【完結】足フェチ先輩は手フェチな僕の足に惹かれている

 手塚が『お守り』の写真をクラスメイトに見せていたことが発覚してからというもの、大翔はその写真を見ることをやめた。
 一度は写真をデータ削除するかどうかも迷ったが、元のデータがメッセージアプリにある以上、あまり意味がないかと思い保留している。

「あ……またかかってきてる」

 あれから数日が経ち、日付的にもう合宿は終わっている頃のはずだからか、スマホには手塚からのメッセージや着信が何件も入っている。しかし大翔はそれには一切応じていない。
 一度だけアプリを開いてメッセージを読んだのだが、それにも返事を出来ないままでいる。

『この前のこと、ごめん。でも、俺の話も聞いて欲しい』

 確かそんな風なことが書かれていたと思うが、しっかり読んだわけではないので憶えていない。憶えていないというか、あえて記憶しないようにしているとも言える。

「いまが夏休みで良かった、ってことは確かなのかな……」

 夏休み中であるため、手塚と校内で出くわすようなことはない。ただその分、折を見て手塚が連絡を取ろうとしてくるのだが、大翔はやはり応じる気にはなれなかった。
 仲間だと思っていた、特別な存在になっているのかとさえも思っていた。それなのに、手塚にとっての大翔はそうではなかったのだろうか。

「フェチを隠そうって、だから同盟組もうって言ってきたのは手塚さんなのに……」

 何がそんなに手塚に対して許せない気持ちでいるのか、大翔はあれからずっと考えている。時折、ボディバックに付けているキーホルダー――手塚がアミューズメントパークでくれた記念品の――が目に入っては、何とも言えない苦いものを覚えながら。

「そう言えば手塚さん、テスト大丈夫だったのかな」

 合宿最終日のテストが一定以上の成績でないとバイトを辞めさせられるかもしれないと言っていた気がする。
 その合宿が苦痛で辛いから、『お守り』に写真をと言ったのだったが……

「まさかそれが他の人に見せられてるなんて……約束と違うじゃんか……」

 そうしてまた同じところに気持ちと考えが戻ってきて、うつうつと考えてしまう。一応学校からの課題などにも取り組んではいるものの、全く手につかない。
 手塚が約束を守らなかったことも当然モヤモヤしているのもあるが、それ以前にバイトがどうなったのかも気になってくる。

「……あれだけしたのに、ダメでした、なんてなってないよね……」

 それはそれで腹立たしい。なんだか自分の写真が手塚の気持ちを乱した原因になっているんじゃないかとさえ思えてくる。

「……いや、べつに、手塚さんがどうなろうと、どう思おうと僕には関係……」

 ない、と言いかけて胸がじわりと痛む。関係ない、もうどうでもいいと思うのならばなんでこんなにうつうつと考えてしまうのだろう。バイトがどうなったかなんて、本当にどうでもいいのならばもう考えることもないはずなのに。
 部屋の壁掛けの時計は午後の二時を指している。普段休日シフトの時は、昼間でも手塚は店に出ていた覚えがある。そして大翔は何の予定もない。

「うーん……これは、行けってことなのかな」

 行けということ、つまりは手塚に会えということだろうか――そんな言葉が浮かび、大翔は慌てて首を振る。

「べつに、会いたいわけじゃない、し……」

 でも、会えるかもとなったらほんの少し気持ちが上向きにそわそわしてしまうのはどうしてなのだろう。
 そんなことを考えながら大翔は寝転んでいたベッドから立ち上がり、キーホルダーのついたボディバッグを肩から斜めにかける。
 そうして手塚にフェチ会遠征の時に選んでもらったサンダルを履き、家を出た。


(あくまでバイトが続けられてるかを見に行くだけ……べ、べつに会いたいからじゃない……)

 誰に対してかわからない言い訳をしながら、大翔は通い慣れた道を歩いてピノを目指していく。
 夏休み中とあってモール内は平日の午後でもそこそこに人手があり、にぎやかだ。
 ピノの周辺も親子連れを中心に買い物客が多く、店員は忙しそうに立ち回っているのが見える。その中に、よく知る緑のエプロンの手塚の姿があった。

「あ、テスト大丈夫だったんだ……」

 それだけが知れてまずはホッと安堵したのだが、すぐにまた「いや、べつに僕にはもう関係ないし……」と慌てて否定する。
 とは言え、手塚からの連絡に応じていない現状でこっそり顔を見に来ているのが知られるのは何となく気恥ずかしい。「来るんだったらメッセージに返信しろよ」などと言われてしまいそうだ。

(でもな、どういう返事をしたらいいかもわからないし、ましてやどんな顔して会ったらいいのかもわからないんだよな……)

 そんなことを悶々と店のそばで考えてうろうろしていると、「何かお探しですか?」と、ピノの店員から声をかけられた。
 驚いて大翔が振り返ると、その店員はおや? という顔をし、「もしかしていつも手塚が応対させていたただいている方ですよね?」と言うのだ。
 まさか手塚以外にも顔を知られていると思わなかった大翔は、とっさに「違います!」と返そうとして、「はい!」と何故か元気よく返事をしてしまったのだ。

「ああ、やっぱりそうでしたか。いつもありがとうございます」

 店員はどうやら手塚の同僚らしく、ニコニコと愛想よく挨拶してくれる。
 あまりピノに長居をして手塚に見つかると居た堪れないので、早々に退散したかったのだが、どう店員をかわせばいいのかわからずそのまま接客されてしまっていた。

「今日もスニーカーをお探しですか?」
「ああ、ええ、はい……」
「手塚はいま他のお客様の接客中ですので、僕の方で良ければフィッティングなどさせて頂きますけれど」

 気まずい今の状況で手塚と面と向かい合う勇気はなかったので、この店員にお願いすることにした。遠くの方で手塚がこちらを窺っているような視線を感じたが、大翔は気付いていないふりをした。

(だってもう、僕は手塚さんとはフェチ同盟を解除したんだし。だったらもう、接客してもらうこともないよね)

 とは言え、今日は手塚の様子見が目的で、買う気などさらさらない。それでもいつもピノに来て買い物をしていることを知られているせいで断りにくかった。
 早いとこお店を出たいのに……と、そわそわしている大翔の様子を知ってか知らずか、店員は早速手に何足かスニーカーを手に戻ってくる。

「お足元失礼いたしますね……ああ、お客様は結構サイズが小さいんですね……となるとこちらがいいかな」

 そう言いながら進められたスニーカーは、いつものニューバランスやムーンスターのものではなく、アディダスのものだった。履けなくはないのだが、甲高である大翔には少々厳しいメーカーになる。

「いかがですか? この夏の一押しなんですよー」
「あ、はい……ちょっと、甲がきつい、かな……」
「そうですか? 紐を緩めてもダメそうですかね……」

 そう言いながら店員は靴の調整をしてくるが、大翔の足は窮屈さが抜けない。これをもし買ったとしても、痛くて履く気になれないだろうし、履いたとしても長時間歩くのは難しい気がする。

(もし手塚さんだったら……こういう時どうしてたかな……)

 手塚がフィッティングをしてくれたなら、きっとすぐに大翔の足の甲が窮屈な思いをしていることに気付いてくれるだろう。靴紐の余裕やかかとの感じから、この靴が大翔の足に合っているかどうかを見極めてくれたかもしれない。
 なんにしても、手塚だったならこういう足が痛くなるようなフィッティングはしないだろうな、と大翔は思ったのだ。

「うーん、これイチ押しなんですけどねぇ……」

 店員は心底残念そうにため息をつき、勧めていたスニーカーを片付け始める。その態度が先程までと違って素っ気なく冷たいものに感じられ、大翔はなんだか居た堪れない想いがしていた。同じピノの店員なのにこうも違うものなのか、と内心驚いてもいた。

(手塚さんなら、ごり押しするようにおすすめ買わせようとしたりしない。フィッティングだって、もっと特別感があって、優しくて――)

 手塚のフィッティングは、それはもうお姫様のような扱いだった。大翔の足を理想の形と言っていたこともあってか、フェチ会でもいつも大翔の足を手塚は特別なもののように扱ってくれていた気がする。
 間違っても、一押し商品を買ってくれない客はがっかりだと言わんばかりの態度は取らなかった。少なくとも、客の前では。

「何がそんなに手塚さんと違うんだろう……態度とかじゃなくて、もっと根本的な何かが違う気がする……」

 居た堪れない想いをかけたまま大翔は肩を落としてピノをあとにし、帰る道すがらぽつんと呟く。
 ピノから少し離れたところで振り返ると、遠く手塚が忙しそうに接客をしている姿が見えた。
 自分から同盟を解除だと言っておきながら、いざ別の店員が自分の足をフィッティングするとなると気に入らないと思ってしまう。
 なんて我儘なんだろうと自分で呆れつつも、この足を手塚の手以外に触られるのがなんだか我慢ならない気持ちもそこはかとなくある。

「何なんだろう……このヘンな気持ち……」

 手塚のこと、フェチ同盟のこと、考えれば考えるほど大翔の頭は困惑して渦巻いていく。
 折角梅雨明けしたばかりの夏の夕暮れもかすんで見えるほどに、大翔の心は浮かない気分だった。