命にかかわる失恋


在名を待っている間、マックで1人在名のインスタを見てみる。アイコンは真っ黒になっているが、彼女との写真は消せないみたいで残っていた。彼女と一緒に笑いながらこちらを見つめる失恋前の在名の笑顔は爽やかで、肌も健康的な赤みを帯びている。在名が書いたキャプション「真帆しかいらない🥹一生一緒にいような!」は傍目から見るとだいぶ痛々しいがそれほど夢中だったんだということは充分に伝わる。在名の元カノ、真帆ちゃんはショートヘアがよく似合うちょっと気の弱そうな女の子で、ふにゃっとした笑顔が可愛かった。恋で生命力に溢れていた頃の在名とは間違いなくお似合いだった。

去年の投稿まで遡ったあたりで、在名がやってきた。人の喋り声とポテトが揚げ上がった合図ティロリーティロリーにかき消されそうなほど存在感が危ぶまれる。マックに現れた亡霊…くだらないことを考えている俺の前に、在名は倒れ込むように腰を下ろした。

「注文した?」
「食欲ない…」

だろうな、と思う。顔色は悪いし、若干頬はこけてるし、失恋してからまともに食べ物を食べてないかもしくは食べても吐いてそうな気さえする。俺はというと失恋してからも毎日3食しっかり食べているし、我慢できずに早弁する日さえある。
人間が皆失恋すると在名みたいになるんだとしたら、俺のはとても失恋とは呼べない。

「まあそう言わず。今日は俺が奢るから」

ボロボロの在名でも喉を通りそうという理由でシェイクを注文し、在名の前に無理やり置いた。さすがに奢られたものに手をつけないのは悪いと思ったのか、在名はちみちみと飲み始めた。

「…で、ほぼ初対面の俺が聞いていいのか分からないんだけど。一体、どういうことがあって…こういう風になったの?」

俺はなるべく在名を傷つけない、刺激しないようにと言葉を選びつつ、身振り手振りを交えながら聞いてみる。

「俺も失恋というか彼女に振られたばかりだけど。在名はその…陽真人に聞いた通り、ものすごく死にかけ…じゃなくて、元気がないように見えるから」

在名は虚な目で俺を見返す。

「初恋で、初めての彼女で、全部初めての相手だったんだ」

在名はぼそぼそと打ち明け始めた。
喉がぞうきん代わりに絞られてるような声で、聞いているこっちも喉がねじれてくる。

「ヤったのも初?」

男子同士の会話だし息苦しくなるのも嫌で冗談まじりにぶっ込んでみたが、在名は弱々しく首を縦に振っただけで笑いもしなかった。

「別れることになるなんて思ってもみなかった。俺、何が駄目だったんだろう。しばらく距離を置きたいって言われて、そのまま別れようって話になった」

そう話している間にも、在名の暗い目には涙が込み上げてきている。俺が場を軽くしようと思ったのは功をなさず、在名の負のオーラに一気に空気が支配される。
一体どうしてこの男は、一度の失恋でこうまで病んでしまったのか。
俺は在名が相当な依存体質なのか、元カノがこの世に2人といない魅力的な女の子だったのか、すべてが初めてだったから在名が執着しているだけなのかいろいろな可能性を考えてみたが、多分全部が混ざり合ってこうなったんだろうと結論を下した。

俺と梨奈のことを思い出してみる。梨奈は初めての彼女でも、キス相手でも、セックスの相手でもなかった。初めては全部中学生の時に済ませてたから新鮮味はなかったけど梨奈もそれは同じだったみたいで、経験のある者同士特有の波長が合った。経験豊富な故か別れ方も手慣れていた。好きな人ができたから、とあっさり捨てられた。

だけど梨奈に別れを告げられた時に俺を襲ったのは、梨奈を失って悲しいというよりも、時間を一緒に過ごす存在を失うのが怖いという感覚だった。俺はとにかく一人きりでいる時間を恐れている。誰かがそばにいないと、どう過ごしていいか分からなくなってしまうのだ。
今死にかけている在名とは比べものにならないかもしれないが、そういう寂しさなら俺も失恋した同志として理解はできる。

「インスタ見たよ。すごく好きだったんだね」

在名は元カノといろんな場所で撮った写真を載せていた。教室、スタバ、多分お互いの家、公園、カラオケ、ショッピングモール、一緒に布団にくるまってるところ(これはちょっとどうかと思う)、水族館。一緒にいる時間がすべてが大事すぎてどれもまとめて宝箱の代わりにインスタに詰め込んでおいたと言った感じだ。

俺は梨奈とこんなにたくさん写真撮ったっけ?

「うん。命を捧げてもいいくらい好きだった。というか、今も好き。どうしていいかわからない。俺一生このままなんだろうな」

命を捧げる…あまりにも大袈裟な物言いに俺はちょっと引いてしまう。失恋したのが辛いのは分かるけど、俺たちはまだ高校生でこれから先の人生はうんと長い。在名は今はげっそりやつれているけれど、インスタに載っていた頃のように元気であれば普通に女の子が放っておかない顔立ちだ。新しい恋のチャンスなんてすぐに転がってくる気がする。

「命なんて軽々しく言うもんじゃないよ。時間はかかるかもしれないけど、いつかきっと楽になるって」

俺が励ますように言うと、在名は声を潤ませながら両手で頭を抱えた。

「いや、そうは思えない。俺、そのうち死ぬ気がする」
「そんなこと…」

そんなことないよとは言えなかった。現に在名は不健康そうすぎるし、覇気がなくて体が半分透けてるようにすら見える。栄養失調になるか、ぼーっとしててトラックに跳ねられるか、最悪の場合自分で自分を…

それは同じ失恋した者として、しかも一応今こうして慰め合って(俺が一方的に慰めてるだけだけど)いる者として少々寝覚めが悪い。

「ちょっと待って。俺がなんとか解決策を考える」

俺は両方のこめかみに人差し指を当て、さほど良くない頭を捻ってみせる。
俺なりに真剣に考えているのを見て在名の頬が少しだけ色づいた。

「復縁させてくれるとか?」
「復縁できそうなの?」
「いや」

在名はまた顔色が幽霊に戻った。

「話をしたくないって言われてる。多分、LINEもブロックされてるんじゃないかな」
「ちょっと待って。まさか、今でもLINE送ってるなんて言わないよね?」
「…1週間に1回くらい…」
「すぐやめなよ!」

相手がブロックしているとは言え、元カノ相手にLINEを送り続けるなんて悪手中の悪手だ。俺が語気も荒めに咎めると、在名はますます蒼ざめて俯いてしまった。話し方や立ち振る舞いから察するに、在名は常識のない奴だとは思えない。今は自分でも手なづけられない失恋の痛みで我を忘れているだけのように見える。

「今の在名に必要なのは、とにかく元カノのことは考えないようにすることだよ」
「無理、無理なんだよ。頭がパンクしそうなくらい毎日考えてる。考えすぎてる。何してても頭から離れないんだ」

もはや在名は半狂乱だ。失恋の苦しさに身悶える在名の姿は、見ていると不憫でこちらまで胸が痛くなってくる。だけどこの救い難い状況に俺はかえってムキになってしまい、この失恋狂人をなんとか俺の手で更生できないかと燃えてきた。

「…そうだ」

言葉を発した俺に在名がまた「復縁可能…?」みたいな期待を込めた眼差しを向けたので手で追い払った。

「考えすぎるって言ったよね。あのさ、人間って何度も何度も同じこと考えてたら絶対に飽きると思うんだよ」

俺は我ながらいい思いつきだと思い、人差し指でテーブルをとんとん叩く。

「だから考え尽くす。考えて考えて考え尽くしてたらそのうち絶対飽きる。在名、彼女と行った場所、全部インスタに載っけてるよね。俺と一緒にその場所もう一回全部まわらない?その場所で彼女とやったこと全部やる。彼女のこと死ぬほど考える。全部周り切った頃には、逆に彼女のこと考えすぎて、疲れてどうでもよくなっているよ」

在名は信じられないというように目を見開いた。

「それって、ショック療法ってやつ?」
「知らない。そんなのあるの?これは今俺が考えた完全オリジナルの方法だけど」
「傷の上塗りにならないかな…」
「でももう2ヶ月もそんな…悪いけど、死にかけの状態で過ごしてるんだろ?何もしないより気持ちは楽になるんじゃない?」

在名はしばらくストローの袋をいじくって考え込んでいたが、意を決したように俺の方を見た。疑いながらも、もう他に頼るものはないという思いが彼の目の中に見てとれる。

「やるだけやってみるよ」