足フェチ先輩は手フェチな僕の足に惹かれている

『終わったら正門前に来て』

 その翌日、授業が終わってすぐに大翔のスマホにメッセージが入った。
 大翔は画面にちらりと目をやると、ごくりと喉を鳴らし、そして小さく息を吐く。本当に連絡が来た……そう、昨日の出来事を思い返しながら。


「『フェチ同盟』? ……ってどういうことですか?」

 同盟を組もうと手塚に提案された直後に養護教諭が保健室に返ってきたため、話が途切れてしまっていた。
 手当てをしてもらい、まだ少し痛む足を引きずるようにしている大翔の鞄を、手塚が何も言わずに持ってくれながら歩いている時にぽつりと尋ねてみたのだ。もちろん周囲に人はいない。

「まあ要するに、『お互いのフェチを黙っておく代わりに、お互いのフェチを満たし合おうぜ』ってこと」
「お互いのフェチを満たし合う……え、それって僕が手塚さんの手を触ってもいいってことですか!?」

 思ってもいない提案に思わず大きな声を上げると、「声がでかい」と手塚に呆れられる。
 しかし大翔が尋ねたことはあながち間違いではないようで、手塚はこうも続けた。

「まあ、そういうことだけど、その代わり君も俺に足を触らせろよ?」
「え、あ……そうか、お互いに、ですもんね……」
「いやならべつにいいんだけど。その代わり、今後ピノに来ても俺が接客するとは思わないことだな」
「そ、そんな! そんなこと言うなら、僕だって手塚さんが足目当てでバイトしてるって言いふらします!」
「誰に?」
「えっと、その……で、でも、手塚さんだって言われたくないでしょう?」
「それはまあお互い様だな」

 具体的にどこの誰に広めるか見当もつかないが、言われたくないことなのはお互い様なのは確かだ。手塚は多少意地悪に笑っているが、本気で大翔をピノへ出禁するわけではないようだ。

「まあ、俺の方がお客さんをターゲットにしてるから立場が悪いんだよな。君ならそう言いふらすようなことはしないと思うけど、念のためにね」
「口止めってことですね」

 そういうこと、と手塚は苦笑し、ポケットからスマホを取り出す。そうしてメッセージアプリを立ち上げて、「連絡先教えて」と言ってくる。
 まさかの展開に大翔はあわあわとスマホを取りだし、てこずりながらアプリを立ち上げる。思いがけない推し(の手の持ち主)との連絡先交換に、指先が緊張していた。
 アプリ画面には足の骨格標本のアイコンが現れ、ひと目で手塚のアカウントが追加されたのがわかった。

「ホントに足好きなんですね」
「アイコンがダビデ像な君に言われたくないな」

 そうお互いに自分のことを棚に上げながら連絡先を交換し、同盟成立となったのが昨日の話だ。


 しかし昨日の今日で早速呼び出されるとは思ってもいなかった。
 そもそも同盟を組んだとして、「お互いのフェチを満たし合う」なんて何をどうするというのだろう。
 そんなことを考えながら指定場所である正門へ向かうと、すでに手塚が門柱に寄りかかって待っている姿が見えた。
 長袖のシャツの袖を肘辺りまでめくりあげたことで露わになっている腕もさることながら、やはり指先にかけての筋肉のつき方がダビデ像のそれとよく似ている。小柄な大翔よりも上背があるが高すぎることはなく、体付きもまた均一が取れていると言える。
 なにより清潔そうに整えられた黒い短髪や、涼しげな切れ長の目元が手塚の凛々しさを際立たせていた。

(なんかやたらと女子がちらちら見ていくんだよなぁ……手塚さんってモテるのかな?)

 大翔にとって手塚はあくまで手が推しであるため、手塚の容姿の良し悪しに惹かれてはいない。子リスのような童顔である自分とはタイプが違う顔立ちだなとは思うが、その程度だ。
 そんな手塚はいま、門柱に寄りかかってスマホを手にうつむき加減だ。大翔が注目しているのはその手許、スマホに添えられている指先である。

(ああ、やっぱり手塚さんの手、カッコいい……! この手で昨日僕の足触られたんだよなぁ……)

 思い出すだけでニヤニヤとしてしまいそうになり、慌てて首を振って居ずまいを正していると、「なに変顔してんだ?」と手塚に声をかけられた。

「あ、いえ、べつに……えっと、何か僕に御用ですか?」
「ああ、フェチ会をしようと思って」
「フェチ会?」

 耳慣れない言葉に首を傾げていると、「まあついて来いよ」と言われ、手塚が歩き始める。
 大翔はそのあとを慌てて追いかけるように歩きだし、二人は学校をあとにした。


 学校を出て最寄りの商店街を抜けて住宅街に入り、一軒の戸建ての住宅の前に辿り着いた。表札には『手塚』と出ている。

「ここ……手塚さんの家ですか?」
「そう。親は夜まで帰ってこないから遠慮しなくていいよ」

 そう言いながら中に通され、二階にあるという手塚の自室へと連れていかれる。そうして中へ一歩踏み込んで言葉を失った。

「う、わぁ……」

 広さとして六帖ほどの洋間で、壁には飾り棚が設置されている。その棚には一面「足」に関するオブジェが所狭しと並べられているのだ。
 アプリのアイコンにしている足の骨格標本に始まり、整形外科などで見るような足の模型や陶器の足型、夢の国のお土産品で見るようなガラスの靴のオブジェまである。
 また壁面には足を見せている女性モデルのポスターが何枚も貼られており、そのどれもに手塚のこだわりを感じさせる。
 これでもかというほどの「足」コレクションに圧倒されていると、「退いてるでしょ」と苦笑する声がする。
 振り返ると、足跡がデザインされた麦茶入りのグラスを手に手塚が部屋に入って来ていた。

「いえ、すごいなって思って……。僕も結構手のコレクションしてるんですけど……圧巻です……」
「っはは、俺らそこまで似てるんだな」
「骨格標本、良いですよねぇ。僕も持ってます。あとマネキンも、手のですけど」
「いいよねぇ。いくつか集めたいけど場所とるし、何より親が気味悪がらない?」
「そうなんですよね……それに僕はスニーカーもあるんで……」

 そうだったな、と手塚が苦笑し、大翔もつられて苦笑する。こうしてフェチのあるあるを分かち合える相手と気ままに話せるのはとても楽しい。

(お互いのフェチを満たし合うってこういうなかなか言えないことを言い合うってことなのかな?)

 それならばいつでも応じられるかも……と、大翔が考えていた矢先、「さて、と」と手塚がグラスの麦茶を飲み干して呟く。

「じゃ、どっちからやるか、ジャンケンしよっか」
「へ?」
「じゃーんけーん……ぽん!」

 突然始まったジャンケンで思わず大翔がチョキを出したら手塚がグーを出してきて負けてしまった。
 一体何をどうするというのだろう? と大翔がきょとんとしていると、「はい、じゃあ脱いで」と手塚が言うのだ。

「へ!? ぬ、脱ぐ!? な、え、えぇ!?」
「ジャンケン負けただろ。さっさと脱いで、靴下」
「あ、靴下……」

 何かと思えば靴下を脱げと言われ、大翔は言われるがまま履いていた靴下を脱ぐ。ピノでフィッティングをする場合は真新しい靴下を履いているが、今日はほぼ一日履いていた靴下のままだったというのに。

「んで、そのウェットティッシュで拭いて」
「え、あ、はい……」

 指示されるまま差し出されたウェットティッシュで足を拭く。
 そうしてベッドの上に座るように促されて腰かけると、手塚が当たり前のように大翔の足をつかんできた。

「て、手塚さん!? 何を……」
「なにって、フェチ会だから、フェチを満たしてもらうんだよ。まずは俺からね」
「は、はあ……?」

 どうやら手塚は大翔の足に触れるなどしてフェチ心を満たしたいというのだろう。昨日の保健室で触れた時に理想の足だとか言っていたから、その延長上のことをしたいのかもしれない。

(確かにこれは学校でやるのはちょっとアレかもな……見つかったらそれこそ人生終わりそうだもんな)

 とは言え、こういったことは恋人なんかにお願いすればよいのではないだろうか、と大翔は考えもした。好きな人の足に触れたりすれば、それこそフェチも愛情も満たされるのではないか、と。

「あの、手塚さん、付き合ってる人とかっているんで――」
「ダメだなこれじゃ」
「はい?」

 大翔の質問を遮るように手塚が呟き、それまで手に取っていた大翔の足をそっと押しのける。その表情は憮然としていて不満が前面に押し出されている。

「手塚さん? 何がダメなんですか?」
「君の足だよ。全然ダメだ」
「え……でも、僕の足、理想の足だって言ってたじゃないですか」

 昨日の今日で突然ダメ呼ばわりされるなんて。足自慢であるわけではないが、それでも突然貶されるほどの足でもないとは思っている。
 何より手塚は大翔の足を理想の足だといい、愛でたいから同盟を結ぼうとまで言ってきたのだ。それなのに、この態度は何だというのだろう。
 大翔が戸惑いながら尋ねても、手塚が謝ってくることも発言を撤回する様子もなく、それどころかため息交じりにこう言ってきた。

「確かに足柄くんの足は俺がいままで見てきた中では理想ではあるよ。でもさ、いくら理想でもこんなに手入れされてないなんてさぁ……。宝の持ち腐れだよ」

 確かに大翔はいままでフットケアと言われるものをしたことがない。いままで足を誉められたことがないのだから当然だろう。それなのに足がなってないみたいな言い方をされ、どう答えていいかわからない。

「で、でもさっきウェットティッシュで拭きましたよ!」
「拭くのは最低限も最低限だよ。このかかととか何? ひび割れてるじゃん。指のとこも毛が生えてるし」
「いった! 引っ張らないでくださいよ!」
「これじゃあ俺の手をどうこうってのは難しいかなぁ」
「そんな! お互いのフェチを満たし合うって話じゃないですか!」
「フェチを満たす以前の問題だよ君の足は」
「ええ……それじゃあ僕は今日手塚さんの手に触れないんですか?」
「そうだな。次はもっと手入れしてたら、だな」

 理想だって昨日言ってたくせに! と言い返したかったが、フェチを満たし合うことが前提条件である同盟を結んでいる以上、それを叶える条件が揃っていなくてはならないだろう。
 何より、このままでは大翔が理想の手である手塚の手を愛でることが出来ない。
 しかし何より衝撃的だったのは、足に関することになると手塚の態度が一変し、強烈なこだわりを押し付けてくることだ。

(な、何なんだこの人……! ただの足フェチってだけでも変なのに、ガチじゃんか!)

 大翔もそれなりに手フェチとして個性が強い自覚はあるが、手塚のはそれ以上だ。なによりこだわりが強くて譲る気配がない。

「じゃ、じゃあ僕だって次手塚さんの手、すっごいチェックしますからね! フェチを満たせなかったら、みんなに言っちゃいますからね!」
「へぇ、楽しみだな」

 精一杯の虚勢を張っては見たものの、そんな大翔の背伸びなど見透かすかのように手塚は片頬を上げて笑う。その不敵な笑みに大翔は胸がドキリと音を立てた。
 なんでドキリとしてるんだ……? そう自分の反応に戸惑いつつも、兎に角手塚を納得させなくては、と大翔は心に決め、帰り道にひとり会議を脳内で始めるのだった。