鉄は熱いうちに打て、口約束は即座に実行せよ、とは誰が言ったのか。兎に角大翔は手塚から「写真集の再現をしてやらなくもない」という言質を取った翌日に、その実行日を決めようと提案した。
たまたま学食を出たところでばったり遭遇したので、そこで立ち話をしながら話し合っている。
「やってもいいけどさぁ、学校ではナシだからな。フェチ同盟の前提に関わる」
フェチ同盟の前提、それはお互いのフェチを他の人に明らかにしないこと。当然それは手塚の足フェチだけでなく、大翔の手フェチも含まれている。仮に学校の食堂で大翔が手塚の食事する姿に熱い視線を送りでもしていたら、それこそ中学時代のあの出来事以上に何を言われるかわからない。
「もちろんです! でも、どこでやりましょうか? 食事もですけど、なにか他の動作も見てみたいです」
写真集には箸やカトラリーを持つ食事シーンの手許だけでなく、ボールを手にしていたり本を手にしていたりと様々なシーンが撮られていたからだ。
(何より、折角手塚さんのカッコいい手で実行してもらえるなら、本にはないこともしてもらいたいな)
そんなことを考えていた大翔は、ふと、先日の体育の授業中のことを思い出した。テニスをしていた手塚の姿に見惚れていて音読の指名に気付けなかったあの時のことだ。
「他の動作か……そうなるとアミューズメント系の施設に行くのがいいかな」
「いいですね! じゃあ、今度の週末に一緒に行きませんか?」
そう提案したところで午後の授業の予鈴が鳴り、周りの生徒たちもぱらぱらと教室に戻り始める。大翔は三階のフロアなので急がなくてはならない。
「ああ、いいよ。それじゃあ待ち合わせはまたあとでメッセージ送る」
そう手塚に言われ、なんとなく手を振り合ってそれぞれの教室に向かう。なんてことのない会話をし、自然な流れで手を振り合って別れる――その一連の流れがとても大翔には新鮮に感じられた。
「足柄、さっきの人誰? 二年の人?」
階段を無意識に弾むような足取りで駆けあがっていると、クラスメイトの新妻に声をかけられた。新妻は高校に入ってからできた数少ない友達で、大翔が手フェチであることは知らない。
「え、ああ……うん」
「珍しいな、足柄が他の学年の人と喋ってるなんて」
「そ……かな。そうでもないよ」
普段クラスメイトも新妻以外とは滅多に話さない大翔のことをよく知る彼だからか、大翔が手塚と親しげにしているのが目についたのだろう。よく見ているな、と感心するとともに、あまり見られているとフェチ同盟がバレそうな気もしてくる。
「もしかしてさ、この前俺がゲーセンに行こうって言った時に用があるって言ってた人?」
「え!? な、なんでそれを……」
「だってゲーセン駅ビルの中にあるやつだから。そしたら足柄がさっきの人と本屋行ってるのが見えたんだよね」
そう新妻に言われて、大翔は内心冷や汗をかいていた。べつに手塚といること自体に後ろめたさを感じているわけではない。問題は『どうして彼と一緒にいるのか』というのを聞かれたら、どう答えればいいのか、ということだ。
偶然そこで会っただけ、というにしては、きっと大翔たちは親しげに見えたのだろう。だからこそ先程会話している時にもすぐ認識されたのだと思われる。
(部活をしてたら、その先輩だとかって言えるけど……僕は帰宅部だし……)
だからといって正直にフェチ同盟の仲だとは絶対に言えない。それだけは絶対にバレてはいけないことなのだから。
「あ、えーっと……よく行くお店の店員さんでさ……僕、結構顔憶えられてたみたいで……」
嘘は言っていない。憶えられていたからこそフェチが露呈し、フェチ同盟を組む羽目になったのだが、そこはあえて言わなくてもいいだろう。
「ふーん? じゃあその人と本屋による用事だったんだ?」
「そ、そう! 参考書を教えてもらってて……」
本当は自分の推し活に付き合ってもらっていたのだけれど、それはいまバカ正直に言わなくてもいいだろう。そうでないと、フェチバレしてしまうのだから。
そこまで話し終えたところで教師が教室に入ってきて授業が始まる。号令の声に大翔はホッと息を吐き、なんとかフェチバレせずに済んだことに安堵していた。
(でも、やっぱり学校の近くだと誰が見てるかわからないもんだな……気をつけないと)
そう改めて思った大翔は、先程の手塚との約束の場所をどこにするか改めて考え始めていた。出来るだけ、知り合いがいなさそうな場所に、と。
そうしてその日の夜や翌日などにメッセージをやり取りし、いつもとは違う、フェチ会遠征版を行う日になった。
待ち合わせは土曜の昼前に学校最寄りの駅の下りホームで。行き先は前もってメッセージのやり取りで決めており、その最寄りまで電車で向かう。
天気は晴れで、気温も高めではあるがうだるような暑さでなく、出掛けるにはちょうどいい日和だ。だから大翔は、まさに今日のために取っておいたと言わんばかりに、手塚から以前購入した中でも一番気に入っているスニーカーをおろして履いていった。
「あ、それ前俺から買ったやつ」
出会ってすぐに、手塚はさすがに目ざとく気付いて嬉しそうに笑う。やはり自分が勧めて売ったものを実際に履いているところ見るのは、嬉しい物なんだろう。
「そうです! 五月に買ったニューバランスのです。今日おろしました」
少し得意げな顔をして大翔が答えると、手塚は驚いたように一瞬目を丸くし、ほんの少しだけ頬が赤くなった気がした。ほんの一瞬だったので見間違いのように思えたが、照れたようでもあったが……気のせいだろうか。
「へ、へぇ……そうか。靴擦れしないようにな」
「大丈夫ですよ! 手塚さんがフィッティングしてくれたんですから」
大翔は手塚のフィッティングに絶大な信頼を寄せている。彼が合わせてくれた靴だと、本当に一度も靴擦れを起こしたことがないからだ。
甲高で足が小さめな大翔にとって、自分の足に合う靴は希少なので合えば即座に買ってしまうのだが、だからと言ってすべての靴と相性がいいとは限らなかったりもする。実際に履いてみたら合わなくて靴擦れしてしまった、なんてこともよくある話だ。
「手塚さんがおすすめしてくれたスニーカーだと、僕全然足が痛くならないんです! ホントすごくて、いまも感動してます!」
そう、まるで自分の手柄のように大翔が言うと、手塚はまたしても頬をカッと赤らめていく。ふいっと顔を反らしてはいるが、機嫌が悪くなったようには見えない。でも、こっちを向いてはくれない。心なしか、ちょっと唇を尖らせて拗ねているようにも見える。
バイトが休みの日にスニーカーの話はマズかっただろうか……と、大翔が窺うように見つめても、手塚は顔を背けたままだ。
「手塚さん?」
「……そ、そうか……靴が合ってるなら、よかった」
そう言ったかと思うと、手塚は唐突に大翔の手をつかみ、そのまま足早に歩き始める。一見すると怒っているようにも見える仕草なのだが、握られている手は痛くはない。怒っているわけではないようだが、かと言って機嫌がいいのかもわからない。
つかつかと歩み進めていく手塚の様子に、大翔は首を傾げて「もう行くんですか?」と尋ねると、手塚はただ黙ってうなずいていた。
真夏日とも言えるほど暑い日だからか、繋いでいる手がじんわりと熱い気がする。だけど、不快感はない。
(あ、また手塚さんの手と繋いじゃった)
思いがけず推しである手と、まるでデートのようなふれあいをしたまま、大翔は今日の目的に向けて電車に乗り込むのだった。
たまたま学食を出たところでばったり遭遇したので、そこで立ち話をしながら話し合っている。
「やってもいいけどさぁ、学校ではナシだからな。フェチ同盟の前提に関わる」
フェチ同盟の前提、それはお互いのフェチを他の人に明らかにしないこと。当然それは手塚の足フェチだけでなく、大翔の手フェチも含まれている。仮に学校の食堂で大翔が手塚の食事する姿に熱い視線を送りでもしていたら、それこそ中学時代のあの出来事以上に何を言われるかわからない。
「もちろんです! でも、どこでやりましょうか? 食事もですけど、なにか他の動作も見てみたいです」
写真集には箸やカトラリーを持つ食事シーンの手許だけでなく、ボールを手にしていたり本を手にしていたりと様々なシーンが撮られていたからだ。
(何より、折角手塚さんのカッコいい手で実行してもらえるなら、本にはないこともしてもらいたいな)
そんなことを考えていた大翔は、ふと、先日の体育の授業中のことを思い出した。テニスをしていた手塚の姿に見惚れていて音読の指名に気付けなかったあの時のことだ。
「他の動作か……そうなるとアミューズメント系の施設に行くのがいいかな」
「いいですね! じゃあ、今度の週末に一緒に行きませんか?」
そう提案したところで午後の授業の予鈴が鳴り、周りの生徒たちもぱらぱらと教室に戻り始める。大翔は三階のフロアなので急がなくてはならない。
「ああ、いいよ。それじゃあ待ち合わせはまたあとでメッセージ送る」
そう手塚に言われ、なんとなく手を振り合ってそれぞれの教室に向かう。なんてことのない会話をし、自然な流れで手を振り合って別れる――その一連の流れがとても大翔には新鮮に感じられた。
「足柄、さっきの人誰? 二年の人?」
階段を無意識に弾むような足取りで駆けあがっていると、クラスメイトの新妻に声をかけられた。新妻は高校に入ってからできた数少ない友達で、大翔が手フェチであることは知らない。
「え、ああ……うん」
「珍しいな、足柄が他の学年の人と喋ってるなんて」
「そ……かな。そうでもないよ」
普段クラスメイトも新妻以外とは滅多に話さない大翔のことをよく知る彼だからか、大翔が手塚と親しげにしているのが目についたのだろう。よく見ているな、と感心するとともに、あまり見られているとフェチ同盟がバレそうな気もしてくる。
「もしかしてさ、この前俺がゲーセンに行こうって言った時に用があるって言ってた人?」
「え!? な、なんでそれを……」
「だってゲーセン駅ビルの中にあるやつだから。そしたら足柄がさっきの人と本屋行ってるのが見えたんだよね」
そう新妻に言われて、大翔は内心冷や汗をかいていた。べつに手塚といること自体に後ろめたさを感じているわけではない。問題は『どうして彼と一緒にいるのか』というのを聞かれたら、どう答えればいいのか、ということだ。
偶然そこで会っただけ、というにしては、きっと大翔たちは親しげに見えたのだろう。だからこそ先程会話している時にもすぐ認識されたのだと思われる。
(部活をしてたら、その先輩だとかって言えるけど……僕は帰宅部だし……)
だからといって正直にフェチ同盟の仲だとは絶対に言えない。それだけは絶対にバレてはいけないことなのだから。
「あ、えーっと……よく行くお店の店員さんでさ……僕、結構顔憶えられてたみたいで……」
嘘は言っていない。憶えられていたからこそフェチが露呈し、フェチ同盟を組む羽目になったのだが、そこはあえて言わなくてもいいだろう。
「ふーん? じゃあその人と本屋による用事だったんだ?」
「そ、そう! 参考書を教えてもらってて……」
本当は自分の推し活に付き合ってもらっていたのだけれど、それはいまバカ正直に言わなくてもいいだろう。そうでないと、フェチバレしてしまうのだから。
そこまで話し終えたところで教師が教室に入ってきて授業が始まる。号令の声に大翔はホッと息を吐き、なんとかフェチバレせずに済んだことに安堵していた。
(でも、やっぱり学校の近くだと誰が見てるかわからないもんだな……気をつけないと)
そう改めて思った大翔は、先程の手塚との約束の場所をどこにするか改めて考え始めていた。出来るだけ、知り合いがいなさそうな場所に、と。
そうしてその日の夜や翌日などにメッセージをやり取りし、いつもとは違う、フェチ会遠征版を行う日になった。
待ち合わせは土曜の昼前に学校最寄りの駅の下りホームで。行き先は前もってメッセージのやり取りで決めており、その最寄りまで電車で向かう。
天気は晴れで、気温も高めではあるがうだるような暑さでなく、出掛けるにはちょうどいい日和だ。だから大翔は、まさに今日のために取っておいたと言わんばかりに、手塚から以前購入した中でも一番気に入っているスニーカーをおろして履いていった。
「あ、それ前俺から買ったやつ」
出会ってすぐに、手塚はさすがに目ざとく気付いて嬉しそうに笑う。やはり自分が勧めて売ったものを実際に履いているところ見るのは、嬉しい物なんだろう。
「そうです! 五月に買ったニューバランスのです。今日おろしました」
少し得意げな顔をして大翔が答えると、手塚は驚いたように一瞬目を丸くし、ほんの少しだけ頬が赤くなった気がした。ほんの一瞬だったので見間違いのように思えたが、照れたようでもあったが……気のせいだろうか。
「へ、へぇ……そうか。靴擦れしないようにな」
「大丈夫ですよ! 手塚さんがフィッティングしてくれたんですから」
大翔は手塚のフィッティングに絶大な信頼を寄せている。彼が合わせてくれた靴だと、本当に一度も靴擦れを起こしたことがないからだ。
甲高で足が小さめな大翔にとって、自分の足に合う靴は希少なので合えば即座に買ってしまうのだが、だからと言ってすべての靴と相性がいいとは限らなかったりもする。実際に履いてみたら合わなくて靴擦れしてしまった、なんてこともよくある話だ。
「手塚さんがおすすめしてくれたスニーカーだと、僕全然足が痛くならないんです! ホントすごくて、いまも感動してます!」
そう、まるで自分の手柄のように大翔が言うと、手塚はまたしても頬をカッと赤らめていく。ふいっと顔を反らしてはいるが、機嫌が悪くなったようには見えない。でも、こっちを向いてはくれない。心なしか、ちょっと唇を尖らせて拗ねているようにも見える。
バイトが休みの日にスニーカーの話はマズかっただろうか……と、大翔が窺うように見つめても、手塚は顔を背けたままだ。
「手塚さん?」
「……そ、そうか……靴が合ってるなら、よかった」
そう言ったかと思うと、手塚は唐突に大翔の手をつかみ、そのまま足早に歩き始める。一見すると怒っているようにも見える仕草なのだが、握られている手は痛くはない。怒っているわけではないようだが、かと言って機嫌がいいのかもわからない。
つかつかと歩み進めていく手塚の様子に、大翔は首を傾げて「もう行くんですか?」と尋ねると、手塚はただ黙ってうなずいていた。
真夏日とも言えるほど暑い日だからか、繋いでいる手がじんわりと熱い気がする。だけど、不快感はない。
(あ、また手塚さんの手と繋いじゃった)
思いがけず推しである手と、まるでデートのようなふれあいをしたまま、大翔は今日の目的に向けて電車に乗り込むのだった。



