梨奈に捨てられて3週間が経った。彼女のいない日々は退屈で、時間が流れるのが遅かった。彼女がいるだけで毎日放課後はディズニーランドのアトラクション並み。月曜はカラオケ、火曜はカフェ、水曜は家デート、尽きることのない予定。部活もアルバイトもしないのは、貴重な高校生活をそんな無駄なことに時間を費やすよりも、とにかく特別な誰かといたかったから。
見かけによらず俺は寂しがりで、誰かとくっついて喋ってないとうまく息ができない。
彼女という存在を失くしてしまった今、穴埋めをしてくれる誰かを見つけたかった。だけど梨奈レベルで面白くて可愛い女の子はそう易々と見つかるものでもなく、誰でもいいとまでは振り切れない俺は、自分の力ではどうにもならない虚無感に耐えながら男友達と駄弁って過ごしていた。
「海里って梨奈ちゃんと別れてどのくらい?」
休み時間、いつものメンバーで彼女にしたいTikToker選手権をしていたら陽真人が空気を読まずにぶち込んできた。俺に気を遣って他のやつらは神妙な面持ちで黙ったけど、陽真人はそんな気まずい空気に気づくようなやつじゃない。だから陰でこっそり「ほんと空気読まないよな、じゃまと」とか言われてる。
「たぶん、3週間くらいかな」
スマホをスクロールしながらなんてことありません、気にしてませんよ風を装って答えてみせる。スクロールする指先に力がこもって、押すつもりのなかったいいねボタンを押してしまう。
「ちょっと助けてほしいことがあるんだけど」
「何?まさか陽真人、俺が梨奈と別れたからって梨奈を狙ってるんじゃないよね?」
俺が咄嗟に放った一言は明らかに苛立ちを含んでいて、未練たらたらなのがすぐに分かるのが恥ずかしい。陽真人は違う違う!と首を横に振って慌てて言った。
「俺の友達も最近失恋したんだけど、やつれ具合が半端じゃねえの。なあ、同じ失恋した者同士助けてやってくれないかな?俺じゃどうにも手に負えなくてさ」
陽真人の言う友達は隣のB組だった。
正直失恋という繋がりだけで知らない奴と友達になるなんてあんまり乗り気にはなれなかったけど、こっちこっちと陽真人に強引に連れられて、教室のドアから様子を伺う。
体格はいいけど不治の病にかかってそうなほど色白だ。椅子にぐったりと腰掛け、切長の目は死んだ状態で虚空を見ている。黒い髪は短く切られていたがところどころぴょんぴょんアホ毛が跳ねていて、無造作にそうしているというよりは髪の毛なんかにかまってられないという余裕のなさの表れに見えた。休み時間の教室は多くの生徒たちが友人同士で集まって賑やかに喋っているのに、彼には1人だけ孤島に取り残されでもしたような絶望の表情が浮かんでいる。
「知ってる?在名命って言うんだけど。ふられてから2ヶ月経つのに、ずっとこう」
驚いた。2ヶ月間もあんな死んだ目で学校に来て、授業を受け、帰宅しているとは。よく登下校の途中で車に轢かれて死んだりしないものだ。そう驚くくらい、彼の目には何も映っていなかった。
「みーこちゃん」
陽真人がおそるおそる野良猫に話しかけるみたいに近づいていったので俺も後ろからそっとついていく。
在名が陽真人に気づくまでかかった時間はおよそ10秒。ゆっくり俺たちの方を向いた目の下には、青黒い隈があった。
…重症。
同じく失恋した俺ですら気の毒になるくらいのやつれっぷりだ。
「こちら俺の友達、海里ちん。海里ちんも最近同じく失恋してー…」
その言葉選びはまずい、そう思った瞬間、在名は机にデコをぶつけてうずくまった。ガツン!!という痛々しい音が響いてクラス中が何事かと振り返る。苦笑いしながら俺がなんでもないですよ〜と手を振ると、みんな何もなかったように目を逸らした。
みんなもう慣れてるんだ。
俺が失恋レベル100だとしたら、こいつは失恋レベル57億って感じ。こんなレベチとどう慰め合えと…助けを求めて陽真人の方を向くと、教室から逃げていくところだった。
あいつ!
狂った失恋男と孤立無縁で取り残された俺は、両手でカーディガンのすそをいじくり回しながら立ち尽くしていた。在名は顔を上げるそぶりがないどころか、俺に気づいているのかどうかも怪しい。でも失恋でこんなに周りが見えなくなるほどなんて、どんないい女と付き合ってたんだろう。好奇心がむくむくと頭をもたげる。
「陽真人…本当、空気読めないよな。でも在名…のことあれでも心配してるんだと思うよ」
在名は机に突っ伏したまま動かない。誰も気にかけなければ本当にこのまま教室の片隅で息絶えてしまいそうだ。
「俺、波瀬海里。俺も最近失恋したんだ。3週間くらい前だから、失恋歴でいえば在名のが先輩だけど…」
言ってしまってからますます傷口に塩を塗るようなことを言ったと思い苦笑いでごまかす。
在名はゆっくりと顔を上げた。額から血が出ているのがホラー映画のワンシーンみたいで恐ろしい。ずっと見てると呪われそうだ。
「同じ失恋仲間同士、ちょっと話さない?1人で抱え込んでると苦しいだろうし」
ひきつった笑いでそう持ちかけると、在名は首をひくつかせた。痙攣したのかと思ったら、頷いたらしい。LINEとついでにインスタを交換して、放課後マックで会うことにした。


