余計なことをしてしまったという思いを、その後も長く引きずった。
今日は在名と真帆ちゃんの思い出巡りでスターバックスに来たけど俺は心ここにあらずで、真帆ちゃんの怒りの目を思い出していた。ぬるくなってもう飲む気のしないフラペチーノをかき混ぜながら、真帆ちゃんに勝手に会いに行ったことを在名に言おうかと迷う。
いや、言わない方がいいだろう。在名は真帆ちゃんに会いたくても会えない。
陽真人の話だと、タイミング悪く廊下ですれ違ってしまった時なんか在名はトイレに逃げ込んでしばらく出てこないそうだから。俺の勝手な好奇心で、失恋で傷ついている在名の傷をさらにえぐることにでもなればせっかくの思い出巡りも台無しだ。
在名は抹茶フラペチーノにチョコソースをトッピングしたものを注文していた。もちろん真帆ちゃんの好きなメニューらしい。
真帆ちゃんは在名を怖がっていたのかな。愛され過ぎてうざくなったとか。確かに、今も元カノを引きずり元カノが好きだったドリンクを飲む男は怖いかと聞かれると、かなり怖い。
「…波瀬?大丈夫?」
失礼なことを考えている俺に対して、フラペチーノから顔を上げて在名が聞いてくる。思えば在名が俺の様子がいつもと違うと気づいたのは初めてかもしれない。思い出巡り中に、俺が大丈夫かしっかりしろ死にかけてるよと声をかけることはあれど、在名はいつも余裕がなくて俺の様子なんてかまいっこなかったから。
「ああ、うん。大丈夫だよ」
「全然飲んでないじゃん」
「俺のことはいいから。考えて考えて、考えまくってる?真帆ちゃんのこと考えまくって、思い出再現しないと無駄足に終わるんだから真剣にやらないと」
「なあ波瀬、なんでそんなに俺に協力してくれるんだ?」
在名は俺の目を覗き込んで尋ねた。1日1日、ちょっとずつだけど、思い出をなぞり直すたびに生命力が戻ってくるその目に真剣に見つめられるとなんだか俺は変な気分になってくる。
そういえばなんで俺、こんなに在名のこと必死になって助けてるんだっけ?俺も失恋したから?梨奈の穴埋めをしたいから?退屈してるから?どの理由もしっくりくるようでしっくりこない。
「……俺っていい奴だから」
「うん。いい奴だよな!」
「…ツッコミ待ちで言ったんですけど」
「だっていい奴じゃん!」
在名は俺が無造作にテーブルの上に投げ出していた手の甲を、指先でトントン、と撫でるように叩いた。
「真帆と別れてよかったなんて絶対言えないけど、真帆と別れなかったら波瀬とこんなに仲良くなることもなかったんだよな…」
「うん、そうだね。クラスも違うし」
「波瀬って下の名前なんだっけ。今更だけど」
「初めて会った時に言ったよ。海里。在名は死んでて聞いてなかったけど」
「確かに、あの頃の俺は死んでた」
うんうん、と遠い昔を思い出すように頷く在名だが、在名が死んでたのはまだほんの数週間前のことで、今だってちょっとでも真帆ちゃんのことで何かあったらまたすぐ死ぬだろう。
「死んでばっかの俺だけど、名前は命って言うんだよ。命って書いてみこと。なあ、海里って呼んでいい?俺も命でいいから」
命懸けで恋をして、命懸けで立ち直ろうとしている男。
彼の命綱の役になりきっている俺。
「いいよ」
控えめに答えたが、俺の心の中にはぐつぐつ静かな嬉しさが沸騰してきていた。
浜辺に打ち上げられた迷子のアザラシが、なぜか俺にだけ懐いてくれた。そんな気分。
なぜだか分からないけど奇妙な嬉しさでテンションが上がっていた俺は、スタバから出て駅まで帰る途中、真帆ちゃんになりきって命の腕に自分の腕を絡めてみた。体格の良さは見た目だけで分かるが、命の腕は触れると予想していたよりもっと逞しい。
「へっ!?何!?」
おかしいほど慌てて俺を振り向いた命の顔を見て、俺は腹を抱えて笑ってしまった。
「すっごい顔してたよ!何、そんな嫌だったの?」
「ちが…やじゃないけど、びっくりするだろ!」
「呼び捨て記念ってことで」
真帆ちゃんと命が初めてお互いの名前を呼んだのはいつだろう。驚きと夕焼けでほんのり赤くなっている命の頬を見ながら俺は思いを馳せる。真帆ちゃんに初めて呼び捨てされた時、命はもっと赤くなっていたんだろうか。
「真帆、明日は抹茶フラペチーノにチョコソースをトッピングにプラスで生クリーム増量、あとドーナツ50個くらい食べたいなあ〜」
「真帆はそんなこと言わないし。てかドーナツ50個て!」
俺の下手くそな真帆ちゃんの真似にウケて、命もからから声を上げて笑った。命は俺の腕を振り解くこともなく、俺たちは腕を絡めたまま駅まで笑いながら帰った。


