Angel Rest ――英雄を棺に納めた男――

「――でやぁっ!」

 気合の声一つ。斬りつけた魔物はギャッと恐ろしい悲鳴を上げて、ばたりと倒れた。
 恐る恐る、剣先で、つんつんと倒れた魔物をつつき、のぞき込む。

 動か――ない! 倒した!

「あっはははは! よっしゃー!!」

 叫んでこぶしを突き上げる。
 冒険者ライセンスを取ったばかりの新米冒険者。ギルドでもまともな仕事がもらえないビギナー。
 だが、この魔物の死骸は素材になる。売れば金になるし、実績にもなる。

 たった一人で行くのは無理だとみんな止めた。けれど、振り切って出てきてよかった。
 駆け出しとはいえいっぱしの冒険者。なりふり構ってなどいられない。

「と言っても、まだここは上層なんだけどなー」

 巨大ダンジョン「ヘルヘイム」。

 冒険者は魔王討伐か、豊富な魔界素材を求めてダンジョンに潜る。
 それは一攫千金を求めてのことでもあるし、名誉を求めてのことでもある。ただしハイリスクハイリターン――命の保証は何もない。

 魔物は襲ってくるし、中層以降は毒草もあるらしい。上層にも、吹き矢や落とし穴のトラップは無数にあった。

「とはいえ、まずは第一歩!」

 この調子で少しずつでも頑張っていけば、どこかのパーティに入れるかもしれない。一緒に戦える仲間も増えるかもしれない。

「よし――こいつを抱えて、いったん帰るか!」

 なにより、初めての獲物。魔物を一人で倒しきったという達成感が、体中を駆け巡る。

 だから――気づかなかった。
 自分が、毒針のトラップを踏んだことを。

 ◆ ◆ ◆

 ガッシュ・ロウラーがユリウス・アーヴィングに出会ったのは、冒険者ギルドの受付でちょっとした騒ぎが起きた時のことだった。

 ちょうど、最近上層での魔物の量が増えただとか、そんな話をちらりと聞いた後だったか。

「きゃぁぁぁ!」
「おい、医者呼べ!」

 悲鳴と、叫び声。
 ガッシュが振り返ってのぞき込んだ先では、一人の冒険者がカウンターに縋りつくようにして倒れていた。
 とっさに駆け寄る。頭を抱き起し、頬を叩いた。

「おい、大丈夫か!」

 返事はない。白目をむき、口から泡を吹いている。
 毒だ。冒険者としてガッシュにもそのくらいはわかる。カウンターの向こうで震えているギルドの職員に、叫んだ。

「解毒魔法が使える僧侶を呼べ!」
「は、はい!」
「――いや」

 低い声が聞こえ、のそりと足音もなくそばに寄ってきていた金髪のその男は、倒れた冒険者の首筋に指をあてて静かに首を横に振った。

「……神殿に連絡しろ。もう死んでる」

 ざっと周囲から人が離れた。

「何してんだ、神殿に連絡してくれ!」

 叫んだガッシュに、すくっと立ち上がった男は、そのまま立ち去ろうとする。
 おい、ととっさに呼び止めた。今目の前で人死にがあったというのに、そのまま立ち去るやつがあるか。

 すると男はうっとおしそうに顔をゆがめて言い放つのだ。

「いや俺、そいつ知らねえし」
「知らねえって、同じ冒険者だろうが!」
「だからだろ。……もう死んじまってるんだし」

 ひゅ、と体内の温度が下がったあと、一気に沸騰した気がした。ガッシュは黙って死んだ男の腕をつかみ、その体を担ぎ上げる。その姿を見た金髪の男は、驚いた顔をしてガッシュを見た。

「おまえ、何してんの」
「こいつを神殿に連れていく!」
「……おまえが?」

 その言葉に二重の意味がかかっていることを、ガッシュは自覚していた。

 一つは「見ず知らずのはずのおまえが?」
 もう一つは「そんなひょろっひょろのおまえが?」

 そりゃそうだ。ガッシュのジョブは「盗賊」。鍵開けやトラップ解除に秀でた支援ジョブだ。
 対して金髪の男は鉄色の甲冑に両手剣。典型的な「戦士」ジョブ。

 だが、そんなことは関係ない。

「誰かがやらなきゃならねーなら、で、誰もやらねーなら、やるしかねえだろうが!」

 ガッシュがそう怒鳴り返す。勢い余って少しよろめいたことを必死の足踏みでごまかしていると、金髪の男は少し考え、それからひょいとガッシュの背から死体を担ぎ奪う。

「おい……?」
「誰かがやるなら、おまえより俺だろ」

 そう言い放って悠々とギルドを出ていこうとする。
 慌てて、ガッシュはそのあとを追いかけた。

 死体を担ぐ男と、そのあとをついて歩くガッシュ。
 もちろん、ヘルヘイムに近いこのヘイムレストの町にとって、冒険者の死体などさして珍しくもない。

 町のものが遠巻きに見る中、ガッシュは男に問いかけた。

「……あんた、名前は」
「さきにおまえから名乗れよ」

 言われて、それもそうかと思いなおす。

「俺はガッシュ。ガッシュ・ロウラー」
「ガッシュね。俺はユリウス・アーヴィング」

 ユリウス。
 その名前は、ソロでの活動を主体にするガッシュでも聞いたことがあった。

 ヘルヘイム下層に至る道に陣取っていたフレイムドラゴン。それまで大量の、かつ歴戦の冒険者たちを焼き殺してきたその魔物を単騎で打ち倒した英雄。

「おまえがあのユリウス?」
「どのユリウスかは知らないが、俺はユリウスだよ」

 何でもない顔でそう言う。そのまま町の中心、神殿のある大通りに出た。

「おまえの名前も知ってるよ、ガッシュ・ロウラー。中層半ばにある毒霧のトラップを、最短で突破した盗賊」
「……英雄に覚えられてるとは、そりゃ光栄だ」
「英雄ってなんだよ。そんなたいそうなモンになった覚えないんだけど」

 言い合いながら、二人で神殿に入る。異様なものを見る目で神官たちが迎えに来るのを見て、ユリウスはようやくこれで面倒ごととはおさらばできると言わんばかりに大げさに息をついてみせた。

「ギルドで人死にが出た。死体はこいつ。あとよろしく」

 どずりと遺体を放り出し、ユリウスは背を向けようとする。そのあとを何気なく追いかけようとしたところで、ガッシュとユリウスは神官に呼び止められた。

「人死にって……このご遺体にご遺族は!?」
「知らねーよ。俺たちただこいつが死ぬのに遭遇しただけ」
「わかりました、ですがご遺体をそのままにはできません。納棺師を呼びますので、ご遺族の代わりに寄り添いをお願いします」
「いやだから、俺たち関係ないんだって、こいつとは」
「こちらとしてもご遺体をこのまま放り出されては困ります」

 神官の押しは強く、ガッシュとユリウスは顔を見合わせる。
 ユリウスが神官に向かって、肩をすくめた。

「つっても……納棺師ってあれだろ、死体の処理をするだけだろ」
「何をおっしゃるのです。ご遺体を清め、衣服を整える尊いお仕事ですよ」

 頑として譲らない神官に、ユリウスとガッシュは肩をすくめた。
 もう一度死体を担ぎなおしたユリウスとガッシュは、神官に案内されるまま遺体安置所へ通される。祭壇に複数のベッド、揺れるろうそく。そこはひんやりとして、どこか寒々としている。

「ご遺体はこちらへ。わたくしは納棺師をお呼びしますので」

 神官が足早に去っていくなか、ユリウスはため息をついた。

「さっさと帰れると思ったのに」
「……乗り掛かった舟だろ」

 ため息をつきたいのは、ガッシュのほうも同じだ。

「にしても、いったいなんでこいつ死んじまったんだろうな」
「さあなぁ。毒だろ」

 ユリウスは死者に興味はない、と言わんばかりにそっぽを向いている。とはいえ、ガッシュは少し好奇心が沸いて、白目をむいたままの男の遺体を検分する。

「毒か。死ぬまで時間がかかってるとしたら、魔物の毒じゃないな」
「そんなことまでわかるのか」
「ああ。魔物は即効性の毒のほうが多い」
「そういうもんか」

 しばらくのぞき込んだり考えたりして、ガッシュは靴裏に穴を見つけた。

「これだ――毒針」
「トラップか。ダンジョン内は当然舗装もされてない。靴裏に針が刺さってもとげか何かだと思うだろうな」
「初歩中の初歩トラップだ。敵を倒した後かなにかで、よほどうれしくてトラップの存在忘れてたんだろうな」
「死んじまえばそれでしまいだ。かわいそうだけどそれが真実さ」

 かわいそうとも思っていなさそうな顔で、ユリウスはため息をつく。と、こつりと後ろから足音がして、二人はとっさに振り返った。

「お連れしました。納棺師のデンケン・セッツァー様です」

 神官に連れられてきたその男は、一言でいえば「陰」の男だった。

 シルバーヘアをきっちりとなでつけ、右目にはモノクル。袖にはシャツガーターをつけた、一見して明らかな「職人」の男。年のころはガッシュやユリウスの親の世代、と言ったところか。
 白い手袋をはめた手を前できっちりと組み、折り目正しく一礼する。

「納棺師のデンケンでございます。故人様をお預かりいたします」
「あと頼んだ」
「じゃ、じゃあ俺たちはこれで」

 デンケンのそばを行き過ぎてそのまま帰ろうとしたガッシュとユリウスの首根っこを、神官がつかむ。

「ご遺体は冒険者でいらっしゃるそうですから、ギルドからもご葬儀参列者がいらっしゃると思います。お二人にはギルドへの連絡をお願いいたしますね」
「…………」
「おねがい、いたしますね?」

 ガッシュとユリウスは顔を見合わせ、同時にため息をつく。

「はい……」
「了解しました……」