Angel Rest ――英雄を棺に納めた男――

 ギルドに確認して遺族探し。
 さらに参列者と簡単な献花の準備。

 すべてが終わってため息をついたところで、ガッシュとユリウスに待っていたのは「葬式の数合わせをしろ」というギルドマスターからの命令だった。

「ダニーは孤児だったらしくてな、孤児院から院長と、ギルドの中から数人。あまりにも寂しいだろう。何かの縁だ、お前たちも参列してやれ」

 ダニーというらしいその男の最期に立ち会ったのが面倒の始まり。
 そんなことをしてやる義理はない、と突っぱねようかとも思ったが、ガッシュもユリウスも冒険者ギルドに所属する冒険者だ。ギルドマスターに逆らってもいいことはない。

「お前たちのようなレベル上位の冒険者にとってヘルヘイム上層は単なるウォーミングアップ程度の難易度だろうが、そんなところでも人は死ぬ。お前たちにとっても、ダニーの死は他人事じゃないはずだぞ」

 そう言われてしまえば、ガッシュにもユリウスにも返す言葉はなかった。

「何か、変なことになっちまったなぁ」

 面倒くさそう、というよりは、何も考えていなさそうな顔でユリウスが言う。
 隣を歩きながら、ガッシュも肩をすくめて返した。

「そう言うなよ。ダニーってやつはともかく、ギルドマスターには世話になってるんだろ、あんたも」
「まあな。だから断り切れないってのはあるけどさ」

 肩をすくめ返したユリウスは、ふっとため息をつく。

「死体ってあんまいい気持ちしねえんだよな」
「そりゃ誰だってそうだろ」
「いやなんて言うか……あの、さっきの白目向いて泡吹いた顔とかさ。あと、中層でドラゴンブレスにやられて肉が焼けただれた死体とかさ。ああいうの見ると、目をそむけたくなる」
「英雄ユリウス様にも、そんな弱点があんのかよ」

 意外な言葉に聞こえて、ガッシュは思わずユリウスの顔を見る。ユリウスはどこか居心地の悪そうな顔をして、それからうなずいた。

「だって、俺たちそういう世界で戦ってんだぞ。ギルドマスターに言われるまでもなくさ」

 意外な弱音である。
 この男が死ぬことを怖がるだなんて――。

「言っとくけど、死ぬことが怖いわけじゃないぜ」

 ユリウスは振り返って言う。

「死ぬのがいやっていうか、ああいう死体を見るのがいやっていうか」
「そういうもんか」
「死んじまったらただの肉の塊になっちまうだろ。鶏肉や牛肉ってならいいけど、あれはだめだ。みたくねぇ」
「ソロでダンジョン潜ってんのもそのせいか?」

 ガッシュは群れるのが苦手だからソロでのダンジョン攻略に挑んでいるが、ユリウスほどの経験と技術があるなら引く手あまただろう。

「まあな。仲間が死んじまっても連れて帰るほどの余力はねえし。だったら一人で潜って一人で魔物ぶっ殺してまわった方がまあ気は楽」

 わかるようなわからないような。

 そんなことを言い合っているうちに、神殿につく。葬儀用の祭壇には花が飾られ、奥には棺と、その隣に先ほどの納棺師がいた。

「あ、もう処理終わったんだ」

 ユリウスがそういうと、薄く目を開いた納棺師――たしかデンケンと言ったか――は、静かに一礼してみせた。

「最後のお見送りの準備は整いました。葬儀へのご参列者の皆様は」
「ああ、もうじき来る」
「そうですか」

 デンケンは棺に目をやり、それから静かに、まるで独り言のようにささやく。

「故人様のお名前が。……どちらでお呼びすべきか、判断できかねまして」

 デンケンの言葉に、ガッシュとユリウスは顔を見合わせた。少し考えて、ガッシュは問いかける。

「ダニーだろ?」
「そうお呼びすべきでしょうか、それとも……スティファン様と」
「スティファン?」

 聞いたことのない優しい名前に、再びガッシュとユリウスは顔を見合わせる。するとデンケンは、静かな声でぼそりとつづけた。

「お持ちの剣や武具のほうには、ダニーと書いておられるようですが、ギルドの冒険者ライセンスには、スティファン、という名前を登録なさっているようで」

 ギルドのライセンスカードに書かれる名前は本名だ。偽名を使って犯罪者がライセンスを手にしないようにという対処だが……。

「じゃあ、ダニーは偽名?」
「孤児だったっていうから、本当の親がつけたのがスティファンだったんだろ」

 言い合っていても結論が出ない。そうしているうちに、何人かの冒険者たちがどやどやと足音も荒く入ってきた。

「おい! ダニー!」
「無茶しやがって……!」

 生前のダニーと付き合いがあった冒険者らしい。全員がユリウスとガッシュをすり抜けて棺をのぞき込み、一歩下がって控えるデンケンに頭を下げる。

「すんません、デンケンさん……ありがとうございます!」
「この度は誠に……残念なことでございます」

 と、ユリウスがのそりと動く。

「なあ、そいつの名前、ダニーでいいのか?」

 ガッシュが止める間もなく、ユリウスは男たちの輪の中に入っていく。

「そいつ、ライセンスカードには『スティファン』って登録してるらしいけど」
「いや……俺たちはダニーって呼んでた。こいつもダニーって呼べって言ってたし。なあ?」

 男たちは顔を見合わせ、不思議そうに首をかしげている。それに、と男の一人が声を上げた。

「たしか、装備に『DANNY』って刻んでるとこ、俺見たぜ」
「じゃあ、スティファンってのは……?」

 すると、後ろから声が響いた。

「ダ二ー君!」

 それは、ダニーが死ぬ直前、やり取りを行っていたギルドの職員だ。彼女はガッシュとユリウスを押しのけ、棺へ走っていった。

 少しの逡巡の末、意を決したように棺をのぞき込む。

 そして、何か驚いたように口元を覆って、それから大粒の涙をこぼし始めた。

「ああ、……ダニー君、あんなひどい顔から、こんなきれいにしてもらって……!」

 彼女も死の直前のダニーの苦悶にゆがむ顔を見ていたのだろう。それがどう変わったのか、ガッシュにもユリウスにも、残念ながらわからない。
 彼女は顔を上げ、デンケンに何度も頭を下げた。

「ありがとうございます……あんなに苦しそうだったのに、今はこんなにも、こんなにも安らかで……!」
「この度は誠に、残念なことでございます」

 折り目正しく頭を下げているデンケンを見ても、どんなことをしたのか想像もつかない。
 と、再びのそりとユリウスが動いた。

「なあ姉ちゃん、あんたその男の本名、スティファンだって知ってたか?」
「……おい!」

 とっさに袖を引っ張ろうとしたが、ガッシュの力ではユリウスは動かない。と、驚いた顔をして振り返った彼女は慌てて涙を拭き、それからうなずいた。

「え、ええ。ライセンスカードは、見てたから」
「なのに名乗ってた名前はダニーなんだってよ。どっちが本当なんだ?」
「いやだから、今聞くことじゃねえだろ!」
「あ、そうよねダニー君、自分の名前があんまり優しくて、だからダニーって呼んでくれって」

 言いながら、彼女は棺の中へ指を伸ばす。青年の顔をなでたらしい。頬を流れだした涙もそのまま、まるで姉が弟に見せるような優しい笑顔を浮かべて、ささやく。

「本当、大見栄だけ張っちゃって。スティファンだっていい名前じゃないの。それでも、もっと荒っぽい名前がいいって。バカよね。いくら名前が荒っぽくたって、生きて帰れなきゃ意味ないじゃないっ……!」

 顔を覆って泣き出した彼女を見て、どうすることもできないでユリウスとガッシュは顔を見合わせる。

「……なんだよ」

 息が抜けたような声で、男の一人が言う。

「お前、スティファンって名前だったのかよ」

 あはは、と誰かが笑い出す。

「見栄張りやがって、スティファンだっていい名前じゃねえか」
「バッカかよ、つまんねえことしやがって」
「ほんとだよ! 何がダニーだ、しかも俺の前で『未来の大英雄』とか名乗りやがったんだぞ!」

 笑い声が、大きくなっていく。
 だが、その声は次第に、すすり泣きに変わった。

「……てめえ、俺のダチの中で真っ先に逝きやがって……!」
「だからやめろって言っただろうが……! 一人でいくなって、言っただろうが……!」

 いつの間にか、棺の周りには多くの人がいた。
 ギルドの冒険者たち。孤児院の職員たち。そのほとんどが痛ましげに眉を顰め、泣いていた。

「献花を、お願いいたします」

 デンケンの声が、小さくともはっきりと聞こえる。
 配られていく花を、すすり泣きながら、参列者たちが棺の中に声をかけて差し入れていく。

「……お二人も」

 目の前に音もなくやってきたデンケンに差し出された花を、有無を言わさず受け取らされ、ガッシュとユリウスも棺の前に立った。

 のぞき込んだ先の青年の顔は、眠っているように安らかだった。

 二人して、黙ったまま花を供える。

「——永遠の旅路に、安らぎのあらんことを」

 デンケンが一言囁き、棺を閉ざす。

 ガッシュは、どこか遠い事実のように感じていた。
 眠ったままのように見えたその青年が、確かに、死んでいるということを。