翌朝学校に行く前に鏡を覗いたら、亡霊のような男が映っていた。目の下に隈ができていて、顔は青白く、生気がない。髪の毛もぼさぼさに広がって絡まっていたけれど、もうセットする気にもなれなかった。朝ご飯もまったく食べる気がしなくて、水だけ飲んで重い足取りで家を出る。
1ヶ月前の誰かさんみたいだなとおかしくなる。
あの時俺は、失恋で尋常じゃないくらいやつれていた命に呆れてドン引きしていたっけ。
今やもうあの頃の命がカウンターよろしく跳ね返ってきていて、呆れてドン引きされるのは俺の方だ。あの時の俺は失恋の痛みを甘く見ていた。大袈裟な奴、なんて心の中でどこか命を馬鹿にして。あの報いが今になって俺を襲っている。
ふらふらした足取りで教室に入ると流石に友人たちが「どうした?なんかあったの?」と心配してくれた。普段はふざけてばかりの友人たちの優しく温かい声かけが今は身に染みる。最近は命と出かけてばかりで付き合いが悪かった俺にいつだって帰ることのできる場所を用意してくれている友達を心の底からありがたいと思った。
もうやめよう。命と会うのも、ばかばかしい思い出巡りも。
だって今までのことは全部無駄だった。命が真帆ちゃんのことを考えて考え尽くして忘れさせる作戦だったのに、あいつは思い出を至極大事に、写真立ての中に閉じ込めて飾っていた。
そもそも命は忘れる気なんてなかったのかもしれない。ああやって思い出巡りをしているうちに、過去を再現していれば現在に同じ出来事が起こると密かに信じていたのかもしれない。
俺と一緒に出かけていても、命が見ていたのは真帆ちゃんの幻影だけ。
思い出巡りに付き合うのは俺だろうが、他の誰かだろうが、木でできた人形だろうがあいつにとっては変わり無かったんだ。
「海里ぃ、何があったか知らんけど元気出せ。最近在名…だっけ?とばっかり遊んでるから言うタイミング逃したけどさ、来週合コンするんだよ。海里も来いよ、な?」
あらゆる他校の女子に声をかけ合コンばっかり開催しているため合コンマスターと呼ばれる佐々木が俺の肩を抱きながら慰めるように言う。
「うん、そうする」
そうしよう。命と出会う前の日常にゆっくり戻って行こう。友達と遊んで、女の子を紹介してもらって、新しい彼女を作ろう。
新しく彼女ができたら、俺の失恋の痛みも、いつまでも埋まらない寂しさの穴も塞がるはずだ。
その間に命が真帆ちゃん恋しさに死んだって、もう知るもんか。
俺が今日この日ほど、陽真人の空気の読めなさを呪ったことはない。佐々木がセッティングしてくれた空蘭女子高校の女子たちとの4対4の合コンメンバーは、佐々木、陽真人、俺、そして命だった。カラオケで女子4人と向き合いながら、隣に座る陽真人に小声で耳打ちする。
「なんで命もいるの?」
「なんでって、みこちゃんもそろそろ失恋から復活したし新しい恋を探さなきゃと思って呼んであげたんだよ〜!ほんと、海里ちんのおかげでめちゃくちゃ元気になったしさあ!」
悪びれなく言う陽真人に舌打ちしそうになったが、よく考えれば陽真人は俺が命に八つ当たりしたことはおろか、俺が命を好きなことも知らないのだ。仕方ない。
命とは家を飛び出して以来当然顔も合わせていなかった。佐々木と陽真人は気づいていないだろうが、俺と命の間には居心地の悪い空気が漂っている。
俺も気まずいが命もそれは同じなようで、メニュー表を隅から隅まで熱心に読んで俺と目を合わせまいとしている。
それぞれの飲み物と軽食が届いたところで佐々木が「じゃあまず自己紹介から始めますか〜」と進行役を買ってくれた。
どの女の子も可愛かったけど、どの女の子にも興味が湧かなかった。目の端にちらちら映る命のことが気になって仕方なくて、俺の目は踏ん張っていなければすぐに命の方へと偏ってしまう。昨日のことでまだ苛ついていながらも、こうやって近くにいるとどうしても話したい、触れたい。
「在名命です」
カラオケのマイクを持たされ、戸惑うような声で自己紹介をする命の声。
聞きたくないのに心臓に直接響いて、少しずつ鼓動が速くなる。
「彼女と少し前に別れて…で、陽真人が誘ってくれたんで、来ました。今日はよろしくです」
「固いぞー」と陽真人にヤジを飛ばされて苦笑いする命は、合コンなんか慣れてないに違いない。そうだろうね、だって君は真帆ちゃん以外との恋の落ち方を知らないんだから。
マイクがまわってきたので俺も張り合うように自己紹介した。
「波瀬海里です。俺も最近彼女と別れたばっかり。今日は全員連れて帰るつもりだから、よろしくね」
俺の自己紹介に女の子たちは小鳥みたいにきゃっきゃと笑って、佐々木は「欲張りすぎですー」と茶々を入れた。思い切って命の方を睨みつけると、命は困ったように眉を下げてからそっと目を逸らした。
みんなそれぞれ好きな曲を入れて歌い、合いの手を入れたりしてそれなりに盛り上がっていた。
もちろん合コンだからだんだん歌うのよりもお喋りがメインになっていく。陽真人が歌う流行りのしっとりした恋愛ソングをBGMに、佐々木は女の子の中で一番かわいい子と額を突き合わせながらくすくす笑い合い、早くも2人きりの世界に入っている。
俺はあんな自己紹介をしておきながらどの女の子にも話しかける気になれなくてメロンソーダを啜り続けていたらあっという間になくなってしまった。命も陽真人の調子はずれな歌声に心ここにあらずな手拍子をしているだけだった。その様子に少しだけ安心する。今日誰でもいいからガツガツ行って女の子を捕まえ、失恋の荒療治をするつもりはないみたいだ。
空になったカップを持って立ち上がり、ドリンクバーへ向かった。カラオケの部屋の熱気と独特の匂いに酔いそうで頭がくらくらする。命が同じ部屋にいるから上手く息ができないのが、それに拍車をかけている。冷たい炭酸でさっぱりしたくてジンジャエールをいれていたらドリンクカップの上に影が落ちた。誰かは顔を上げなくても、分かった。
「海里」
俺が出てきたのをチャンスとばかりにカラオケから逃げ出してきたらしい命は、ドリンクカップを持ってくることすら忘れていた。
ジンジャエールはとっくにカップを満たしているのに顔を上げることができなかった。
「この前はごめん。もっと早く謝りたかったんだけど」
俺は命に怒っている。心の底から怒って、妬んで、拗ねている。なのにこうして声をかけられただけで全部どうでもよくなって許してしまえる。目に涙が滲むのを堪えているから喉がぎゅっと締め付けられて、痛い。
「海里の言う通りだよ。海里にあれだけ協力してもらいながら、俺、いつまでも未練がましく真帆の写真飾ったりしてさ。海里があんなに怒るのも無理ない、というか当たり前だよ」
違う。違う違う違う。
命が言ってる理由は本当なようで、全然違う。
俺はお前が、お前が過去を忘れようとしないのが憎いんじゃない。
俺はお前が、俺を見ないのが憎い。
もうずっと前から俺はお前のことしか見てないのに。
「写真は…見えないところにしまった。あとインスタの写真も、ちょっとずつ消してるんだ」
俺ははっとして命の方を振り向いた。
「そうまでしなくたってよかったのに…」
「いや。真帆にとっても、元彼がいつまでも自分の写真インスタに載せてたらキモいだろ?」
自虐気味に笑った命の表情は痛々しく、俺までガラスの破片を踏んづけてしまったような痛みに襲われた。
「…俺もごめん。あんな言い方、するべきじゃなかった。命がちゃんと前を向こうとしてるのは、伝わってるよ」
「俺は海里の優しさに甘えすぎてたよ。海里だって失恋して、辛いのに」
「もう全然辛くないよ。今日合コン来るくらいには梨奈のことは吹っ切れてるし」
「そっか」
「命もすごいよ。前までは死にかけてたのに合コンまで来れるようになって。だいぶ回復したね」
命が笑ったので、俺も笑い返した。
そのまま2人で何がおかしいのか分からないまま、小さく笑い合う。
「…すげえな海里は。今日は全員連れて帰るつもりなんだろ?」
「あんな風に啖呵切ったけど、実は気分がいまいち乗らなくて。今日は1人で帰ることになりそう」
「そっか、よかった」
「ちょっと!よかったって、どういう意味だよ?」
命は頬をゆるませて、俺に泣きそうな笑みを向けている。
「海里に彼女できちゃったら、俺、寂しいよ」
俺はその拍子にドリンクバーのボタンを押してしまい、もう既にいっぱいジンジャエールが入っているカップが溢れ出した。命が慌てて紙ナプキンを取ってくれて、コップの縁に溢れ出した分を拭いてくれる。
もう合コンなんてどうでもいいし、彼女なんて一生できなくても構わない。
部屋に戻ると女の子の1人がプロの歌手顔負けの美声で切なげな洋楽を歌っていて、みんなが聞き入っていた。俺は命と隣同士に座り、彼女の伸びやかな歌声が紡ぐ英語の歌詞をひとつひとつ拾って、頭の中で意味を繋ぎ合わせた。失恋の曲に聞こえる…この歌手、梨奈も好きでよく聴いてた気がする。頭の中の梨奈に「この曲なんて言うんだっけ?」と聞いてみる。女の子が歌い終わると同時に画面に歌手と曲名が表示された。頭の中の梨奈から返事が返ってくる。
「アリアナ・グランデのOne Last Timeだよ!」
切ない音程がそのまま脳に染み渡ってくる。
確か「もう一度だけ、あなたを連れて帰りたい」という意味の曲だったはずだ。
俺は隣にいる命の横顔を盗み見た。カラオケ画面の光が命の目に反射して、切なく煌めいている。
1ヶ月前の誰かさんみたいだなとおかしくなる。
あの時俺は、失恋で尋常じゃないくらいやつれていた命に呆れてドン引きしていたっけ。
今やもうあの頃の命がカウンターよろしく跳ね返ってきていて、呆れてドン引きされるのは俺の方だ。あの時の俺は失恋の痛みを甘く見ていた。大袈裟な奴、なんて心の中でどこか命を馬鹿にして。あの報いが今になって俺を襲っている。
ふらふらした足取りで教室に入ると流石に友人たちが「どうした?なんかあったの?」と心配してくれた。普段はふざけてばかりの友人たちの優しく温かい声かけが今は身に染みる。最近は命と出かけてばかりで付き合いが悪かった俺にいつだって帰ることのできる場所を用意してくれている友達を心の底からありがたいと思った。
もうやめよう。命と会うのも、ばかばかしい思い出巡りも。
だって今までのことは全部無駄だった。命が真帆ちゃんのことを考えて考え尽くして忘れさせる作戦だったのに、あいつは思い出を至極大事に、写真立ての中に閉じ込めて飾っていた。
そもそも命は忘れる気なんてなかったのかもしれない。ああやって思い出巡りをしているうちに、過去を再現していれば現在に同じ出来事が起こると密かに信じていたのかもしれない。
俺と一緒に出かけていても、命が見ていたのは真帆ちゃんの幻影だけ。
思い出巡りに付き合うのは俺だろうが、他の誰かだろうが、木でできた人形だろうがあいつにとっては変わり無かったんだ。
「海里ぃ、何があったか知らんけど元気出せ。最近在名…だっけ?とばっかり遊んでるから言うタイミング逃したけどさ、来週合コンするんだよ。海里も来いよ、な?」
あらゆる他校の女子に声をかけ合コンばっかり開催しているため合コンマスターと呼ばれる佐々木が俺の肩を抱きながら慰めるように言う。
「うん、そうする」
そうしよう。命と出会う前の日常にゆっくり戻って行こう。友達と遊んで、女の子を紹介してもらって、新しい彼女を作ろう。
新しく彼女ができたら、俺の失恋の痛みも、いつまでも埋まらない寂しさの穴も塞がるはずだ。
その間に命が真帆ちゃん恋しさに死んだって、もう知るもんか。
俺が今日この日ほど、陽真人の空気の読めなさを呪ったことはない。佐々木がセッティングしてくれた空蘭女子高校の女子たちとの4対4の合コンメンバーは、佐々木、陽真人、俺、そして命だった。カラオケで女子4人と向き合いながら、隣に座る陽真人に小声で耳打ちする。
「なんで命もいるの?」
「なんでって、みこちゃんもそろそろ失恋から復活したし新しい恋を探さなきゃと思って呼んであげたんだよ〜!ほんと、海里ちんのおかげでめちゃくちゃ元気になったしさあ!」
悪びれなく言う陽真人に舌打ちしそうになったが、よく考えれば陽真人は俺が命に八つ当たりしたことはおろか、俺が命を好きなことも知らないのだ。仕方ない。
命とは家を飛び出して以来当然顔も合わせていなかった。佐々木と陽真人は気づいていないだろうが、俺と命の間には居心地の悪い空気が漂っている。
俺も気まずいが命もそれは同じなようで、メニュー表を隅から隅まで熱心に読んで俺と目を合わせまいとしている。
それぞれの飲み物と軽食が届いたところで佐々木が「じゃあまず自己紹介から始めますか〜」と進行役を買ってくれた。
どの女の子も可愛かったけど、どの女の子にも興味が湧かなかった。目の端にちらちら映る命のことが気になって仕方なくて、俺の目は踏ん張っていなければすぐに命の方へと偏ってしまう。昨日のことでまだ苛ついていながらも、こうやって近くにいるとどうしても話したい、触れたい。
「在名命です」
カラオケのマイクを持たされ、戸惑うような声で自己紹介をする命の声。
聞きたくないのに心臓に直接響いて、少しずつ鼓動が速くなる。
「彼女と少し前に別れて…で、陽真人が誘ってくれたんで、来ました。今日はよろしくです」
「固いぞー」と陽真人にヤジを飛ばされて苦笑いする命は、合コンなんか慣れてないに違いない。そうだろうね、だって君は真帆ちゃん以外との恋の落ち方を知らないんだから。
マイクがまわってきたので俺も張り合うように自己紹介した。
「波瀬海里です。俺も最近彼女と別れたばっかり。今日は全員連れて帰るつもりだから、よろしくね」
俺の自己紹介に女の子たちは小鳥みたいにきゃっきゃと笑って、佐々木は「欲張りすぎですー」と茶々を入れた。思い切って命の方を睨みつけると、命は困ったように眉を下げてからそっと目を逸らした。
みんなそれぞれ好きな曲を入れて歌い、合いの手を入れたりしてそれなりに盛り上がっていた。
もちろん合コンだからだんだん歌うのよりもお喋りがメインになっていく。陽真人が歌う流行りのしっとりした恋愛ソングをBGMに、佐々木は女の子の中で一番かわいい子と額を突き合わせながらくすくす笑い合い、早くも2人きりの世界に入っている。
俺はあんな自己紹介をしておきながらどの女の子にも話しかける気になれなくてメロンソーダを啜り続けていたらあっという間になくなってしまった。命も陽真人の調子はずれな歌声に心ここにあらずな手拍子をしているだけだった。その様子に少しだけ安心する。今日誰でもいいからガツガツ行って女の子を捕まえ、失恋の荒療治をするつもりはないみたいだ。
空になったカップを持って立ち上がり、ドリンクバーへ向かった。カラオケの部屋の熱気と独特の匂いに酔いそうで頭がくらくらする。命が同じ部屋にいるから上手く息ができないのが、それに拍車をかけている。冷たい炭酸でさっぱりしたくてジンジャエールをいれていたらドリンクカップの上に影が落ちた。誰かは顔を上げなくても、分かった。
「海里」
俺が出てきたのをチャンスとばかりにカラオケから逃げ出してきたらしい命は、ドリンクカップを持ってくることすら忘れていた。
ジンジャエールはとっくにカップを満たしているのに顔を上げることができなかった。
「この前はごめん。もっと早く謝りたかったんだけど」
俺は命に怒っている。心の底から怒って、妬んで、拗ねている。なのにこうして声をかけられただけで全部どうでもよくなって許してしまえる。目に涙が滲むのを堪えているから喉がぎゅっと締め付けられて、痛い。
「海里の言う通りだよ。海里にあれだけ協力してもらいながら、俺、いつまでも未練がましく真帆の写真飾ったりしてさ。海里があんなに怒るのも無理ない、というか当たり前だよ」
違う。違う違う違う。
命が言ってる理由は本当なようで、全然違う。
俺はお前が、お前が過去を忘れようとしないのが憎いんじゃない。
俺はお前が、俺を見ないのが憎い。
もうずっと前から俺はお前のことしか見てないのに。
「写真は…見えないところにしまった。あとインスタの写真も、ちょっとずつ消してるんだ」
俺ははっとして命の方を振り向いた。
「そうまでしなくたってよかったのに…」
「いや。真帆にとっても、元彼がいつまでも自分の写真インスタに載せてたらキモいだろ?」
自虐気味に笑った命の表情は痛々しく、俺までガラスの破片を踏んづけてしまったような痛みに襲われた。
「…俺もごめん。あんな言い方、するべきじゃなかった。命がちゃんと前を向こうとしてるのは、伝わってるよ」
「俺は海里の優しさに甘えすぎてたよ。海里だって失恋して、辛いのに」
「もう全然辛くないよ。今日合コン来るくらいには梨奈のことは吹っ切れてるし」
「そっか」
「命もすごいよ。前までは死にかけてたのに合コンまで来れるようになって。だいぶ回復したね」
命が笑ったので、俺も笑い返した。
そのまま2人で何がおかしいのか分からないまま、小さく笑い合う。
「…すげえな海里は。今日は全員連れて帰るつもりなんだろ?」
「あんな風に啖呵切ったけど、実は気分がいまいち乗らなくて。今日は1人で帰ることになりそう」
「そっか、よかった」
「ちょっと!よかったって、どういう意味だよ?」
命は頬をゆるませて、俺に泣きそうな笑みを向けている。
「海里に彼女できちゃったら、俺、寂しいよ」
俺はその拍子にドリンクバーのボタンを押してしまい、もう既にいっぱいジンジャエールが入っているカップが溢れ出した。命が慌てて紙ナプキンを取ってくれて、コップの縁に溢れ出した分を拭いてくれる。
もう合コンなんてどうでもいいし、彼女なんて一生できなくても構わない。
部屋に戻ると女の子の1人がプロの歌手顔負けの美声で切なげな洋楽を歌っていて、みんなが聞き入っていた。俺は命と隣同士に座り、彼女の伸びやかな歌声が紡ぐ英語の歌詞をひとつひとつ拾って、頭の中で意味を繋ぎ合わせた。失恋の曲に聞こえる…この歌手、梨奈も好きでよく聴いてた気がする。頭の中の梨奈に「この曲なんて言うんだっけ?」と聞いてみる。女の子が歌い終わると同時に画面に歌手と曲名が表示された。頭の中の梨奈から返事が返ってくる。
「アリアナ・グランデのOne Last Timeだよ!」
切ない音程がそのまま脳に染み渡ってくる。
確か「もう一度だけ、あなたを連れて帰りたい」という意味の曲だったはずだ。
俺は隣にいる命の横顔を盗み見た。カラオケ画面の光が命の目に反射して、切なく煌めいている。


