、ノ」
「ん、赤が似合うな?」
「ジノ、ジノの外套も買おうか!」
「は?」

思わず、手を取る。赤いマフラーは、無意識にしっかりと受け取っていた。
外套のラックへと向かえば、冬物の毛織のクロークや、暖かい裏地のついたものが、もうすでに並び始めている。
シルエットがすっきりとしたものもある。落ち着いた色味で、ジノによく似合いそうなものも。

「……っおい、冬服は」
「うん、わかってるわかってる」

わかってるって、そりゃお前……と、ジノも言葉を詰める。
今はまだ秋、冬はもうしばらく先。この生活の期限は、残り半月。雪の降る頃に、その服を着て、お前の隣に立ってる保証は、どこにもないぞ、――なんて。
……出てこなかったし、目の前の勇者は、"わかってる"顔だった。

「ジノはねぇ、ベージュや青灰が似合いそうだね。クロークよりも、コートがいいかな」
「…………」
「襟元もこもこだと可愛いけど、いらねぇってちぎられちゃいそうだね」
「……三十になる男に、もこもこはねぇだろ」

やっぱり?と、小さく笑うようなリックの声。その表情は明るく、今も楽しそうに外套をジノの身体にあてがっている。
――君との冬がほしい、が、滲む笑顔。"半年"のその先も、信じたいというかのような、眼差しだった。

「…………」
「……ジノ?」
「……いや、買いもんしたら、帰っか、家に」
「ああ、そうしようか」

軽やかに返しながらも、リックの手元では、……ジノが目を逸らした瞬間、赤いマフラーと青灰のコートが一緒に束ねられていた。レジまでの導線を、つい早足で確保してしまうのは、無自覚な逃げ足ではなく、ただの焦りと願掛けの混ざった動作だった。



帰路、袋の中で、毛織の衣擦れがほのかに鳴る。リックが手に提げているのは、しっとりとした重みのある包み。

「なあ」
「うん?」

路地を抜け、邸まであと少しというあたりで、ジノが唐突に口を開いた。足も止まる。

「邸の皆に土産買ってねぇや。酒買いに行こうぜ」
「えっ、あっ、えっ、」 

くい、とリックの袖口が引かれて、来た道を引き返す形になり……ジノ無意識のスローイングナイフ、瀕死の勇者にドスリと命中。返答よりも先にリックの外套の前ボタンがひとつ外れかけた。動揺による事故。

「……ジ、ノ、……わわ忘れてても皆怒んないと思う、よ……」
「……、んじゃ帰るか?」
「かっ、えっ……」

っっはぁ~んそそそれはもう少し一緒にお外歩きたいなってことですか――!?!?
勇者、完全に足早になり、即座にジノの真横を位置取る。あくまで奥歯を食いしばり、視線はまっすぐに。

けれども隣から、ふ、と笑いがこぼれ、リックが慌てて視線を投げれば、そこには――笑っているジノ。ちゃんと、ちゃんと笑っている。いつも通りの皮肉まじりで、ほんのすこしだけ、眉を緩めた顔で。

「…………シニソウデス……」
「おーおー、大変だなそりゃ」 

くぅっ、と悔しそうに眼を閉じるリックに、ジノのほうが肩を揺らした。日は暮れ始め、冬の支度も、今日の外出も、ふたりだけの時間も、もうじきいったん終わる。

けれど。 

「――冬も来るなぁ、このままなら」 

何気ないように漏れたジノの声に、リックの鼓動が跳ねた。
そうしてから、ひとつだけ、見つめる。

言葉ではなく、息遣いで、眼差しで――"このまま"を、逃さないように。


* * * * *


勇者邸の玄関を開ければ、肩肘を張っていたリックがしなりと崩れ落ちた。

「頑張った私!!!」

という叫びはそのまま流しておくこととされたようで、アキアたちも慣れたようにぱたぱたと歩み寄ってくる。

「おかえりなさいませ、リック様、奥さま♡」
「ただいまアキア。土産に酒買ってきたからみんなで飲んでな」
「まぁ♡いただきます!」

瓶の入った紙袋をジノが手渡す後ろで、リックが石床に大の字になっている。
顔には疲労と恍惚が滲んでおり、本日のデートをしみじみと反芻しているようだった。

「皆さん……♡ジノが……♡私に……♡マフラーを……♡選んでくれました……♡」
「ドマ、夕飯何?街で魚食って来ちゃったんだけど」
「お帰り奥様!今日は猪肉の煮込みだよ!……お、なんだいこりゃ酒かい!いいねぇ」

「あと……♡やっぱりジノは……♡私のことをなんでも……♡知っていました……♡♡」
「奥様、浴室、湯が張ってございます」
「おお、寒かったんだ、ありがとうミルヴァ。先に入るかな」

――勇者、飛び上がる。聞き捨てならない。聞き捨てならない!!

「ジノお風呂入るの!?♡♡♡」
「はっ!?お前さっきまでの"勇者"は!?」
「あれも私!♡これも私!!♡♡」

ジノ、ため息をひとつ。……まことに残念ながら、本日の"勇者"は閉店のようであった。

長い脚をバタバタと活用して駆け寄ってきた勇者に、背中からホールドされる。わちゃわちゃと自室への階段を上がっていくがしかし、邸の使用人たちも当然のように"いつもの光景"だし、誰も気にかけない。

「私も♡♡一緒に♡♡入る♡♡♡」
「お前が一緒に入ったら時間かかるだろうがよ……」
「時間かかることをするつもり!?♡♡♡」
「ぶっ飛ばすぞ!!」

っひゃーん♡、と珍獣のような鳴き声を上げて、今日一日の反動のように、リックがでれでれとすり寄ってくる。
その表情筋はもうほぼ溶けていて、機能を果たしていなかった。
リックの私室、その奥にある浴室では、もう温かな湯気が上がっている。階下では、使用人たちの柔らかい気配。
窓の外の木枯らしが、やがてくる秋の終わりの気配を孕んでいる。

「ね、ね、ほんと、なんもしないから、一緒に入ろ♡」
「……なんかしたら、蹴るからな」
「アッ不能になっちゃう……♡」

どこか嬉しそうな勇者の声に、ジノは小さく肩をすくめてみせた。



――まぁ……、風呂では当然のようにすったもんだがあったものの……。

ジノがほんのりとやつれて風呂から上がると、リックはもう部屋着に着替えてソファにいた。あぐらで座り、肩に乗せたタオルで自分の髪をがしがし拭いている。
まだ寝間着ではなく、ゆったりとした部屋着姿。じきに、アキアあたりが夕飯を持ってくる頃合い。

「ジノ~♡あったまったね♡」
「…………」

返事の代わりに、ジノも頭を拭きながら、ちょいと前を失礼するぞ、と言わんばかりにリックの膝をまたいだ。そのまま、空いている隣にどかりと腰かける。

「あー♡やっぱり寝間着も選んでもらえばよかった♡」
「は?」
「いや~マフラー選んでもらえたから♡次はパジャマとか♡部屋のカーテンとかも好きにしていいし♡」
「うっせ。甘えんな」
「ううッ……♡♡」

リックが頭を垂れて肩を揺らせば、タオルが落ちる。そのまま、ぐい、と、隣に座るジノの足に、リックの額が置かれた。

「ぬぅ……ジノの足……ぬくい……♡」
「オイ重い」
「もうこのままソファで寝てもいい……♡」
「寝るな。夕飯前だぞ」

緩くもたれかかる勇者の髪に、ジノがふっと息をかけた。さっきまで湯気を立てていた髪は、まだところどころ濡れている。

「……オイ、膝濡れる」
「……拭いて……♡」
「…………チッ」

ばさ、とタオルが拾われる。ばふ、とリックの頭にかかる、布。
くしゃくしゃと優しく乱れる髪。……じわり、持ち上がる頭。

「……拭いてくれるんだ♡」
「膝が濡れるっつってんだろ」
「んふふふ♡♡」

にじり、にじりと距離を詰めていく勇者と、こなれたように片足でそれを押しとどめる詐欺師。
しかしそれすら慣れたことのように、リックの手が、腰に回る。頭を拭いている手を、手のひらで包む。

「……オイ」
「……い、いや、おかえりのちゅー……あ、ただいまのちゅー?……とか♡」
「…………」

一緒に帰ってきて、おかえりもただいまもくそもあるか、と……ジノの眉間に皺が寄った。
つっかえにしていた足はいつの間にかずらされているし、何だったらソファのひじ掛けがあってもう後ろには下がれない。――すり、と鼻先が触れる。

「……飯来るぞ」
「うん……♡」


……勇者のその、眼差しが――嬉しそうに、幸せそうに、自分を見るもんだから。

――一体何をどうすれば、無下にできようか。触れる唇に、ジノも小さく息をついた。
いくらでも好きなようにできるだろうに、こいつは一度も踏み越えてこない。

『私は君を大切にするし、幸せにしたい』

半年前の、そんな言葉を、思い出す。

『奥様が、嫌がることは、しないと思います』

そう笑うエンの表情も、思い出した。

――ああ、そうだな、と、思う。

ち、と唇が離れ、勇者がへらりと笑う。相変わらず、でれでれとしている。

「…………なぁ」
「うんッ♡なに♡」
「……今朝のさ」


……ぽつりと、言いかけたジノの口が閉じて、視線がわずかに横に逸れた。気まずそうに、……言いにくそうに、明らかに何かを言い淀んだ気配。

――ぎくりと、リックの肩が揺れる。

「……な、なに、ジノ……」
「……いや……」

――しん……、と、室内に、沈黙が訪

「おはようのやつは……?」
「……おは……?」

……――沈黙が、おと

「ジノそれちゅーの話してる……?」
「……いやいらねぇならいい」
「いいいいらないわけないよねぇぇえ!?!?♡♡♡」

……、――沈黙は、訪れなかった……。
ソファのクッションがとっ散らかっていきそうな勢いで、勇者、満面の笑みである。
なおバカ力勇者、勢いに任せて力加減を間違えれば怪我をさせかねない。フル回転だ。再び脳みそフル回転。


マッ……待て待て待って待って落ち着け???深呼吸のちに状況確認。状況確認!

エー本日、早朝にシュッパツ、ジノ眠っていたため寝顔を眺めるにとどめ、声もかけずにシュッパツ致しました。つまりキス攻防戦未実施。未実施です。寝顔カワイカッタ。

僕らのッッ!!努力がッッ!!!ようやく報われかけているッッ!!!

警報。警報。ここで勢い任せに飛びつけば右ストレートが来る。これは一種の"文化定着"。私とのキスが生活習慣に組み込まれ始めているのでは?……いるのではっっ!?

"いらねぇならいい"ってジノ翻訳機にかけたら"俺はほしいけど?"って出たんですけどこれホント……???


――満場一致、全身全霊全力ちゅー、決行。全会一致で実行許可。今日はジノからのちゅーおねだり記念日コンコン……。

「リック様、お食事をお持ちいたしました」

かちゃ……。


丁寧に、リック私室の扉を開けたミルヴァが見たのは、とっ散らかったクッションと、引っ張り寄せられ、ソファにすっかり押し倒された奥様と、笑顔なのか泣きそうなのか幸せなのかよくわからない表情をするリック。

……。すらり、と丁寧な一礼を、ひとつ。

「大変失礼いたしました――」
「待ってミルヴァ違う違うちがう!!」
「違くない!!♡♡なんも違くないよ!!♡♡ごめん、ご飯あとで食べるからミルヴァア!!」
「おめぇは黙ってろって!!」
「だって!!♡今初めてジノの方からおねだりし」

そして右ストレート――。

外ではやっぱり、木枯らしが何度か、窓をかすめていた。
けれど、ふたりのいるこの部屋には、もう充分すぎるぬくもりがあっ……、いや、ちょっと熱すぎるか……木枯らしもう少し多めでお願いします。

なお、袋に入れたままだったジノの外套は、ちょっと皺になっていてあとでアキアに叱られた。

勇者、反省。