【完結】足フェチ先輩は手フェチな僕の足に惹かれている

 推しに関することは生きていくための糧だから、かかるお金は必要経費――――とは誰かが言っていた気がする。少なくとも大翔はそれを胸に推しに関してかかるお金を全て必要経費扱いしている。

「足柄ぁ、今日ゲーセン寄って行かない?」
「ごめん! 今日は行く所があって!」

 新妻からの誘い自体珍しいのに、それすらも断って大翔は今日行く所がある。必要経費を使うために。
 月に一度のピノでの買い物に使われるお金を指すことがほとんどなのだが、今回は珍しくそれ以外でも使うこととなった。あの少し前に発売が発表された手専門のタレントによる写真集だ。
 価格にして4000円弱。日頃二万前後のスニーカーを、月イチとは言え購入している大翔からすればあまり大きい金額に感じられないのはさすがに感覚がマヒしてしまっているだろうか。
 とにかく、今日の放課後駅ビルの中の書店で取り置きをしているそれを受け取りに行く一大イベントがある。

「嬉しいのはわかるけどさ、足柄くん顔が尋常じゃなくにやけてるよ」

 放課後、例によってフェチ会を手塚の家で行うこととなり、その前に本屋へ寄りたいと言ったのだ。
 大翔のテンションの高さに呆れつつも手塚は黙ってついて来てくれ、二人は早速書店へ向かい、無事にその本を受け取った。

「はぁ……すっごい楽しみだったんですよぉ……サンプル画像もいい感じだったし」
「へぇ。じゃあウチでたっぷり堪能する?」
「是非!!」

 思いがけない嬉しい提案をされ、大翔は嬉々として手塚のあとについて行く。両手に花ではないが、両手に推し状態になるのかと思うと、いまから期待が高まってしまう。
 胸に写真集入りの紙袋を抱きしめ、大翔は緩みそうな頬をどうにか引き締めながら歩いて行った。


 期待値が高い物事ほど、それに対する審査の目は厳しくなりがちだ。それが推しというものであればなおさらで、手塚の部屋に着くなり写真集を開いた大翔はまさにそうだった。
 そして、ページをめくっていくごとにその期待に満ちた顔が段々と曇っていってしまった。
 その内に写真集を一通り読み終え、本を閉じた大翔だったが、うな垂れたようにうつむいてしまっている。

「……足柄くん?」

 階下にお茶を取りに行っていた手塚が部屋に入ってきた時には既に大翔はしょんぼりと肩を落としており、何事かと恐る恐る声をかけられる。どう見ても写真集のせいで落胆しているとしか見えなかったからだろう。

「なに、写真集ガッカリだったのか?」
「……ガッカリって言うか……ガッカリではないんですが……」
「ガッカリじゃないのに何で凹んでんだよ?」
「……見ます?」

 そう手塚の方に差し出した写真集を開くと、現れたのは華奢で繊細な骨格の女性のような中性的なような手の数々だった。
 写真集自体、趣旨は間違っていない。手専門のタレントによる様々なシーンのショットが収められている写真集なのだから。美しく磨き上げられた手の様々なポージングは目を惹くものがある。

「へぇ、きれいな手ばっかりだな」
「……そうですよね」
「なんか不服そうだな」
「不服ですよ! だって僕の推しの雄々しい手の写真がほんの3ページしかないんですから!!」

 大翔が肩を落としてガッカリしていた理由は、写真集に収録されている内容の割合だった。

「手専門のタレントさんの写真集って言うから、そりゃまあきれいな方も入るとは思うんです。でも、だからって男性的な……それこそダビデ像のようなカッコいい手の写真がたった3ページって……男女比の偏りが過ぎます! 特にこれ!」
「え? タバコを持っているシーン?」
「女性よりも喫煙者は男性が多めな傾向だと思うので、ここはやっぱり男性的な手で行かないと! そう思いませんか!? あとやっぱり手を繋いでいるシーンは生身の手の方がいい!! それから……」
「わ、わかった。足柄くんが写真集に納得してないってのは充分にわかった。だからまあ……ちょっと麦茶でも飲めよ」
「あ、はい……」

 写真集を見ていく内にたまって言った不満が手塚の手を目にした瞬間に爆発し、いつになく暴走してしまった。麦茶を差し出されて冷静さを取り戻すと、途端に恥ずかしさが湧いてくる。
 フェチを分かち合える貴重な存在である手塚であれば、この憤懣(ふんまん)やるかたない気持ちがわかってもらえるかと思った……そんな甘えもあったのだろう。
 冷えた麦茶が喉を滑り落ちていき、体が内側からクールダウンしていく。はぁッと息を吐くと、ようやく気持ちが落ち着き始めていた。
 手塚はと言うと、大翔があまりに不満をぶつけて来たからか、写真集を手に取ってぱらぱらとめくっている。

「うーん……まあ、こういう手が好きな人には喜ばれる、って感じだな。ただそれが、今回は足柄くんじゃなかったってだけで」
「うう……そうですけどぉ」

 手塚の言うことは至極最もなど正論だ。しかし、それでも推しの手の様々な表情が見られるかもと期待していた大翔としては裏切られた感じではある。
 なにより毎月のスニーカー資金をキープしつつの写真集代を捻出していたので、懐としても痛みがあり、だからこそ余計にショックが大きい。

(頭ではわかってる……手塚さんが言うことが正しいって。でも……でもなぁ……)

 どうしても割り切れない想いがあり、しょんぼりとうな垂れてため息が止まらない。4000円前後の出費に対するリターンがあまりに小さかったのだから。

「まあ、これも勉強代って思うことだな」

 そう言いながら、手塚が大翔の頭をぽんぽんと撫でてくれる。大きくてがっしりした、大好きな手で頭を包み込むようにして。
 一瞬触れるだけだったが、それだけでも大翔には萎れた心をよみがえらせるのに十分だった。しぼんでいた風船に空気がゆっくり吹き込まれていくような、そんなさり気ない優しさを感じたのだ。
 とは言え手塚は、手とあれば見境がなくなってしまう大翔に呆れているのではないか。みっともなく落ち込んだ姿を嗤われていやしないだろうか。そんなことをふと考え、そっと窺うように上目遣いに目線を向けると――

「悪いやつに引っ掛かる話じゃなくてよかったじゃんか。写真集だって悪いもんじゃないんだし」

 そう言いながら笑いかけてくる手塚の目がとても優しくほどけていることに大翔は気付かされた。
 手塚は、店でもこんなに優しい顔をして笑いかけてくれていただろうか……いつもフィッティングしてもらっていて間近で見ているはずなのに、ピノ以外で向き合った気がする。
 店外ではほぼ初めてとも言える気付きに、大翔はやけに心臓が騒がしくなっていくのを感じ、内心驚いていた。いつもと雰囲気が違うせいだろうか。

「そう、ですね……」

 やっとの思いでそれだけを返したが、頭の上に乗ったままの手をどけることはできなかった。もう大丈夫、と言って除けることもできたのに、そうしたくなかったのもある。
 大好きな、推しである手に触れられているのも大いにあるのだが、なにかもっと違う要因の気配を感じる。でもそれが、なんなのかわからない。わからないけれど――いままでにないものような気がする。
 一体それは何なのだろう……そう考えていたら、次第に悲しみに暮れて凹んでいた気持ちがゆっくりと元に戻っていた。

「確かに、写真集として見るんだったら悪くはないですね、これ」

 そうして落ち着いた気持ちで改めて写真集をめくっていると、いくつかのポーズに目が留まる。グラスをつかんでいるポーズや、モデルガンを構えているポーズなどだ。
 写真集では女性っぽい手や中性的な手が写されているが、大翔としてはこれこそ男性的な手で構えて欲しいと思った。
 その時ふと、目の前でグラス入りの麦茶を飲んでいる手塚の手が目に留まる。

「手塚さん、グラスをつかんでる手をこっちに見せてくれませんか」
「こうか?」

 そう言いながら手塚がグラスをつかんでいる手許を近づけてくれる。やはり写真集とは違い、雄々しい雰囲気もさることながら、手の甲に浮かぶ血管などに魅力を感じる。

「じゃあ、この銃を構えるみたいなポーズできます?」
「えーっと? こう?」

 指先を銃を構えるような形にはなったが、それでもモデルガンを構える写真集のものと雰囲気がだいぶ違って見える。断然、こちらの方が大翔の好みと言えた。

「手塚さん! 手の写真撮ってもいいですか!?」
「はぁ? なんでだよ」
「ヘンな事とかに使わないんで! 家に帰っても見たいんですぅ!」
「ヤダよ、恥ずかしい。写真集あるじゃんか」
「でもこれとはまた手塚さんは雰囲気違うんですもんー!」
「見るだけで我慢しろよ。目に焼き付けろ」

 にべもない手塚の返事に大翔はまたしても肩を落とす。折角浮上した気持ちがまたしぼんでしまい、半泣きの気分だ。
 しかしふと、手塚の先程の言葉を思い出し、泣き顔を止める。

「……ん? 目に焼き付ける、ならいいんですか?」
「ああ、まあな」
「じゃ、じゃあ……写真は撮らないんで、ポーズはとってくれませんか? 写真集と同じように! それならいいですよね?」

 想定外の提案をされたからか、それとも自分の発言の言葉尻を突っ込まれたからか、手塚はむむっと眉根を寄せて黙り込んでしまった。
 しかし大翔には思いがけない名案に思え、グイグイと手塚に交渉を迫っていく。

「いいですよね、目に焼き付けるんだったら。さっきいいって言いましたよね?」
「うう……言ったな……」
「じゃあ、写真集と同じことやってくれますよね!?」

 ダメ押しに数センチの距離に迫って大翔がもう一度問うと、観念したように手塚がため息をつき、「わかったよ……」と白旗を振る。

「その代わり、君の足も同じくらい愛でさせてもらうからな」

 まっすぐに目を見て堂々とそう宣告されると、途端に恥ずかしくなってくるのはどうしてなのか。いつも通りのことを宣告されただけに過ぎないはずなのに……なんだか特別な言葉に聞こえた。

「い、いいですよ、もちろん」

 手塚の勢いに圧されるようにうなずくと、手塚もまたにやりと笑う。どうやら交渉は成立したようだ。
 そうして大翔は写真集のポーズ再現の言質(げんち)を取り、実現をもくろむのだった。