「あんなところでキスして、絶対みんなに見られたよな」
キスを仕掛けた側のくせに、命はからかうように言う。俺たちは水族館の中にあるカフェに入ってろくにメニューも吟味せず適当なドリンクを注文した。もう水族館を周ることに興味なんて失せきっていた。とにかく今は命の顔を明るいところで見て、命の考えていることを知りたかった。
「命がやったんだろ…」
「いや、それはそう。めっちゃめちゃ勇気いったけど、もう今逃したら後ないぞって感じで」
両手で口元を覆い、照れて見せる命は心なしか少しあざとい。
とはいえ俺の唇の上にも甘い余韻が残っていて、気を抜くとふらっと倒れてしまいそうだ。
「…ていうか、本当なんだよね?命も俺のこと、本当の本当に好きなの?俺に気を遣ってるとかではなくて?」
「好きだよ。…って言っても、真帆のことであれだけ死んでた俺を知ってるから、海里には信じられないのかもしれないけど…」
「うん、本当にそう!」
俺は思わず机を手のひらで叩いてしまう。命に「俺も海里が好き」と言われた時は嬉しくて舞い上がってしまったけれど、冷静になるにつれてだんだん半信半疑になってきた。だってあれだけ1人の女の子を失ったことで憔悴しきっていた人間が、俺と過ごす中で立ち直って、しかも俺のことを好きになってくれるなんて少々都合が良すぎる展開だ。これこそまさに命が言うところの「運命」とか「ロマンチック」だ。
「でもさ、海里は自分がどれだけのことを俺にしてくれたか分かってないんだよ」
「一緒に思い出巡りはしたけど…そんな大したことじゃ…」
「大したことだよ、海里」
命はテーブルの向こう側から手を伸ばしてきて、俺の手を握る。命の手の温かさに、俺は改めて、この男が失恋の痛手で死んでしまわなくて本当によかった、と思う。
「海里みたいに優しい奴、俺は他に知らないよ。どうやったら俺が立ち直れるか考えて、一緒にいてくれて、立ち直らせてくれた上に俺に新しい恋まで教えてくれてさ」
言い回しがほんのりキザで茶化したい気持ちにかられるものの、真剣なんだと伝わるから口を閉じて聞いていた。それに面と向かって好きな人にこんなふうに言われて、嬉しくない奴なんているだろうか?
「俺の命を救ってくれたのはお前だよ、海里」
大袈裟だよ、と言いそうになったがそれは喉の奥に押し戻す。だってそれだけは決して大袈裟ではなかったからだ。
俺はこれからの人生、ここだけは誇っていいはずだ。
命は確かに失恋で死にかけていた。それを救ったのは俺なんだ。
「本当の本当の本当に俺が好き?真帆ちゃんじゃなくて?」
「疑り深いなあ、海里は」
困ったように笑う命が愛おしい。命が俺の手を握る手のひらに、ぐっと力がこもる。
「他の誰でもない、海里のことが大好きだよ」
人目を憚らずに命に抱きつきたい衝動にかられる。俺は精一杯自分を抑え込んで、命の手を力いっぱい握り返した。
もう絶対、絶対に離すもんか。他の誰にも、やるもんか。


