足フェチ先輩は手フェチな僕の足に惹かれている

 手塚から購入したスニーカーは、基本大翔は普段用に使用しないようにしている。理由は単純に普段使いできるほど気軽な金額で購入したものではないからだ。
 毎回月々の親からのお小遣いと貯金を加えて勧められたスニーカーを購入しているのだが、渋沢栄一が軽く二人分は飛んで行く金額であるため、ただそっと部屋のクローゼットに仕舞われている。そして時々そっと出してきては、そのスニーカーのフィッティングの時のことを思い返してニマニマとするくらいだ。もちろん家族には秘密にしている。
 履くときがあるとすれば、「絶対に晴れる予報が出ている日」であり、かつ「体育など汚れる恐れのある授業のない日」であることが絶対条件としてそろった日だけだ。年に何回もあることではない。
 そして今日がその条件の合ったレアな日で、かつ、大翔はすこぶる機嫌が良かった。

「むふーッ。前々からSNSで噂されていた手タレさんの専門写真集の発売が決定したー! これは買わなきゃだよねッ!」

 手塚に何足もフィッティングしてもらっただけあってスニーカーはあつらえたように大翔の足にフィットしている。履き心地も抜群な上に歩きやすい。登下校しか履かないが、それは靴の状態を保つのに程よい使い方だと改めて思っている。
 その上に以前からSNS上でちらちらと噂され、期待がどんどん膨らんでいた写真集の公式な発売日告知が告知されたこともあっていよいよテンションが上がっていく。

「問題は写真集がいくらかなってことだけど……いやいやこれは僕の生きていく糧。必要経費だ!」

 手フェチである大翔にとって、手専門のタレントはいわゆる推しに近い存在と言える。そんな彼らにかけるお金は推し活の一環における必要経費と言っても過言ではないが……ただの高校生に過ぎない大翔のどこから経費として下りるのかはこの際不問にしておくべきだろうか。

「うーん、でもまた貯金を切り崩さなきゃだな……来月ピノに行けるかな……時短バイトでもしようかな……」

 そんなことをブツブツと呟きつつ、大翔は靴を履き替えるべく学年玄関へ向かおうとしていた。視線は手許のスマホに落ちていて、全く足元も周りも見ていなかった。
 放課後の廊下や階段では部活や帰宅に急ぐ生徒たちが行きかい、慌ただしく走っていく者もいるのだが、大翔は全く気に留めていない。いつも通りの放課後の風景――のはずだった。

「あ、危ない!」

 どこからかそんな声がしたが、大翔は気に留めず階段を降りようとして――その先がないことにようやく気付いた。
 あれ? と思った時には体がずるりと下に滑り、そのままダダダッと落下していったのだ。

「わ、あ!」

 大翔の叫びに周囲がわぁっと注目し悲鳴すら上がったが、ただ幸いに一番下に落下してしまう手前で手すりをつかみつつ階段に足をついたので、どうにか大ごとにはならなかった。

「いってぇ……」

 だが着地をした際に足を変な体勢で着いてしまったらしく、階段から立ち上がろうにも痛みが走ってうまく立ち上がれない。ど真ん中でうずくまっていて邪魔になるのはわかっているのだが、どうにも動けそうにない。
 どうしよう、困った……そう痛みと焦りでイヤな汗をかいていると、「どうした?」と声をかけられた。ちらりと視界に入った制服のネクタイの色から相手が上級生――緑色のネクタイなので恐らく二年生だろう――であることがわかり、大翔は慌てて立ち上がろうとする。しかしその瞬間にまた痛みが走りうずくまる。

「す、すみません! すぐにどきま……ッいった!」
「何だよ、立てないのか? 手を貸せ」
「え、あ、すみませ……え?」

 差し出された手――ダビデ像を彷彿とさせるしっかりとした骨格、きれいに切り揃えられて手入れされて形のいい爪、何よりくっきりと浮かんだ血管――に見覚えがあり、大翔は驚き顔を上げた。

「……手塚、さん?」

 見間違うはずがない手を前にし、大翔は驚きで声が出なかった。まさか推しとも言える理想の手の持ち主が、同じ高校の生徒だったなんて思いもしなかったからだ。
 しかし驚きを隠せないのは相手も同じなのか、切れ長の目を大きく見開きぽかんと口を開けている。

「え……足柄さん?」

 何でここに、とお互いに言いたい気持ちを口に出来なかったのは、普段とあまりにかけ離れた場所での遭遇だったからだ。
 見つめ合ったまま言葉を失っている二人を、他の生徒たちが遠巻きに見ながらすれ違っていく。衝撃とも言える再会に、大翔も手塚も瞬きすらできなかった。


 階段のど真ん中でいつまでも見つめ合っているわけにはいかないので、ひとまず大翔は差し出された手を取り立ち上がろうとする。しかしやはり足が痛んでしまい、立ち上がれてもよろけてしまいそうになる。

「俺に寄りかかれよ。保健室まで連れて行ってやるから」

 店とは違い横柄な態度ではあったがそう促されたので、お言葉に甘えて身を預けるようにし、大翔は手塚と共に一階の保健室を目指す。足が痛むことに神経が行きがちだが、思いがけず手塚の手を取っていることもあり、大翔の頭の中はかなりパニックになっている。手塚の横柄な態度なんて気にならないほどだ。

(え? え? 僕いまダビデの手と手を繋いでるの? あああ、やっぱり大きくてしっかりしてて最高の手だ……ッ! 指先も荒れてないし……ああ、このまま永遠につないでいたい……)

 そんなことを悶々と考えながらもどうにか亀の歩みで保健室を目指し、ようやくたどり着くことができた。

「先生は……いないみたいだな」

 そう言いながら手塚は大翔を椅子に座らせ、「どうしたもんかな……」と言いながら、大翔の足許にしゃがみ込む。いつものフィッティングの時と同じような体勢に、触れてもらえるのでは、と勝手に期待値が上がってしまう。

「足、どうなってるか診てもいいか?」
「え、あ、は、はい!」

 あくまで手当てのためだとわかっているのに、期待通りの展開に大翔のテンションと緊張が一気に跳ね上がっていく。

(て、手塚さんの手が! ぼ、僕の生足に! 直にぃ……ッ!!)

 先程繋いで触れたての感触がまだ生々しいせいもあってか、上履きを脱がされ、靴下を脱がされていく過程だけで心臓がひどく騒がしい。
 いつもの学校で推し(の手)に会えただけでなく、思いがけず触れてもらえるなんて……夢でも見ているのかという状況に、大翔は爪先が震えそうだ。
 そっと手塚の手が大翔の右足を自分の太ももの上に載せ、「ちょっと触るぞ」と言いながら足首のあたりに触れてきたその瞬間、大翔は堪え切れなかった。

「ン……ッは、あ……ぅッ」

 挫いたことによる多少の痛みもありはしたかもしれない。しかし手塚は別に指先に力を込めていた感じではなかったし、患部に触れるのでむしろ慎重な手付きだったと思う。患部にすら触れていたかどうかさえ怪しいところだ。
 しかし、大翔は手塚に触れられた瞬間、堪え切れず甘い声を漏らしてしまったのだ。うっかりため息をついた、と言い逃れできるようなものではなく、明らかに手塚の指に官能的な何かを覚えたような声色を。
 発した瞬間、大翔は慌てて自分の口元を手で覆って塞いだが……すでに遅かった。向かい合う手塚もまた目を見開いてこちらを見上げ、呆気にとられている。
 大翔が手塚の手に官能的な反応を示してしまったのは明らかで、二人きりなのだからごまかしようがない。

(ヤバい……やってしまった……)

 大翔は体中の血の気が引いていくのを感じながら、蒼ざめた顔で手塚を見つめる。
 遠くグラウンドの方で運動部の掛け声が良く聞こえるほどに、保健室内は静まり返っていた。