私が訪れたのは、「ヘイムレスト」という辺境の町だ。
かつて魔王城に通じる大ダンジョン「ヘルヘイム」に面していた町。
魔王を勇者ヴォルフが討伐してから約50年。魔王の加護を喪ったヘルヘイムはすでに崩れさり、魔物の増加は止まった。
私がこの町を訪れたのは、ある人物のことを知るためだった。
ヘルヘイムがあることにより、この町にはかつて、国で最も大きな神殿と、「納棺所」があったとされている。
私が訪ねたのは、その「納棺所」に所縁のある人物と交友があったという、「先代勇者」の仲間の元。
その人物は、かつて栗色だったのだろう髪がすっかり抜け落ち、腰が曲がり、声もしわがれた状態ではあったが、私の来訪を心から歓迎してくれた。
「まさか、英雄ユリウスのことをご存じの方がおられるとは思いませなんだ」
禿頭の老人は杖を突いて私を暖炉のそばへ招く。
「あの男はあまりに早く生きすぎた。この町にはユリウスの墓がありますが、参るものはもう少ない」
手伝いをしているのだろう中年の女が、静かに紅茶を差し出してくれる。
礼を言って一口飲むと、不思議と優しい気持ちになる、どこか懐かしい味がした。
「あなたが生まれたころにはもう、ヘルヘイムは完全に倒壊しておりましたからな。この町も、冒険者たちの活気をすっかり失って、ただ静かな辺境の町となりました」
「最盛期は、それこそ多くの冒険者がヘルヘイムに挑んだと聞いています」
私が相槌を打つと、禿頭の老人はにこりと笑ってしわくちゃの顔に隠れそうな目を細めた。
「そう、わしもそのうちの一人でした。今にして思えば、よくもまあ、あそこまで恐ろしい場所に挑んで無事にここまで生き永らえたと思います」
その言葉には、冗談というにはあまりにも重い、「軽んじられた命への諦念」のようなものがあるように感じられる。
「かつてここには、国の中でも最大級の『納棺所』があったと聞いております。最盛期にはそれこそ、百人を超える納棺師がいたと」
「……ああ、そうでしたな」
老人はうなずく。私が事前に連絡した取材の内容は、実は「先代勇者ユリウス」のことではない。
ユリウス。先代勇者とも、英雄とも称されるユリウス・アーヴィング。彼はかつて魔王をあと一歩のところまで追い詰めながら、魔王の猛攻をしのぎ切れず、その命を散らしたと言われている。
そのユリウスの、魔王の猛攻にさらされた遺体を引き取り、棺に納めた「納棺師」がいた。
「なぜ、その人物が英雄ユリウスの遺体を納棺したのでしょう」
老人は一度、口をつぐんだ。
それから唇を舌で舐め、小さく小さく、絞り出す。
「……わしらがお願いしたからですよ。あの人に」
驚いて、私はカップをソーサーに戻す。
「どうしてですか」
「ユリウスが望んだからです」
それは、まさに取材をさせてもらいたい「その人物」と英雄ユリウスとのやり取り。
その人物がどういった人物であったのかを知る、ほぼ唯一の手掛かりでもあった。
「その人と、英雄ユリウスの間に、いったい何があったのでしょう」
老人はうなずき、こつん、と杖の石突で地面をたたく。
「では、お話を始めましょう。英雄ユリウスと、一人の納棺師――デンケン・セッツァーのことを」
かつて魔王城に通じる大ダンジョン「ヘルヘイム」に面していた町。
魔王を勇者ヴォルフが討伐してから約50年。魔王の加護を喪ったヘルヘイムはすでに崩れさり、魔物の増加は止まった。
私がこの町を訪れたのは、ある人物のことを知るためだった。
ヘルヘイムがあることにより、この町にはかつて、国で最も大きな神殿と、「納棺所」があったとされている。
私が訪ねたのは、その「納棺所」に所縁のある人物と交友があったという、「先代勇者」の仲間の元。
その人物は、かつて栗色だったのだろう髪がすっかり抜け落ち、腰が曲がり、声もしわがれた状態ではあったが、私の来訪を心から歓迎してくれた。
「まさか、英雄ユリウスのことをご存じの方がおられるとは思いませなんだ」
禿頭の老人は杖を突いて私を暖炉のそばへ招く。
「あの男はあまりに早く生きすぎた。この町にはユリウスの墓がありますが、参るものはもう少ない」
手伝いをしているのだろう中年の女が、静かに紅茶を差し出してくれる。
礼を言って一口飲むと、不思議と優しい気持ちになる、どこか懐かしい味がした。
「あなたが生まれたころにはもう、ヘルヘイムは完全に倒壊しておりましたからな。この町も、冒険者たちの活気をすっかり失って、ただ静かな辺境の町となりました」
「最盛期は、それこそ多くの冒険者がヘルヘイムに挑んだと聞いています」
私が相槌を打つと、禿頭の老人はにこりと笑ってしわくちゃの顔に隠れそうな目を細めた。
「そう、わしもそのうちの一人でした。今にして思えば、よくもまあ、あそこまで恐ろしい場所に挑んで無事にここまで生き永らえたと思います」
その言葉には、冗談というにはあまりにも重い、「軽んじられた命への諦念」のようなものがあるように感じられる。
「かつてここには、国の中でも最大級の『納棺所』があったと聞いております。最盛期にはそれこそ、百人を超える納棺師がいたと」
「……ああ、そうでしたな」
老人はうなずく。私が事前に連絡した取材の内容は、実は「先代勇者ユリウス」のことではない。
ユリウス。先代勇者とも、英雄とも称されるユリウス・アーヴィング。彼はかつて魔王をあと一歩のところまで追い詰めながら、魔王の猛攻をしのぎ切れず、その命を散らしたと言われている。
そのユリウスの、魔王の猛攻にさらされた遺体を引き取り、棺に納めた「納棺師」がいた。
「なぜ、その人物が英雄ユリウスの遺体を納棺したのでしょう」
老人は一度、口をつぐんだ。
それから唇を舌で舐め、小さく小さく、絞り出す。
「……わしらがお願いしたからですよ。あの人に」
驚いて、私はカップをソーサーに戻す。
「どうしてですか」
「ユリウスが望んだからです」
それは、まさに取材をさせてもらいたい「その人物」と英雄ユリウスとのやり取り。
その人物がどういった人物であったのかを知る、ほぼ唯一の手掛かりでもあった。
「その人と、英雄ユリウスの間に、いったい何があったのでしょう」
老人はうなずき、こつん、と杖の石突で地面をたたく。
「では、お話を始めましょう。英雄ユリウスと、一人の納棺師――デンケン・セッツァーのことを」

