【勇者×偽物】~離婚は半年後の予定です~


喫茶店に入れば、やはり注目は集まった。
もちろん、その矛先はリック。

「勇者様、こないだの討伐戦、えらいでっかいの倒してきたんだって?」
「なぁんでそのスペックで結婚してないのかしら……うちの娘紹介しようか?」
「バッカおめぇ、勇者様はアレだ、女神ジャズマンといい仲だろうが」

リックが返す間もなく賑やかに囲まれていく中、ジノが一足先に席に着く。
庇ってやろうとか、ヤキモチを妬くとか、そういう気持ちはゼロ。面白そうだし放っておこうといったところ。
テーブルに注文を取りに来た給仕に、適当に料理を頼む。昼のプレートセットなんかが美味しそうだった。

運ばれてきた水を、一口。テーブルに肘をつき、なんとか向かいの席に逃げてきた勇者を眺める。
なおも各方面から声が飛んでおり、リックは手振りや目礼で返していた。

「ご、ごめんねジノ……」
「え、別にいいけど」

返すジノの声も、きょとん、といった風。意外そうなその反応に、リックもまた意外そうな顔を見せた。

「そん……、嫌じゃないのかい?」
「別に?……あ、なんとかしてほしいか?バル=グラムって機密?」
「バル……な、なんで知ってるの……?機密とかじゃないけど……」
「部屋の本棚にファイルあったぜ。ああいうのちゃんと管理しとけよ」

言いながら……ぎし、と椅子の背もたれに肘を乗せて、ジノが店内を振り返った。
楽しげに笑う顔は、――詐欺師のそれ。

「なぁ!俺、勇者の真似できるけど見る?」
「おお?なんだ兄ちゃん、勇者の友達か?」
「いいねぇ!見してくれや!」

やんややんやと盛り上がる店内に、わはは!とひとつ笑ったジノが、椅子に足をかけて立ち上がる。
いつものしかめっ面はどこにもなく、どこか自信に満ちた表情。――まるで、"勇者"のような。


「あれは、王歴847年――春!私は国軍を率いて、東大陸の奥山脈西部、第167標高帯に派遣されていた!目指すは魔獣、『空裂きのバル=グラム』!全長15m……翼を広げれば22mにもなる、巨大な金属の化け物だった……!」

ひゅー!と、声が飛ぶ。いいぞー!と、笑い声。

「バル=グラムは機動力も高く、賢かった……!相対するは二度目なれど、高所からの音波攻撃、練度の高い国軍でさえ、やはり手も足も出ない!しかし……だからといって、誰かを囮に使っておびき寄せる等――私はできない!」

――リックは、息を飲むことすら、忘れた。

結婚するなら、なんでも自分のことを知っていて理解してくれる人がいい。
いつでも自分のことだけを考えていてほしい。

ごくり、喉が鳴る。

……欲を、言えば。
"勇者"であり続ける自分を、理解して受け入れてほしい、し。
自分が大切にするものを、同じように大切にしてくれれば、いい。
それはたとえば、使用人を大切にするとか、――守るべき街の人を無下にしない、とか。

「――皆の顔がちらついた!こんな恐ろしいものが、街へ向かってはいけない!しかしまったく、こんなわけのわからない魔獣を創造するなど、創造神スフィラは酒にでも酔ってらっしゃったのか……?」
「あっはっは、ちげぇねぇ」
「恐ろしい魔獣がいるんだなぁ……」

目の前の"詐欺師"は、あのファイルには載っていなかった、現場での"勇者の思考"も……こともなげに語っている。神様酒に酔ってたのかな、なんて脳裏にちらついたことなど、……誰にも、言ってない。

じわり、染まる頬を隠すように、リックがメニュー表を手に取った。眺めれば、昼食向けのメニューが豊富だ。スパゲティもいいな。グリルもいい。今日のランチプレートは魚の香草焼きか。
目が迷う。……耳は、心地のいい声を、拾っている。

「……もう私も軍隊長と喧嘩だ!撤退判断が五分遅れていれば、後衛全滅の恐れもあった!国軍を失ってまで成し遂げた勝利など、なんの意味もない!なのに軍隊長は強行すべきだったと突っかかってくる!」
「……っふふ、なんでそんなことまで知ってるの」

くすり、小さな声でリックが笑う。ジャズマンか、セノールあたりから聞いたか。それとも自分が、寝ぼけてジノに語りでもしたか。
注文を決めて、銀盆を手にジノの話に聞き入る給仕に、手を振る。
ぴく、と眉を上げた給仕の女はにこりと笑って、けれどもすぐに厨房から呼ばれて、仕草で「ちょっと待ってね」をして引っ込んでいった。

「――そうして、とどめの一刃のその瞬間、私の思考は――!」
「腹減ったー、だろ!」
「帰りてー!じゃねぇか?」
「軍隊長のこと告げ口してやろ、だな」
「ああ、そのとおり、全部だ!!」

どわっ、と店内に笑いが満ちて、――テーブルに、食事が運ばれてくる。
メニュー表を手にしたまま、リックがそれを見る。……頼もうと思っていた、料理だった。

「……あ、勝手に頼んでたけどそれでいいか?」

ざわつく店内に後ろ手を振り、ジノが椅子に腰を落ち着けた。お前さっき囲まれてたからなぁ、と、ぼそり。固まるリックを見て、……わずかに笑いながら、料理に視線を落とす。

「……なに、違うのがよかった?」
「あ、ううん……」
「次来た時に、違うの頼もうぜ」

なんともない顔で、それを言って――けれど、はた、と見つめてきた翠(みどり)色の瞳に、ジノは咄嗟に目を逸らした。
……間違えた。半年でリコンするっつってんのに。と。

リックは、黙ってスプーンを取った。
口を開ければ、絶対に余計なことを言うとわかっていた。言葉にならない何かが喉元までせり上がっていたが、ぐっと噛み殺して、一口。

「……そうだね」

それだけ言って、スープをこくんと飲み込む。視線は落としたまま。

対面のジノは、どこか無造作な動きでナイフを取っていた。パンを裂いて、スープを掬う。目は皿の上。会話は続かない。

それでも、食卓には静かな温度があった。賑やかな喧騒が尾を引く店内の中で、その卓だけがぽつんと落ち着いていた。

しばらくの間、音といえばスプーンやナイフの触れる音だけ。けれど、ふと。

「……さっきの、ちょっと嬉しかった」
「……あ?」

リックの声が、落ち着いた調子で、低く置かれた。

「ジノが、そうやって……笑ってくれたの、嬉しかったよ」

視線はまだ、皿の上を向いたまま。けれど、緩やかに口元が綻んでいた。感情を押し殺すような笑顔ではなく、ほんの少しだけ、滲むような。

「……ていうか、私の真似、まだできるんだね……?」
「……家でエンたちに見せてるしな」
「えッ!?あっ、……え、ええ……私には……?」
「バッカお前、本人がいねぇとこでやんのが面白ぇんだろうが」

くつ、と肩が揺れたジノに、リックがわずかに身体をそわつかせた。
そんな面白そうなことをして遊んでいたなんて、という気持ちと、自分が不在の時に、邸に自分の話題が満ちていたらしいことへの、照れ、か、むずがゆさ、か。

自分で思っている以上に、目の前の男は、自分のことを考えてくれているのでは……という、――じわりとした期待。

フォークの先で皿の縁をなぞりながら、言葉を選ぶようにリックが押し黙る。一度呑み込んだ声の調子は静かで、きちんと抑えが効いている。

「……今度、混ぜてね……」
「はは、やだね」

柔らかな返しに、リックの口角が緩んだ。ンッ、と咳ばらいを一つして、スプーンをそっと置く。……音は、テーブルの木に吸い込まれた。
視線は、真正面には向けない。けれど、きちんと伝わっているような気がした。

ジノは、パンをちぎって口に運んでいた。目を伏せていて、視線は合わない。

パンの甘さとスープの香り。店内のざわめきと、二人分の静けさが、昼の日差しの中に溶けていた。


* * * * *


「あの店、舶来品が多くて面白そうだったよ」
「へぇ。ミルヴァたちに土産でも買ってくか」
「ふふ、いらないって怒られそうだね」
「まぁ……でも『経済を回すのも勇者の仕事の内です』ってこないだ言ってたぞ」

午後の城下町を歩きながら交わされる、そんな穏やかな会話が、ぽつぽつと通りに溶けていく。
落ち葉がからからと音を立てながら石畳を走り、街の人の装いも、徐々に冬支度へと向かっていた。


(んん~~~……快適だ……)

ジノは、店の軒先を眺めながら、……時たまちらりと、隣を歩くリックに視線をやっていた。
まともに話が通じる。街に来てから一度も怒鳴っていない。これこそ、本来ジノがよく知る"勇者"。
黙っていればイイ男なのだ。白金色の髪、甘いマスク、意志の強い瞳。
結婚相手なんて選びたい放題だろうに、まったくどうして自分なんかに、

「……ジノ……」
「ん」
「……あの、……あんまり見つめ……ないで……」

…………。

ええ、間違えました。
――いや、ならないか、あくまで情報収集ってことに……んん、ならないか。模倣する対象の観察。なお模倣の予定は今のところなし。ならないな。

ジノ、完全なる無意識だった。なぜならハートをぶっ飛ばしてこないリックなんて、滅多にお目にかかれない。……ちょっとにやり。

「……照れんなよ」
「ひぃん……」

漢気溢れるジノに、危うくリックの化けの皮が剥がれかける。飛びかからないようにするためか、自主的に外套のポケットに両手を突っ込んで封印するスタイル。

「しっ、仕立て屋さん見に行こ……!」
「おう。なんか似合うマフラーでも選んでやるよ、勇者様」
「ひ、ひぃ……」

相次ぐ攻撃に、ポケットの中でリックの拳がぎゅう、と握られる。喉元まで出かかったハートは、なんとか……飲み下された。

視界の端では、茶色の髪がふらりと前を歩く。歩幅が自然に合っているのが、少しだけ誇らしい。
たまに視線が合うと、リックの背筋がぴんと伸びる。バレてはいけない。でれは禁じられている。きょうは――そう、紳士的な勇者。いい夫。落ち着いた伴侶。

「……な、なに色があるかな……マフラー」

口元を隠すように外套の襟を少し引き上げながら、リックはぽつりと問いかけた。
見上げてきたジノが、口の端だけで、にや。

「……そのへんにあるやつでも似合うだろ、お前なら」

ングッッ。

「そっそれは奥さんのセリフ~~♡♡♡」

……と言いそうになる口を、リック、慌てて食いしばる。
あくまで。今日は。普通の顔で、普通のデートで――でも"デート"なんですよねぇえぇええ!といった心情。

「……ありがとう。照れるね」

脳内すったもんだの後になんとか押し出せたのは、その一言だけだった。表情は、保たれている。多分。まだ。

だけどその足取りは、どこか少し浮いていた。靴音も軽く、秋の石畳にやけに楽しげなリズムを刻んでいる。ハートの代わりに、音が弾んでいた。