ヘルヘイム入り口近くにある救援隊の詰め所には、すっかり身支度を整えたヴァルターと救援隊のメンバーが詰めていた。
「ヴァル兄!」
「ユリウス、来なくていいといっただろう」
そこへ飛び込んだユリウスを振り返り、ヴァルターが苦い顔をする。それを後ろから追い付いたガッシュが制止した。
「俺が行こうって言ったんです。中層まで行ける冒険者が二人もいりゃ、戦力にはなるでしょう」
「それはそうだが……」
苦い顔のまま視線を逸らすヴァルターに、周囲の隊員たちも苦い顔をする。一般人が、という声が小さくガッシュの耳に届いた。
だがそんなことで引くユリウスではない。そんなことより、と身を乗り出した。
「状況を教えてくれよ。んで、なんかできることはないか?」
「焦るな。俺も今戻ってきたところだ。ウェイバー、状況説明を頼む」
副官と思しい金髪の男がヴァルターの視線に応えてうなずく。
「ヒトロクマルマル、ランドリュー小隊が巡回を開始。ヒトロクフタゴ、要救助者発見の一報が入りました。ヒトロクサンハチ、エマージェンシーコールが鳴ったのを最後に、レンジャー班もランドリューたちの姿を捕捉できていません」
「エマージェンシーが鳴ってから30分か……救助に入るにしても、日暮れが近い」
夜は魔物が活性化する。基本的によほどの理由がない限り、魔物が跋扈するヘルヘイムの中で夜を明かすのは自殺行為だ。
「隊長! レンジャー班ラットから通信!」
「つなげ!」
叫ぶと同時に魔力通信装置がホログラムを映し出す。
『ランドリュー小隊を捕捉しました』
ほっと周囲から息をつく気配がする。それを片手で制したヴァルターが声を上げた。
「場所は」
『上層、ガルディの谷付近です。エルダー種を含めたワイルドウルフの群れに囲まれ身動きが取れません』
「要救助者は」
『それが……確認、できません』
隊員たちはみな一様に顔を見合わせ、首を傾げあう。ざわざわと動揺が広がった。
「どういうことだ……?」
「ランドリューたちは要救助者を見つけたんじゃなかったのか?」
ヴァルターは再び片手を振ってそれらの声を制止すると、言葉をつづけた。
「わかった。引き続きランドリュー小隊の補足を。それとレンジャー班は二手に分かれ、要救助者の捜索に当たれ」
『すでに要救助者の捜索に2名配置済みです。連絡はまだ……』
「わかった。引き続き要救助者の捜索を続けさせろ。ランドリュー小隊には応援を送る」
『了解しました』
応援、その言葉に、その場にいたほとんどの隊員が顔色を変える。要救助者を守るため、ほとんどの救援隊隊員は冒険者ライセンスを持ち、更にそのクラスもB以上とかなり厳しく定められている。それでも、エルダー種の指揮下に入って統制の取れたワイルドウルフを相手に身動きが取れない仲間を助けに行けるほど、そのレベルは高くはなかった。
誰もが青い顔をして黙り込む中、一歩前に踏み出したものがいる。
「今の応援って、俺たちのことでいいんだよな?」
「……ああ、仕方あるまい」
ユリウスだった。
ヴァルターも振り返り、苦々しい顔をしながらもうなずく。
「隊長、救援隊に属していない一般冒険者に救助を任せるのは……!」
副官のウェイバーが言い返そうとするが、ガッシュが横からひょいと手を挙げた。
「……自慢じゃないけど、さ。エルダー種の相手なら、俺らのほうが適任だと思うんだ」
ガッシュが懐から取り出して見せたライセンスカードを見て、何か言おうと口を開けたウェイバーは黙り込んでしまう。
「……ダブル、S、クラス……」
「ちなみに、俺の方はトリプルS。文句ねえよな?」
盗賊でダブルS、戦士でトリプルSクラスの冒険者は稀有だ。何しろ下層の奥深くに潜って、帰ってくることができる実績がなければ認められることはない。
「そういうことだ。こいつらならランドリュー小隊と合流して帰ってくることは可能だろう。ユリウス、隊列の組み方は覚えているな」
「もちろん」
深くうなずくユリウスに、ヴァルターもうなずき返す。
「目標はガルディの谷付近で立ち往生しているランドリュー小隊との合流。合流次第、すぐにこの詰め所へ戻れ。こちらでは引き続き、要救助者の状況と居場所の捜索を続ける」
「わかった。行こうぜガッシュ」
「おう」
二人はうなずきあうと、詰め所を飛び出していく。
その姿を、姿なき「何か」が見ていたことにも気づかず。
◆ ◆ ◆
「エルダー種の相手を一日2回するってのもずいぶんだよな」
「……俺もあんたを急き立てた自覚はあるけど、自分で言うなよ」
ヘルヘイムを足早に歩きながら、ユリウスがぼやくのをガッシュが横からツッコミを入れる。まあ、それはな、と肩をすくめながら、ユリウスは周囲を見渡した。
「……なんか、見られてる気がすんだよなぁ」
「見られてるって……誰に?」
ガッシュも周囲を見渡したが、その気配は感じられない。首を傾げた後、ガッシュは気配を探すのをあきらめ、首を振ってからユリウスを振り返った。
「俺も変だと思ってることがあるんだ」
「なんだ?」
簡易的な光源魔法でマップを見ながら、ガッシュはスンと鼻を鳴らす。獣のにおいとカビのにおいが鼻をつく。
「ランドリュー小隊が見つけたっていう要救助者のことだよ。考えてみろ、救援隊って盾と槍の班が要救助者に覆いかぶさるみたいにして守るだろ」
「ああ、そうだな」
「でも、要救助者を発見したって報告が25分、そのあと38分でようやくエマージェンシーコールだ。13分も余裕があるなら、エルダー種と遭遇してたって要救助者とはぐれるようなことは考えにくいだろ」
「……だな」
苦い声でユリウスがうめく。どうやらガッシュと同じことを考えていたようだ。
「それについては、俺めちゃくちゃ嫌な予感がしててさ」
ユリウスはその嫌な予感を振り払うように首を振りながらも、続ける。
「……襲撃した奴頭良すぎじゃね?」
ぼそ、と聞こえてきたユリウスの声に、ぞくりとガッシュの背筋が粟立った。
「いや……いやいや……それは明らかに考えすぎだろ……」
「……ならいいんだけどな」
「…………」
「とにかく、急いでランドリュー小隊と合流しようぜ。早く帰れば、ヴァルも次の行動が起こしやすい」
「……だな」
ガッシュはふっと鋭く息をつくと、暗がりの前方を見つめる。上層とはいえ、トラップも魔物の脅威も当然ある。ここで自分たちが遭難しては、ランドリュー小隊を助けに行く人がいなくなってしまう。
「前方にゴブリン。あっちも気づいたな」
「ヴァルが言ってたスタンピードの影響か? やけに接触頻度が高いな」
「わかんねえな。とはいえ相手は逃す気はないみたいだ」
「よしきた、蹴散らして進む!」
無造作に両手剣を抜き放ったユリウスが突進する。一騎当千。その言葉を思い浮かべるほど、ユリウスの剣は隙もなく、また迷いもなかった。
散り散りになったゴブリンたちをユリウスが蹴散らして、とどめを刺しそこなった数匹をガッシュがボウガンで仕留める。ずいぶん慣れてきた連携のおかげで二人だけの行軍にはよどみがない。
やがてすさまじいうなり声とともにガルディの谷が見えてくる。ワイルドウルフの群れの向こうに、傷ついた盾と槍の一団がいた。
「盾班もう少し耐えてくれ! 槍班、牽制!」
「ダメです、崩れます!」
「バカ野郎、諦めるな! ヴァルター隊長が必ず援軍を送ってくれる!」
どうやら、ランドリュー小隊はダメージを受けながらも何とか無事のようだ。ガッシュはユリウスと顔を見合わせ、まずエルダー種を探した。
「……いた。あいつだ」
「わかった。まず俺があれを仕留める」
「援護は」
「背後に回った奴だけボウガンで頼む」
「了解」
両手剣を携えてユリウスが突進する。
数歩遅れてガッシュが続く。
「ぅおらぁっ!」
力任せとも見える、しかし強烈なだけでなく正確な一撃は、今まさに盾に食らいつこうとしていたワイルドウルフの数匹をまとめて弾き飛ばした。
瞬間、エルダー種の咆哮によって数匹がリーダーを守るようにユリウスにとびかかる。それを冷静に対処しながら、ユリウスはエルダー種に肉薄する。
背後から襲い掛かろうとした敵の眉間にはガッシュのボウガンから放たれた矢が突き刺さる。
「もらった!」
叫んだユリウスがエルダー種の首を飛ばし、血まみれの剣を群れに見せつける。
——だが。
残ったワイルドウルフたちはひるんだ様子を見せたもののまったく引く気配もなく、再びランドリュー小隊の盾や槍に噛みつこうと身をひるがえした。
「な……これで逃げねえのかよ!?」
「迷ってる暇ない! 全滅させるぞ!」
驚いて手が止まるガッシュを叱咤して、ユリウスは再び剣をふるう。リーダーとともに統制を失った群れは、ユリウスの一撃が決まるごとに確実にその数を減らし、最後にはすべての個体が切り裂かれ打ち倒されて地面に転がることになった。
「……ようやく、全滅か……」
「なあ、あんたらランドリュー小隊だろ? ヴァル——っと、ヴァルター隊長の指示で迎えにきた」
信じられない、という目でガッシュとユリウスを見ていた隊員たちが一気に息をついて崩れ、中心にいた男が立ち上がる。
「ランドリューだ。応援感謝する。だが君たちは——?」
「ヴァルの弟分みたいなもん。さあ、撤収しようぜ。血の匂いで別の魔物も寄ってくる」
「……いや待て、君たちは二人できたのか!?」
「あーもう、そうだよ」
イライラしたようにユリウスが返す。驚いた様子の隊員たち。ガッシュは苦笑し、肩をすくめた。
「俺ら、一応これでも下層までいけるんで。話はあと。とにかくここから移動しましょう。要救助者は?」
「……それが」
ランドリューは暗がりでもわかるほど青ざめた顔で、低く言う。
「俺たちは——要救助者に攻撃を受けて混乱しているところをワイルドウルフに襲撃されたんだ」
「は?」
まさか。要救助者が救援隊を攻撃するなんて、そんなことがあるのか。
「じゃあ、要救助者は敵、てことか?」
「いや、魔物の襲撃を受けていたことは確かだ。なぜ俺たちが攻撃されたのか……」
ユリウスの言葉に、ランドリューも腑に落ちないと言う顔で首を横に振る。
「まずは撤退が先だ。——失礼なことを聞くようだが、君たちは信用していいんだよな?」
ランドリューの言葉にガッシュとユリウスは顔を見合わせ、苦笑する。
「俺らこれでも」
「冒険者でーす」
二人揃ってライセンスを見せ、ランドリューたちを驚かせることになるのだった。
◆ ◆ ◆
「ランドリュー小隊戻りました!」
詰所に戻った一団を振り返り、隊員たちがどこか緊張した顔をしながらも安堵の色を見せる。
「ランドリュー!」
「戻ったか……!」
だが、その中にヴァルターがいないのを見て取り、ユリウスが前に出る。
「ヴァルは!?」
一瞬、ランドリュー小隊以外の全員が口を噤む。
「ヴァルター隊長は……自ら隊を率いて」
「要救助者が見つかったのか?」
「それが……」
要領を得ない通信班の隊員の肩を掴んで、ユリウスが無理やり立たせる。
「なんだよ、ここで情報出し惜しみなんてするな!」
「落ち着けユリウス!」
叫んで肩を揺するユリウスをガッシュが止めると、ようやく解放された通信班の隊員が低い声で言う。
「要救助者、今から20分前に見つかりました。レンジャー班のアヌベルの報告——を利用した敵対個体の通信で」
「……どういうことっスか」
ガッシュが問いかける。それに答えて、別の通信班の隊員が呻いた。
「アヌベルと要救助者は敵対個体に人質に取られ、ホーバルの地底湖に勾留されています」
「は? ちょっと待てよ、人質だの勾留だの。まるでそれじゃ」
ユリウスは言葉の途中で口を噤む。まさか、それではまるで。
——まるでその「敵対個体」とやらが、人間並みの知能と交渉能力を持っているようではないか。
「……その通りです」
ボソ、とユリウスに肩を揺らされていた通信班隊員が頭を抱えてうめく。
「ヤツは痛めつけられたアヌベルの顔を魔術と思しき攻撃手段で火傷を負わせ、『急いで迎えに来なければ、次は怪我では済まない』と恫喝。これらの状況から、ヴァルター隊長は敵対個体をレイド種案件であると認定。……ご自身で隊を率いて、救助に、む、向かわれ……」
ドン、と通信班隊員を突き飛ばしたユリウスが絶叫する。
「なんで俺が帰ってくる前に行かせたァ!!?」
「待てユリウス!」
身を翻したユリウスを追って、ガッシュも走り出す。
暗くなり始めたヘルヘイムに、二人が飛び込んで行った。
「ヴァル兄!」
「ユリウス、来なくていいといっただろう」
そこへ飛び込んだユリウスを振り返り、ヴァルターが苦い顔をする。それを後ろから追い付いたガッシュが制止した。
「俺が行こうって言ったんです。中層まで行ける冒険者が二人もいりゃ、戦力にはなるでしょう」
「それはそうだが……」
苦い顔のまま視線を逸らすヴァルターに、周囲の隊員たちも苦い顔をする。一般人が、という声が小さくガッシュの耳に届いた。
だがそんなことで引くユリウスではない。そんなことより、と身を乗り出した。
「状況を教えてくれよ。んで、なんかできることはないか?」
「焦るな。俺も今戻ってきたところだ。ウェイバー、状況説明を頼む」
副官と思しい金髪の男がヴァルターの視線に応えてうなずく。
「ヒトロクマルマル、ランドリュー小隊が巡回を開始。ヒトロクフタゴ、要救助者発見の一報が入りました。ヒトロクサンハチ、エマージェンシーコールが鳴ったのを最後に、レンジャー班もランドリューたちの姿を捕捉できていません」
「エマージェンシーが鳴ってから30分か……救助に入るにしても、日暮れが近い」
夜は魔物が活性化する。基本的によほどの理由がない限り、魔物が跋扈するヘルヘイムの中で夜を明かすのは自殺行為だ。
「隊長! レンジャー班ラットから通信!」
「つなげ!」
叫ぶと同時に魔力通信装置がホログラムを映し出す。
『ランドリュー小隊を捕捉しました』
ほっと周囲から息をつく気配がする。それを片手で制したヴァルターが声を上げた。
「場所は」
『上層、ガルディの谷付近です。エルダー種を含めたワイルドウルフの群れに囲まれ身動きが取れません』
「要救助者は」
『それが……確認、できません』
隊員たちはみな一様に顔を見合わせ、首を傾げあう。ざわざわと動揺が広がった。
「どういうことだ……?」
「ランドリューたちは要救助者を見つけたんじゃなかったのか?」
ヴァルターは再び片手を振ってそれらの声を制止すると、言葉をつづけた。
「わかった。引き続きランドリュー小隊の補足を。それとレンジャー班は二手に分かれ、要救助者の捜索に当たれ」
『すでに要救助者の捜索に2名配置済みです。連絡はまだ……』
「わかった。引き続き要救助者の捜索を続けさせろ。ランドリュー小隊には応援を送る」
『了解しました』
応援、その言葉に、その場にいたほとんどの隊員が顔色を変える。要救助者を守るため、ほとんどの救援隊隊員は冒険者ライセンスを持ち、更にそのクラスもB以上とかなり厳しく定められている。それでも、エルダー種の指揮下に入って統制の取れたワイルドウルフを相手に身動きが取れない仲間を助けに行けるほど、そのレベルは高くはなかった。
誰もが青い顔をして黙り込む中、一歩前に踏み出したものがいる。
「今の応援って、俺たちのことでいいんだよな?」
「……ああ、仕方あるまい」
ユリウスだった。
ヴァルターも振り返り、苦々しい顔をしながらもうなずく。
「隊長、救援隊に属していない一般冒険者に救助を任せるのは……!」
副官のウェイバーが言い返そうとするが、ガッシュが横からひょいと手を挙げた。
「……自慢じゃないけど、さ。エルダー種の相手なら、俺らのほうが適任だと思うんだ」
ガッシュが懐から取り出して見せたライセンスカードを見て、何か言おうと口を開けたウェイバーは黙り込んでしまう。
「……ダブル、S、クラス……」
「ちなみに、俺の方はトリプルS。文句ねえよな?」
盗賊でダブルS、戦士でトリプルSクラスの冒険者は稀有だ。何しろ下層の奥深くに潜って、帰ってくることができる実績がなければ認められることはない。
「そういうことだ。こいつらならランドリュー小隊と合流して帰ってくることは可能だろう。ユリウス、隊列の組み方は覚えているな」
「もちろん」
深くうなずくユリウスに、ヴァルターもうなずき返す。
「目標はガルディの谷付近で立ち往生しているランドリュー小隊との合流。合流次第、すぐにこの詰め所へ戻れ。こちらでは引き続き、要救助者の状況と居場所の捜索を続ける」
「わかった。行こうぜガッシュ」
「おう」
二人はうなずきあうと、詰め所を飛び出していく。
その姿を、姿なき「何か」が見ていたことにも気づかず。
◆ ◆ ◆
「エルダー種の相手を一日2回するってのもずいぶんだよな」
「……俺もあんたを急き立てた自覚はあるけど、自分で言うなよ」
ヘルヘイムを足早に歩きながら、ユリウスがぼやくのをガッシュが横からツッコミを入れる。まあ、それはな、と肩をすくめながら、ユリウスは周囲を見渡した。
「……なんか、見られてる気がすんだよなぁ」
「見られてるって……誰に?」
ガッシュも周囲を見渡したが、その気配は感じられない。首を傾げた後、ガッシュは気配を探すのをあきらめ、首を振ってからユリウスを振り返った。
「俺も変だと思ってることがあるんだ」
「なんだ?」
簡易的な光源魔法でマップを見ながら、ガッシュはスンと鼻を鳴らす。獣のにおいとカビのにおいが鼻をつく。
「ランドリュー小隊が見つけたっていう要救助者のことだよ。考えてみろ、救援隊って盾と槍の班が要救助者に覆いかぶさるみたいにして守るだろ」
「ああ、そうだな」
「でも、要救助者を発見したって報告が25分、そのあと38分でようやくエマージェンシーコールだ。13分も余裕があるなら、エルダー種と遭遇してたって要救助者とはぐれるようなことは考えにくいだろ」
「……だな」
苦い声でユリウスがうめく。どうやらガッシュと同じことを考えていたようだ。
「それについては、俺めちゃくちゃ嫌な予感がしててさ」
ユリウスはその嫌な予感を振り払うように首を振りながらも、続ける。
「……襲撃した奴頭良すぎじゃね?」
ぼそ、と聞こえてきたユリウスの声に、ぞくりとガッシュの背筋が粟立った。
「いや……いやいや……それは明らかに考えすぎだろ……」
「……ならいいんだけどな」
「…………」
「とにかく、急いでランドリュー小隊と合流しようぜ。早く帰れば、ヴァルも次の行動が起こしやすい」
「……だな」
ガッシュはふっと鋭く息をつくと、暗がりの前方を見つめる。上層とはいえ、トラップも魔物の脅威も当然ある。ここで自分たちが遭難しては、ランドリュー小隊を助けに行く人がいなくなってしまう。
「前方にゴブリン。あっちも気づいたな」
「ヴァルが言ってたスタンピードの影響か? やけに接触頻度が高いな」
「わかんねえな。とはいえ相手は逃す気はないみたいだ」
「よしきた、蹴散らして進む!」
無造作に両手剣を抜き放ったユリウスが突進する。一騎当千。その言葉を思い浮かべるほど、ユリウスの剣は隙もなく、また迷いもなかった。
散り散りになったゴブリンたちをユリウスが蹴散らして、とどめを刺しそこなった数匹をガッシュがボウガンで仕留める。ずいぶん慣れてきた連携のおかげで二人だけの行軍にはよどみがない。
やがてすさまじいうなり声とともにガルディの谷が見えてくる。ワイルドウルフの群れの向こうに、傷ついた盾と槍の一団がいた。
「盾班もう少し耐えてくれ! 槍班、牽制!」
「ダメです、崩れます!」
「バカ野郎、諦めるな! ヴァルター隊長が必ず援軍を送ってくれる!」
どうやら、ランドリュー小隊はダメージを受けながらも何とか無事のようだ。ガッシュはユリウスと顔を見合わせ、まずエルダー種を探した。
「……いた。あいつだ」
「わかった。まず俺があれを仕留める」
「援護は」
「背後に回った奴だけボウガンで頼む」
「了解」
両手剣を携えてユリウスが突進する。
数歩遅れてガッシュが続く。
「ぅおらぁっ!」
力任せとも見える、しかし強烈なだけでなく正確な一撃は、今まさに盾に食らいつこうとしていたワイルドウルフの数匹をまとめて弾き飛ばした。
瞬間、エルダー種の咆哮によって数匹がリーダーを守るようにユリウスにとびかかる。それを冷静に対処しながら、ユリウスはエルダー種に肉薄する。
背後から襲い掛かろうとした敵の眉間にはガッシュのボウガンから放たれた矢が突き刺さる。
「もらった!」
叫んだユリウスがエルダー種の首を飛ばし、血まみれの剣を群れに見せつける。
——だが。
残ったワイルドウルフたちはひるんだ様子を見せたもののまったく引く気配もなく、再びランドリュー小隊の盾や槍に噛みつこうと身をひるがえした。
「な……これで逃げねえのかよ!?」
「迷ってる暇ない! 全滅させるぞ!」
驚いて手が止まるガッシュを叱咤して、ユリウスは再び剣をふるう。リーダーとともに統制を失った群れは、ユリウスの一撃が決まるごとに確実にその数を減らし、最後にはすべての個体が切り裂かれ打ち倒されて地面に転がることになった。
「……ようやく、全滅か……」
「なあ、あんたらランドリュー小隊だろ? ヴァル——っと、ヴァルター隊長の指示で迎えにきた」
信じられない、という目でガッシュとユリウスを見ていた隊員たちが一気に息をついて崩れ、中心にいた男が立ち上がる。
「ランドリューだ。応援感謝する。だが君たちは——?」
「ヴァルの弟分みたいなもん。さあ、撤収しようぜ。血の匂いで別の魔物も寄ってくる」
「……いや待て、君たちは二人できたのか!?」
「あーもう、そうだよ」
イライラしたようにユリウスが返す。驚いた様子の隊員たち。ガッシュは苦笑し、肩をすくめた。
「俺ら、一応これでも下層までいけるんで。話はあと。とにかくここから移動しましょう。要救助者は?」
「……それが」
ランドリューは暗がりでもわかるほど青ざめた顔で、低く言う。
「俺たちは——要救助者に攻撃を受けて混乱しているところをワイルドウルフに襲撃されたんだ」
「は?」
まさか。要救助者が救援隊を攻撃するなんて、そんなことがあるのか。
「じゃあ、要救助者は敵、てことか?」
「いや、魔物の襲撃を受けていたことは確かだ。なぜ俺たちが攻撃されたのか……」
ユリウスの言葉に、ランドリューも腑に落ちないと言う顔で首を横に振る。
「まずは撤退が先だ。——失礼なことを聞くようだが、君たちは信用していいんだよな?」
ランドリューの言葉にガッシュとユリウスは顔を見合わせ、苦笑する。
「俺らこれでも」
「冒険者でーす」
二人揃ってライセンスを見せ、ランドリューたちを驚かせることになるのだった。
◆ ◆ ◆
「ランドリュー小隊戻りました!」
詰所に戻った一団を振り返り、隊員たちがどこか緊張した顔をしながらも安堵の色を見せる。
「ランドリュー!」
「戻ったか……!」
だが、その中にヴァルターがいないのを見て取り、ユリウスが前に出る。
「ヴァルは!?」
一瞬、ランドリュー小隊以外の全員が口を噤む。
「ヴァルター隊長は……自ら隊を率いて」
「要救助者が見つかったのか?」
「それが……」
要領を得ない通信班の隊員の肩を掴んで、ユリウスが無理やり立たせる。
「なんだよ、ここで情報出し惜しみなんてするな!」
「落ち着けユリウス!」
叫んで肩を揺するユリウスをガッシュが止めると、ようやく解放された通信班の隊員が低い声で言う。
「要救助者、今から20分前に見つかりました。レンジャー班のアヌベルの報告——を利用した敵対個体の通信で」
「……どういうことっスか」
ガッシュが問いかける。それに答えて、別の通信班の隊員が呻いた。
「アヌベルと要救助者は敵対個体に人質に取られ、ホーバルの地底湖に勾留されています」
「は? ちょっと待てよ、人質だの勾留だの。まるでそれじゃ」
ユリウスは言葉の途中で口を噤む。まさか、それではまるで。
——まるでその「敵対個体」とやらが、人間並みの知能と交渉能力を持っているようではないか。
「……その通りです」
ボソ、とユリウスに肩を揺らされていた通信班隊員が頭を抱えてうめく。
「ヤツは痛めつけられたアヌベルの顔を魔術と思しき攻撃手段で火傷を負わせ、『急いで迎えに来なければ、次は怪我では済まない』と恫喝。これらの状況から、ヴァルター隊長は敵対個体をレイド種案件であると認定。……ご自身で隊を率いて、救助に、む、向かわれ……」
ドン、と通信班隊員を突き飛ばしたユリウスが絶叫する。
「なんで俺が帰ってくる前に行かせたァ!!?」
「待てユリウス!」
身を翻したユリウスを追って、ガッシュも走り出す。
暗くなり始めたヘルヘイムに、二人が飛び込んで行った。


