足フェチ先輩は手フェチな僕の足に惹かれている

「ああ、今日もいる……!」

 中学時代に自分のフェチズムを他人に明かさないと硬く心に決めた大翔は、それからは基本、自宅の自室でのみフェチズムを堪能するようにしている。
 しかしそれでもやはり生身の手の魅力には抗いがたく、外出先などで心惹かれる手に出会うとつい引き寄せられてしまう。
 それがすれ違った通行人ではなく、近所の店の店員であったりすればなおさらで、大翔は足しげく通ってしまうのだ。
 その中でも最も推しな手の持ち主の姿を大翔はいま店内ディスプレイの影からそっと見守っている。相手はいま他の客の接客中だからだ。
いまいる店はショッピングモール内の靴屋・ピノで、相手はそこのアルバイト店員だ。大翔は推しの接客が終わるのを待つため、周囲の商品を見て回るふりをして様子……というか、彼の手を見つめていた。
 すらりと背が高い彼は、店員同士お揃いの緑のエプロンを身に着けている。スッキリと短く刈られた黒い髪に一重の切れ長の目が一見すると近寄りがたいが、大翔はそれが優しくほどけてくれるのを知っている。
 そして何より、彼の魅力はその手だ。

(はぁ……今日も最高にカッコいい……ダビデ像を彷彿とさせるしっかりとした骨格、きれいに切り揃えられて手入れされて形のいい爪、何よりくっきりと浮かんだ血管がたまらない……!)

 もし許されるのであれば、モール内の館内放送で語り尽くしたいほどにその店員の手は大翔にとって魅力的だ。もちろん、小柄で小心者で見た目も子リスのような大翔にはそんな大それた行動なんて到底無理だけれども。
 しかし、ただ遠巻きにダビデ像に重ねて見つめるだけが大翔の目的ではない。

「あれ、いらっしゃい、足柄さん。また来てくれたんだ」
「こ、こんにちは、手塚さん」
「今日は何をお探しで?」

 接客を終えたらしい手塚が大翔に気付き、声をかけてくる。顔なじみになって名前を覚えられ、挨拶をされるくらいに大翔はこの靴屋に通っているのだ。

「今日は新しいスニーカーが出たってお店のサイトで見たんで、どんなのかなって見に来ました」
「そうそう、このニューバランスの新作。結構ゆったり目だから、甲高(こうだか)の足柄さんでも履けるんじゃないかな」

 そう言いながら手塚は早速スニーカーのコーナーに案内してくれる。
 大翔は小柄な160センチで足のサイズは24.5センチ。男性にしては小さめのため、メーカーによってはサイズが作られてなかったりする。その上足の甲が人よりも高めの甲高タイプの足でもあるため、より一層靴が見つけにくい。

(でもそのお陰で、手塚さんと話せるようになったんだもんな)

 そう考えながら、大翔は最初にこの店に訪れた時のことを振り返る。


 あれは今年の春先のことだ。高校入学を前に新しい靴を買いに来たのだが、いつものように靴探しが難航していたのだ。

「すみません、僕みたいな足でも履ける靴ありますか?」

 そう、たまたま手近にいた店員――手塚に声をかけたのがそもそもの始まりだ。
 声をかけられた手塚は、在庫を確認するのではなく、まず大翔を椅子に座らせて足の状態を見始めた。

「失礼しますね……ああ、このタイプだったら……そうだな……」

 そう言いながら丁寧に、それこそガラスの靴をシンデレラに履かせる王子(王子が履かせたかは不明だが)のような手つきに、大翔は目を惹かれた。
 そして何より、大翔の足を包み込むようにして触れている手が、まさに理想としているダビデ像のものとそっくりだったのだ。

「……ダビデみたい」
「え?」
「あ、いえ……手が、カッコいいなって思って……」

 つい呟いてしまったダビデ発言を誤魔化そうとしたのだが、余計に墓穴を掘りかねない発言をしてしまい、大翔は慌てて口をつぐむ。
 言われた手塚はきょとんとしていたが、すぐにくすりと微笑むだけにとどめ、特に嫌な顔をしなかった。
 突然手を誉めたりなんかして退かれなかっただろうか。そんな心配と共に、甦るのは中学時代のクラスメイトの冷たい言葉。

「そうですか? ありがとうございます」

 しかし手塚は一瞬きょとんとしつつも不快そうな表情はせず、スマートに礼を言って在庫確認に戻っていく。
言われ慣れているのだろうか? そう思えるほど自然な受け答えだった。それが、大翔にはホッとすることでもあり嬉しくもあった。フェチをチラつかせて嫌がられなかったのはかなり安心できる材料だからだ。
 それからも手塚はニューバランスやムーンスターなど甲高な人でも履きやすいというメーカーのスニーカーを出してきてくれ、一足ずつ丁寧に試し履きさせてくれた。
 しかし気が付けば十足以上も在庫を引っ張り出して来ていて、ここまで試し履きをしてしまって断れるとは思えない状況だ。

「ちょっと失礼しますね……きつくないですか?」

 そう言いながら大翔の足に触れてくる指先は、想像していた通りがっしりと骨太でたくましく、かかとや足首に触れられると包まれているように安心できる。どの靴を履くときもしっかりと確認をしてくれる丁寧さもあって、通常の店員のフィッティングより密着度がある気がしてくる。だから余計に、大翔は手塚の手の魅力に惹かれていった。

「……これだ」

 これこそ求めていた手だ。大翔ははっきりと確信した。いま自分の足に触れ、靴のフィッティングをしてくれている彼の手こそ、大翔がずっと探し求めていた理想の手と言えた。

「俺に気を遣って無理しないでくださいね。買わせるのが目的とかじゃないんで」

 手塚は大翔が試し履きの多さに気を遣って無理に買おうとしていると思ったのか、そう苦笑していたが、大翔としては靴も手も求めているものだったので問題なかった。

「大丈夫です。これ、ください!」

 そうして大翔は、目的の靴と共に理想の手と巡り会うという幸運を手に入れられた手フェチとなったのだ。



――と言ったことをきっかけに、大翔はピノに通い詰めている。毎週のように店を訪れ、手塚にスニーカーの新商品の話を聞いたり試し履きをさせてもらったりしている。

「これが新作なんだけど、履いてみますか?」
「是非!」

 手塚の言葉に食い気味に返事をし、早速陳列棚から新作だというスニーカーを取り、試し履きをすることになった。
 試し履きとなれば当然のように手塚が、座っている大翔の足許にひざまずくように座り、フィッティングを始める。これはもうピノに通い始めて半年近く、ほぼお決まりの流れだ。

「こちらは今回の限定色で、ユニセックスデザインなんです。メッシュ地が通気性を良くして蒸れにくくしているから、これからの時季にぴったりじゃないかなと」

 そう商品を手に取りながら説明している手塚の手許を、大翔は食い入るように見つめる。スニーカーをしっかりと握る手の様子から、これが自分の体――例えば手であるとか首であるとか――に触れたなら、どんな感じになるだろう。そんなことを考えながら、説明は聞いてはいるものの右から左で、その分手塚の手の動きは一瞬たりとも見逃すまいと構えている。
 そうしていよいよフィッティングとなり、大翔が最も楽しみにしていることでもある。
 ピノに訪れる時、大翔は必ず新品の靴下を履くようにしていて、それは手塚の手に失礼がない様にという配慮でそうしているのだ。

「では失礼しますね」

 顔なじみになってどんなに態度が砕けて来ても、フィッティングの際に必ず手塚はこう声をかけてくる。その丁寧な姿勢もまた、大翔の中で彼の手によるフィッティングの魅力を爆上げしている要素でもある。
 するっとスニーカーに足を挿し込み、かかとやつま先を合わせていく。グッと詰まるような感触や、逆にすかすかと抜けるような感触はないかを大翔も確かめる。
 でもメインは、手塚の手で触れられて直接確かめてもらうことにあると言える。

「うん、ぴったりみたいですね。履き心地はいかがですか?」
「すっごい良いです! 軽くて、歩きやすそう」

 靴の感想に嘘はないが、軽く感じられるのは靴のデザインのせいだけではない気もするのは言い過ぎだろうか。手塚に丁寧に触れて合わせてもらった靴は、いつもどれも大翔の難しい足にぴったりフィットしてくれる。お陰で、大翔は以前より格段に靴選びが楽しくなっていた。

「そっか。それは良かった。で、今日はどうします?」

 どうする、と言うのは、フィッティングいた靴を購入するかどうかということだ。毎週のように手塚のもとに通い、フィッティングまでしてもらっている大翔は、月に一度必ず決めていることがある。

「買います! これください!」

 そう、フィッティングしてもらった靴を購入することだ。手塚は靴の中でもスニーカーに詳しいためか、必然的に買うものはスニーカーばかり。しかもほとんどが有名スポーツメーカーのもので、そう安価とは言えないものだ。

「いつもありがとうございます。でも、大丈夫ですか? 俺が言うのもなんだけど、ニューバランスとかのやつって結構するし、足柄さん学生さんでしょう?」
「だ、大丈夫です! 僕、貯金あるんで!」

 貯金があるのは本当だが、誇れるほど多額にあるわけではない。幼い頃からコツコツ貯めてきた小遣いは、いまこうして推しである手塚の手に触れられるために活用されている。
 しかし手塚が大翔のそういった事情を知るわけではないので、「そう? ならいいけど……」と、苦笑しつつスニーカーを持ち帰り用のショッパーに詰めてくれる。
 そうして購入したスニーカーを手渡され、大翔の推し活とも言えるピノでの時間は終わりだ。次はまた、来月の小遣いを待たなくてはならない。

「はー……今日もいっぱいフィッティングしてもらえたぁ……やっぱり手塚さんの手は最高だな」

 帰り道、ピノのショッパーを提げて歩く大翔の顔は晴れやかでほころんでいる。いまもまだ足に残る手塚の手の感触を思い出しながら、幸せを噛み締めているからだ。
 欲を言えば、靴や足に触れている以外での手塚の手を観察してみたい。でも彼がどこに住んでいるのかとかバイト以外は何をしているのか、学生なのかフリーターなのか、それすらもわからない。

「来週もフィッティングしてもらえるといいな……。ああ、やっぱ手塚さんの手が、こう……グラスもっていたりするところも見てみたかったりするんだよなぁ……休憩いつなんだろう」

 しかし何より大翔にとって重要なのは手塚のあの手で触れてもらうこと。たとえそれが、靴屋の店員として仕方なくしていることであったとしても、合法的にあの手に自分の一部が触ってもらえるならそれでいいと思っている。
 思ってはいるが、やはり手フェチとしては他のシーンも見てみたくもある。
 しかし靴屋の店員とその客として出会ってしまった以上、それ以外のことを望むのは難しい。
 これは叶わぬ夢だな……と、ため息をつきながら、大翔は今月の推し活の戦利品を抱えて帰るのだった。