放課後は別の顔 ~堅物風紀委員長の弱みを握ったので、ヤンキーな俺の奴隷にします~

「……奴隷だと?」

 成瀬は俺が口にした言葉を確かめるように繰り返した。

「そう言っただろ。今日からお前は俺の命令に絶対服従だ」
「俺はこれから勤務がある。話を続けるなら、仕事が終わるまで待ってもらうことになる」
「奴隷のくせに御主人様を待たせんのかよ」
「無断欠勤すれば店に迷惑がかかる。お前も、この店を潰したいわけではないだろう」

 いきなり正論で返され、俺は舌打ちしたくなった。
 せっかく弱みを握ったってのに、こいつはまだ俺を問題児扱いして説教する余裕があるらしい。

「何時に終わるんだよ?」
「二十一時だ」
「分かった。それまで近くにいるから、終わったら逃げずに出てこい」
「逃げるつもりはない。ただし、店には入るな。ほかの従業員を巻き込む行為も禁止だ」
「お前が俺に命令すんな。そこは『分かりました、御主人様』だろ」
「……分かりました」

 成瀬は嫌そうな顔でそう言うと、俺に背中を向け、従業員入口の奥に消えていった。
 扉が閉じる直前までこっちを警戒していたが、俺が本当に待つのかまでは疑っているらしい。
 ここで帰ったら、朝からこいつを追い回した意味がねえ。俺は駅前のファストフード店で時間を潰しながら、成瀬に何をさせるか考えた。
 奴隷にしたからには、それらしいことをさせてやりたい。
 鞄持ちや購買の使い走りじゃ、ほかのやつに関係を怪しまれるし、伊織に知られたら面倒なことになる。あいつはローズに惚れてるんだから、成瀬が俺の奴隷になったと知れば、黙って見ているはずがない。
 学校や店では今までどおりに振る舞わせ、命令するのは二人きりのときだけにしよう。それなら秘密も守れるし、俺も好きなだけ偉そうにできる。
 ただし、俺の家は使えねえ。あそこは夜に寝る場所であって、友達を呼んだりする場所じゃねえ。成瀬は友達じゃねえけど。
 そうなると、成瀬の家しかなかった。
 店を出たついでに近くのディスカウントストアを覗くと、一階のペット用品売り場で犬用の首輪を見つけた。横には銀色のチェーンまで並んでいる。
 奴隷なら首輪くらい必要だろ。俺は自分でも安直だと思いながら、大型犬用の黒い首輪とチェーンを買い物籠に放り込んだ。
 二十一時を少し過ぎたころ、成瀬が従業員入口から出てきた。

「本当に待っていたのか」
「逃げんなって命令したのは俺だろ。さっさと案内しろ」
「どこに?」
「お前んち」
「なぜ俺の家なんだ?」
「俺んちは無理だからだよ。細けえこと訊くな」

 成瀬は眼鏡の奥から探るように俺を見たものの、それ以上は理由を訊いてこなかった。

「両親が帰宅するのは二十三時を過ぎる。話をする時間は取れる」
「最初からそう言えよ」
「ついてこい」
「だから、奴隷が御主人様に命令すんなって言ってんだろ」
「……ついてきてください」

 まだ御主人様とは呼ばねえつもりらしいが、あとで嫌でも言わせてやる。
 成瀬の家は、店から歩いて十五分ほどのところにあるマンションだった。特別高そうでも古そうでもなく、どこにでもある家族向けの建物だ。
 玄関には磨かれた靴がきちんと並び、壁のカレンダーには、両親らしい字で用事や帰宅時間が書き込まれている。
 冷蔵庫に貼られたメモや、食卓に置かれた三人分の湯呑みまで目に入ってしまい、俺は早く成瀬の部屋に行けと背中を小突いた。
 案内された部屋も、持ち主そのものみてえに整っていた。教科書は背の高さまで揃えて本棚に並べられ、机には余計な物が一つも出ていない。
 ただ、窓際には黒い布をかぶせたトルソーがあり、その隣には家庭用のミシンと、レースやリボンの詰まった透明なケースが置かれていた。
 成瀬虎太郎の部屋というより、ローズの正体を隠しておくための作業場にも見える。

「そこに座れ」

 俺は自分が成瀬のベッドに腰を下ろし、持ち主の方を机の前の椅子に座らせた。

「紙とペンを出して、俺が言うとおりに書け」
「何を書くつもりだ?」
「奴隷契約書」

 成瀬は露骨に嫌そうな顔をしたが、俺がスマホを見せると、机の引き出しから便箋と黒いボールペンを取り出した。

「まず題名。『奴隷契約書』」
「強要によって作られた契約に法的な効力はないぞ」
「知るかよ。これは気分の問題だ。さっさと書け、奴隷」

 真っ白な便箋の上に、妙に達筆な字で『奴隷契約書』と書かれていく。
 冗談みてえな題名なのに、成瀬の字が立派すぎて、学校に提出する正式な書類みたいに見えてきた。

「『成瀬虎太郎は榊原柊真の奴隷となり、その命令には絶対に逆らわない』」
「命令の範囲が曖昧すぎる」
「絶対って書いてんだから全部だ」
「犯罪行為や、第三者に危害を加える命令も含まれるのか?」
「今はそこまで考えてねえよ。とにかく俺に逆らうなって意味だ」
「お前は思いつきだけで人を奴隷にしたのか」
「うるせえ。口動かす前に手を動かせ」

 成瀬は納得していない顔のまま、俺の言葉を一字ずつ便箋に書きつけた。

「次は『この関係を第三者に明かしてはならない』だ。学校と店では今までどおりにしろ。特に伊織には絶対にバレんな」
「命令や御主人様という呼称は、この部屋の中だけということか?」
「そうだよ。外でそんな呼び方されたら、誰だって怪しむだろ」
「それなら、その条件も明記する」
「好きにしろ。ただし、この部屋じゃ俺が御主人様で、お前が奴隷だからな」

 成瀬は二人だけの関係であること、自室以外では普段どおりに振る舞うことまで書き足し、最後に日付と自分の名前を記入した。

「読み上げろ」
「成瀬虎太郎は、榊原柊真の奴隷となり、その命令には絶対に逆らわない。この関係を第三者に明かさず、命令および御主人様という呼称は、成瀬虎太郎の自室内に限る」
「最後に『承知しました、御主人様』って言え」
「そこまで契約書には書かれていない」
「俺の命令に逆らわないって書いたばっかだろ」

 成瀬は自分で書いた文章を見下ろしたあと、眼鏡を右手の人差し指で押し上げた。

「……承知しました、御主人様」

 いつも校門で俺を呼び止めていた堅物風紀委員長が、俺を御主人様と呼んでいる。
 たったそれだけなのに、今まで注意された分をまとめてやり返したような気分になった。

「それから、学校じゃ今後、俺の髪やピアスや服装に口出すな」
「俺個人が口頭で注意しないと約束することはできるが、風紀委員会全体に同じ対応を強制することはできない」
「ほかのやつらは俺らに声かける度胸なんかねえだろ。違反を用紙に書くだけで、直接注意してくるのはお前くらいだ」
「服装違反の記録自体は残る。回数が増えれば、生徒指導の教師から呼び出される可能性もあるぞ」
「それはそのとき考える。お前さえ黙ってりゃいいんだよ」
「……分かりました、御主人様」

 成瀬が契約書の余白に、服装については自分から口頭注意を行わないと追記する。俺はその紙をスマホで撮影してから、成瀬の鞄に入れて保管させた。
 これで、毎朝あの仏頂面に呼び止められることもなくなる。
 目的は果たしたが、今日の本番はここからだった。
 俺はディスカウントストアの袋を持ち上げ、中から黒い犬用の首輪と銀色のチェーンを取り出した。
 成瀬の眉が、見ているうちにも険しくなっていく。

「服を脱いでパンイチになれ」
「なぜだ?」
「いいから、早くしろ」

 成瀬は制服の上着をハンガーに掛け、ネクタイを外すと、シャツとスラックスを脱いだ。さらに靴下も脱ぎ、俺が言った通りパンツ1枚だけの姿になる。

「今度はこれをつけろ」

 俺が差し出した首輪を見て、成瀬はすぐには受け取ろうとしなかった。

「お前、こういう趣味があったのか?」
「あぁ? ねえよ。だけど奴隷っつったら首輪だろ」
「発想が安直すぎる」
「御主人様に口答えすんな。契約書に書いたこと、もう忘れたのかよ?」

 成瀬は唇を固く結ぶと、黒い首輪を受け取り、自分の首に回した。
 金具を留めたところに俺がチェーンをつなげれば、まるで飼い主に捕まった犬だ。
 本人が真面目な顔を崩さないせいで、余計に格好がおかしい。
 俺は鎖の端を持ち、成瀬に壁際に立つよう命じてからスマホを構えた。

「もっとこっち見ろ。奴隷一号」
「その呼び方はやめろ」
「逆らうなって言ったそばから逆らってんじゃねえよ」

 何枚か写真を撮ったうち、首輪も鎖も顔もはっきり写っている写真を選んで成瀬に見せる。

「逆らったら、この写真もネットにばらまくんだよ。風紀委員長が裸で犬の首輪つけてましたってな」
「それを公開すれば、お前が俺を脅迫している証拠にもなる」
「だったら先生でも警察でも好きな奴にチクればいいだろ」
「どこまでも卑劣だな、御主人様」
「褒め言葉として受け取っとく」

 成瀬は俺をにらんでいるが、御主人様という呼び方だけは守っている。さっきより少しだけ利口な奴隷になったらしい。
 目的を果たしたら急に腹が減ってきた。そういや昼にパンを食ってから、何も口に入れていない。

「おい、腹減った。なんか飯作れ」
「今からか?」
「奴隷が御主人様を腹減らしたまま帰すつもりかよ」
「俺もまだ夕食を食べていない。冷蔵庫にある物でよければ作る」
「その格好のままでやれ。首輪と鎖も外すなよ」
「調理中に鎖が火や刃物に触れれば危険だ」
「外さなきゃいい。邪魔にならねえようにしろ」

 成瀬は首輪をつけたまま台所に立ち、紺色のエプロンを直接肌につける。
 銀色のチェーンは短くまとめてエプロンのポケットに収め、首輪につながった部分だけが胸元から覗いている。
 冷蔵庫の中を確認した成瀬は、豚肉と玉ねぎ、豆腐、残っていた冷や飯を取り出した。俺に食べられない物がないか確かめてから、包丁で玉ねぎを刻み始める。
 油を引いたフライパンに肉と玉ねぎが入り、醤油と生姜の焦げる匂いが台所に広がっていく。別の鍋では味噌汁が温められ、成瀬は手を止めることなく二人分の食器を用意した。
 俺はダイニングの椅子に座り、パンイチにエプロン姿で首輪をつけたまま飯を作っている風紀委員長を眺めた。
 鎖が動くたびに小さな金属音が混じるせいで、どう見ても普通の夕食作りじゃねえ。

「なんで二人分なんだよ?」
「俺も夕食がまだだと言っただろう。それとも、奴隷には食事をさせないつもりか?」
「そこまで言ってねえよ。食っていいよ」
「分かりました、御主人様」

 しばらくして、温めた飯と豚肉の生姜焼き、豆腐とわかめの味噌汁が二人分並べられた。
 俺は首輪をつけた奴隷に飯を作らせただけのはずだった。
 それなのに、明かりのついた食卓で、自分の前に作りたての温かい食事が置かれている光景を見ると、なんだか居心地が悪いような、複雑な気分になった。