納棺所は、いつにないほど沈んだ空気が漂っていた。
無理もない。
ヘイムレストの町の中でも根強い人気と信頼を獲得していた救援隊の隊長が遺体となって帰ってきたのだ。それがどれほどの痛手であるか、知らぬ者はいなかった。
納棺を行う部屋のドアの前で、ガッシュはようやく探していたユリウスを見つけた。立てた片膝を抱きしめて廊下の隅に座り込み、表情の抜け落ちた顔でじっと納棺室のドアを見つめている。
「なあ」
「…………」
「そろそろ、行こうぜ」
「…………」
返事はない。聞こえているのかどうかさえ、ガッシュにはわからなかった。
無理もない、とガッシュは思う。ユリウスがどれだけヴァルターを慕っていたか、あの短い付き合いの中でもよく分かった。兄貴分であり、兄弟子であり、親友。ガッシュにも割って入れない強いきずなが、二人にはある。
と、ガッシュの後ろからやってきた人がため息交じりにぐいっとガッシュを押しのける。なにすんだ、と言いかけて、それが白いものの混じり始めた壮年の男であることにガッシュは気づいた。
がに股で、のそのそ、という形容詞が似合いそうな足取りで男はユリウスに近づくと、突然拳を握ってユリウスの脳天に叩き落した。
「いっ……! なにすんだこのジジイ!」
こぶしを握ったままの相手を振り仰いでユリウスが吼える。はねるように立ち上がったユリウスの頭に再び拳を叩き落とした男は、ガッシュでさえ耳を覆いたくなるような罵詈雑言をユリウスに浴びせかけた。
「何をいっちょまえに落ち込んでんねんボケカス、そんな暇があんのやったら葬儀場の飾りつけ手伝わんかいアホンダラ! だらだらしてっと逆さに吊るすぞコラ!」
「うるっせえこのくそジジイ、やれるもんならやってみろ!」
「おうやったろやないかい、このクソガキそこ動くなよ!」
「ちょっ、二人ともよせって……!」
突然始まる取っ組み合いのけんか。ガッシュが止める間もなく始まったそれにひたすらおろおろとしていると、納棺室のドアが静かに開いた。
瞬間、男とユリウスがぴたりと止まる。ガッシュもつられて直立不動で固まった。
明らかに有無を言わせぬ気配を漂わせ、姿を現したのはデンケンだ。
「——お着換えの最中です。お静かに願います」
表情はない。ただ、巌のように反抗や反論を許さない存在感だけがそこにあった。
「すまん」
「すんません」
男がまじめな顔で頭を下げる。つられてなぜかガッシュも頭を下げた。
デンケンの視線がすうっと流れ、ユリウスを捉える。
「……すんません」
居心地悪そうに、ユリウスも頭を下げた。
何も言わず、デンケンはドアを閉める。一瞬であたりに張り詰めた空気が緩み、男とユリウスは、おずおずとたがいに掴みあっていた腕や胸倉から手を離した。
腕を回した男は、じろりとユリウスをにらんでうなる。
「こんなところにいつまでもおっても仕方ないやろ。会場のほう手伝いに来い」
「……だって」
「だって、何や。いつまでも過ぎたことをウジウジウジウジ、湿気でカビが生えるわ」
「おいあんた、そんな言い方……!」
さすがに黙っていられなくなり、ガッシュが言い返そうとすると、男は完全にガッシュを無視したまま続ける。
「それとも何か。自分ならヴァルを救えたとでも思っとんのか」
びく、とユリウスの肩が揺れる。だが、ガッシュもそれは考えていた。
もし、自分たちがもっと早くヴァルターの元へ駆けつけていれば。
あんな無駄話をしていないで、ホーバルの地底湖へ向かっていれば。
結果はもっと、違ったものに——。
「——アホンダラ。うぬぼれんのもええ加減にせぇよ」
男の低い声に、ガッシュは頬を張り倒されたような衝撃を感じていた。
「相手はヘルヘイムやぞ。魔王の住む大ダンジョンや。お前らのような若造が何とかできるのやったら、とっくにヘルヘイムは平和な観光地と化しとるわ」
「…………」
「ヴァルは覚悟を決めとった。お前らが戦っとるんはそういう場所や」
「…………」
「気ぃ済んだら会場へ来い。救援隊のメンバーもお前らのこと待ってるで」
男はそのまま踵を返す。一瞬だけ、納棺室のほうをちらりと見やると、ほう、と深く息をついた。そして、やはりのそのそ、という形容詞が似合いそうな足取りで歩き去る。その背中を見送って、ガッシュはユリウスに耳打ちした。
「あのおっさん……誰」
「……俺の師匠。ほら、前に行ってた『死ぬからや』の」
ガッシュは予想通りのセリフに驚きを隠せないまま聞き返す。
「……あんた自分の師匠を『くそジジイ』呼ばわりしてたのかよ」
「あの態度見て『くそジジイ』じゃねえっていうなら反論してみろよ」
ガッシュは反論をあきらめた。
代わりに言ったのは別のことだ。
「デンケンさんがやってくれるなら、安心して任せられるな」
ガッシュも先輩のロイが亡くなったときのことを覚えている。デンケンの腕なら、傷ついた体をきれいに整え、ヴァルターの旅立ちにふさわしい装いにしてくれる。
「……うん」
ユリウスもそれはわかっているのだろう。自分に言い聞かせるように何度もうなずいて、自身の師匠が立ち去った方を見る。
「……そうだ、な」
「さあ、会場に行こうぜ。あとはデンケンさんに任せよう」
肩を叩いて、歩き出す。数歩進んで振り返れば、ユリウスは振り返って納棺室を見つめていたが、目を閉じて黙礼し、ゆっくりと踵を返す。追いついてきたユリウスを見て、ガッシュはほっと胸をなでおろした。
会場への扉を開くと同時に、ガッシュとユリウスは息をのんだ。
人が多い。
救援隊のメンバーだけではない、ギルドの冒険者、それに、ギルドの職員たち。さらには……。
「……嘘だろ」
「あいつら、ギルドの奴じゃないぞ」
ギルドに属していない、フリーの傭兵やトレジャーハンターたちも、葬儀の準備を手伝っている。みな一様に顔が沈み、声を出すのもはばかられると言わんばかりに口をつぐんでいる。それがかえって、どれほどの人間がヴァルターの死を悼み、悲しんでいるのかを示していた。
「ユリウス、ユリ坊、何ぼさっとしてんねん! はよ来んかい!」
静かな会場に怒号が響き渡る。顔を挙げれば、ユリウスの師匠が腕を振っていた。
「うるせぇなブレーヘンこのくそジジイ、静かにしろよ……!」
「あんたも大概うるせえよ」
怒鳴り返すユリウスをガッシュは肘鉄で黙らせる。二人は足早に会場へ足を踏み入れた。
ユリウスの師匠、ブレーヘンは、ユリウスとガッシュを罵倒しながらこき使った。悲しんでいる暇も与えないと言わんばかりの酷使っぷりにも、ユリウスもガッシュも文句は言わなかった。
忙しい方が、何も考えずにいられる。
やがてすべての準備が終わったころ、デンケンが会場に台車を押して入ってくる。周囲の視線を浴びながら、彼は祭壇の前に棺を設置し、折り目正しく一礼した。
「故人様の準備が整いました」
誰からともなく、その場にいた者たちが起立する。中には帽子を脱いで胸に当てる者もいた。間違いなく、それはヘイムレストの英雄の葬儀の始まりの合図だった。
ブレーヘンが静かに棺に向かう。あの、のそのそとしたがに股で。
それにつられるように、ユリウスも棺へ歩み寄った。
「ヴァル、この大馬鹿モンが。どこの世界に師匠より先に逝く弟子がおんねん」
ブレーヘンの押し殺したダミ声が響いた。すん、と誰かが鼻を鳴らす。
ガッシュはユリウスの隣りにいた。ゆっくりとした、というより、のろのろとした動きでユリウスは棺のそばにより、小さな声でポツリと呟いた。
「……ヴァル、兄……」
棺の縁を潰れそうなほど握りしめ、奥歯を噛み締めてブルブルと震えるユリウスの肩越しに、ガッシュは棺を覗いた。
穏やかに目を閉じたヴァルターは、シワもなくピッタリと誂えられた救援隊の装備に、愛用の盾と剣を胸元に携えていた。それはさながら……。
「騎士、みてえだな」
ガッシュの低い声に、うん、と声もなくユリウスが頷く。
ガッシュは本物の騎士がどんなふうに埋葬されるのかを知らない。それでも、ヴァルターの誇りや名誉、今までの功績を形として示すのに、これ以上ないほどの装いに見えた。
「デンケン、あんたが、この装いを——?」
ユリウスが振り返ると、デンケンは目を伏せて目礼する。
「故人様はこのヘイムレストの『守護神』と呼ばれたお方ですので」
誰かが、鼻を啜る音が聞こえた。振り返れば、男女の別なく多くのものが涙をこぼしている。
「俺……おれ、もうだめだって思ったときヴァルターさんに助けてもらって……」
「あたしも……! 諦めかけたときに、諦めるな、って……!」
俺も、わたしも、ぼくもと、口々に声が上がる。それは間違いなく、ヴァルターがこの街でどれほど慕われていたのか、どれほどの貢献をしてきたのかを示していた。
——ヘイムレストの守護神。
地獄の如き大ダンジョンの脅威を、幾度となく街のために退け続けた男の最期を飾るにふさわしい称賛と感謝の声。
——だが。
「ヴァルター隊長なしで、これから俺達、どうすれば」
途方に暮れたような声は、救援隊のメンバーの方からボソリと聞こえた。
守護神の死。それは紛れもなく、救援隊の弱体化を容赦なく突きつける。レイド種ゲリセンの行為は、確かに狙いを違えてはいなかった。
周囲の表情が重く沈む。どれほどの脅威が迫ろうと、もうヴァルターは戻らない。「生ける守護神」はリーダーの喪失に打ちひしがれる。
「隊長……ヴァルター隊長、僕が人質になんかならなければ……!」
顔にひどい火傷をおった救援隊のメンバーが泣き崩れる。
ユリウスもガッシュも、その言葉に何も返せなかった。
どうしようもなかった。レイド種を相手取ってこれだけの被害で済んで御の字だ。
それは事実ではあったが、その「被害」があまりにも大きすぎる。
——その時。
「みんな、顔を上げろ!」
怒声が響き渡った。
とっさに顔を上げたガッシュは声の主を探す。
棺を背に立った、一人の男。
「ウェイバー、副隊長……」
それは、ヴァルターの副官としてそばに控えていた男だ。
彼は周囲を見渡して、目をカッと見開き、拳を震わせて叫んだ。
「レイド種の狙いは救援隊の弱体化だ! だが結果はどうだ、要救助者は助け出され、犠牲者は1人! ヴァルター隊長のおかげで、被害は最小限に食い止められた! あのクソ野郎、救援隊の他の誰にも手出しできずに逃げ出しやがった!」
その言葉は、その場にいる全員を鼓舞する意図でわざと出された言葉だ。
それでも、その「犠牲者1人」の重さがのしかかる。
「確かに、隊長を喪ったことは大きい。だが隊長が死んでそれで終わりか? 違うだろう! 俺達は確かにヴァルター隊長と訓練をともにし、死線をくぐり、生き延びた仲間だ! 隊長は絶対に、ここで俺達が折れることを望んでない!」
「折れることを、望んでない……」
ユリウスが、ポツリと呟く。
脳裏に蘇ったのは、ヴァルターの最期の言葉だった。
——やるべきことを、やれ。
ユリウスの胸にもまさに、その言葉が蘇っているはずだった。
顔が上がる。瞳に輝きが戻る。爛々と。
ユリウスは振り返り、ウェイバーを見つめる。いつの間にか、救援隊のメンバーも顔を上げ、泣き腫らしながらも強い視線でウェイバーを見つめている。
ウェイバーは息を吸い込み、拳を突き上げて叫んだ。
「顔を上げて前を向け! 今度は俺達が、隊長の遺志を引き継ぐ番だ!」
うおお、と応えたのは救援隊のメンバーだけではなかった。
ギルドの冒険者たち。傭兵たち。トレジャーハンターたち。ギルドの職員たちも。
多くのものが拳を突き上げて叫んでいた。
号泣しながら。息をつまらせながら。
ユリウスも、拳を振り上げた。
ガッシュも、同じように振り上げた。
「献花を、お願いいたします」
叫ぶ声が落ち着いたところで、デンケンが低い声で伝え、花を配っていく。多くの者が花を受け取り、棺の中はまたたく間に花で満たされていった。
ガッシュも花を手向けた。
ユリウスは花をじっと見つめ、使い込まれて傷だらけの盾と、よく手入れされた剣のそばに、花を手向けた。
「——永遠の旅路に、安らぎのあらんことを」
デンケンが一言囁き、棺を閉ざす。
救援隊のメンバーが、蓋をされて姿の見えなくなったヴァルターの棺を担ぎ上げる。
ゆっくりと、棺が動き出した。
全員が、それについて歩き出す。
葬列は、街を通って共同墓地へ向かった。
商店のまえでは店主たちが店から出てきて手を合わせた。
ギルドの前では、ギルド長が帽子を脱いで深々と頭を下げた。
住宅地では、親に手を引かれた子どもが、手にした花を棺に向けて投げた。
葬儀に参加していない者の中にも、その列に加わるものが現れた。
静かに、葬列は進む。
ガッシュはそのさまを見ながら、ツンとした鼻をすすった。
——守護神の葬列は、共同墓地に着いてなお、途切れることはなかった。
無理もない。
ヘイムレストの町の中でも根強い人気と信頼を獲得していた救援隊の隊長が遺体となって帰ってきたのだ。それがどれほどの痛手であるか、知らぬ者はいなかった。
納棺を行う部屋のドアの前で、ガッシュはようやく探していたユリウスを見つけた。立てた片膝を抱きしめて廊下の隅に座り込み、表情の抜け落ちた顔でじっと納棺室のドアを見つめている。
「なあ」
「…………」
「そろそろ、行こうぜ」
「…………」
返事はない。聞こえているのかどうかさえ、ガッシュにはわからなかった。
無理もない、とガッシュは思う。ユリウスがどれだけヴァルターを慕っていたか、あの短い付き合いの中でもよく分かった。兄貴分であり、兄弟子であり、親友。ガッシュにも割って入れない強いきずなが、二人にはある。
と、ガッシュの後ろからやってきた人がため息交じりにぐいっとガッシュを押しのける。なにすんだ、と言いかけて、それが白いものの混じり始めた壮年の男であることにガッシュは気づいた。
がに股で、のそのそ、という形容詞が似合いそうな足取りで男はユリウスに近づくと、突然拳を握ってユリウスの脳天に叩き落した。
「いっ……! なにすんだこのジジイ!」
こぶしを握ったままの相手を振り仰いでユリウスが吼える。はねるように立ち上がったユリウスの頭に再び拳を叩き落とした男は、ガッシュでさえ耳を覆いたくなるような罵詈雑言をユリウスに浴びせかけた。
「何をいっちょまえに落ち込んでんねんボケカス、そんな暇があんのやったら葬儀場の飾りつけ手伝わんかいアホンダラ! だらだらしてっと逆さに吊るすぞコラ!」
「うるっせえこのくそジジイ、やれるもんならやってみろ!」
「おうやったろやないかい、このクソガキそこ動くなよ!」
「ちょっ、二人ともよせって……!」
突然始まる取っ組み合いのけんか。ガッシュが止める間もなく始まったそれにひたすらおろおろとしていると、納棺室のドアが静かに開いた。
瞬間、男とユリウスがぴたりと止まる。ガッシュもつられて直立不動で固まった。
明らかに有無を言わせぬ気配を漂わせ、姿を現したのはデンケンだ。
「——お着換えの最中です。お静かに願います」
表情はない。ただ、巌のように反抗や反論を許さない存在感だけがそこにあった。
「すまん」
「すんません」
男がまじめな顔で頭を下げる。つられてなぜかガッシュも頭を下げた。
デンケンの視線がすうっと流れ、ユリウスを捉える。
「……すんません」
居心地悪そうに、ユリウスも頭を下げた。
何も言わず、デンケンはドアを閉める。一瞬であたりに張り詰めた空気が緩み、男とユリウスは、おずおずとたがいに掴みあっていた腕や胸倉から手を離した。
腕を回した男は、じろりとユリウスをにらんでうなる。
「こんなところにいつまでもおっても仕方ないやろ。会場のほう手伝いに来い」
「……だって」
「だって、何や。いつまでも過ぎたことをウジウジウジウジ、湿気でカビが生えるわ」
「おいあんた、そんな言い方……!」
さすがに黙っていられなくなり、ガッシュが言い返そうとすると、男は完全にガッシュを無視したまま続ける。
「それとも何か。自分ならヴァルを救えたとでも思っとんのか」
びく、とユリウスの肩が揺れる。だが、ガッシュもそれは考えていた。
もし、自分たちがもっと早くヴァルターの元へ駆けつけていれば。
あんな無駄話をしていないで、ホーバルの地底湖へ向かっていれば。
結果はもっと、違ったものに——。
「——アホンダラ。うぬぼれんのもええ加減にせぇよ」
男の低い声に、ガッシュは頬を張り倒されたような衝撃を感じていた。
「相手はヘルヘイムやぞ。魔王の住む大ダンジョンや。お前らのような若造が何とかできるのやったら、とっくにヘルヘイムは平和な観光地と化しとるわ」
「…………」
「ヴァルは覚悟を決めとった。お前らが戦っとるんはそういう場所や」
「…………」
「気ぃ済んだら会場へ来い。救援隊のメンバーもお前らのこと待ってるで」
男はそのまま踵を返す。一瞬だけ、納棺室のほうをちらりと見やると、ほう、と深く息をついた。そして、やはりのそのそ、という形容詞が似合いそうな足取りで歩き去る。その背中を見送って、ガッシュはユリウスに耳打ちした。
「あのおっさん……誰」
「……俺の師匠。ほら、前に行ってた『死ぬからや』の」
ガッシュは予想通りのセリフに驚きを隠せないまま聞き返す。
「……あんた自分の師匠を『くそジジイ』呼ばわりしてたのかよ」
「あの態度見て『くそジジイ』じゃねえっていうなら反論してみろよ」
ガッシュは反論をあきらめた。
代わりに言ったのは別のことだ。
「デンケンさんがやってくれるなら、安心して任せられるな」
ガッシュも先輩のロイが亡くなったときのことを覚えている。デンケンの腕なら、傷ついた体をきれいに整え、ヴァルターの旅立ちにふさわしい装いにしてくれる。
「……うん」
ユリウスもそれはわかっているのだろう。自分に言い聞かせるように何度もうなずいて、自身の師匠が立ち去った方を見る。
「……そうだ、な」
「さあ、会場に行こうぜ。あとはデンケンさんに任せよう」
肩を叩いて、歩き出す。数歩進んで振り返れば、ユリウスは振り返って納棺室を見つめていたが、目を閉じて黙礼し、ゆっくりと踵を返す。追いついてきたユリウスを見て、ガッシュはほっと胸をなでおろした。
会場への扉を開くと同時に、ガッシュとユリウスは息をのんだ。
人が多い。
救援隊のメンバーだけではない、ギルドの冒険者、それに、ギルドの職員たち。さらには……。
「……嘘だろ」
「あいつら、ギルドの奴じゃないぞ」
ギルドに属していない、フリーの傭兵やトレジャーハンターたちも、葬儀の準備を手伝っている。みな一様に顔が沈み、声を出すのもはばかられると言わんばかりに口をつぐんでいる。それがかえって、どれほどの人間がヴァルターの死を悼み、悲しんでいるのかを示していた。
「ユリウス、ユリ坊、何ぼさっとしてんねん! はよ来んかい!」
静かな会場に怒号が響き渡る。顔を挙げれば、ユリウスの師匠が腕を振っていた。
「うるせぇなブレーヘンこのくそジジイ、静かにしろよ……!」
「あんたも大概うるせえよ」
怒鳴り返すユリウスをガッシュは肘鉄で黙らせる。二人は足早に会場へ足を踏み入れた。
ユリウスの師匠、ブレーヘンは、ユリウスとガッシュを罵倒しながらこき使った。悲しんでいる暇も与えないと言わんばかりの酷使っぷりにも、ユリウスもガッシュも文句は言わなかった。
忙しい方が、何も考えずにいられる。
やがてすべての準備が終わったころ、デンケンが会場に台車を押して入ってくる。周囲の視線を浴びながら、彼は祭壇の前に棺を設置し、折り目正しく一礼した。
「故人様の準備が整いました」
誰からともなく、その場にいた者たちが起立する。中には帽子を脱いで胸に当てる者もいた。間違いなく、それはヘイムレストの英雄の葬儀の始まりの合図だった。
ブレーヘンが静かに棺に向かう。あの、のそのそとしたがに股で。
それにつられるように、ユリウスも棺へ歩み寄った。
「ヴァル、この大馬鹿モンが。どこの世界に師匠より先に逝く弟子がおんねん」
ブレーヘンの押し殺したダミ声が響いた。すん、と誰かが鼻を鳴らす。
ガッシュはユリウスの隣りにいた。ゆっくりとした、というより、のろのろとした動きでユリウスは棺のそばにより、小さな声でポツリと呟いた。
「……ヴァル、兄……」
棺の縁を潰れそうなほど握りしめ、奥歯を噛み締めてブルブルと震えるユリウスの肩越しに、ガッシュは棺を覗いた。
穏やかに目を閉じたヴァルターは、シワもなくピッタリと誂えられた救援隊の装備に、愛用の盾と剣を胸元に携えていた。それはさながら……。
「騎士、みてえだな」
ガッシュの低い声に、うん、と声もなくユリウスが頷く。
ガッシュは本物の騎士がどんなふうに埋葬されるのかを知らない。それでも、ヴァルターの誇りや名誉、今までの功績を形として示すのに、これ以上ないほどの装いに見えた。
「デンケン、あんたが、この装いを——?」
ユリウスが振り返ると、デンケンは目を伏せて目礼する。
「故人様はこのヘイムレストの『守護神』と呼ばれたお方ですので」
誰かが、鼻を啜る音が聞こえた。振り返れば、男女の別なく多くのものが涙をこぼしている。
「俺……おれ、もうだめだって思ったときヴァルターさんに助けてもらって……」
「あたしも……! 諦めかけたときに、諦めるな、って……!」
俺も、わたしも、ぼくもと、口々に声が上がる。それは間違いなく、ヴァルターがこの街でどれほど慕われていたのか、どれほどの貢献をしてきたのかを示していた。
——ヘイムレストの守護神。
地獄の如き大ダンジョンの脅威を、幾度となく街のために退け続けた男の最期を飾るにふさわしい称賛と感謝の声。
——だが。
「ヴァルター隊長なしで、これから俺達、どうすれば」
途方に暮れたような声は、救援隊のメンバーの方からボソリと聞こえた。
守護神の死。それは紛れもなく、救援隊の弱体化を容赦なく突きつける。レイド種ゲリセンの行為は、確かに狙いを違えてはいなかった。
周囲の表情が重く沈む。どれほどの脅威が迫ろうと、もうヴァルターは戻らない。「生ける守護神」はリーダーの喪失に打ちひしがれる。
「隊長……ヴァルター隊長、僕が人質になんかならなければ……!」
顔にひどい火傷をおった救援隊のメンバーが泣き崩れる。
ユリウスもガッシュも、その言葉に何も返せなかった。
どうしようもなかった。レイド種を相手取ってこれだけの被害で済んで御の字だ。
それは事実ではあったが、その「被害」があまりにも大きすぎる。
——その時。
「みんな、顔を上げろ!」
怒声が響き渡った。
とっさに顔を上げたガッシュは声の主を探す。
棺を背に立った、一人の男。
「ウェイバー、副隊長……」
それは、ヴァルターの副官としてそばに控えていた男だ。
彼は周囲を見渡して、目をカッと見開き、拳を震わせて叫んだ。
「レイド種の狙いは救援隊の弱体化だ! だが結果はどうだ、要救助者は助け出され、犠牲者は1人! ヴァルター隊長のおかげで、被害は最小限に食い止められた! あのクソ野郎、救援隊の他の誰にも手出しできずに逃げ出しやがった!」
その言葉は、その場にいる全員を鼓舞する意図でわざと出された言葉だ。
それでも、その「犠牲者1人」の重さがのしかかる。
「確かに、隊長を喪ったことは大きい。だが隊長が死んでそれで終わりか? 違うだろう! 俺達は確かにヴァルター隊長と訓練をともにし、死線をくぐり、生き延びた仲間だ! 隊長は絶対に、ここで俺達が折れることを望んでない!」
「折れることを、望んでない……」
ユリウスが、ポツリと呟く。
脳裏に蘇ったのは、ヴァルターの最期の言葉だった。
——やるべきことを、やれ。
ユリウスの胸にもまさに、その言葉が蘇っているはずだった。
顔が上がる。瞳に輝きが戻る。爛々と。
ユリウスは振り返り、ウェイバーを見つめる。いつの間にか、救援隊のメンバーも顔を上げ、泣き腫らしながらも強い視線でウェイバーを見つめている。
ウェイバーは息を吸い込み、拳を突き上げて叫んだ。
「顔を上げて前を向け! 今度は俺達が、隊長の遺志を引き継ぐ番だ!」
うおお、と応えたのは救援隊のメンバーだけではなかった。
ギルドの冒険者たち。傭兵たち。トレジャーハンターたち。ギルドの職員たちも。
多くのものが拳を突き上げて叫んでいた。
号泣しながら。息をつまらせながら。
ユリウスも、拳を振り上げた。
ガッシュも、同じように振り上げた。
「献花を、お願いいたします」
叫ぶ声が落ち着いたところで、デンケンが低い声で伝え、花を配っていく。多くの者が花を受け取り、棺の中はまたたく間に花で満たされていった。
ガッシュも花を手向けた。
ユリウスは花をじっと見つめ、使い込まれて傷だらけの盾と、よく手入れされた剣のそばに、花を手向けた。
「——永遠の旅路に、安らぎのあらんことを」
デンケンが一言囁き、棺を閉ざす。
救援隊のメンバーが、蓋をされて姿の見えなくなったヴァルターの棺を担ぎ上げる。
ゆっくりと、棺が動き出した。
全員が、それについて歩き出す。
葬列は、街を通って共同墓地へ向かった。
商店のまえでは店主たちが店から出てきて手を合わせた。
ギルドの前では、ギルド長が帽子を脱いで深々と頭を下げた。
住宅地では、親に手を引かれた子どもが、手にした花を棺に向けて投げた。
葬儀に参加していない者の中にも、その列に加わるものが現れた。
静かに、葬列は進む。
ガッシュはそのさまを見ながら、ツンとした鼻をすすった。
——守護神の葬列は、共同墓地に着いてなお、途切れることはなかった。


