命にかかわる失恋


「すげーね、海里ちん!(みこと)、前からは考えられないくらい元気になってるよ。魔法でも使ったの?」
「そんなわけないだろ」

何も知らないのんきな陽真人が話しかけてきて、俺は肩をすくめてみせる。

俺と在名の思い出の場所巡りは意外にもしっかり続いていた。初めは途中で飽きるんじゃないか、なあなあになるんじゃないかと思ったけれど俺はLINEで在名と頻繁にやりとりし、きっちり予定を決めていた。
だいたい週に1回予定を合わせて、在名がインスタに載せている真帆ちゃんとの思い出の場所を巡り、そこで何をしたかを再現できる時は再現する。俺が真帆ちゃんになりきってポーズを取ってみせたりすると在名は悲しいのか嬉しいのかよく分からない顔で笑う。その時々で失敗したかあるいはあんまり効果なかったかと心配になってしまうが、LINEでお礼のメッセージが来たり、次の日学校で会うと顔色がよかったりして安心する。

しかしこの間「ここ、真帆としょっちゅう通ってたとこ!」と連れられて行った先がどこにでもあるファミリーマートだった時は驚きを通り越して呆れた。なんでもそのファミマでミルクティーを買い、駐車場のカーストッパーに2人並んで座り駄弁ったのがこの上なくきらきらした思い出なんだそうだ。
まあ分からなくもないが、そういうなんでもないことは彼女とやるから楽しいんであって、失恋した男同士でやってもただの駐車場を溜まり場にする不良にしかならない。だが思い出巡りはなんでも付き合うと決めた以上、俺は真帆ちゃんになりきってミルクティーを買い、男2人で座るには狭いカーストッパーの上にお互いの肩をぶつけながら座り、無言でひたすらミルクティーを啜ったのだった。

「なあ陽真人、真帆ちゃんってどんな子?」

俺はインスタと在名の主観以外からも、真帆ちゃんのことを知りたくなっていた。在名に今もあんなに切ない顔で思い出巡りをさせる真帆ちゃんを。他人から見てどんなにくだらない思い出スポットであろうとも、その場所を在名の記憶に色濃く染み付けている真帆ちゃんを。

在名と仲のいい陽真人なら何か新しいことを教えてくれるかもと期待を込めて尋ねると、陽真人は「そうだなあ。そんなに派手なタイプではないけど可愛いよ。見に行く?確かD組だったはず」とにやりと笑った。陽真人は空気読めないし鬱陶しいところもあるけど、好奇心旺盛で行動力があるところはこういう時にすごく役に立つ。

真帆ちゃんはD組の教室で、女子2人と輪になってお喋りしていた。インスタで見たのと同じショートヘアはよく手入れされた犬の毛並みみたいにつやつや輝いていた。俺は在名の痛んだ黒髪を思い出し、ちょっと胸がざわつく。真帆ちゃんはもう、在名のことはなんとも思っていないのだろうか。見た目だけで判断するなら彼女の方が先に失恋の痛手を乗り越えたらしいことは明らかだ。顔のパーツはどれも控えめだけどまん丸な目は存在感があって、瞬きするたびに隠れるのがもったいないくらい。彼女がまとう雰囲気は素朴で柔らかく、1人の男の運命を狂わせる妖艶なファム・ファタールのイメージとは遠くかけ離れていた。

「可愛いだろ、真帆ちゃん」陽真人が俺に耳打ちする。

「まあね。でも、失恋でやつれるほどの可愛さかな?」
「海里は梨奈ちゃんレベルと付き合ってたからそんなことが言えるんだよなあ」

確かに真帆ちゃんよりは梨奈の方がよっぽど男を狂わせるタイプに思えた。梨奈の校則に違反しない程度にしっかり塗られたファンデーション、かわいさで武装するためのうすピンクのリップ、たとえ学校に遅刻してでも毎日きちんと巻いていた長い髪。梨奈はいつでも完成されていた。

俺があまりにもまじまじ真帆ちゃんを見ていたので、真帆ちゃんたちのグループがざわつき始めた。目を逸らし何事もなかったかのように教室に戻ろうかと思ったが、ふと思い立って方向転換する。気まずさよりも知りたさが勝ってしまった。自分の卑しい好奇心に苦笑いしてしまう。

「真帆…ちゃん、さん。ちょっといいかな。俺、波瀬っていうんだけど」

真帆ちゃんの取り巻き、陽真人、クラスの生徒の視線が俺に刺さるが我慢して受け流す。

「ここじゃなんだし、廊下でちょっと話さない?」

真帆ちゃんは俺に見下ろされていると怯えた小動物みたいだった。断られると思ったが、彼女はおそるおそる頷いた。


「突然ごめん。俺、最近在名と…えーと…」

俺は在名と真帆ちゃんの思い出聖地巡りをしてるんだと言うとかなり気持ち悪く聞こえる気がして言葉に詰まる。在名という名前に真帆ちゃんと肩がぴくっと跳ねたのが分かった。

「ええと、在名と最近よく遊ぶんだ。真帆ちゃんって、在名と、付き合ってたんだよね」

真帆ちゃんは唇を震わせながら恐る恐る俺の方を見上げた。

「…命、私の話してる?」

あんたの話しかしてない。

咄嗟にそう口から出そうになったが飲み込んで、俺は眉を顰めてどっちともとれない表情を作った。

「してるんだね」

真帆ちゃんの方が俺よりずっと在名との付き合いが長い。全部お見通しなんだ。在名がどんなことを考えて、どんなことをする男か。きっと俺の知らないことも随分たくさん知っているに違いない。

「もしかして、命に私がどう思ってるか聞いてきてって言われたの?」
「違う違う。君に会いにきたのは俺が勝手な興味本位で」

真帆ちゃんは露骨に嫌そうに眉を顰めた。俺の一言がどれだけ彼女に不快感を与えたか今更気付いたところでもう遅い。

「俺も最近彼女と別れたんだけど、それで在名に仲間意識持っちゃって、つるんでる感じ。でも、在名のやつれっぷりがとんでもないから一体どんな子と付き合ってたんだろうなって気になって…」

弁解するように早口で言うと、真帆ちゃんの目つきはますます冷めていった。

「私と命のことが、波瀬くん…だっけ?君になんの関係があるの?」

真帆ちゃんが俺を睨みつける。俺は見た目から大人しそうな子だと彼女を侮っていた。
俺に向けられた怒りを込めた眼差し、ぎゅっと結ばれた唇。見た目よりもずっと意思の強い女の子だ。

「興味本位で私たちのこと探ったりしないでよ。君に話すことなんかなにもない」

真帆ちゃんは勢いよく教室に戻り、大きな音を立ててドアを閉めた。