足フェチ先輩は手フェチな僕の足に惹かれている

「え……っと……」

 まずは謝るべきだろうか。そう大翔は考えたが、何に対してどう謝ればいいのかがわからない。
 手塚の手に触れられて声を上げたこと? そもそも手塚の手にフェチズムを感じていること? それともそれらを隠さなかったこと?
 なんにしても気まずいことに変わりなく、大翔は冷や汗をかいてうつむく。
 一方の手塚は目を丸くしてこちらを見つめていたが、やがてあえて何事もなかったかのように目を伏せ、大翔の足を見つめている。これはもう完全無視を決め込んだのだろうか。

(完全スルー……。まあ、そうだよね……フィッティングの時と変わらないつもりで触ったのに変な声出されたらリアクションに困るよね……)

 しかしそれでも、「なに言ってんだよ」くらい言って欲しい気もしたが、それはそれでフェチズムを否定された気もして悲しくなる。我ながら扱いが面倒くさいな……と大翔は半ば呆れてもいた。
 足に触れられただけでこんな声を出してしまうのが露呈してしまったのなら、きっと普段のフィッティングもそういう目で見ているとか感じているとかを手塚に思われるのではないか。
 いやそもそもフェチズムを感じているのでそういう目で見てもいるとは言えるし、そういう対象と言えばそうなんだろうが……だからと言って、それが本人にストレートに知られていいわけではないだろう。
 ああ、もうピノには行けなくなってしまう……折角見つけた理想の手だったのに……そう泣きたい気持ちでうつむいていた大翔の耳に、思いがけない言葉が聞こえてきた。

「あーもう、マジで理想の足じゃん」
「……へ? 理想?」

 大翔の足をしげしげと見つめている手塚が呟いた言葉に思わず顔を上げると、ハッと慌てて口をつぐむ手塚と目が合った。彼もまた、つい先程までの大翔と同じような顔をしている。知られたくないことを知られてしまった――そんな顔だ。
 手フェチの片鱗が露呈してしまった大翔ならまだしも、何故手塚がそんな気まずそうな顔をしているのか。ポカンと口を半開きにして見つめている大翔に対し、手塚はバツが悪そうに顔を背けた。

「わ……悪いかよ。いつもフィッティングで見てるよりもずっと俺の理想の形だったから、つい……」
「理想の形、って……僕の足がですか?」

 男性にしてはとても小さい上に甲高で、靴探しにいつも手塚の手を煩わせている厄介な足なのに。大翔がそんな思いを込めて尋ね返すと、手塚はまずますバツが悪そうに顔をしかめて忌々しそうに答える。

「……そうだよ。俺は形のいい足がすげー好きなんだ。デカすぎない、だけど子どもみたいに小さすぎない、外反母趾(がいはんぼし)でもないきれいで健康的な足が」

 耳の端まで赤く染め上げながら答える手塚の様子に、大翔は何か通じるものを感じ始め、手塚に更に問うてみた。

「だから、靴屋でバイトしてるんですか?」
「……そうだよ。理想の足に当たれば儲けものだなって思って」
「その理想の足って、僕のことなんですか?」
「ああ、まあ……そう、だな……」

 驚いたことに、手塚がピノでバイトをしている理由もまた、理想の足に巡り合うため――つまりは足フにフェチズムを感じることによるようだ。そしてその理由の足が、大翔の足ということなのだろうか。
 全く思ってもいなかった自分とのフェチズムという共通項が発覚し、ただの推し(の手の持ち主)であった手塚の存在をぐっと身近に感じられる。

「だ、誰にも言うなよ! 俺が足好きだからあの店でバイトしてるとか、知られたらクビになりかねないんだからな!」
「い、言いません! 僕だって手塚さんがあのお店からいなくなられたら困るんで!」
「へ? なんで? スニーカーなんて誰から買っても同じじゃ……」
「同じじゃないです!!」
「いや、スニーカーは同じだろう」
「スニーカーはどうでもいいんです!」
「は? どういうこと?」
「手塚さんが……手塚さんの手が、僕の理想なんで!!」

 大翔に足フェチを知られたことで手塚がピノを辞めてしまうかもしれない! そんな想像をして焦った大翔は、勢いで自らも手フェチを告白してしまっていた。
 手塚にピノを辞められてしまったら、大翔が理想の手と触れ合う機会がなくなってしまう。それだけは絶対に避けたい。
 ようやく巡り会えたダビデ像のような手である手塚の存在は、大翔にとってもはやただの推しと言うだけでなく、理想の具現という存在なのだから。
 しかし何の脈略もなく唐突に自分の手が理想だと告白された手塚は、当然のことながら呆気にとられてポカンとしている。
 驚きのあまり返答に窮している手塚の様子を見て、大翔は自分が口走った言葉が速まっていることに気付かされたが……もう遅い。

「手……? 君、俺の手が……その、理想なわけ?」
「え、あ、えっと……」
「だから毎週のようにうちの店に来てて、毎月のように俺が勧めたスニーカー買ってたっていうのか?」
「あ、えっと、えっと…………そう、です…………」

 ああ、もう終わった。いままで散々、それも毎度短くない時間をかけて接客してもらっていたのに、そうして購入してきたものはただの欲求を満たすだけの口実でしかなかったことがバレてしまったのだから。
 きっともう手塚からは呆れられて愛想をつかされ、今後店に行っても接客してもらえるかわからない。それどころか、他の店員にまで吹聴されてピノ自体に行けなくなってしまうかもしれない――そんな悪い方へと想像が膨らんでいく。
 やっと巡り会えた理想のダビデ像の手だったのに……もうこの世の終わりだと言わんばかりに肩を落としてうな垂れていると、「……なるほどな、そういうことか」と、手塚が呟くのが聞こえた。

「おかしいと思ってたんだよな。毎月のように買っていくのに、それを履いて店に来ることがないし、靴の感想を言うでもないし」
「う……それは……靴が高くてもったいなくて……」
「しかもどう見ても高校生か中学生なのに進められるがまま高いやつも買っていくからさ、店長とかから『あの子大丈夫?』なんて聞かれてたんだよな」

 どうやらフェチが露呈する以外の要素で、ピノで大翔は有名になってしまっていたらしく、その至極もっともな話に返す言葉もない。
 フェチではないことで手塚や他の店員たちに存在を知られてしまっていることに居た堪れなさを覚えた大翔は、恥ずかしさで穴があったら入りたい気分だった。

「……すみません。でも手塚さんの手に触れてもらうにはたくさんフィッティングしてもらわなきゃだし、そうなったらやっぱりお礼に一足くらい買った方がいいかなって思って……その……推し活みたいな感じで……」

 推し活と言えばちょっとは居た堪れない場の空気が緩和するかと思ったが、手塚の眉間に寄ったしわが緩むことはなく、呆れたようにため息をつかれてしまう。

「理想の足に出会いたいがために靴屋でバイトしてる俺が言うことじゃないかもしれないけど、君も相当だな」

 それはそうだろう。靴ではなく店員の手が目当てで店に通い詰めていると店に知られてしまったら、警戒されて当然だろう。それを承知の上で安くはない買い物までしているのだから、相当に重症な推し活と言われても仕方ない。
 これはもういよいよピノへの出禁が確定だろうか……そんなことすら頭に過ぎり、大翔は絶望すら覚え始める。
 こうして同じ学校であることが発覚し、その上保健室で思いがけず二人きりになったのも、神様とやらの最後の粋な計らいなんだろうか……。
 そんなことすら考えていた時、「なあ、考えたんだけどさ」と、手塚が不意に声をかけてくる。

「足柄くんは俺の手が理想で、この手に触れられたくてピノに通ってたんだよな?」
「……そうです」
「そんで、俺は理想の足に巡り会いたくてピノでバイトをしていて……足柄くんの足に出会った、と」

 事実確認をするように手塚がいましがた判明した事柄を整理していくように呟いている。それは整理すると、お互いのフェチズムが判明した上に、お互いの手足がそれぞれの理想だということだ。
 お互いがお互いの理想――その言葉が過ぎった時、手塚が改まった様子で大翔の方を向き、こう告げてきた。

「あのさ、俺ら『フェチ同盟』組まない?」