『そんじゃ、行ってくる~』
そんな、見るからにうんざりしている様子のメッセージとともに、大泣きしてうな垂れているウサギのスタンプが送られてきたのが一昨日のことだった。どうやら手塚は勉強合宿に出発したらしい。
「勉強合宿の7割は勉強で、夜寝る前の自由時間以外はスマホ禁止なんだよ。まあまだ没収されるよりましだけどさぁ……」
そんな風に夏休み前最後に会った時に手塚が肩を落として話していたのを思い出す。相当嫌なんだろうな、と大翔には痛いほど伝わり、だからこそあの写真のお守りは効果があるのかもなとも思えた。
「手塚さんが合宿中ってことは、僕も手塚さんの手が拝めないんだよなぁ……それに、手塚さんがピノでバイト続けられるかもわかんないんだし……」
フェチ会があるのでピノで会えてフィッティングしてもらう必要があるのか? という気もしてくるが、あのピノにいる時の手塚のまとう雰囲気もまた大翔は気に入っているのだ。高校生とは思えない堂々とした姿に、豊富な商品知識、なにより丁寧にフィッティングしてくれる心遣いは他にはいないと思える。
だからこそ、ピノでの手塚が見られなくなってしまうのは大翔にとってかなり痛手になってしまう。
それでなくとも、手塚に全く会えない日々はひどく退屈に感じられていた。
「……ん? いや、待って待ってなんかこれじゃあ僕が手塚さんの手だけじゃなくて、手塚さんそのものに会いたがってるみたいじゃんか……そういうんじゃ、ない……はず……」
手塚の手を拝むためには手塚に会わないことには始まらないのは確かだが、だからと言って手塚そのものに焦がれているわけではないはず。
そう、大翔は考えを整理してみるも、なんだかそわそわと落ち着かない。「手塚の手に会えない=手塚に会えない」、これは図式として成り立つにしても、そのつづきに「=だから寂しい」が続いてしまうのが自分でも解せない。
「あー、もう! 人間、暇だとろくなこと考えないんだ! そうだ、いまはバイトをしてお金を貯めよう!」
ぐるぐると同じことを考えてしまってドツボにハマりそうだと気付いた大翔は、がばりと起き上がってスマホを取り出す。そうしてその勢いで登録制のアルバイトサイトを検索し始めた。
その翌々日、大翔はとあるファミリー向けイベントの景品配布スタッフとしてショッピングモールにいた。
スタッフお揃いの蛍光ピンクのTシャツを身に着け、にこやかに幼い子ども連れに風船を配って回る仕事だ。
仕事内容自体は風船配布の他に大人へのアンケートなどもあるが、そう難しいものではない。ただ人見知りをしがちな大翔には少々ハードルが高いというくらいで。
「ごめんね、新妻くんまでバイト巻き込んじゃって」
「んー。良いよ、俺も暇してたし」
そんなわけで、大翔はいま友達の新妻も一緒に登録制バイトをしている。ひとりで行く勇気がなかったため、新妻に泣きついたのだ。
数時間おきに十五分ほどの休憩を挟んで仕事をするのだが、いまはその休憩時間だ。
控え室代わりのテントの奥で持参したジュースを飲みながらぼんやりモール内の様子を眺めていると、新妻が何か言いたげな目を向けてくる。
なんだろうかと大翔が首を傾げていると、「最近なんか変わったよな」と新妻が問うでもなく呟く。
「変わったって……僕が?」
「うん。なんて言うか、おしゃれ……とはなんか違うんだよな……なんかこう、さっぱりして来たよな、足柄」
「さっぱり? そう?」
「なんか、きれいになった。ああ、べつに美人とかって意味じゃないからな」
そう新妻が言いはするが、いま一つ大翔は言葉の意図を汲み取れない。
まあ、悪いように言われているわけじゃなさそうだけれど……と、思いながらふと足元に目を落としていると、そこには以前手塚とフェチ会遠征をした時に履いていたスニーカーが目に入る。
「足柄ってさ、なんかスニーカーいつもカッコいいの履いてるよな。どこで買ってんの?」
「駅前のモールあるじゃん、あの中のピノって靴屋。僕の足小さくて甲高ってやつだから、普通はあんまりないだけどね」
「ふーん。その割にはなんかしっくりきてんな」
「うん、すごくいいよ。そこの店員さんに選んでもらってるから」
「それって、前言ってた二年の先輩?」
新妻には以前手塚と一緒にいたところを見られている上に、通っている店で顔馴染みだとも言っていたのですぐにピンと来たのだろう。ヒントをちりばめていたとはいえ、すぐに言い当てられてしまって大翔は心臓がドキリとする。べつに、そこからフェチ会にすぐに直結することは露呈していないはずなのに。
「あ、う、うん……よく、靴捜してもらうんだ」
「へぇー。足柄って案外大人なことしてんだな。特別感あるっていうか」
「特別?」
「だってさ、いくらバイトとは言えさ、そうやって靴を選んでくれるって、足柄がその人にはすごい特別な客だからってことじゃね? そういうのって大人な感じがして、俺はすげーなって思う」
新妻はそう感心していたけれど、大翔は彼の言葉にハッとさせられるものを感じていた。大翔が、手塚にとって特別な客、つまりそういう存在であるということに驚きと共にパズルのピースがハマる様な納得感を得たとも言える。
(そうか、手塚さんにとって僕が理想の足だから特別で、そういうお客さんだからいつもスニーカーを一生懸命選んでくれてるんだ)
新妻はその特別な扱いを羨ましそうにしていたが、大翔もまた自分がそんな扱いを受けられるほどの存在になれたことに驚きを隠せなかった。
推しである手の持ち主であり、相手にとって自分は理想の足。それが特別な存在にもなっているのではないか。そんな考えに行き着いた大翔は、胸の中に何かいままでに感じたことがないキラキラして弾むような想いを感じていた。
バイトの休憩時間に思いがけない気付きを得た大翔は、その晩無性に手塚の手が恋しくなっていた。
恋しい、なんて言葉がいまの大翔の心境にしっくりくるのかはわからないが、無性に手塚の手に触れられたくなっているのは確かだ。
とは言え今はまだ勉強合宿中で、時間帯的にもまだ自由時間ではないはずだ。
「こういう時のために、『お守り』があるのか……」
そう呟きながら自室のベッドで寝転びつつ、大翔はスマホの写真フォルダを開く。ダビデ像の拾い画像を始め、あらゆる大翔のフェチ心を満たす手の写真がそのフォルダの中には収まっている。その内の最新データが、先日手塚と撮り合った一枚だ。
正確に言うとそれは大翔が撮ったものではなく、手塚の視点からみると手塚の手にピントが合って撮られているため、写真データを交換したものだ。
大翔の足を大きな手のひらが包み込むようにつかんでいるそれは、改めてみると手塚の手の良さが良く映えるベストなアングルで撮られていると言える。
「ああ、形のいい爪に指先……安定感のある骨格……ホント、手塚さんの手、最高だな……」
そう呟きながら写真を眺めていると、うっかり指先で画面をスワイプしてしまい写真が入れ替わってしまった。映し出されたのは大翔が撮った方の写真。
自分の足がダイレクトに映し出されているのを改めてみると恥ずかしいな……と思いながら先程の写真に戻そうとしていると、ふと、画面の端に手塚の姿が写っていることに気が付いた。
手塚はスマホを構えているので顔全体は見えにくくなっているが、明らかにこちらを向いて微笑んでいるのがわかる。優しく甘くというよりも、喜びに満ちた笑顔だ。
それが大翔の足によるものなのだろうと思っていたのだが、どうにも目線の角度的に大翔そのものに向けられているようにも見える。
「なんか僕の方見て笑ってくれてるみたいだな……すごく、嬉しそう」
そんなに自分の足に触れられるのが嬉しいのだろうか。確かに大翔も手塚の手に触れられると嬉しくはなるから、そういうものだろうか。
「……っていうことにしては、目線が足に向いてないんだよな……?」
手塚に尋ねてみたら、この謎が解けるだろうか。次にいつ手塚に会えるかはわからないし、答えてもらえるのかもわからないけれど、聞くだけ聞いてみようか。
「あー、でも……『なに言ってんだ?』みたいに言われたら恥か死にそう……」
そんなことを悶々と考えていると、突然手許のスマホが震えだした。しかもメッセージの受信ではなく、着信としてだ。
「え……て、手塚さん!?」
画面に映し出された名前とアイコンの画像に戸惑っている内に触れてしまい、着信に出ていた。
そんな、見るからにうんざりしている様子のメッセージとともに、大泣きしてうな垂れているウサギのスタンプが送られてきたのが一昨日のことだった。どうやら手塚は勉強合宿に出発したらしい。
「勉強合宿の7割は勉強で、夜寝る前の自由時間以外はスマホ禁止なんだよ。まあまだ没収されるよりましだけどさぁ……」
そんな風に夏休み前最後に会った時に手塚が肩を落として話していたのを思い出す。相当嫌なんだろうな、と大翔には痛いほど伝わり、だからこそあの写真のお守りは効果があるのかもなとも思えた。
「手塚さんが合宿中ってことは、僕も手塚さんの手が拝めないんだよなぁ……それに、手塚さんがピノでバイト続けられるかもわかんないんだし……」
フェチ会があるのでピノで会えてフィッティングしてもらう必要があるのか? という気もしてくるが、あのピノにいる時の手塚のまとう雰囲気もまた大翔は気に入っているのだ。高校生とは思えない堂々とした姿に、豊富な商品知識、なにより丁寧にフィッティングしてくれる心遣いは他にはいないと思える。
だからこそ、ピノでの手塚が見られなくなってしまうのは大翔にとってかなり痛手になってしまう。
それでなくとも、手塚に全く会えない日々はひどく退屈に感じられていた。
「……ん? いや、待って待ってなんかこれじゃあ僕が手塚さんの手だけじゃなくて、手塚さんそのものに会いたがってるみたいじゃんか……そういうんじゃ、ない……はず……」
手塚の手を拝むためには手塚に会わないことには始まらないのは確かだが、だからと言って手塚そのものに焦がれているわけではないはず。
そう、大翔は考えを整理してみるも、なんだかそわそわと落ち着かない。「手塚の手に会えない=手塚に会えない」、これは図式として成り立つにしても、そのつづきに「=だから寂しい」が続いてしまうのが自分でも解せない。
「あー、もう! 人間、暇だとろくなこと考えないんだ! そうだ、いまはバイトをしてお金を貯めよう!」
ぐるぐると同じことを考えてしまってドツボにハマりそうだと気付いた大翔は、がばりと起き上がってスマホを取り出す。そうしてその勢いで登録制のアルバイトサイトを検索し始めた。
その翌々日、大翔はとあるファミリー向けイベントの景品配布スタッフとしてショッピングモールにいた。
スタッフお揃いの蛍光ピンクのTシャツを身に着け、にこやかに幼い子ども連れに風船を配って回る仕事だ。
仕事内容自体は風船配布の他に大人へのアンケートなどもあるが、そう難しいものではない。ただ人見知りをしがちな大翔には少々ハードルが高いというくらいで。
「ごめんね、新妻くんまでバイト巻き込んじゃって」
「んー。良いよ、俺も暇してたし」
そんなわけで、大翔はいま友達の新妻も一緒に登録制バイトをしている。ひとりで行く勇気がなかったため、新妻に泣きついたのだ。
数時間おきに十五分ほどの休憩を挟んで仕事をするのだが、いまはその休憩時間だ。
控え室代わりのテントの奥で持参したジュースを飲みながらぼんやりモール内の様子を眺めていると、新妻が何か言いたげな目を向けてくる。
なんだろうかと大翔が首を傾げていると、「最近なんか変わったよな」と新妻が問うでもなく呟く。
「変わったって……僕が?」
「うん。なんて言うか、おしゃれ……とはなんか違うんだよな……なんかこう、さっぱりして来たよな、足柄」
「さっぱり? そう?」
「なんか、きれいになった。ああ、べつに美人とかって意味じゃないからな」
そう新妻が言いはするが、いま一つ大翔は言葉の意図を汲み取れない。
まあ、悪いように言われているわけじゃなさそうだけれど……と、思いながらふと足元に目を落としていると、そこには以前手塚とフェチ会遠征をした時に履いていたスニーカーが目に入る。
「足柄ってさ、なんかスニーカーいつもカッコいいの履いてるよな。どこで買ってんの?」
「駅前のモールあるじゃん、あの中のピノって靴屋。僕の足小さくて甲高ってやつだから、普通はあんまりないだけどね」
「ふーん。その割にはなんかしっくりきてんな」
「うん、すごくいいよ。そこの店員さんに選んでもらってるから」
「それって、前言ってた二年の先輩?」
新妻には以前手塚と一緒にいたところを見られている上に、通っている店で顔馴染みだとも言っていたのですぐにピンと来たのだろう。ヒントをちりばめていたとはいえ、すぐに言い当てられてしまって大翔は心臓がドキリとする。べつに、そこからフェチ会にすぐに直結することは露呈していないはずなのに。
「あ、う、うん……よく、靴捜してもらうんだ」
「へぇー。足柄って案外大人なことしてんだな。特別感あるっていうか」
「特別?」
「だってさ、いくらバイトとは言えさ、そうやって靴を選んでくれるって、足柄がその人にはすごい特別な客だからってことじゃね? そういうのって大人な感じがして、俺はすげーなって思う」
新妻はそう感心していたけれど、大翔は彼の言葉にハッとさせられるものを感じていた。大翔が、手塚にとって特別な客、つまりそういう存在であるということに驚きと共にパズルのピースがハマる様な納得感を得たとも言える。
(そうか、手塚さんにとって僕が理想の足だから特別で、そういうお客さんだからいつもスニーカーを一生懸命選んでくれてるんだ)
新妻はその特別な扱いを羨ましそうにしていたが、大翔もまた自分がそんな扱いを受けられるほどの存在になれたことに驚きを隠せなかった。
推しである手の持ち主であり、相手にとって自分は理想の足。それが特別な存在にもなっているのではないか。そんな考えに行き着いた大翔は、胸の中に何かいままでに感じたことがないキラキラして弾むような想いを感じていた。
バイトの休憩時間に思いがけない気付きを得た大翔は、その晩無性に手塚の手が恋しくなっていた。
恋しい、なんて言葉がいまの大翔の心境にしっくりくるのかはわからないが、無性に手塚の手に触れられたくなっているのは確かだ。
とは言え今はまだ勉強合宿中で、時間帯的にもまだ自由時間ではないはずだ。
「こういう時のために、『お守り』があるのか……」
そう呟きながら自室のベッドで寝転びつつ、大翔はスマホの写真フォルダを開く。ダビデ像の拾い画像を始め、あらゆる大翔のフェチ心を満たす手の写真がそのフォルダの中には収まっている。その内の最新データが、先日手塚と撮り合った一枚だ。
正確に言うとそれは大翔が撮ったものではなく、手塚の視点からみると手塚の手にピントが合って撮られているため、写真データを交換したものだ。
大翔の足を大きな手のひらが包み込むようにつかんでいるそれは、改めてみると手塚の手の良さが良く映えるベストなアングルで撮られていると言える。
「ああ、形のいい爪に指先……安定感のある骨格……ホント、手塚さんの手、最高だな……」
そう呟きながら写真を眺めていると、うっかり指先で画面をスワイプしてしまい写真が入れ替わってしまった。映し出されたのは大翔が撮った方の写真。
自分の足がダイレクトに映し出されているのを改めてみると恥ずかしいな……と思いながら先程の写真に戻そうとしていると、ふと、画面の端に手塚の姿が写っていることに気が付いた。
手塚はスマホを構えているので顔全体は見えにくくなっているが、明らかにこちらを向いて微笑んでいるのがわかる。優しく甘くというよりも、喜びに満ちた笑顔だ。
それが大翔の足によるものなのだろうと思っていたのだが、どうにも目線の角度的に大翔そのものに向けられているようにも見える。
「なんか僕の方見て笑ってくれてるみたいだな……すごく、嬉しそう」
そんなに自分の足に触れられるのが嬉しいのだろうか。確かに大翔も手塚の手に触れられると嬉しくはなるから、そういうものだろうか。
「……っていうことにしては、目線が足に向いてないんだよな……?」
手塚に尋ねてみたら、この謎が解けるだろうか。次にいつ手塚に会えるかはわからないし、答えてもらえるのかもわからないけれど、聞くだけ聞いてみようか。
「あー、でも……『なに言ってんだ?』みたいに言われたら恥か死にそう……」
そんなことを悶々と考えていると、突然手許のスマホが震えだした。しかもメッセージの受信ではなく、着信としてだ。
「え……て、手塚さん!?」
画面に映し出された名前とアイコンの画像に戸惑っている内に触れてしまい、着信に出ていた。



