奴隷契約を結んでから、俺はほとんど毎日、成瀬の部屋に通うようになった。
ローズの出勤日は月曜、火曜、木曜、金曜、土曜の週五日で、勤務時間は十七時から二十時まで。
俺はあいつがバイトの日は店が終わる時間以降、水曜は学校からそのままあいつのマンションに向かった。
学校では今までどおり、俺と成瀬は敵同士だ。
だが服装違反を見つけても成瀬は約束どおり何も言わなくなり、ほかの風紀委員も遠くから書面に記録するだけで、俺を直接呼び止めようとはしなかった。
その代わり、成瀬の部屋に入れば立場は逆転する。
俺は部屋の隅にあったゴシックロリータ風のメイド服を指さし、ここにいる間は毎回着るよう命じた。
「なぜ自宅でまでメイド服を着る必要がある?」
「その方が面白いから」
「理由になっていない」
「御主人様が面白えと思ってんだから十分だろ。首輪も忘れんなよ」
成瀬は化粧もせず、眼鏡をかけたままメイド服に着替え、その上から黒い首輪をつけた。
店にいるローズと同じ衣装なのに、真ん中分けの黒髪と仏頂面は学校の風紀委員長そのもので、そのちぐはぐさが期待した以上に笑えた。
けれど、こいつがどうして女物の服を着る店でバイトしてるのか、俺は何も知らない。
「おまえ女装カフェなんかで働いてるってことは、もしかしてあれか? 体は男でも心は女ってやつ?」
「違う。俺はただ可愛いものや可愛い服が好きなだけで、性自認は男だ」
「まさか男が好きなわけじゃないよな?」
「それも違うな。恋愛対象は女性だ」
「彼女いんのかよ」
「今はいない」
だったら、ローズに惚れた伊織には最初から勝ち目がねえってことになるな。
本人に教えてやることも考えたが、成瀬の正体まで説明するわけにはいかないから、今は黙っておくしかねえか。
「じゃあ、なんで女の服なんか好きになったんだ?」
「姉の影響だ。姉は昔からゴシックロリータが好きで、俺が幼い頃から自分の服を着せたり、化粧をしたりして遊んでいた」
「姉ちゃんの着せ替え人形だったのかよ」
「最初はそうだった。ただ、姉の服や装飾品を見ているうちに、俺自身も興味を持つようになった。裁縫を覚えたのも姉がきっかけだ」
「その姉ちゃん、この家にはいねえの?」
「もう結婚して家を出ている」
嫌々やらされていたうちに慣れただけかと思ったが、成瀬はゴスロリ服について話すときだけ、普段より言葉が増えた。
姉がいなくなったあとも自分で衣装を作り、店で働くくらいだから、本当に好きなんだろう。
メイド服と首輪を身につけた成瀬に俺は、肩を揉ませたり、宿題を代わりにやらせたりした。
肩揉みは意外とうまく、姿勢やスマホの使いすぎについて説教されるのはムカついたが、翌日も同じように命じてしまう。
「これ、明日までだからやっとけ」
「宿題は自分でやるものだ」
「御主人様の宿題を片づけんのが奴隷メイドの仕事だろ」
「俺の字では教師に気づかれるぞ」
「衣装を作れるくらい器用なら、俺の字も真似できんだろ」
成瀬は俺の字の癖まで覚え、英語も数学もさっさと終わらせた。
試験前には全教科の予想問題を作らせたが、こいつは完成した冊子から解答だけ抜き取ろうとする俺の手を止めた。
「予想問題を作れという命令には従った。解くのは御主人様だ」
「俺は勉強するなんて言ってねえぞ」
「解かなければ試験対策にならない」
「お前、奴隷の立場を分かってんのか?」
「解答をいつ渡すかまでは命じられていない」
メイド服に首輪までつけているくせに、教師みてえな顔で言い張りやがる。写真をばらまくと脅しても、一問解くまでは答えを渡さず、結局俺が問題を解かされることになった。
飯も毎回作らせた。
最初はまずかったら「こんなもん食えるか」と怒鳴って皿をひっくり返してやろうと思ってたんだけど、食ってみたら普通にうまいんだよな。
ハンバーグもオムライスもカツ丼も、何を頼んでも外れがない。俺は文句をつけながらも毎回きれいに食べ、翌日の献立まで指定するようになった。
家で夕食を食わなくなってから、温かい飯と味噌汁が自分の前に並ぶことなんかなかった。
だからといって、それを目当てに通っているわけじゃない。成瀬を働かせるついでに食ってやっているだけだ。
宿題も試験もない日は、肩もみが終わるとほかにさせることがなくて暇になった。
俺がベッドでスマホをいじる横で、成瀬はメイド服に首輪をつけたまま教科書を読んでいる。
「なんか面白えもんねえのか?」
「漫画もゲームも持っていない」
「じゃあゲーム機買え。対戦できるソフトもな」
「誰の金で買うんだ?」
「お前の金に決まってんだろ」
「契約書には財産を譲るとは書かれていない」
「俺の命令には逆らわねえって書いただろ」
成瀬は納得しないまま、バイト代を貯めていた口座から最新のゲーム機を買ってくれた。
数日後、届いた本体をテレビにつなぎ、二人で格闘ゲームを始める。
最初の二試合は俺が勝ったが、三試合目になると成瀬は操作を覚え、こっちの攻撃をかわして正確に反撃してきた。
最後は大技を食らい、画面に俺の敗北が表示された。
「てめえ、御主人様に勝つんじゃねえよ!」
「わざと負けてやってもいいが、それで楽しいのか?」
成瀬はコントローラーを持ったまま、わずかに口元を緩めていた。
ローズの営業用でも、学校で見せる堅い表情でもなく、自分が勝ったことを素直に喜んでいる顔だった。
「今のはたまたまだ。もう一回やるぞ」
「さっきも本気だっただろう、御主人様」
「うるせえ。次は絶対ぶっ潰す!」
それから何度も対戦を繰り返し、気づけば時計は二十二時半を過ぎていた。
首輪につながったチェーンは誰にも持たれないまま、メイド服の裾と俺の足のあいだに転がっている。
俺は奴隷メイドに暇つぶしの相手をさせているだけで、けっして成瀬と遊びたいわけじゃねえ。
それでも、自分の家に帰るよりもう一試合続ける方を選ぶ回数は、日を追うごとに増えていった。
ローズの出勤日は月曜、火曜、木曜、金曜、土曜の週五日で、勤務時間は十七時から二十時まで。
俺はあいつがバイトの日は店が終わる時間以降、水曜は学校からそのままあいつのマンションに向かった。
学校では今までどおり、俺と成瀬は敵同士だ。
だが服装違反を見つけても成瀬は約束どおり何も言わなくなり、ほかの風紀委員も遠くから書面に記録するだけで、俺を直接呼び止めようとはしなかった。
その代わり、成瀬の部屋に入れば立場は逆転する。
俺は部屋の隅にあったゴシックロリータ風のメイド服を指さし、ここにいる間は毎回着るよう命じた。
「なぜ自宅でまでメイド服を着る必要がある?」
「その方が面白いから」
「理由になっていない」
「御主人様が面白えと思ってんだから十分だろ。首輪も忘れんなよ」
成瀬は化粧もせず、眼鏡をかけたままメイド服に着替え、その上から黒い首輪をつけた。
店にいるローズと同じ衣装なのに、真ん中分けの黒髪と仏頂面は学校の風紀委員長そのもので、そのちぐはぐさが期待した以上に笑えた。
けれど、こいつがどうして女物の服を着る店でバイトしてるのか、俺は何も知らない。
「おまえ女装カフェなんかで働いてるってことは、もしかしてあれか? 体は男でも心は女ってやつ?」
「違う。俺はただ可愛いものや可愛い服が好きなだけで、性自認は男だ」
「まさか男が好きなわけじゃないよな?」
「それも違うな。恋愛対象は女性だ」
「彼女いんのかよ」
「今はいない」
だったら、ローズに惚れた伊織には最初から勝ち目がねえってことになるな。
本人に教えてやることも考えたが、成瀬の正体まで説明するわけにはいかないから、今は黙っておくしかねえか。
「じゃあ、なんで女の服なんか好きになったんだ?」
「姉の影響だ。姉は昔からゴシックロリータが好きで、俺が幼い頃から自分の服を着せたり、化粧をしたりして遊んでいた」
「姉ちゃんの着せ替え人形だったのかよ」
「最初はそうだった。ただ、姉の服や装飾品を見ているうちに、俺自身も興味を持つようになった。裁縫を覚えたのも姉がきっかけだ」
「その姉ちゃん、この家にはいねえの?」
「もう結婚して家を出ている」
嫌々やらされていたうちに慣れただけかと思ったが、成瀬はゴスロリ服について話すときだけ、普段より言葉が増えた。
姉がいなくなったあとも自分で衣装を作り、店で働くくらいだから、本当に好きなんだろう。
メイド服と首輪を身につけた成瀬に俺は、肩を揉ませたり、宿題を代わりにやらせたりした。
肩揉みは意外とうまく、姿勢やスマホの使いすぎについて説教されるのはムカついたが、翌日も同じように命じてしまう。
「これ、明日までだからやっとけ」
「宿題は自分でやるものだ」
「御主人様の宿題を片づけんのが奴隷メイドの仕事だろ」
「俺の字では教師に気づかれるぞ」
「衣装を作れるくらい器用なら、俺の字も真似できんだろ」
成瀬は俺の字の癖まで覚え、英語も数学もさっさと終わらせた。
試験前には全教科の予想問題を作らせたが、こいつは完成した冊子から解答だけ抜き取ろうとする俺の手を止めた。
「予想問題を作れという命令には従った。解くのは御主人様だ」
「俺は勉強するなんて言ってねえぞ」
「解かなければ試験対策にならない」
「お前、奴隷の立場を分かってんのか?」
「解答をいつ渡すかまでは命じられていない」
メイド服に首輪までつけているくせに、教師みてえな顔で言い張りやがる。写真をばらまくと脅しても、一問解くまでは答えを渡さず、結局俺が問題を解かされることになった。
飯も毎回作らせた。
最初はまずかったら「こんなもん食えるか」と怒鳴って皿をひっくり返してやろうと思ってたんだけど、食ってみたら普通にうまいんだよな。
ハンバーグもオムライスもカツ丼も、何を頼んでも外れがない。俺は文句をつけながらも毎回きれいに食べ、翌日の献立まで指定するようになった。
家で夕食を食わなくなってから、温かい飯と味噌汁が自分の前に並ぶことなんかなかった。
だからといって、それを目当てに通っているわけじゃない。成瀬を働かせるついでに食ってやっているだけだ。
宿題も試験もない日は、肩もみが終わるとほかにさせることがなくて暇になった。
俺がベッドでスマホをいじる横で、成瀬はメイド服に首輪をつけたまま教科書を読んでいる。
「なんか面白えもんねえのか?」
「漫画もゲームも持っていない」
「じゃあゲーム機買え。対戦できるソフトもな」
「誰の金で買うんだ?」
「お前の金に決まってんだろ」
「契約書には財産を譲るとは書かれていない」
「俺の命令には逆らわねえって書いただろ」
成瀬は納得しないまま、バイト代を貯めていた口座から最新のゲーム機を買ってくれた。
数日後、届いた本体をテレビにつなぎ、二人で格闘ゲームを始める。
最初の二試合は俺が勝ったが、三試合目になると成瀬は操作を覚え、こっちの攻撃をかわして正確に反撃してきた。
最後は大技を食らい、画面に俺の敗北が表示された。
「てめえ、御主人様に勝つんじゃねえよ!」
「わざと負けてやってもいいが、それで楽しいのか?」
成瀬はコントローラーを持ったまま、わずかに口元を緩めていた。
ローズの営業用でも、学校で見せる堅い表情でもなく、自分が勝ったことを素直に喜んでいる顔だった。
「今のはたまたまだ。もう一回やるぞ」
「さっきも本気だっただろう、御主人様」
「うるせえ。次は絶対ぶっ潰す!」
それから何度も対戦を繰り返し、気づけば時計は二十二時半を過ぎていた。
首輪につながったチェーンは誰にも持たれないまま、メイド服の裾と俺の足のあいだに転がっている。
俺は奴隷メイドに暇つぶしの相手をさせているだけで、けっして成瀬と遊びたいわけじゃねえ。
それでも、自分の家に帰るよりもう一試合続ける方を選ぶ回数は、日を追うごとに増えていった。

