【完結】足フェチ先輩は手フェチな僕の足に惹かれている

『もしもし? 俺だけど』

 ベタな特殊詐欺のような手塚の言葉に、「何やってんですか!」と、大翔はいつになく鋭くツッコんでしまう。手塚から聞いていた予定時刻ではいま自由時間直前ではないだろうか。

「いいんですか、電話なんてして。他に人がいるんじゃ……」
『二人部屋なんだけど、同室のやつがまだ風呂だから平気だよ』

 ということは手塚は早く入浴を切り上げてきたと言うのだろうか。でも一体何のために?
 そもそも、一週間は会えないからと言われ、そのためにお守りである写真を撮り合ったはずなのに何故いまになって電話なんてしてきているのだろうか。
 なにから聞こうかと大翔が言葉に迷っていると、『あのさ、いま部屋?』と手塚が話しかけてくる。

「はい、自分の部屋ですよ」
『よし、じゃあビデオ通話しよう』
「ええっ!? そ、それはさすがにダメなんじゃ……」
『ちょっとだけ。ちょっとだけ足柄くん見たいんだよ』

 大翔を見たい、と言われ胸がドキリと音を立てる。大翔を、と言っているが、きっと大翔の足を、の言い間違えだろう。そうわかっているはずなのに、妙にドキドキしてしまう。
 幸い大翔はいま風呂上がりで、足もちゃんとフットケアしたあとなのでビデオ通話で見せること自体に問題はないと思われる。
 とは言え、いつ画面の向こうにヒトが来るかもしれない状況でのビデオ通話は気が引けてしまう。

「本当に大丈夫ですかね……」
『三分で良いから! でないともう俺、HP底つきそうなんだよ……』
「そこは頑張ってくださいよ……『お守り』持ってるじゃないですか」
『持ってるけどさぁ……やっぱ生身には敵わないんだよなぁ』
「……ビデオ通話も生身じゃないですよ」
『リアタイではあるだろ。それに、足柄くんだって限界なんじゃない?』
「ええ……でも……」
『オンラインフェチ会しよう、足柄くん』

 電話越しの手塚のくすりと笑う声に、大翔の心臓が跳ねる。まさについさっきまで『お守り』である写真を眺めてため息をついていたのだから。
 それだけでなく、手塚の思い掛けない表情を捕らえている一枚にも気付いてしまっていたこともあり、あの表情をいま向けられているのかも想像するだけで一層心臓が騒がしくなっていく。

「そ、それは……えっと……」
『どうする? やる? やらない?』

 電話越しで耳元に手塚の声がするせいか、無意識にそこで囁かれているような気までしてくる。まるであのボーリングの時のように背後から抱きすくめられている感じにも似ている。
 あの大接近してドキドキした感じをもう一度味わえるのかも――そう淡い期待を抱いた大翔は、ごくりと喉を鳴らして答えた。

「や……やります!」

 そうして大翔は手塚に指示されるままスマホの通話をビデオ通話にし、そっと足元に置いたスタンドに立てかける。
 同時に手塚もビデオ通話にしたようで、パッと画面が切り替わった。数日振りに見る手塚の姿は、基本制服姿かピノのエプロン姿であるせいか、風呂上がりの姿は初めてで新鮮だ。

『見えてる?』

 そう言いながらひらひらと大翔に向けて手を振ってくる手塚に、大翔はほのかに懐かしさすら覚え、胸がキュッと切なくなった。たった数日、しかも互いの写真も持っているというのに、もう何カ月も会えなかったかのような気さえしてくるのが不思議だ。

「はい、見えてます。手塚さん、ちょっとやつれました?」
『やっぱそう見える? もうさー、朝から晩までガチで勉強漬けでさぁ……毎日俺HPゼロだよ』

 自主勉強をすることはもちろん、補習授業的なものも行われるらしく、なかなかにハードな合宿のようだ。
 大翔たちの学校は近隣地域の中でも進学校というほどではないが、有名大学にはそれなりに合格者を出していることで知られている。その割には校風が緩いなと思っていたが、まさかある程度の基準に達しないとこういうペナルティが待っているとは思わなかった。

『足柄くんもさ、いまの内にちゃんと勉強しといたほうがいいよ。合宿マジ地獄だから』

 大げさでなくそう嘆きつつ脅してくる手塚の言葉に、大翔はこくこくと画面に向かって大きく頷く。
いまのところ大翔は進級の危機に瀕するような成績ではないが、この先勉強が難しくなっていけばどうなるかはわからない。興味関心があること、つまり手に関すること以外にもちゃんと関心を持たないといけないんだな、と痛感させられていた。
しかしこうなってくると、疲弊するほど勉強に追われている手塚が気の毒になってくる。HPが毎日ゼロになるというのも無理もないことかもしれない。

(そうなると、オンラインフェチ会をやってあげた方がいいのかなって思えてきちゃうよなぁ……)

 なんと言うか、手塚は自分の希望の方へ物事を導くのが上手い気がする。そもそもフェチ会を言い出したのだって手塚だし、『お守り』のことにしたって、このオンラインフェチ会にしたってそうだ。

「……手塚さんって営業向きですね」

『え? どういうこと?』と、手塚が画面の向こうできょとんとしている。その様子がいつもより無防備に見えて可愛らしく見え、大翔はくすりと笑ってしまった。

『足、見せてくれる?』

 そう促されて大翔はスマホの方に足を近づける。ただずいっと前に押しやるだけでは足の裏を映すだけになってしまうので、先端が見えやすい、爪先立つような格好をしながら。
 ただスマホのカメラに爪先を近づけているだけなのに、ほのかに手塚の気配を感じてしまうのはどうしてだろう。まるですぐ近くに彼の鼻先があるようで、吐息まで感じる気さえしてくる。

『へぇ、ちゃんとフットケア出来てるじゃん』

 その言葉が、爪先に伝わりじんわりと大翔を痺れさせる。フェチ会の時、手塚はフットケアが行き届いているといつもこう言い、そして時折頭や足を撫でてくれることがある。その感触を思い出してしまい、大翔は一人頬を染めていく。

(ただ足を映しているだけなのに……何でこんなにドキドキするんだろう……いつもは、直(じか)に触ったりしているのに……)

 いつもとは違うシチュエーションだからなのか、それともいつだれが来てもおかしくない状況での通話だからか、やたらと背徳感が煽られて興奮してしまう。

「HP、回復しそうですか?」
『そうだなぁ……指のところも良く見せてよ。あと、かかとも――』

 どうやら手塚を元気づけることは出来ているようだ……と、大翔がホッと安堵の息を吐いたその時、『手塚ぁ、誰か部屋いんの~?』と画面の向こうから大きな声が聞こえてきた。
 そして同時に手塚の方の画面が揺れ、ブレていく。

「手塚さん? どうしたんで……」

 同室の生徒が戻ってきたのだろうか。画面の向こうで『ちょっと待ってろ』とか『なに、彼女?』とか手塚が誰かと軽くもめているような声が聞こえてくる。
 誰かが帰って来たのなら、通話は終えた方がいいだろうか。しかし黙って通話を切ってしまうのは失礼かとも思い、大翔がもう一度手塚の名を呼ぼうとした時、突然画面に見知らぬ誰かが映り込んだ。

『わ、誰この足。めっちゃきれー』
『いいから向こう行けって指原(さしはら)!』
『ねえねえこの足の子ってさ、昨日の写真の人? すげーきれーだろって言ってた人の』

 指原というらしい手塚と同室の生徒の言葉に、大翔が凍り付いた。

(え……何でこの人が、僕の足のこと、写真のこと知ってるの……? もしかして、見せたの?)

 写真は撮っていいけれど誰にも見せないこと。それはお互いのフェチバレを防ぐための大前提の約束だったはずだ。それなのに――どうして第三者である彼が大翔の足の写真のことを知っているのだろうか。
 画面の向こうで手塚が指原を画面から追い払い、慌ててこちらを覗き込んでくる。しかしどこか気まずそうな顔をしていて、何か言いたげにも見えた。

『悪い、さっきのは――』
「……写真、見せたんですか、さっきの人に」
『あ、いやそれは……』
「見せないから撮っていいって話だったじゃないですか。お互いのフェチがバレないようにしようって。なのに……」

 フェチがバレてしまったら、お互いに学校で気まずい立場になってしまうかもしれない。そうならないために秘密を共有し、口止めにお互いの手足を愛でる。そんな同盟を結んでいたはずなのに、手塚は裏切ったというのだろうか。
 学校でまた何か言われるのだろうか――そう考えた大翔の脳裏に過ぎったのは、中学時代のクラスメイトの言葉だ。

 ――あの手でつかまれたいとかヤバくね?
――サドっつーか、ド変態なんじゃね?
――大人しそうな顔して、案外って感じだな

 遠巻きにされて嗤われて、変態だなんて陰口を叩かれてしまうのか。ただひっそりとフェチを分かち合っていたかっただけなのに、それすらまた許されなくなるのか。

(折角、わかってくれる特別な人だと思ってたのに――)

 ショックが絶望の色をして、それこそ足許から大翔を呑み込んでいく。『足柄くん? もしもし?』と、足許の方で手塚の声がしているが、大翔は答える気力もなかった。
 どうにか姿勢を起こしてスマホを手に取り、大翔は画面の向こうで気まずそうな顔をしている手塚に向かってこう言った。

「約束が違います。だからもう、手塚さんとは同盟解消です」
『え、ちょ……足柄く――』

 最後まで手塚の言葉を聞くことなく、大翔は一方的に通話を終えた。そうしてスマホを床に放りだし、ベッドに突っ伏す。頬に、じんわりと熱いものが伝っていく。

「なんで……何でただ好きなものを好きでいるだけなのに……仲間だと……特別なんだと思ってたのに……」

 震える声で呟く言葉は、伏せる枕に吸い込まれていく。床の方でスマホが震えているような気がしたが、とてもとる気になれなかった。
 特別だと、思ってたのに――その関係が破綻したと思った大翔は、ただじっとベッドの上にうずくまって声を殺して泣いていた。