足フェチ先輩は手フェチな僕の足に惹かれている

「手の写真集? そんなのあるんだ」

 またしても大翔からフェチ会を申し出たある日、二人は旧部室棟の空き部屋にいた。今日は大翔がジャンケンに勝ったので先に手塚の手を愛でている所だ。
 愛でるにしてもただじろじろと舐め回すように見つめるばかりがフェチ会ではない。自分から触れること、もしくは相手の手や足に触れることも当然ある。
 特に手や指先は、握りしめたり開いたりすることを繰り返し見ているだけでも大翔はフェチが満たされていくのを感じる。
 いつものように手塚の手を取り、窓から差し込む光に透かすように見つめていると、ふと先日発売が告知された写真集の話になったのだ。

「ええ。主に絵を描く人の模写のお手本みたいなものらしいんですけどね」
「まあ、べつに手フェチが買っても悪くはないか」
「でしょう? それに、僕の推しの手タレさんの手が収録されてるって言うんで……むふふふ……」
「……足柄くん、ちょっと変態くさい」

 手のこととなるとついフェチズムが疼いてしまい、口元が緩む。特にいまは手塚というフェチを理解し合う間からの同士がいるのもあって、外であるにもかかわらず、うっかりにやけてしまった。
 光に透かすと、逆光になって光に縁どられた手塚の手を見つめることが出来る。それはまるで後光のさすお釈迦様の手のようだとも大翔は思っている。

「でもお釈迦様の手はもう少しふっくらしてる感じだから……僕には手塚さんの手の方が……」
「さっきから何ブツブツ言ってるの……俺の手がお釈迦様だとかって」
「あ、すみません……こうやってすかしてたら、後光が射してるみたいで、お釈迦様っぽいなぁって思って」
「……君の手に関する知識はホント偏ってるな」
「それは手塚さんに言われたくないです。だって、足目当てでバレエの観賞会行くなんて人初めて聞きましたよ」

 先日手塚は知人の伝手でバレエ発表会を鑑賞してきたという話を先程していたのだが、その目的がやはりバレリーナの足にあったというのだ。
 しかし手塚は特に悪びれている風でもなく、「フェチを満たすには必要なことだよ」と言い直っている。
 そしておもむろに通学用のリュックから、一冊の本を取り出してきた。

「じゃーん。見てよこれ」
「なんですか?」

 手塚が誇らしげに差し出してきたそれは、A4サイズくらいの大判のグラビアの載った冊子のようなものだった。表紙に華やかなバレリーナの写真と、どこかの団体名が書かれていることから、その時のパンフレットなのだろう。

「その鑑賞会のパンフレット。普通はダンサーの顔写真しか載ってないんだけど、これはメインの踊り手は全身写真が載ってるんだ」

 そう言いながら開かれたパンフレットには、モノクロ印刷ではあったが、確かにメインキャストらしいダンサーの全身写真が掲載されている。別日の舞台の様子や、練習風景などもあり、そのどれもにしっかり手塚の目当てであろう足が写り込んでいる。

「へぇ、いいですねぇ、こういうの。プロのバレリーナならフットケアとかもばっちりそうですもんね」

 そう言いながら一緒にパンフレットを眺めていると、とある男性ダンサーのアップ写真が載っていた。それは胸から上の写真で足は写っていないが、形の良い手のシルエットが写っている。シルエットなので爪の形や指先の状態はわからないが、きれいなものであることはたしかだ。

「足柄くんは、こういう手が好みなんじゃない?」

 そう手塚に指さされた先にあったのは、男性ダンサーの指先。きれいで形もいいが、なんだか少し物足りなさを覚え、首を横に振る。
 きれいであることは確かだし、バレリーナたちに比べたら雄々しくはある。しかしやはり大翔はただきれいなだけの手では満足できないことに気付かされ、大翔は素直にそれを答える。

「きれいですよね……でも、僕はもっと雄々しい手が好きです。手塚さんの手とか。なんかこう、毎日頑張っているのがわかる、働き者の手ってすごくカッコいいから」

 そう言いながらパンフレットの紙面から手塚の方を見上げると、手塚が思いがけず赤い顔をしていた。
 真っ赤な顔をしている手塚を前に、大翔は自分がいまどういう状況であるかを思い返す。
 推しだという手塚の手を握りしめつつ、その手の魅力を熱く語る、見ようによっては熱烈に口説いているとも言える状況だったのだ。

「あ、ご、ごめんなさい! えっと、べつにそういうつもりじゃ……」

 慌てて手塚の手を離し、ワタワタと勢い立ち上がって手塚から距離を取る。
 それでようやく手塚は冷静さを取り戻したようで、入れ替わるように赤くなって慌てふためいている大翔を見てくすくすと苦笑している。

「そういうつもりじゃないなら、どういうつもりだったんだよ?」
「えっと、それは……」
「俺らはお互いにフェチ抱えてんだから、そもそもがそういうつもりじゃない?」
「そう言われたらそうですけど……変態だって相手に示してるのって恥ずかしいような……」
「そんなのいまさらじゃんか。べつに、悪いことはしてないし。そうだろ?」

 手塚の言葉は至極最もで、恥ずかしがっている方がかえって羞恥心が煽られてしまうとも気付かされる。
 納得のいく言葉を受け取り、大翔がなるほどと一人頷いていると、その手にまた手塚が触れてくる。大きくて長くて形の良い指先が、そっと包むように。それは今しがた手塚からもらった言葉のように、妙に大翔の心にフィットした。
 なんと言うか、初めて手塚の手だけでなく、彼の考え方そのものが大翔の心にフィットした気がしたのだ。

「こうやって足柄くんの足に触れて、足柄くんは俺の手に触れて、満たされるんならそれで平和でいいじゃん。ここはお互い変態だって知ってる仲なんだし」

 お互い変態だよ、なんて言われてしまって、普通ならムッとするところかもしれない。でもそんな言葉がなんだか今の大翔には仲間だと言われているようで嬉しくもあった。

(手塚さんって、フェチをすごく拗らせてるって思ってたけど……実は結構真面目なのかな?)

 真面目で、言葉選びのセンスが良くて、時々少し優しい。人に言いにくいフェチだからこそ抱えるあるあるを理解してくれて、受け容れてくれている。そんな気が大翔にはした。

「さて、次は俺の番だよ」
「あ、はい。いま準備しますね」

 手塚に促され、大翔はハッと我に返って通学用のリュックから一つのポーチを取り出す。大翔のフットケア用品を入れたものだ。その中には手塚にもらったクリームも入っている。
 大翔は抗菌タイプのウェットティッシュを取り出し、裸足になった自分に足を丁寧に拭いていく。指の間も、爪の周りも、丁寧に。

「ねえ、それ俺にやらせてよ」
「え……いいんですか?」

 手塚が手を伸ばしてきて、大翔かの手からウェットティッシュを受け取っていく。そうして大翔の足許に膝をつき、まるでフィッティングする時のように丁寧に足を膝の上に載せて拭っていく。

(ふわ、気持ち良い……ただ拭いてもらってるだけのはずなのに……)

 マッサージではなくウェットティッシュで拭いてもらっているだけのはずなのに、足がとても気持ち良くなっていく。
 それだけでなく、大翔は手塚の手の動きにも注目していた。足を手に取り拭っていくというなんてことのない動作なのだが、手塚がするとなんだか優雅に見えてしまうから不思議だ。だからつい見惚れてしまっていた。

「そんなに見られてたら、やりにくいんだけど」
「す、すみません……なんか、手塚さんがカッコ良くて、つい……」

 大翔が正直に見惚れていたことを告げると、てっきり「なに言ってるんだか」と呆れられると思っていた。しかしそんな言葉は返って来ず、それどころか手塚の顔が真っ赤に染まっていった。まだ夕日も射し込む時間でもないのに、まるで夕焼けの中にいるのかというほどに。

「……ありがとう」

 そう、手塚はぽつりと呟き、そのまま黙り込んでしまった。
 怒っているようにも聞こえた口調だったが、ただ黙々と、手塚は大翔の足を拭ってくれている。心なしか、いつもより優しい手触りだ。

(あれ? 僕なんかヘンなこと言ったかな……でも、なんかいつもより優しい感じだ)

 手塚の無言の反応に大翔もまた恥ずかしさを覚え、赤くなっていく。それからはしばらく二人無言のまま、大翔の足と手塚の手許を注視するふりをしていた。
 遠く放課後の部活動の声や音が聞こえる中、二人は静かにお互いのフェチズムを満たしていくのだった。