放課後は別の顔 ~堅物風紀委員長の弱みを握ったので、ヤンキーな俺の奴隷にします~

第5話

 朝の校門で成瀬に向かって「ローズ」と呼んでから、授業中もずっとあいつの反応が頭に引っかかっていた。
 知らねえふりをしてやがったが、あの顔は間違いなく図星だった。
 とはいえ、右手の痣と癖と口調が同じだってだけじゃ、問い詰めたところでいくらでもシラを切れる。こっちが言いふらしたって、証拠を出せと言われりゃそれまでだ。
 だったら、逃げられねえ証拠を押さえりゃいい。
 放課後になった途端、俺は鞄を引っつかんで教室を出た。
 伊織は風邪で休んでるし、こいつのことはまだ何も教えてねえ。ローズに惚れたとか抜かしてるあいつに、正体は成瀬でしたなんて言ったら、どんな顔をするか分かったもんじゃなかった。
 別に気を遣ってるわけじゃねえ。ただ、伊織がいたら絶対ついてくるし、横で騒がれたら待ち伏せどころじゃなくなるから黙ってるだけだ。
 宵薔薇ドールズが入ってる雑居ビルの3階に着くと、俺は正面ではなく、そのまま裏手の非常階段の方へと向かう。
 表の入口は薔薇だのレースだので飾り立ててあんのに、裏側はどこにでもある汚ねえ搬入口だった。壁の奥に黒い鉄扉があって、その横に小さく『宵薔薇ドールズ従業員入口 関係者以外立入禁止』と書かれたプレートが貼ってある。
 俺は少し離れたトイレの入口に身を隠して、スマホをいじりながら鉄扉を見張った。
 人を待ち伏せするなんざ、普段なら性に合わねえ。喧嘩なら正面から行って、気に食わねえ相手をぶん殴って終わりだ。
 けど今回は相手が悪い。成瀬を殴ったところで、あいつなら腫れた顔のまま職員室に行って、俺の名前を教師に報告するに決まってる。
 だったら、あいつが一番嫌がるやり方で仕返ししてやる。
 三十分くらい待ったころ、路地の向こうに見覚えのある男が現れた。
 きっちり着込んだ紺の制服に、真っすぐな黒髪。細い銀縁眼鏡の奥から周囲を見回しながら、成瀬虎太郎がこっちに歩いてくる。
 校門に立ってるときと同じ堅物風紀委員長そのものの格好で、手には学校指定のスクールバッグと黒いスポーツバッグを持っていた。あの中にゴスロリメイド服が入ってんのかと思うと、笑えてくるくらい似合わねえ。
 成瀬は俺に気づかないまま鉄扉の前に立つと、鞄からカードを取り出して、ドア脇の読み取り機にかざした。
 俺は自販機の陰からスマホを構え、画面いっぱいに成瀬と従業員入口のプレートを収めた。指でシャッターを押すと、制服姿で店の裏口を開けようとしているところが、はっきり写真に残る。
 続けて何枚か撮っていると、内側から扉が開いた。
 顔を出したのは、黒と白のゴスロリメイド服を着た店員だった。前に店で見かけた、確かアリスとかいうやつだ。

「ローズちゃん、遅かったね。店長、もう来てるよ」
「すみません。風紀委員会が長引いてしまって」

 成瀬がそう答えたところでもう一度シャッターを押す。今度の写真には、制服姿の成瀬と、ゴスロリ姿のアリスが一緒に写っていた。
 これなら、たまたま店の裏を通っただけなんて言い逃れはできねえだろ。
 俺はトイレのドアの陰から出ると、スマホを構えたまま成瀬に近づいた。わざともう一枚撮ってやれば、今度はシャッター音がはっきり響く。
 成瀬がこっちを振り向いた瞬間、その顔から普段の澄ました余裕が消えた。

「よう、ローズちゃん。出勤時間に遅れるなんて、極めて悪質なんじゃねえの?」

 成瀬の右手が、反射的に眼鏡のブリッジを押し上げる。その手の甲には、昨日見たのと同じハート形の茶色い痣があった。

「榊原……なぜここにいる」

 アリスが扉の内側から、不思議そうに俺たちを見比べている。

「ローズちゃん、この子、知り合い?」
「学校の生徒です。申し訳ありませんが、先に戻っていてください」

 アリスは何か言いたそうな顔をしていたが、店の奥から呼ぶ声が聞こえると、しぶしぶ扉を閉めた。
 路地に残った成瀬は、さっきまでカードを持っていた右手を強く握っている。平然としてるつもりらしいが、口元がかすかにこわばっていた。

「今撮った写真を消せ」

 命令するような言い方は、学校にいるときと何も変わらねえ。それが余計にムカついて、俺はスマホの画面を成瀬に向けた。
 従業員入口の前に立つ制服姿の成瀬。その隣には、ゴスロリメイド姿のアリスまでばっちり写っている。

「よく撮れてんじゃん。うちのガッコの風紀委員長が、女装メイドにローズちゃんって呼ばれてる決定的瞬間」

 成瀬がスマホを取り上げようと手を伸ばしてきたから、俺はすぐに腕を引いた。背じゃ負けてるが、こんな堅物に簡単につかまるほど鈍くはねえ。

「消せと言っている」
「嫌だね」
「他人を無断で撮影したうえ、本人の意思に反して利用しようとするなど、卑劣もはなはだしい」

 成瀬の眉間に深い皺が寄る。
 化粧ひとつでよくもまあ、あそこまで化けられるもんだ。けど、分かってから見れば同じ顔にしか見えねえ。目つきも鼻筋も、口を結んだときの妙に頑固そうな形も、全部同じだ。

「右手のハートみてえな痣も、眼鏡を上げる癖も一緒。口を開きゃ『極めて』だの『はなはだしい』だの、学校でも店でも同じこと言いやがる。これで別人だって言い張るつもりか?」
「いお……高瀬伊織も、このことを知っているのか?」
「いや。あいつは今日、風邪で休み。今ごろ家で寝てんじゃねえの」

 成瀬の顔に浮かんだのが安心なのか、それとも別の感情なのかは分からなかった。
 ただ、伊織が知らないと聞いた途端、握っていた右手から少しだけ力が抜けた。

「高瀬には話すな。もちろん、ほかの生徒にもだ」
「なんで俺がお前に指図されなきゃなんねえんだよ」
「店に迷惑がかかる。俺はあの姿を恥じているわけではないが、もし学校の生徒が面白半分で押しかければ、ほかの従業員まで巻き込むことになる」

 自分が笑いものにされる心配より、先に店のことかよ。
 やっぱりこいつの考えてることは分からねえ。俺ならまず写真を撮った相手をぶん殴るし、口を割らせない方法を考える。
 けど、成瀬が困ってるってことだけは分かった。だったら、こっちにとっちゃ十分だ。

「学校中にバラされたくなかったら、俺の頼みを聞けよ」
「頼みと言いながら、写真を使って強制するつもりだろう。それは脅迫だ」
「だったら先生に報告すりゃいいじゃん。お得意だろ? その代わり、俺もこの写真をクラスのグループラインに流すけどな」

 スマホを軽く振ってみせると、成瀬は俺をにらみつけてきた。
 ローズの格好ならご褒美だとか言い出す客もいそうな綺麗な顔だが、今は殺気しか感じねえ。
 それでも手を出してこないのは、写真が広まるのを本気で恐れてるからだろう。

「目的は何だ、榊原」
「毎朝毎朝、髪だのピアスだの、くだらねえことで俺を呼び止めやがって。しかも教師に報告するって脅してくれたよな」
「俺はお前を困らせるために注意しているわけではない」
「今さら優等生ぶっても遅えんだよ。散々偉そうにしてくれた分、きっちり返してもらうからな」

 成瀬の顔から、わずかに残っていた余裕まで消えていく。

「さっきの写真を学校中にバラまかれたくねえなら、今日から俺の奴隷になれ」