命にかかわる失恋

なんだそんなことか。

俺は放課後マックで命を待ちながらシェイクを啜る。梨奈から伝えられた命と真帆ちゃんの別れの原因は、正直拍子抜けもいいところだった。もちろん、真帆ちゃんが単に嫉妬深いからという理由だけで命と別れを決意したとは思わない。そこに来るまでに色々な葛藤がもちろんあっただろう。

俺は常に誰かといないとダメなタイプで、元々恋人というポジションが空いている期間は寂しくて息苦しかったほどだ。対する命は嫉妬深い。思い返してみればそうじゃないかなというヒントは、命の目つきや力強さの中に見え隠れしていた。寂しがりと嫉妬深い人間、こんなにパーフェクトな組み合わせがあるだろうか。いっそこの究極の寂しがりやの俺が1人の時間を恋しく思うほどの束縛力を発揮してくれたら、ますます命に惚れてしまう気さえする。

俺は命のインスタをスクロールしながら、彼のポストから完全に姿を消してしまった真帆ちゃんに思いを馳せつつ、ちょっと勝ち誇った気持ちになった。真帆ちゃんが嫌がった命の執念深さは、俺ならうまくあしらえるどころか依存してしまいそうだ。命が俺と同じようにまだ周りに俺と付き合っていることを打ち明けられていないなら、インスタに俺とのツーショットが並ぶ未来は遠いだろうけど、この際インスタはどっちでもいい。
本当は見せびらかしたい気持ちもあるけれど。

「なーにニヤニヤしてんだよ」

頭の上にぽん、と手が置かれて俺はますます頬が緩んだ。顔を上げるとシェイクとポテトをトレーに載せた命のこっちを見下ろすいたずらっぽい笑顔と、がっしりしていて綺麗な肩のラインが目に入ってときめく。失恋で痩せ細った体は今やめっきり健康体になり、俺の体全身をそのまま預けてしまいたいほどたくましい。

「べつに〜」
「インスタ見てたの?俺の?」

命は向かい合わせでなく、ソファ席に座っている俺の隣に滑り込みスマホの画面を覗き込む。

「うん」
「これからはさあ」

命は俺の肩に甘えるように頭を預けた。短い髪が頬にちくちく当たってくすぐったい。

「俺のインスタ、海里だらけになるな」
「えっ!載せるの?」
「だめか?」
「だめじゃないけど…」

見せびらかしたいと思っている割に、仲のいい友達には命との仲を打ち明けられていないことに後ろめたさを感じる。

「俺、友達にはまだ命と付き合ってること言えてなくて」
「まあちょっと言いづらくはあるだろうな。特に海里、女の子途切れなかったんだし。あーあ、俺女の子たちに恨まれそう。みんなの海里を奪っちゃったって」

命は俺の頬をつまんで優しく左右に振る。

「いつか言うよ」俺が言うと、命は心配そうに眉を下げる。

「無理はしなくていいんだぞ」

「言いたいんだ。ていうか言いふらしたい。俺は失恋で死にかけてた男を立ち直らせた上に、べた惚れさせて骨抜きにした罪な男ですって」

命は声を上げて笑い、さらに俺の方に体を寄せてきた。俺も命の肩を抱き寄せる。学校の奴だってよく来るマックでこんなに密着していたら、インスタに写真を上げる前に付き合っていることがバレるだろう。それでもよかった。世界中に言いふらしたいくらい、今俺は有頂天になっている。命をもう手放さなきゃいけないと、失恋のどん底に沈んでいた日々が嘘みたいに。恋愛がどれだけ素敵で楽しいものか、命と一緒にいる今なら分かる。

「ああ、でも梨奈には今日言ったな。そういえば」
「梨奈ちゃんに?」

命は驚いて俺の肩から頭を上げた。俺を見る目が少し困惑していて、俺の方が驚く。

「どうしたの?言っちゃダメだった?」
「ううん、そうじゃないけど」

命は拗ねたように俺の肩に額を擦り付ける。

「まだ梨奈ちゃんと話すことあるんだなと思って」
「…命」

俺の胸の奥から途端に愛おしさが込み上げる。
「めっちゃめちゃ嫉妬深い」…やっぱり最高じゃないか。束縛力を発揮してくれたらと願っていたけれど、こんなにも早く願いが叶うなんて思わなかった。

「俺と梨奈は友達に戻ったような状態だから、喋る時は喋るよ」
「正直に言っていい?ちょっと嫌かも」
「なんで?」
「分かってるだろ。からかうな」

命がむくれて眉を釣り上げるのを、俺は少し楽しんでいる。命の鉛のように重い恋心が俺にのしかかってくるのが心地いい。ずっと命に心配されていたい。

「大丈夫、俺、命以外のものにはならないから」
「ほんと?」
「命以外に興味ないよ」

言い切った俺の頬を、命は手の甲で優しく撫でる。

「心配するなら俺の方だよ。命、真帆ちゃんといっぱい写真撮って、いっぱいインスタに載っけてたしさ。俺も負けないように張り合いまくるからね」
「俺は海里のそういうとこがまじで好き。でも覚悟しといて、海里との写真はあの量以上に載せるつもりだから」
「ほんと?」
「ほんと。だからこれから海里といっぱい写真撮りたい」

俺は命が載せていた真帆ちゃんとの写真を覚えている限り思い出してみる。教室、スタバ、多分お互いの家、公園、カラオケ、ショッピングモール、一緒に布団にくるまってるところ…

「一緒に布団入ってるところも?」

俺が言うと命はにやりと笑う。
この男、いざとなれば悪どいセクシーな顔もできるらしい。

「そういう写真は、俺が独り占めする」

俺は命の髪に軽くキスした。浮かれているからこんなことまでできてしまう。どうせ周りの客は見ていないし、見ていても男子高校生2人がはしゃいでじゃれあっているようにしか見えないだろう。命が俺を見上げて嬉しそうに笑う。まるで世界に存在してるのが俺だけみたいに、命の瞳には俺しか映っていないのがたまらなく愛しい。

明日も学校で会えるのに、離れ離れになる時はいつだって寂しい。
命と付き合い始めてから、あの何かが抜け落ちているような寂しさはなくなったけれど代わりに新しい寂しさが生まれた。他の誰と一緒にいても、とにかく命がいないと寂しいのだ。命と俺は電車がまったくの逆方向なので、改札を入ったら即解散になる。名残惜しくて手を繋ぎながらわざとゆっくり、だらだら歩く。駅まで向かう道すがら、木に囲まれた感じのいい公園のベンチに座り、さらに一緒にいる時間を長引かせようとする。

「なあ、海里」
「うん?」
「これまでは過去の思い出巡りだったけど」

俺と付き合い始めてから命は気を遣ってか、真帆ちゃんの名前を口にしない。そういう不器用で律儀なところも好きだ。

「これからいっぱい海里と思い出作りたい」

命は指を絡めて手を握り、俺の顔を覗き込む。付き合い始めたからじゃない、命が率直に思ったことを口に出して俺に伝えてくれるのは出会った時からずっとだ。そうやって真っ直ぐに飛び込んできてくれる命だから、俺も安心して寂しいと言える。甘えられる。俺は命の肩にもたれかかって体を預ける。肩から伝わってくる体温だけで体全身が温まっていくような感覚だ。

「俺も」
「嬉しい」
「ねえ、俺も命にお願いがあるんだけど、いい?」
「何?なんでも聞くよ」

かつて他の女の子に命すら捧げそうだった男は、今や俺に献身的な愛情をひたすら向けて微笑んでいる。優越感と込み上げてくる愛おしさ。
失恋の痛みから這い上がった者だけに与えられる至高の喜び。
ああ俺も命も、失恋で死んでしまわないで本当によかった。

「寂しいって感覚忘れるくらい、俺とずっと一緒にいてよ」

命は目を見開いた後、俺の鼻先に自分の鼻先を擦り付ける。動物同士が愛情表現するみたいに。しばらく目を閉じてその感覚に酔いしれていたけれど、ふと目を開くと命の危ういほど真っ直ぐな視線と目が合った。

もう二度と、寂しくなることなんてない気がする。
だって彼は命をかけて人を愛することができるから。
そして彼が愛しているのは俺だから。

「死んでも離さない」

出会った時から変わらない、ロマンチックで大袈裟な命の気持ち。これから先は俺が全部受け止めて、独り占めして離さない。
嬉しくなって飛びついた俺を軽々抱き止めた命は、俺の息が止まるんじゃないかってくらいの力で俺を抱きしめた。