足フェチ先輩は手フェチな僕の足に惹かれている

 手塚にもらった保湿クリームは、どれだけ塗りこめても本当にベタベタしなかった。しっかり保湿をしつつも塗ってすぐにサラッとした着け心地になる、それなのにドラッグストアで買えてしまう。そんな夢のようなケアグッズを思いがけず手に入れた大翔は、手塚が相当に足へのこだわりが強いことを察した。

(こういうグッズをサッと出して来れちゃうくらいなんだから、すっごいこだわってるんだろうなぁ、いろいろ。だから手だってあんなにカッコ良くてきれいなんだろうし……)

 そう考えると、生半可なフットケアではいつまで経っても存分にダビデの手、もとい手塚の手を愛でさせてはもらえないのではないか。
 それはマズい。このままではただ大翔の足が手塚好みになっていくばかりで、自分に何のメリットもないままだ。お互いのフェチを満たし合うというのが同盟の条件であるはずなのに、これではフェアではない。
 何とかしなくては……と、大翔は考えつつ、今日もフットケアをかかさない。
 風呂場で丁寧に石けんを泡立ててかかとや指の間や爪の周りを洗っていく。ついでに全体のマッサージ。
 風呂上がりに足の水分をしっかりとふき取り、休んでいる間にも乾かしておく。それから仕上げが、手塚からもらった保湿クリームだ。

「絶対、手塚さんの、手を、いっぱい、触って、それで……」

 それで、どうしようか。ただ自分の指先で相手の手に触れて堪能するのももちろんやってはみたいけれど、それでは今まで散々ダメ出しされてきた気持ちが治まらない。もっと頑張りに対する見返りが欲しい――そんなことを考えてもいた。
 でもそれなら一体何が見返りになるんだろうか。大翔は足裏を揉む手を止めて、考え込む。

(ダビデ像の手の写真を初めてみた時、こんな手に触れられて……つかまれたいって思ったっけ)

 そういうことを実現してもらえたらいいのに。だけどどうやって?

「とりあえず今は、手塚さんを納得させられる足にならなきゃだよね」

 そう意気込み、大翔はフットケアの仕上げに取り掛かるのだった。


 だいたい週の初めと終わり頃に、手塚から連絡が入ることが多い。大翔も連絡先を知っているのでこちらから呼び出してもいいのだろうが、相手が先輩ということもあって呼びつけるのは気が引けてしまう。
 なのでたいていが手塚からの連絡待ちで、呼ばれたら大翔が出向くスタイルになっている。
 今日もまた、大翔は手塚と正門前で落ち合い、手塚の家に向かう。そしてどちらからフェチを満たすかのジャンケンをするのだが、数回フェチ会をやってきて今日は初めて大翔が勝った。

「やった! 勝ったぁ! 勝ちましたよ、手塚さん!」

 思わず勝ったグーの拳を握りしめたまま、大翔はぴょんぴょんとその場で跳ねまわってしまう。それぐらいに嬉しい勝利だったからだ。

「そんなに嬉しい?」
「当たり前じゃないですか! 僕の理想の手ですよ! ダビデの手ですよ!」
「俺はダビデ像じゃないけどな」
「物のたとえです!」

 そんなやり取りをしつつ、今日は手塚がベッドに腰かけ、大翔がその正面にたたずむ。
 それから差し出された手塚の右手をそっと両手で受け、まずは輪郭をなぞるように手首から指先にかけてなぞっていく。
 輪郭を確かめると、そのまま手の甲を上にして浮き上がる血管に触れて撫でる。大翔が手から雄々しさを感じるポイントの一つでもある。

「はぁ……カッコいい……。あの、爪に触ってもいいですか?」
「……どうぞ」

 断りを入れた上で大翔は指を撫でるように触れながら先端の爪に触れる。形のいいそれらの一つ一つを確かめるように撫で、十本の指全てを点検し終えるとほうっとため息をつく。

「手塚さんはちゃんときれいに爪が切られてて整えられているのがいいですね。ポイント高いです」
「何のポイントだよ」
「僕の中の好印象ポイントです」

 なんだそれ、と手塚が思わず吹き出したが、大翔は気にしない。大真面目で言っているからだ。
 大翔の中で好印象ポイントが貯まっていき、ある程度まで言ったら推しになるのだ。
 これまでにも行きつけのコンビニの店員だったり、気に入った手のマネキンだったり、対象は様々だ。

「へえ、じゃあ俺どれくらいポイント貯まってるんだろ?」
「手塚さんは、もう推しなんで、ポイントは天井やぶりです」

 そう言いながら大翔が身振り手振りで大袈裟に表すと、手塚がくすくすと笑う。こんな話を茶化さずに聴いてくれるのは、やはり同盟を組んでいるからだろうか。

「っはは。すげーな俺の手」
「すごいですよ、だってダビデの手なんですから」

 そう言いながら大翔がおもむろに手塚の手を目の高さまで掲げるようにし、ジッと見つめる。手のひらと手の甲と、微妙に違う皮膚の色まで堪能するように。
 薄く日に焼けたての皮膚は健康そうな色味で、その先に並ぶ爪もまた彼の健やかさを表している。
 形のいい爪にはネイルを施したくなるというが、手塚のこの爪や指先にはあえてないもない方が魅力は際立つ気がした。

「ダビデ像がカラーだったら、きっと手塚さんみたいだったと思うんです、僕」
「そうか? 相手外国人だろ?」
「でも、手だけならそんなに変わらないですよ、きっと。こんなに骨格とか似てるんですから」

 そう大翔が言いながらスマホを取り出して即座にフォルダの中の写真を見せると、手塚は目を丸くし、やがて納得したようにうなずく。写真は手だけをクローズアップしたものが何枚も並んでいる。

「へぇ……確かに、骨格とか俺と似てるかもな。初めてこんな、ダビデ像の手だけじっくり見た」
「いいでしょう? 僕の最推しです」
「さいおし?」
「最も推してる推しってことです」

 なんだそれ、とまた手塚は笑ったが、決してバカにした風ではなかった。おかしそうに笑いつつも、それもアリだなと言いたげにうなずいてくれているように大翔には見えたからだ。

「そっか、だから足柄くんにとって俺にフィッティングしてもらって、その靴を買うのが推し活っていうのはそういうことか」
「やっとわかってもらえました?」
「手が好きなのに靴を買ってくっていうのが繋がってなくってさ。そうか、推しなのか、俺の手」

 体の部位を推されるなんて滅多にないことだからだろうか、手塚はしげしげと自分の手……を手にして見つめている大翔ごと見つめてくる。そうすることで手塚の手越しに見つめ合うことになる。
 改めて見つめ合うと、手塚は大翔とただタイプの違う顔立ちをしているだけではないことに気付かされる。
 大翔の幼く見える頼りなさげな顔立ちに対し、手塚は意思が強そうな切れ長の目をしている。それは互いにフェチを感じる手足へ傾ける情熱の温度にも通じている気がしていた。

(僕のは推しっていうアイドルっぽいフェチなら、手塚さんのは沼っている感じなのかな)

 決して大翔が劣っている、手塚が勝っているという話ではなく、種類の違う情熱とも言える。
 そんなことを考えていたら、「なあ」と不意に手塚に呼ばれる。
 ハッと我に返って瞬くと、手塚の手が大翔の手にぴったりと合わせてきたのだ。じんわりと手のひらから体温が伝わってきて心地よささえ感じる。

「結構小さいんだな、君は。手も、足も」
「ち、チビなのは自覚ありますから!!」

 よく言われる、あまり気分のいいものではない形容にムッとしながら言い返すと、手塚は尚もこう言う。

「小さいけど、形がいい。俺は好きだな」

 さらりと何でもないことのようにそう手塚は言い、一瞬だけキュッと握りしめてきた気がした。
 手はすぐに離れてしまったけれど、大翔の指先や手のひらにはまだ少し触れ合った感触が残る。
 特に他意はなく、大翔の手や足が良いという話なだけのはずなのに……なんだか心臓が騒がしい。心なしか、頬が熱い気がする。

「どうした? 顔赤いぞ?」
「え? あれ? なんか、熱くなってきたんですけど……」

 じゃあエアコン入れるかと、手塚が立ち上がり、スイッチを入れに行く。離れてしまった手の名残を味わうように、大翔はそっと拳を握りしめた。