それから1週間。どうやら梅雨に突入したようだ。あれから毎日雨が降り続いており、梅雨入り前の暑さが嘘のように世界を冷やしている。
涼太と俺は、相変わらずカップルのふりを続けていた。
と言っても、毎日遊んで帰るわけにもいかないらしい。特に涼太は、家の都合で早く帰らなければいけないという日が多かった。あまり彼の家が厳格だとか大変だとかいうイメージはないのだが……。まあ、そういうこともあり、俺たちのカップルらしい行為は大体いつも通り通学路とお昼休みがメインで、放課後はかろうじて近場の映画館へ行ったくらいだ。
今日もいつも通りオカルト研究部に集まる。もうこの不気味な祭壇にも慣れたもので、なんのためらいもなく腰を掛ける部長に続き、俺も祭壇の端に座った。
「しかし、全然、呪いに邪魔される気配がないな……」
部長の言う『学校の呪い』は、俺たちの間には現れなかった。
「もっと根本的に考えなおしてみた方がいいんじゃないですかね、部長」
「いや、分かったことが1つあるよ」
「え、なんですか!」
俺は部長に詰め寄る。自分の中ではあまり目新しい発見がなかっただけに、その言葉がひどく魅力的に思えた。
「君たちが偽装カップルをしても、前と後とでほとんど変わらないから、霊に見つかっていないんだよ、きっと」
「…………は?」
「もっと直接的にさ、手を繋ぐのは……やったんだっけ? やっぱり、キスだよ、キス」
「きッ!?」
キス。想像もしていなかった単語が俺の頭を強く殴る。
手を繋ぐのは最近ようやく慣れてきた。お昼休みの『あーん』は最早儀式だ。映画館だって、2人で1つの飲み物をシェアしたし、暗闇の中で手を握り合ったりもした。そもそもゲーセンでは『欲しいものは尚樹』とまで言われている。それだけでも、俺たち(主に涼太だが)の偽装カップルっぷりは申し分ないと言えるだろう。
「まあキスのハードルが高ければ、ハグだね、ハグ。もっと直接的に、霊を嫉妬させないと」
「お、お前ッ!!」
「僕の予測によると、恐らく呪の正体はこの学校で好きな人と結ばれずに死んでいった女の子だね。上手くいっているカップルに嫉妬して、手当たり次第襲っているに違いない」
「でたらめすぎるだろ! 根拠はあるのかよ!?」
「実験とは常に予測から成るものじゃないか?」
それっぽいことを言ってケタケタ笑っている部長を、涼太は険しい顔つきで見ていた。
「……さすがに、キスってのはちょっと。尚樹の気持ちもありますし」
彼のことだから「俺は大丈夫ですけど」などと言い出さないかひやひやしていたが、さすがの涼太でもこれには抵抗があるらしい。
「ハグも、きっかけがないと、なんか無理やりじゃないですかね。尚樹も嫌がってますし、なりゆきに任せて出来そうなら、もうちょっと踏み込んだことも組み込んでいくって感じで、期間を延長するのはどうですか」
さらさらと今後の計画について提案する涼太。しかし、結局のところ隙あらばハグくらいはするし、1週間の偽装期間を延長するということではないのか。俺にとっての負担はあまり変わらない気がするが。
「いや、僕は気が短いんだよねえ。ここまで何も起こらなかったなら、やり方を変えた方がいい。そう、偽装カップルの組み合わせを変えるんだ!!」
部長は右手の人差し指をたて、閃いたポーズをとった。
「…………は?」
涼太から聞いたこともないような低い声が響く。
「なに言ってるんですか、部長? それって、例えば俺と部長とか? 絶対嫌ですけど」
部長はまだ何も言っていないが、涼太の拒否反応は凄まじく、怒りを孕んだ声色で詰め寄っていた。
「僕と涼太君がダメなら、僕と尚樹君でいいじゃないか、ねえ、尚樹君」
「は、部長と尚樹が? もっとダメに決まってるじゃないですか!」
「それを決めるのは涼太君じゃないよ。……そう、多数決、すべては多数決が解決するのさ」
部長の多数決理論は相変わらず分からないが、この男をを前にすると、やたらムキになる幼馴染のこともよく分からない。
「君は紳士だからできなかったと思うけど、僕なら本気で尚樹君を惚れさせることだってできるはずさ。現に――」
始まった2人の攻防を、なるべく心を殺して見守っていた俺だったが、突如、部長に肩を抱き寄せられた。手足は細長いのに、手は大きくて骨ばっており、確かに男性の手だと感じた。
そんな思考も一瞬で、部長の顔が正面から接近してくる。長い前髪の隙間から、美しい碧眼が俺を覗いた。
待て、これはキスされるんじゃ――
そう思った瞬間、俺の唇に柔らかいものが押し付けられていた。
「このように、キスする覚悟もある。次は、ハグしてみる?」
俺は突然のことで何が起こったのか全く理解できず、その場で放心状態になってしまった。
なんでもない風に笑う部長に対して、涼太はこの世のものとは思えない表情で睨みつけている。
「…………最悪」
涼太が低い声でつぶやいた。
「尚樹、大丈夫……?」
「あ、ああ……びっくりしたけど……」
「…………」
涼太は無言で俺の唇を擦る。まるで汚れを落とすかのように、執拗に、強く。
「い、いてえって……! 唇なくなる!」
「あ、ごめん……」
本来ならキスされた俺の方が取り乱すはずなのに、涼太の方がひどく動揺している。その様子を見ると、不思議と俺の心は落ち着いていった。
「部長、自分が何をしたのか、分かっているんですか?」
「ただのキスでしょ? 別に俺は尚樹君の何かを奪ったわけでもないし、尚樹君が怒るならまだしも、涼太君が怒っているのはおかしいんじゃない?」
「はあ。 尚樹の気持ちを考えているんですか? あなたは尚樹のファーストキスを奪っているんですよ」
凄い押し問答だ。まるで俺がヒロインにでもなったようなこの状況の方が、よっぽど呪いよりも不可解である。
てか、俺のファーストキスって。勝手に決めるな。もしかしたら誰も知らないところで華麗に済ませているかもしれないだろ。……まあ、ないけど。
それはともかく、俺を差し置いてヒートアップする2人の喧嘩は終わる気配がなかった。特に涼太は、過剰に攻撃的になっているように見える。
「……まあまあ、キスの件は謝るけどさ、ペアを変えてアプローチを変えるっていうのは1つの手だとは思うんだよねえ。それについては尚樹君に聞いてみたいんだが」
2人をどう止めようかと思案していると、パスが回ってきた。
「……俺は別に、構いませんけど」
少し悩んだあと、静かに肯定した。俺としては、そもそもこの現象が霊なのか呪いなのかもよくわからないし、この方法が最善だとも全く思わない。だからこそ、一度ローテーションを回しきれば、次の段階へ進めるのではないかと思ったのだ。
「……尚樹」
涼太はショックを受けたような瞳で俺を見つめる。先ほどまでは見たこともないような鋭い目で部長とバトルしていたのに、今の彼はまるでが弱い小型犬のようだ。
「あ、で、でも、キ、キスとかハ、ハグとかは無しでお願いします……。ただの実験でそこまで身体を張る必要が、俺には感じられず……」
キスだのハグだのと、普段は口にしないような恥ずかしい単語が言いにくくて、口ごもってしまう。
「え~っ、でも、そうしないと」
「そ れ だ け は! 条件です、条件! 色々とめんどくさくなるんで! お願いしますよ!」
何か言いたげな部長の言葉を遮り、俺はそう強めに念押しすると、振り返って涼太へ目くばせした。
「涼太も、部長のこと嫌かもだけどさ、これが終わったら別の観点からアプローチできるって考えたら、まあ1週間くらいなんとかなるだろ?」
「……尚樹が嫌じゃないのなら、俺は」
俺はとにかく呪いの現象に遭いたいのであって、恋人ごっこを楽しみたいわけではない。さっさと次の段階へ進むために、俺は覚悟を決め、部長と偽装カップルになることを承諾した。
涼太と俺は、相変わらずカップルのふりを続けていた。
と言っても、毎日遊んで帰るわけにもいかないらしい。特に涼太は、家の都合で早く帰らなければいけないという日が多かった。あまり彼の家が厳格だとか大変だとかいうイメージはないのだが……。まあ、そういうこともあり、俺たちのカップルらしい行為は大体いつも通り通学路とお昼休みがメインで、放課後はかろうじて近場の映画館へ行ったくらいだ。
今日もいつも通りオカルト研究部に集まる。もうこの不気味な祭壇にも慣れたもので、なんのためらいもなく腰を掛ける部長に続き、俺も祭壇の端に座った。
「しかし、全然、呪いに邪魔される気配がないな……」
部長の言う『学校の呪い』は、俺たちの間には現れなかった。
「もっと根本的に考えなおしてみた方がいいんじゃないですかね、部長」
「いや、分かったことが1つあるよ」
「え、なんですか!」
俺は部長に詰め寄る。自分の中ではあまり目新しい発見がなかっただけに、その言葉がひどく魅力的に思えた。
「君たちが偽装カップルをしても、前と後とでほとんど変わらないから、霊に見つかっていないんだよ、きっと」
「…………は?」
「もっと直接的にさ、手を繋ぐのは……やったんだっけ? やっぱり、キスだよ、キス」
「きッ!?」
キス。想像もしていなかった単語が俺の頭を強く殴る。
手を繋ぐのは最近ようやく慣れてきた。お昼休みの『あーん』は最早儀式だ。映画館だって、2人で1つの飲み物をシェアしたし、暗闇の中で手を握り合ったりもした。そもそもゲーセンでは『欲しいものは尚樹』とまで言われている。それだけでも、俺たち(主に涼太だが)の偽装カップルっぷりは申し分ないと言えるだろう。
「まあキスのハードルが高ければ、ハグだね、ハグ。もっと直接的に、霊を嫉妬させないと」
「お、お前ッ!!」
「僕の予測によると、恐らく呪の正体はこの学校で好きな人と結ばれずに死んでいった女の子だね。上手くいっているカップルに嫉妬して、手当たり次第襲っているに違いない」
「でたらめすぎるだろ! 根拠はあるのかよ!?」
「実験とは常に予測から成るものじゃないか?」
それっぽいことを言ってケタケタ笑っている部長を、涼太は険しい顔つきで見ていた。
「……さすがに、キスってのはちょっと。尚樹の気持ちもありますし」
彼のことだから「俺は大丈夫ですけど」などと言い出さないかひやひやしていたが、さすがの涼太でもこれには抵抗があるらしい。
「ハグも、きっかけがないと、なんか無理やりじゃないですかね。尚樹も嫌がってますし、なりゆきに任せて出来そうなら、もうちょっと踏み込んだことも組み込んでいくって感じで、期間を延長するのはどうですか」
さらさらと今後の計画について提案する涼太。しかし、結局のところ隙あらばハグくらいはするし、1週間の偽装期間を延長するということではないのか。俺にとっての負担はあまり変わらない気がするが。
「いや、僕は気が短いんだよねえ。ここまで何も起こらなかったなら、やり方を変えた方がいい。そう、偽装カップルの組み合わせを変えるんだ!!」
部長は右手の人差し指をたて、閃いたポーズをとった。
「…………は?」
涼太から聞いたこともないような低い声が響く。
「なに言ってるんですか、部長? それって、例えば俺と部長とか? 絶対嫌ですけど」
部長はまだ何も言っていないが、涼太の拒否反応は凄まじく、怒りを孕んだ声色で詰め寄っていた。
「僕と涼太君がダメなら、僕と尚樹君でいいじゃないか、ねえ、尚樹君」
「は、部長と尚樹が? もっとダメに決まってるじゃないですか!」
「それを決めるのは涼太君じゃないよ。……そう、多数決、すべては多数決が解決するのさ」
部長の多数決理論は相変わらず分からないが、この男をを前にすると、やたらムキになる幼馴染のこともよく分からない。
「君は紳士だからできなかったと思うけど、僕なら本気で尚樹君を惚れさせることだってできるはずさ。現に――」
始まった2人の攻防を、なるべく心を殺して見守っていた俺だったが、突如、部長に肩を抱き寄せられた。手足は細長いのに、手は大きくて骨ばっており、確かに男性の手だと感じた。
そんな思考も一瞬で、部長の顔が正面から接近してくる。長い前髪の隙間から、美しい碧眼が俺を覗いた。
待て、これはキスされるんじゃ――
そう思った瞬間、俺の唇に柔らかいものが押し付けられていた。
「このように、キスする覚悟もある。次は、ハグしてみる?」
俺は突然のことで何が起こったのか全く理解できず、その場で放心状態になってしまった。
なんでもない風に笑う部長に対して、涼太はこの世のものとは思えない表情で睨みつけている。
「…………最悪」
涼太が低い声でつぶやいた。
「尚樹、大丈夫……?」
「あ、ああ……びっくりしたけど……」
「…………」
涼太は無言で俺の唇を擦る。まるで汚れを落とすかのように、執拗に、強く。
「い、いてえって……! 唇なくなる!」
「あ、ごめん……」
本来ならキスされた俺の方が取り乱すはずなのに、涼太の方がひどく動揺している。その様子を見ると、不思議と俺の心は落ち着いていった。
「部長、自分が何をしたのか、分かっているんですか?」
「ただのキスでしょ? 別に俺は尚樹君の何かを奪ったわけでもないし、尚樹君が怒るならまだしも、涼太君が怒っているのはおかしいんじゃない?」
「はあ。 尚樹の気持ちを考えているんですか? あなたは尚樹のファーストキスを奪っているんですよ」
凄い押し問答だ。まるで俺がヒロインにでもなったようなこの状況の方が、よっぽど呪いよりも不可解である。
てか、俺のファーストキスって。勝手に決めるな。もしかしたら誰も知らないところで華麗に済ませているかもしれないだろ。……まあ、ないけど。
それはともかく、俺を差し置いてヒートアップする2人の喧嘩は終わる気配がなかった。特に涼太は、過剰に攻撃的になっているように見える。
「……まあまあ、キスの件は謝るけどさ、ペアを変えてアプローチを変えるっていうのは1つの手だとは思うんだよねえ。それについては尚樹君に聞いてみたいんだが」
2人をどう止めようかと思案していると、パスが回ってきた。
「……俺は別に、構いませんけど」
少し悩んだあと、静かに肯定した。俺としては、そもそもこの現象が霊なのか呪いなのかもよくわからないし、この方法が最善だとも全く思わない。だからこそ、一度ローテーションを回しきれば、次の段階へ進めるのではないかと思ったのだ。
「……尚樹」
涼太はショックを受けたような瞳で俺を見つめる。先ほどまでは見たこともないような鋭い目で部長とバトルしていたのに、今の彼はまるでが弱い小型犬のようだ。
「あ、で、でも、キ、キスとかハ、ハグとかは無しでお願いします……。ただの実験でそこまで身体を張る必要が、俺には感じられず……」
キスだのハグだのと、普段は口にしないような恥ずかしい単語が言いにくくて、口ごもってしまう。
「え~っ、でも、そうしないと」
「そ れ だ け は! 条件です、条件! 色々とめんどくさくなるんで! お願いしますよ!」
何か言いたげな部長の言葉を遮り、俺はそう強めに念押しすると、振り返って涼太へ目くばせした。
「涼太も、部長のこと嫌かもだけどさ、これが終わったら別の観点からアプローチできるって考えたら、まあ1週間くらいなんとかなるだろ?」
「……尚樹が嫌じゃないのなら、俺は」
俺はとにかく呪いの現象に遭いたいのであって、恋人ごっこを楽しみたいわけではない。さっさと次の段階へ進むために、俺は覚悟を決め、部長と偽装カップルになることを承諾した。
