【完結】足フェチ先輩は手フェチな僕の足に惹かれている

 二人が向かったのは待ち合わせた駅から急行電車で五駅ほど下った街にあるアミューズメントパークが入っている商業施設。まずはスポーツをしている手塚(の手)を堪能するためだ。
 カキーン! と心地よい金属音と共に、ピッチングマシーンから吐き出された白球が弧を描いて打ち上げられていく。
 ボールは見事にホームランのプレートに当たったのだが、大翔が注目しているのはそのホームランを放ったバットを握る手塚の手だ。

「はぁ……そのグリップを握りしめる指先の形がいい……無駄なくきちっと仕事をこなしてる感じですねぇ。あと手の甲に浮いた血管もいつになくくっきりしていてそれがまた……」
「……あのさ、足柄くん」
「はい、なんです?」

 不意に呼ばれて瞬いていると、手塚が何故か少しムッとした表情をして大翔を見ている。心なしか拗ねているようにも見えなくもない顔だ。
 時々だが、手塚は大翔が自分の手に注目しすぎていると、そんな風に拗ねたような顔をすることがある。

(別に僕は手フェチで手塚さんの手が好きだから、手を誉めてるのは悪いことじゃないはずなのにな?)

 そう、手塚が拗ねた顔をする理由がわからない大翔は、やはりきょとんとした顔で手塚を見つめ返す。

「俺、いまホームラン打ったんだけど」
「あ、そうですね。すごいです」
「……そんだけ?」
「え、あ、もちろん、手もカッコいいですよ! グリップの感じとか雄々しくて最高です!」

 大翔が目をキラキラさせて答えるものだから、手塚は困ったように苦笑し、「まあ、そうだな」と自分に言い聞かせるように呟く。
 何か気に障るようなことを言ってしまっただろうか、と大翔が首を傾げているが、手塚は特に答えずまたバッターボックスに立つ。

「じゃあ、もう一回打って、もう一回褒められようか、な……っと!」
「わあ! またホームラン!」

 そうして手塚は宣言通り二打席連続でホームランを放ち、受付で記念品をもらっていた。それはグローブとバットのマスコットのついたキーホルダーで、一つを大翔に手渡してくる。

「やるよ」
「いいんですか? ホームラン打ったのは手塚さんなのに」
「二個持ってても仕方ねーし。それに……」
「それに?」
「今日のフェチ会遠征の記念」

 思いがけないことを言ってくる手塚は、少し照れたように笑っている。それでも先ほどのように拗ねた様子はないので、大翔はつられるように笑ってうなずく。こうやって誰かとお揃いのものを分かち合うということは初めてで、これはこれで気分が上がるものだなと思った。

「なんかフェチ会同盟の証しみたいですね」
「っはは、いいなそれ」

 そんなことを言い合いながら二人は連れ立って次はボーリングのフロアへ移動する。
 ボーリングの球を構える時の手の様子や、投げた時のフォームなどがカッコいいからという理由で大翔が提案して今回のコースに入れたのだ。

「ストライーク! 手塚さんってスポーツ万能ですね!」
「球技は割と得意なんだよ。器械体操が苦手だな。鉄棒とか、マット運動とか」
「僕は体育全般ダメなんで……球技だけでも出来るの羨ましいです」
「そうみたいだな」

 そう苦笑されて見上げるスコア画面の大翔の欄にはガーターを示す「G」ばかりが並んでいる。先ほどのバッティングセンターで大翔が打席に立たなかったのは、一切打ち返せないことがわかっていたからだ。

「こういうとこ、僕今日初めて来たんです。全然運動できないから、友達よ一緒に来ても楽しめないだろうしなって思っちゃって」
「そうか? さっきのバッティングセンターは確かにコツがいるけど、ボーリングは割ととっつきやすいんじゃないか?」
「え、そうですか? でも、僕ずっとガーターばっかりで……」

 思いがけない手塚の言葉に苦笑して答えはしたが、内心は「そうは言っても僕にはできないですよ」と、あきらめた顔をしていた。
 言葉にはしなかったが、きっと顔には出ていたんだろう。手塚は少し首を傾げ、不思議そうに呟く。

「そうか? でもさっきから足柄くんはずっと楽しそうに見えるけどな」
「楽しくても、僕は上手くないし……」
「上手くなきゃ楽しいと思っちゃいけないのか?」
「え、っと……それは……」
「べつにさ、成績付けられるんじゃないんだから、楽しけりゃいいんじゃないか? ボーリングも、バッティングも」

 それはそうかもしれないけれど、それでもガーターばかり並ぶスコア表よりはストライクが並ぶ方が気分が良いと思う。楽しめるかどうかなんて、きっとスポーツの上手さにも比例するのではないか。そう、大翔は思っていた。
 すると手塚が不意に立ち上がり、大翔を手招きする。ちょうど投げる順番が大翔になっているのだが、何をすると言うのだろう。

「ここに立って。そう。んで肩幅に足を開いて……で、球をこう構えて……。で、まっすぐピンを見るんだ。それで、投げるって言うより球を遠くに置きに行くような感じで――」

 そう言いながら手塚が大翔の背後に立ち、フォームを教えてくれる。しかしその距離が絶妙に近く、つい背後に神経が集中してしまう。

「もっと肩の力抜いて、そう」
「へ、は、はいぃ!」

 手だけでなく腰のあたりにも触れてくる手塚の手の感触を覚え込もうとするかのように、大翔の全神経がものすごい集中力を発揮しているのがわかる。

(ち、近い……! と、吐息まで感じる!! ああ、手の感触がするぅ……!!)

 どぎまぎしながらも言われるがまま構え、そのままの流れでボールを手から放していく。
 するとどうだろう。言われた通り、遠くへお気にいくようなつもりで球を手放すと、そのまま球はスーッと真っ直ぐに転がっていったのだ。そうして甲高い音を立てて、10本のピンが見事に倒れていく。

「やったぁ! 初めてストライク取れた!」

 生まれて初めてのことに大翔が歓声を上げると、手塚がすかさず両の手のひらを広げてくる。
 なんだろうかと大翔がきょとんとしていると、「手、出して」と言われ促される。そうして、パチン! とタッチをしてきたのだ。

「ボーリングでストライク取れたらこれやらないとね」

 そう手塚がもう一度タッチしてきたので、今度は大翔からも手を合わせていく。ほんの一瞬だけ触れ合うだけなのだが、まるで心が触れ合ったかのように気持ちが弾んでいくのがわかる。先ほどまでのドキドキはどこかへ行ってしまっていた。

「僕、初めてスポーツ楽しいって思えました!」

 そうはしゃいだ声で笑いかける大翔に、手塚はまたカッと頬を染めて顔を背ける。さっきまで手が触れ合うほど近くにいたのに、あっさりと身を離してしまった。

「そ、それはよかったな……じゃあ、次は俺の番」

 そう言って手塚は自分の球を手に取り、構える。その構え、特に手付きはとても美しく、やはり絵になる。
 ほうっとため息が出るほど美しいフォームに見惚れている間に手塚の手から球が離れ、あっという間にストライクを取ってしまったのだ。
 その弾けるような音で我に返ると、手塚が呆れたように笑ってこちらを見ていた。

「また君は、俺の手ばかり見てたな」
「え、あ、だって……カッコいいから……」
「まあ、今日はそのために来てるんだしな」

 そう手塚は苦笑し、そしてポンと大翔の頭を撫でるように触れてベンチに向かう。ただそれだけでも嬉しくて、大翔は撫でられた辺りに自分の手を重ねる。気のせいかもしれないが、ほんのりあたたかい気さえしてくるほどだ。

「ほら、足柄くんの番だよ」
「あ、はい!」

 惚けていたのか、声をかけられて大翔は慌てて自分の球を取りに行く。そうして先ほど教えてもらったコツを思い出しながら、今度もストライクが取れてハイタッチできますように、と祈るのだった。


「腹減ったな、何か食おうか」
「そうですねぇ……」

 散々体を動かしたこともあり、二人はかなり空腹になっていた。昼時が過ぎているが、休日なこともあってフードコートは人が多い。
 ようやく二人掛けの席を見つけて陣取り、ひとまず何を食べるか店のラインナップを見て回る。

「あの写真集に食べ物の写真はあったりするのか?」
「一応ありましたよ。スプーン持ってスープを掬ってるところとか、ストローを持ってるところとか」
「じゃあ、ハンバーガーとかは?」

 写真集は華奢な手の写真が多かったせいか、シーンとしては上品な雰囲気の食事シーンが多かったように思う。大翔が理想とする雄々しい手に似合う雰囲気とは少し違ったとも言える。
 そう、大翔が思い出しながら話すと、手塚はこう提案してきた。

「それなら俺がハンバーガー食ってるとこ見るか? 君は雄々しい手が好きなんだし」

 思いがけない手塚からの提案に、大翔は一も二もなく賛成し、「是非!」と言って早速ハンバーガーを買いに行く。
 アミューズメントパークの時もそうだったが、ハンバーガーショップでも大翔が代金を払おうとした。今回の言い出しっぺは自分だし、主に大翔のフェチを満たしているようなものだと思っていたからだ。
 しかし手塚は大翔が自分の分まで支払おうとするのを拒むように首を振り、こう言った。

「同盟なんだから、フェアで行こう。俺だってこのあと君の足を堪能させてもらうつもりでいるんだからな」

 フェチを感じる足の状態にはかなり厳しくてなかなか大翔に手を触らせてくれないのに、今日はなんだかやたらと優しい気がする。それとも単純に後輩に奢られるのが嫌なだけだろうか?
 そう考えている内に手塚は自分の分のハンバーガーセットを購入してしまい、大翔も慌てて自分の分を購入する。
 そうして二人で席に戻り、早速かぶりつくことにした。もちろんフェチ会の目的も忘れていない。
 かぶりつきつつも、大翔の目は向かい合う手塚の手許に注がれていて、瞬きもしないほど見開いている。

「そんなに見られてたら食いにくいんだけど」
「あ、す、すみません! どうぞ召上ってください!」

 「じゃあ、遠慮なく」と言いながら、手塚は買って来たバーガーの包みを開き、豪快にかぶりついていく。
 ファストフード系のバーガーで、そこのメニューの中でも大きいサイズのものを選んでくれたのか、手ががっしりとバーガーをつかんでいるのが良くわかる。
 ソースが垂れて指先に着いているのも、ポテトを摘まんでケチャップにディップスるのも、大翔はそれこそ食い入るように見つめていた。自分の分を食べるのも忘れるほどに、夢中で。

「食わないの、足柄くん」
「え、あ、た、食べます!」

 手塚に指摘されて慌てて大翔も自分のバーガーに食らいつく。慌てていたからかソースが口の端についてしまっていたのだが、構っていられないほどに。
 空腹なこともあったが、それ以上に自分が手塚の指先に夢中になっていたことが恥ずかしくなってしまい、誤魔化す意味合いもあってかぶりついていたのもある。
 だからなのか、「ちょっと足柄くん」と手塚に苦笑されて声をかけられても意味が解らず、ポカンと顔を上げた。
 するとおもむろに手塚が手を伸ばしてきて、大翔の口元――に着いたソースを拭ってくれたのだ。流れるようなその仕草に、大翔は呆気にとられ、やがて自分でもわかるほど赤くなっていった。

「俺のこと見過ぎだし、食うの必死過ぎ」
「え、あ、えっと……」

 くすくすと笑いながらソース付きの指先を紙ナプキンで拭う手塚の指を、またしても大翔は凝視してしまう。ソースを指先で拭われた感触もだが、そのあとの紙ナプキンで拭う仕草も見逃したくないほどレアなシーンだったからだ。
 しかし何より大翔の心を揺さぶったのは、そんな大翔のフェチに反応しまくって半ば興奮状態であっても、呆れもせず見守っていてくれる手塚の優しさだった。

(手塚さんって、良い人だな……フェチ同士ってだけでなく、普通にいい人だ)

 ただのくせ強の足フェチの人というだけじゃないんだなと知れただけでも、今回の遠征はかなりの発見があったと言える。
 フェチ会を抜きにしても、今日という日が大翔にとって未だかつてないほど楽しい一日になっているのは確かだ。

「手塚さん」
「うん?」
「ありがとうございます」

 大翔としては今日のことについてのお礼のつもりだったが、手塚はソースのことかと思っているのか、「ああ、うん」とだけ言ってまた自分のバーガーにかぶりついている。
 そんな手塚の姿を見つめながら、大翔もまた同じようにバーガーにかぶりつき味わうのだった。