放課後は別の顔 ~堅物風紀委員長の弱みを握ったので、ヤンキーな俺の奴隷にします~

 朝の校門前には、今日も風紀委員が並んでいた。
 俺と伊織が近づくと、その真ん中に立っていた成瀬が手元の記録用紙から顔を上げる。
 目が合ったように見えたのは一瞬だけで、成瀬は俺の隣を歩いていた伊織にだけ声をかけた。

「高瀬、止まれ。シャツの裾を入れて、ネクタイを締めて、ピアスとネックレスも外せ。それから、その髪はまた染め直したな?」
「染め直してねえよ」
「どちらにしても赤すぎる。今週中に直さなければ、生徒指導の先生に報告する」
「はあ? 柊真だって金髪じゃねえか。ピアスもしてるし、ネクタイもしてねえし、シャツも出してんぞ」

 伊織が俺を指さしても、成瀬はそちらを見ようとしなかった。赤い髪の色を確かめるように伊織の頭を眺め、違反項目を記録用紙に書き込んでいる。
 契約どおり、こいつは俺に服装の注意をしない。思ったとおりになったはずなのに、存在ごと見えていないみてえに扱われると、それはそれでなんだか妙に引っかかった。

「おい、柊真! 俺を置いてくなよ!」
「捕まったおまえが悪いんだろ。先に行ってるわ」
「あいつを呼び戻せよ、成瀬! あいつの方が違反多いだろ!」
「今はおまえの指導をしている。話をそらすな」

 後ろから伊織の文句が聞こえてきたが、助ける理由もない。俺は一人で昇降口に入り、まだ人の少ない教室に入って自分の席に座った。
 十分ほどしてから現れた伊織は、鞄を机に放り出すなり俺の前まで来た。

「成瀬の野郎、なんで最近柊真には何も言わねえんだ?」
「知らねえよ。何度言っても直さねえから、やっと諦めたんじゃねえの?」
「それくらいで諦めるやつか?」
「人間、ちったあ成長すんだろ」

 適当に答えて窓の外を眺めたものの、伊織はまだ納得していないらしい。俺の顔を横から覗き込み、疑わしそうに眉を寄せた。

「じゃあなんで俺には今まで通りなんだよ? おまえ、成瀬に何かしたんじゃねえだろうな?」
「なんで俺があいつに何かすんだよ」
「殴って黙らせたとか」
「んなことするか。俺をなんだと思ってんだ」
「気に入らねえやつを脅して言うこと聞かせるくらいはしそうだと思ってる」

 ほとんど当たっているせいで、笑って否定するのも不自然になりそうだった。
 俺は机に頬杖をつき、伊織の疑いを別の方に向ける。

「そんなことより、おまえ今日もローズんとこ行くんだろ?」
「ああ。今日は新しい衣装を着るかもしれねえって、この前言ってたからな」

 ローズの名前を出した途端、伊織の顔がパッと明るくなる。
 単純なやつで助かったが、成瀬の衣装ひとつでこんなに嬉しそうにするこいつも、相当おかしくなっている。
 俺が知っているのは、眼鏡をかけた堅物の風紀委員長だ。化粧して長い髪をつけたところで、中身まで別人になるわけじゃねえ。それなのに伊織は、学校での成瀬を嫌いながら、同一人物だとは知らずにローズには完全に惚れ込んでいる。

 

---------

 

 放課後になると、伊織は授業が終わるのを待ちかねていたように鞄を掴んだ。

「じゃあ俺、宵薔薇ドールズに行ってくるわ」
「勝手に行け」
「言われなくても行くって。悪いけど、もうおまえの分まで奢る金はねえからな。席料とドリンク代だけでも、週に何回も通うと結構きついんだよ」
「誰も連れてけなんて頼んでねえだろ」
「今じゃ一人でも普通に入れるしな。ローズちゃんも俺の名前を覚えてくれたし、今日は何を話すか昨日から考えてあるんだ」

 伊織は上機嫌で教室を出ていった。
 最初は一人じゃ入りづらいと俺を付き合わせていたくせに。
 俺は一人で駅前の商店街をぶらついた。
 成瀬のバイトが終わるのは八時だから、それまでは三時間以上もある。
 ゲームセンターで時間を潰そうにも、遊べば金が減る。何も買わずに本屋を一周し、コンビニで一番安いペットボトルの茶を買ってから、駅近くの広場にあるベンチに腰を下ろした。
 家に帰ろうと思えば帰れたが、この時間には叔母がパートから戻っている。玄関を開ければ、俺の髪を見ただけで嫌そうな顔をされ、学校から連絡が来ただの、近所に見られたら恥ずかしいだのと、頼んでもいねえ説教が始まる。
 小学四年のとき、俺の両親は交通事故で一度に死んだ。葬式のあと、親父の兄貴だった叔父とその嫁が俺を引き取り、戸籍の上では二人の養子になった。叔父夫婦には子供がいなかったから、最初の一年くらいは、本当の息子みたいに育てるつもりだったのかもしれない。
 けれど、その翌年に二人のあいだに男の子が生まれた。
 血のつながった息子ができれば、そっちを大事にするのは当たり前だと俺だって分かってる。それでも、弟の物は必要だから買うのに、俺の物はまだ使えるから我慢しろと言われることが増え、家族で出かけるときにも、俺だけ留守番させられた。
 中学に入って髪を染め、学校をさぼり、成績まで落ちれば、叔父夫婦が俺に向ける言葉はもっと分かりやすくなった。
 弟に悪い影響を与えるな、学校から電話が来るようなことをするな、近所で問題を起こすなと繰り返され、叔母には、仕方なく置いてやっているんだから迷惑をかけるなと言われたこともある。
 叔父からは、高校までは通わせてやるが、卒業したら家を出ろと告げられている。
 あと一年ちょっとで出ていくつもりだし、今さらあの家で家族扱いしてもらおうとも思っていない。
 俺が帰るのは夜に寝る場所が必要だからで、叔父夫婦と弟が食卓を囲んでいる時間には、なるべく近づかないようにしていた。
 俺の成績が悪くて、喧嘩ばかりしているのは事実だ。叔父夫婦から見れば、引き取ってやったのにまともに育たなかった邪魔者なんだろう。
 先に家に居場所がなくなったから俺がこうなったのか、俺がこんなふうになったから嫌われたのかは、考えたところでもう変わらない。
 スマホの時計が進むのを眺めながら、飲み終えたペットボトルを指先で転がした。
 いつもなら友達の家に転がり込むか、繁華街で適当なやつに喧嘩を売ったりして朝まで過ごすところだが、最近は成瀬の部屋に行けば時間も潰せるし飯も食える。

 

---------

 

 八時半を過ぎてから成瀬のマンションに向かい、九時前にインターホンを押した。しばらくして開いたドアの向こうを見た瞬間、俺は敷居の前で足を止めた。
 出迎えた成瀬は眼鏡をかけておらず、長い髪のウィッグも外していなかった。
 深い赤色の髪が胸から腰にかけて波打ち、切り揃えた前髪の下には、黒いアイラインと長いまつ毛で縁取られた目。唇には深紅の口紅が残り、店で客に向けている笑顔こそなかったものの、そこに立っているのはどう見てもローズだった。
 しかも、身につけているのはいつものメイド服じゃねえ。首元には白いフリルが幾重にも重なり、その下でワインレッドの大きなリボンが胸を飾っている。黒い上着の袖口からは幅の広い白レースが広がり、腰は銀色のボタンが並んだ幅広の布で細く絞られていた。

「……なんだよ、その格好」
「おまえが、部屋では女装していろと命じたんだろう。どうせ今日も着ろと言われるなら、先に着替えておいた方が手間が省ける」
「ずいぶん奴隷らしくなったじゃねえか。つーか、化粧もそのままなのか?」
「店で落とせば、帰ってからもう一度しなければならない。俺は素顔のまま女装するのが嫌なんだ。丈の長い上着を羽織れば、メイクをしたまま帰っても特に問題はない」
「誰もそこまで本気でやれとは言ってねえだろ」
「中途半端な格好で人前にいる方が、極めて恥ずかしい。やる以上はきちんと整えたい」

 こんな姿でも、喋り方は学校にいる成瀬のままだった。眼鏡がないのに、存在しないフレームを指で押し上げそうな手つきまで変わらない。
 改めて間近で見る成瀬は、男にしちゃ反則みてえに綺麗だった。
 化粧で目元の鋭さが強調されても、きつく見えるどころか妙に目を引かれる。

「いつまで玄関に立っているつもりだ。近所の人に見られる前に入れ」

 成瀬が身体を引いて俺を通そうとしたとき、ふわりと黒いスカートが揺れた。
 後ろ側は何段ものフリルが重なってふくらはぎ近くまで垂れているのに、前側だけは太腿の半ばまでしかない。長い裾に隠れていた両脚が正面からあらわになり、黒い布の下に、白くてまっすぐな太腿が伸びている。
 女みてえに細いだけじゃない。成瀬はもともと背が高くて脚が長いせいか、黒い衣装との境目から覗く肌まで、店に飾られた人形の一部みてえに形が整っていた。
 心臓が、まるで喧嘩の前みてえにうるさく鳴り始める。
 男の脚を見ただけでどうしちまったんだと自分に言い聞かせても、目が勝手に同じ場所に戻っちまう。

「そのスカート、前だけ短すぎんだろ」
「そういうデザインだ。下にはドロワーズを穿いているから、中が見えることはない」
「別に中が見えるかどうか聞いてねえよ!」
「では、なぜさっきから脚ばかり見ている?」
「見てねえし。変な服だから確認してただけだ」

 成瀬は信用していないらしく、俺の顔をじっと睨んた。その格好で見られると、学校で服装違反を注意される時より落ち着かない。
 伊織は今日、店でこの姿を見ていたはずだ。
 どうせまた、綺麗だの似合っているだのと褒めまくったんだろう。そう考えた途端、伊織の浮かれた顔にが頭に浮かび、理由も分からないまま拳に力が入った。

「入らないのか、御主人様?」
「入るに決まってんだろ。奴隷のくせに急かすんじゃねえよ」

 いつもどおりの調子を取り戻したつもりで成瀬の横を通り抜けたが、すれ違ったときに赤い髪から甘い匂いがして、耳の裏まで熱くなった。
 伊織に向かって、あいつは男だぞと呆れたのは俺だった。
 それなのに今は、化粧をした成瀬の顔だけじゃなく、短いスカートから見えた脚まで意識しちまってる。喧嘩の時でもこんなに騒がしくならねえ心臓を、どう黙らせればいいのか分からなかった。