足フェチ先輩は手フェチな僕の足に惹かれている

 フェチズムを抱える者の中でも、大翔も割と拗らせている自覚はある。ダビデ像を理想とするあまり、似ている手の持ち主である手塚の店に通い詰めているなんて相当と言われても仕方ない。それも手塚本人に。
 しかし手塚の足フェチのこだわり具合もかなりのものではないだろうか。なんて言ったって店との態度がまったく違うのだから。

「何なんだあれ! お店ではめっちゃいい人っぽいのに……『フェチを満たす以前の問題だよ』ってなんだよそれ!」

 確かに大翔の足はただウェットティッシュで拭っただけではあったので愛でるには抵抗があったかもしれない。それならそれで洗って来てくれとか言えばいいのに……それを論外のように斬り捨てられてしまい、納得なんかできるわけがない。

「って言うか、そもそも交換条件じゃなかったの? お互いのフェチを満たし合うっていう……」

 満たす以前に門前払い状態の現状を、どうすればいいのか。折角理想の手の持ち主である手塚と連絡先まで交換できたのだ。このチャンスをフイにするわけにはいかない。

「ってなると、やっぱり足の手入れをしなきゃなのかな……」

 それはそれでなんだか負けを認めた感じがして抵抗があるのだが、ここを変えなくては大翔が手塚の手を愛でることが出来ない。
 一方的に文句だけ言われているような状況も気に喰わないのもあるので、やはりここは大翔が歩み寄ってフットケアに挑んでみる方がいいのかもしれない――そんな考えに辿り着く。

「……よし、やるか!」

 手塚の家からの帰り道、暮れ始めている道すがら、大翔は早速ポケットからスマホを取り出してみた。


『男性でも出来るフットケアを教えて』

帰り道の電車の中や家までの道を歩きながら、大翔は生成AIのアプリにそう打ち込んでみる。するとすぐに回答が画面に並び、大翔はその一つ一つに目を通していく。

「えーっと……まず基本は足を清潔に洗うこと……足の裏、指の間、爪の周り……保湿……週に一回のフットファイル……? フットファイルって何だろう?」

 重ねて尋ねてみるとそれはどうやらかかと専用のやすりのようなものらしく、靴ベラのような形をしている物もあるらしい。

「あ、百均で買えるのもあるんだ。へ―……保湿にはハンドクリームみたいなのでもいいのかな……でも母さんの使うと見つかったら何かうるさそうだしな……」

 それでなくとも、母親からは最近大翔が高価なスニーカーをしょっちゅう購入していることを注意され始めているため、勝手に母親のものを拝借するとまた何か口煩く言われかねない。
 それは避けたいと考えるなら、やはり手近なドラックストアで買いそろえるのが無難だろう。
 そんなことを道中考えながら最寄りのドラッグストアに立ち寄り、大翔はひとまずフットファイルや自分用の爪切り、保湿用のクリームを購入して帰った。

「まずはガサガサだって言われたかかとをつるっつるにしてみよう! それなら手塚さんも文句言わないでしょ!」

 そう意気込んだ大翔は、風呂上がりに使用することという注意書きに従って、早速自室でフットファイルを使い始める。
 パッケージの裏書きにある通りに、フットファイルをかかとに宛がい、ガサガサにあれている所を削り取るように擦っていく。
 するとどうだろう。面白いほどガサガサな部分が削り落ちていくのだ。

「わ、すごーい! これなら一気につるっつるだ!」

 まだ次に会う約束はしていないけれど、この分なら明日にでもまた呼び出されても大丈夫ではないだろうか。一気にガサガサを削り落とし、つるつるになってしまえば文句もないだろう。そう考えていた。

(なーんだ、フットケアって思ったより簡単だ。これくらいで理想の足になってダビデの手が拝めるなら楽なもんじゃん)

 きっと手塚も今日の発言や態度を悔やみ、「文句なしの理想の足だ」と言ってくれるんじゃないだろうか。いや、きっと言わせて見せる――そんなことをもくろみながら、大翔はそれこそゴリゴリとかかとの角質を削っていったのだった。


「――――で? これがフットケアの成果だって言うんだ?」

 翌々日の放課後にもまた、大翔は手塚から呼び出しのメッセージを受け、手塚の家に来ていた。
 前回足を見るなり問題外扱いされてしまったこともあり、どれほど改善したかを見せてみろと言うのだ。
 乞われるがまま大翔は靴下を脱ぎ、裸足になったのだが――そのかかとは、一応ガサガサではないがつるつると言うよりもあかむけで痛々しい様になってしまっている。
 しかし大翔なりに努力してつるつるを目指した結果ではあるので、「そ、そうです」と返事はするものの、手塚の視線は厳しい。
 とは言え、前回のように足に触ることなく論外と言わず、自らの膝上に大翔の足を載せて検分してくれている辺りはまだ一歩前進と言ってもいいかもしれない。
 と、思ったのだが、手塚の表情は渋いままだ。

「手塚さんがガサガサだって言うから、フットファイルで削ってきました!」
「あー、まあそうみたいだな……でもこれじゃあガサガサは取れてもあかむけだな。ここ、痛くないのか? こんなに真っ赤にして」

 そう言いながら手塚にかかとを突かれると、ピリリとした痛みが走り大翔は小さく悲鳴を上げる。
 実を言うと、フットファイルを使った翌日からかかとを中心に足が痛く、昨日からは爪先立つようなすり足で歩いているのだ。

「うう……でも、ガサガサは論外って言ってたじゃないですかぁ! だから調べて削ったのにぃ」
「やり過ぎるなって書いてなかったか? 週に一回、軽くで良いんだよ。これじゃあ余計に足を痛める」

 大翔は一昨日も昨日もフットファイルを使っていたので、なおのことあかむけ状態になってしまっているのだろう。ピリピリとしている真っ赤なかかとを前に、手塚は呆れた顔をしている。

(折角調べてこれで良いと思ったのに……これじゃあ今日もまたダビデの手に触れない……)

 良かれと思ったことが裏目に出てしまった上に呆れられている。これではお互いのフェチを満たすどころの話ではない。
 何とも居た堪れない状態に大翔がしょんぼりとうな垂れていると、そっと何かが足に触れ、ねっとりとしたものが広がっていく。
 不思議な感触に思わず顔を上げると、手塚が大翔の足、それもかかとを何かをつけて丁寧に揉んでいるではないか。

「て、手塚さん……? なに、してるんですか?」
「保湿クリームを塗ってる。どうせ君のことだから、削るだけ削ってクリームを塗ってないんじゃないか?」
「塗りましたよ! でも、ベタベタするのが気持ち悪くて少しだけですけど……」
「これだけ削っていたら丁寧に塗り込めないともっとガサガサになるぞ。それじゃあフットファイルの意味がない」
「……すみません」
「あと、クリームはドラッグストアのやつならこの黄色いパッケージのがいい。べたつかないしすぐ乾くから」

 そう言って手塚が手渡してきたのは、大翔が昨日買ってみたものとは違う、外国製のものだった。輸入品のようだがドラッグストアで取り扱っているのならそう高価ではないのだろうか。

「そう、なんですね……今日帰りに買ってみま……」
「やるよ、それ」
「え、でも手塚さんの分がなくなっちゃいますよ」
「ストックの分だから、べつにいい」

 そう半ば押し切られるようにクリームをもらったのだが、そういうやり取りをしている間も、手塚は大翔の足をマッサージしつつクリームを塗りこんでいてくれた。
 そのお陰で、真っ赤なあかむけ状態だった大翔のかかとはつるつるの柔らかいかかとになり、血色さえよく見えるようになっている。

「え、すご……手塚さんってマッサージも出来るんですか!? 靴屋のバイトなのに?」

「独学だけどな」と、素っ気なく手塚は言い、クリームのついていた手をウェットティッシュで拭っていく。その仕草の一つ一つも、大翔は見入ってしまうほど惹かれてしまう。
そんな大翔の視線に気づいたのか、手塚はおかしそうに吹き出して苦笑して「すげー食いつき」と呟く。

「君は本当に俺の手が好きなんだな」
「好きです! 推しなんで!」
「推しか……まあ、そんなもんか」

 そう手塚は苦笑し、きれいに拭った手を大翔の前に差し出してくる。相変わらず無駄な肉の一切ついていない、形のいい骨格にうっとりと見入ってしまう。

「見てるだけでいいのか?」
「さ、触らせてください!!」
「30秒だけな」

 素っ気なくそう言われても、大翔にとっては念願の30秒とも言えた。恐る恐るといった様子で憧れの指先を両手で捧げ持ち、ただじっとその手の甲に触れて撫でる。
浮き上がる血管の太さから漂う雄々しさや形のいい爪の美しさ、しなやかな筋肉に包まれた骨格の形の見事さに改めて魅入られてしまう。

(それに、手塚さんって案外優しいとこもあるみたいだなぁ……実はいい人なのかな……?)

ああ、なんて美しくカッコイイんだろう……。文字通りうっとりと、それこそ舐めんばかりの勢いで見つめていると、「はい、もう終わり」と無慈悲な声が聞こえて手が引き上げられていく。

「うわぁん! あと10秒! 5秒!」
「ダメだ。俺は今日君の足のマッサージもしたんだから。サービスしてもらったと思えよな」

 ほんの一瞬でもいい人かも、なんて思ってしまった自分のお人好し加減を呪いたくなる。やっぱり彼は二面性があるタイプなのだろう。

「続きはもっとちゃんとフットケアを出来るようになってからだな」

 そう言われてしまい、大翔は今日もまたギリギリと歯噛みするのだった。