命にかかわる失恋


俺は失恋から完全に立ち直ったとともに、新しく好きな人ができてしまった。
寝ても覚めても頭にあるのはその人のことばかりで、朝起きた瞬間から体の底の方から熱のかたまりが上昇しゆっくりと俺の頬を染めていく。鏡で自分の顔を見ているとまるで知らない人を見ているかのように輪郭がうまく捉えられない。俺ってこんな顔だったっけ、今までどんな顔して友達や…命と話していたんだっけ?


この前久しぶりに偶然梨奈と会った。
ぼんやりしていた俺は気づくのが遅れたけど、廊下ですれ違った梨奈は甘い香水の匂いをさせていた。

「海里、久しぶり。元気?」

梨奈と別れて1ヶ月とちょっとが経っていた。平均的にどのくらいで別れたカップルの間の気まずさが消え失せるのかは知らないが、梨奈と俺の間には気後れや居た堪れなさは微塵もなかった。要するに、お互いもうほとんどどうでもいい存在になってしまっていた。

「うん、元気だよ。梨奈は?」
「りなも元気。りなね、社木くんと付き合い始めたんだ」
「そうなんだ。おめでとう、よかったね」
「海里はその後どう?」

首を傾げて俺を上目遣いで見つめている梨奈に、嫌味も悪意もない。ただ純粋な好奇心から俺がどうしてるか知りたいだけと言った様子だ。梨奈は俺の彼女だったんだし、さっぱりしている性格で気心も知れてる。一瞬、俺が命を好きになったことを打ち明けてしまおうかという思いが頭をよぎった。

「実は…」

こわごわ口を開くと掠れた声が出た。梨奈は長いまつ毛に縁取られた大きな目を見開いて、俺を見つめている。決心を固めるまでにたっぷり30秒はかかったが、梨奈はその間も大人しく待ってくれていた。

「好きな人ができたんだ」

吐き出してしまうと、胸のつかえがとれたように少しだけ息をするのが楽になった。梨奈はきゃーっ!と喜びの悲鳴を上げ、俺の両手を握り締め飛び付かんばかりの勢いではしゃいだ。

「うそっ!だれだれ?うちの学校?りなの知ってる人?」

梨奈がぴょんぴょん飛び跳ねながら遠慮もなしに聞いてくる。勢いに押されて口から滑り出しそうなのを堪えた。名前を言う勇気はまだ持てなかった。

「誰かはちょっと言えないけど…男、なんだよね」

梨奈はそんな子じゃないと思っていたけど、この告白はやっぱり怖かった。今はSNSで世界中のゲイのカップルアカウントを気軽に見られるし、女子に人気のゲイのインフルエンサーもいる。そんな時代の空気とともに育った俺たちは、同性が同性を好きになること自体に抵抗のない子が多かった。まあ俺の周りがそうだと言うだけで、未だに男同士?無理無理、ありえない、な子もいるんだろうけど。

梨奈は驚いて一瞬言葉に詰まっていたがさらに強く俺の両手を握った。
かつて俺とたくさんキスをした唇が元気に動く。

「応援してる!!乗り越えなきゃいけないショーガイいっぱいあるかもしれないけど、頑張れ!!海里ならできる!!」

梨奈のシンプルで少し無遠慮な応援は俺の心を揺り動かし、俺は思わず目頭が熱くなる。

乗り越えなきゃいけないショーガイいっぱいあるかもしれないけど、頑張れ。
海里ならできる!
俺は梨奈の言う「ショーガイ」が男同士であることを言っているのは分かっていたけれど、それよりも俺の目の前に立ちはだかる「ショーガイ」は、今も切れない鎖のごとく命に絡まっている真帆ちゃんだった。