放課後は別の顔 ~堅物風紀委員長の弱みを握ったので、ヤンキーな俺の奴隷にします~

 スマホの画面には、午前八時二十七分と表示されている。朝のホームルームが始まるまで、あと三分しかない。

「伊織、急げ! 門閉められんぞ!」
「分かってるって! つーか、お前がコンビニ寄りたいとか言い出したせいだろ!」

 半分残っていた焼きそばパンを口に押し込みながら、俺は校門に続く坂を駆け上がった。
 隣では伊織が明るく染めた髪を振り乱し、ずり落ちかけた鞄を抱えて走っている。
 朝飯を食わずに家を出た俺も悪いが、レジが混んでいたのは俺のせいじゃねえし、伊織だって新発売の炭酸飲料を買ってたんだから、俺だけのせいじゃねえ。
 開いたままの校門が見えてきたところで、どうにか間に合うと思った。
 だが、その手前に立っている男を見つけた途端、喉に残ったパンが急に重くなった。
 サラサラの黒い短髪には寝癖ひとつなく、銀縁眼鏡の奥の目は、登校してくる生徒を一人ずつ確認している。
 ワイシャツの第一ボタンまで留め、ネクタイもきっちり締めた制服姿は、校則をそのまま人間の形にしたみたいで窮屈そうだ。
 左腕には風紀委員の腕章が巻かれ、手には違反者を書き留めるためのファイルまで持ってる。
 成瀬虎太郎。俺たちと同じ二年のくせに、教師より教師みたいな顔をしてる風紀委員長だ。

「榊原、高瀬。止まれ」
「あと三分しかねえんだけど」
「分かっている。それでも服装違反を見逃す理由にはならない。二人ともピアスを外せ。榊原はシャツをズボンに入れてネクタイを締めろ。高瀬は制服の下に指定外のパーカーを着るな」
「教室に入ってから直す」
「昨日も同じことを言って、そのまま一日過ごしていただろう」
「いちいち覚えてんじゃねえよ。まさかテメエ俺のこと好きなのか?」

 そう言ってハハッと笑ってやる。
 だが成瀬は眉ひとつ動かさず、俺の金髪に目を向けた。

「話をすり替えるな。その髪色についても、染め直すように前から言っている」
「これ、地毛」
「地毛じゃないだろう。先週、根元だけ黒かった」

 隣で伊織が噴き出したので、俺は肘でその脇腹を小突いた。
 成瀬は冗談として流してくれる気配もなく、ファイルに俺の名前を書き込んでいる。

「高瀬も笑っている場合じゃない。その髪色とピアスは何度も注意しているはずだ」
「俺はコイツほど往生際悪くねえよ。ちゃんと染めてるって認めてんだろ」
「認めれば違反していいわけではない」
「委員長サマは朝から元気だな。友達いねえから暇なの?」
「俺の交友関係と、お前たちの服装違反は無関係だ」

 何を言ってもまともに返してくるので、からかっているこっちが馬鹿みたいだった。直すまでここを通すつもりはないらしい。
 校舎から朝のホームルームを知らせるチャイムが響き、門の近くに残っていた生徒たちが一斉に走り出した。
 俺も成瀬の脇をすり抜けようとしたが、ファイルを持った腕で行く手を塞がれた。

「待て。まだ話は終わっていない」
「はあ? 遅刻すんだろうが!」
「服装を整えれば間に合う。これ以上、指導記録を増やして困るのはお前たちだぞ」
「指導記録とか知るかよ。そこどけ!」

 成瀬の腕の下をくぐり、俺は校舎に向かって走り出した。
 伊織も続き、背後から名前を呼ばれたものの、立ち止まる理由はない。後で捕まったとしても、今ここで遅刻まで追加されるよりはましだった。

「次も拒否したら、生徒指導の先生に報告するからな!」
「勝手にしろ!」

 昇降口に駆け込み、靴箱の前で乱れた呼吸をどうにか整えながら踵を潰した上履きに履き替える。
 伊織は膝に手をつき、何度か大きく深呼吸をしてから、閉まりかけた校門の方向を振り返った。

「あいつ、マジでムカつくな」
「だろ。教師でもねえくせに、何様なんだよ」
「風紀委員長サマだろ。俺らを捕まえることが生きがいなんじゃねえの?」
「だったら、ずいぶんつまんねえ人生だな」

 あいつは俺たちが将来困るとか言っていたが、髪色や服装だけで他人の人生まで分かったような顔をするなんて、余計なお世話だ。

「いっぺんシメてやるか」

 俺の呟きに、伊織が応える。

「やめとけよ。んなことしたら教師にチクられんのがオチだろ」
「けどいつか、あいつの弱みでも握って、土下座でもさせてやりてえな。泣くほど恥かかせて、あの澄ました顔をぐちゃぐちゃにしてやりてえ」
「そんときゃ俺も手伝うぜ。とりあえず今は教室まで走れ」

 俺たちは再び廊下を駆け出した。