放課後、部室に集まった俺たちは、涙ぐましい偽装カップルの様子を事細かに説明した。
「うんうん、いいねいいね。さすが涼太君。大分様になってきたんじゃあないの?」
部長は俺たちの様子に、大変満足そうである。
「で、でも部長……。俺たちを引きはがそうとするような現象は、全然確認できませんでしたけど」
「ん? いやいや、1日やそこらで邪魔されるってことはさすがに無いだろうよ。最低でも1週間は付き合ってみないと」
「いいいい、1週間!?!?」
俺は驚きで声を上げた。いや、確かに1日だけでいいなんて、誰も言ってなかったけれど。
思わず涼太の方を振り返る。しかし、動じた様子もない。
「1週間って、意外と短いですね」
おまけに、そんなことを言ってのけた。この幼馴染は一体何を言っているのだろう。
「うーん、突然別れるカップルのほとんどが1週間~長くて1ヶ月らしい。まあ、1ヶ月っていうとちょっと悠長な感じがするから、僕としては一旦1週間で蹴りをつけたいかな」
「へえ、そうなんですか……」
オカルト好きとして、俺もその不可解な現象について興味があることには変わりないが、それにしたって1週間は長い。
「放課後デートとかもしてみたら? 学校の呪いといったけど、もしかしたら外でも何か起きるかもしれないよん」
「放課後デート!?」
またもや、俺の人生に不釣り合いな単語が飛び出した。
「尚樹君って面白いねえ。そんなに不思議な単語かね」
「俺の人生には無縁な単語だ……」
「いやいや、君は毎日、涼太君と登下校デートしているようなものだと思うけど、違うかい?」
「まったく、違います!! なんでそんなに俺と涼太をくっつけたがるんですか!?」
「だって、『本物』になれば、確実に呪いを釣れるからねえ」
けらけらと笑いながら、部長はいつのまにか祭壇に立てられていた蝋燭に火を灯す。ここは学校なのに。……火災報知器とか、大丈夫なのだろうか。
「というか、仮に本当に幽霊が何か悪さをしてきたとして、そうしたら俺たちはどうするんですか?」
俺はデートという話題を少しでも逸らすため、この作戦が始まってから疑問に思っていたことを部長に尋ねた。
「もし幽霊が悪さをしてきたら……尚樹君はどうしたい?」
「えっ! そりゃあ、幽霊が本当に人へ害を為すのか、確認したいですよね。悪霊なのか、そうじゃないのかも知りたいし……ってまあ、学校中のカップルを別れさせてるんだから、良い幽霊ってことはないか……」
昨日の夜からずっと考えていたのだ。俺と涼太が偽装カップルになるのは良い(良くないけど!)が、実際に起こる現象が、思ったよりも深刻なものだったらどうすればよいのだろうかと。
「結構ヤバい感じの悪霊だったとしたら、俺たちはどうすればいいんですかね」
「やっぱり成仏させるのが一番じゃないかな」
「成仏って、漫画みたいな……簡単に言うけどなあ」
アニメや漫画だと、幽霊を次々と成仏させていく、なんていう展開がお決まりなこともあるけれど、実際問題、そんな簡単な話ではないだろう。
「故人にとっても、この世に未練があるというのは、なんだか悲しいことなんじゃないかな」
ふと、部長の口元がかすかに曇ったように見えた。しかしすぐいつもの調子に戻って
「僕はあれだよ、部屋に住み着いた幽霊を一人一人成仏させていくとか、そういうお話に弱いんだ。幽霊の未練を失くして、幸せに成仏させてあげたいよね」
などど、調子よく言った。
「うーん、俺は幽霊の友達とか欲しいですけどね。まず生きてる友達いないし……」
「いやいや、死後この世に留まって、在りし日の姿を形作るほどの未練っていうのは、一体何なんだろうと思うと怖くもなるでしょ。子どもを残して逝った母が化けて出る……なんて話よりも、悪霊にそそのかされたなんていう話の方が身近にあると、愛より憎しみが強いのかなって。そう思うと涙が出るよねえ」
部長は祭壇に腰かけたままメソメソと泣きまねをして見せた。
変わった人だけれど、こういうオカルト染みた話ができるのは純粋に嬉しい。
「尚樹のオカルトスイッチ入ってるなあ」
教室の入口付近に立ったまま、そんな俺たちの様子をしみじみと見つめる涼太の姿を見て、はっと我に返った。
「ああ、涼太君、ごめんねえ。つい夢中になって」
「……まあいいんですけど、尚樹が言ってた、その悪霊が人に害を為す可能性があるのかっていうところは、俺も気になってます。俺はどうでもいいけど、尚樹は病み上がりだし、何かあったら嫌ですね」
「ああ! そういう話だったね」
部長は思い出したように手をぽん、と叩いた。
「まあ、呪いに遭って2人が別れても、別にそのあと健康被害が出てたとか、必ずけんか別れだったとか、そういう情報は今のところないよ。気まずい別れっていう感じでもないし、問題ないんじゃないかな」
この部長は、俺と同じで友達がいないはずなのに、どこからそういった情報を仕入れてくるのだろうか。
「だから、このまま『本物』になってくれても全然かまわないよ」
「……まあ俺は本物のカップルになっても全然オーケーだけど」
揶揄うように、にししと笑う部長。一方で、涼太は真剣な顔でとんでもないことを呟いている。
「部長! 涼太が本気にしちゃってますよ。変なこと言わないでください! とにかく、偽装カップルを、とりあえず1週間継続で!!」
幸い俺がこんな調子でも、相手がスマートにエスコートしてくれるものだから、偽装自体が不自然なものになることはなさそうだ。
それでも、あまりにもスマートであるが故に構築されるあの甘い空気感を思うと、ため息が出るような思いだった。
*
その後、さっき部長が言っていた放課後デートを本気にした涼太が、俺を連れてゲームセンターにやってきた。
やってきたのだが、その後ろには、なぜか霧崎部長もくっついている。その風変わりな姿は注目を集め、道行く人々が訝しげにジロジロと俺たちを見ていた。
「……なんかやたら見られてませんか」
「いやあ、なんだろうね。普段はあまり気にしたことがなかったけど、僕ってそんなに変なのかな?」
この注目の原因であろう部長へ目をやるが、肝心の本人はあまり自覚がないようだ。
逆に、なぜだろうという風に首を傾げている。
「ていうか……部長、なんでいるんですか?」
そんな部長を、涼太が心底邪魔そうな目線で睨む。彼はあまり人に感情を見せるイメージがないが、出会ったときから部長への風当たりだけはやたらと強い気がする。
「いやいや、よく考えたらね、決定的な現象が起きた瞬間のことを、当事者は誰もうまく説明ができないわけだ。これは目撃者が必要だろうと思ってね。君たちの邪魔はしないから、2人でイチャイチャラブラブロールプレイを続けてくれ」
「……見られているとやりづらいんですけど」
見られているとやりづらいって、ゲーセンで一体何をするつもりなのか。俺は2人の会話をあまり聞かないようにし、ゲーセンの中を歩き回った。
「あ、尚樹! これ」
ガチャガチャコーナーを指さした涼太のもとへ向かうと、そこには≪未確認生物!UMAアクセサリーガチャ≫があった。
「お!! これは、未確認生物! UMAアクセサリーガチャだ!! まだ中身あるか!?」
このガチャは5月に発売したイロモノアクセサリーだが、俺の意識が昏睡状態だった時期に発売したことに加え、昨今のガチャブームのせいでどこを探しても在庫がなく、入手できなかったものだった。
「神! あと3つしかないじゃん! 全部回すぞ!」
「尚樹は何狙い?」
「まあ、ツチノコが鉄板なんだろうけど……俺はこのクラーケンがいいな。5センチって……ガチャ産のストラップにしてはデカいのは原作再現っぽくてかなり良い」
「いいね。尚樹、深海系もけっこう好きだもんね」
「ああ。深海はさ、霊とかそういう超常的現象とは違った実在する恐怖感がたまらないんだよな……」
「俺もあれ好きだよ、前教えてくれたサイト。深海の生き物図鑑みたいなやつ」
俺が事故に遭う前までは、こんな風に、俺の話を涼太が聞いてくれていたことを思い出した。この感覚に胸がじんわり温かくなる。
俺は友達がいないし、好きなものがあれば大丈夫だと思っていたけれど、それも全部、隣に涼太がいてくれたおかげなのだと思う。
「「あ、クラーケン!!」」
声が重なる。一番の狙い目が出たことに、涼太も嬉しそうな顔をした。
「あは、クラーケンめちゃきもくない?」
「ばか、そこがいいんだって。UMAなんてきもくてなんぼだから。残りも回すぞ!」
残りのガチャを回す俺たちを、部長がにやにやと見ていた。
「いや~君たち、本当に仲がいいねえ」
「なんですか? 俺たちの邪魔すると霊が逃げちゃいますよ。あと目立つんで話しかけないでください」
「これでも一応先輩なのに! 辛辣だねえ~」
後輩から邪険にされても、この怪しい部長は何も気にしていなさそうだ。
「あ、クラーケンダブったな」
残りの2つのうち、1つはツチノコ、もう1つがまたクラーケンだった。
「涼太にやるよ」
同じものは2つもいらない。これはコレクターの宿命であるが、人付き合いが苦手すぎる俺は知らない人とのやり取りが生じるフリマアプリ等をうまく使いこなすことができない。
毎回このように、唯一の友達へ押しつけ……もとい、プレゼントしているのだ。
涼太はそれを、まるで宝物を見るかのような穏やかな表情で受け取り
「ありがと。お揃いだね」
と、自分のスマホケースに付けた。これがお揃いなら、今までに押し付けてきたものは無数にあるため、俺たちの私物はほとんどお揃いということになる。
「……なあ、涼太は何か欲しいものとかないの?」
自分で言うのも変だが、俺がこういうことを他人に聞くのは珍しい。普段は自分の話を聞いてもらってばかりだからだ。
今日はなんとなく、涼太にも何か持ち帰ってほしいと思ったのだ。それは偽装カップルをしているからか、はたまた高校生になって俺が少し大人になったからなのか、分からないが。
「え、俺の欲しいもの? ……尚樹かな」
「うっ、え!?」
予想外の答えに思わずむせた。
「そ、そ、そういうことじゃない! い、いつも俺に合わせてもらってばっかりだから、たまには、なあ、お前も好きなもの買えって話を、してんの!」
「あは、そういうことだったんだ。別にいいよ。俺は尚樹とこうしてる時間が一番いいから」
さっきまでいつもの調子だったから忘れていたが、涼太は偽装カップルモードなのだった。普段の冗談とは少し違う、俺の真ん中にドストレートで刺さる言葉には耐性がない。
「そ、それにしても……欲しいものが、俺って、なんだよ……どういうことだよ……」
「え? 言ってほしい?」
「い、言わんでいいッ! あっ……!」
俺は動揺するあまり、足が縺れて転んでしまった。天井が映るほどピカピカに磨かれているゲーセンの床には、俺の進路を阻むものは何もなかったのに。
「……ッ!? 大丈夫!?」
俺に駆け寄ってくる涼太には、さっきの不敵な様子とは打って変わって焦りがにじんでいた。
「……部長、手伝ってください」
「え? 僕が? なんで? ただ転んだだけでしょ」
「大事な部員が転んでいるんですよ。腰でも打ってたらどうするんですか」
「うーん、それは一大事かあ。はいはい」
「いてて……」
2人の手につかまり、起き上がる。
「あ、ありがとう……」
「いいよ、ごめんね。尚樹がかわいいからつい、からかい過ぎた」
「俺がかわいいなら、ちょっとは容赦してくれ……」
涼太のかわいい攻撃にも慣れてきたかもしれない。もしくは『欲しいもの、尚樹』の衝撃がそれを上回ったのか。
『え、俺の欲しいもの? ……尚樹かな』
思い出したくないのに、思い出さないようにすればするほど、頭の中で反芻してしまう。
「……そろそろ帰ろう」
「うん、そうだね。雨もまだひどいし」
俺の身体を案じてか、涼太もそれ以上何も言わなかった。やはり、俺が事故で倒れてから、心配なのだろうと思う。
しかし、身体的にはどこも痛いところはないし、そもそも彼が変なことを言わなければ俺は転ばなかったわけだし、過剰に心配される筋合いはない。
『え、俺の欲しいもの? ……尚樹かな』
「ああああ!!」
例の言葉が頭の中を駆け抜ける。それを振り払うように頭を振ると、部長が面白そうに俺を見た。
「尚樹君って、やっぱり僕以上の変わり者かもね」
「部長と一緒にしないでください。尚樹は意外と常識あるんです」
部長のつぶやきに、涼太がすぐさま噛みつく。
「頼むから、仲良くしてくれ……」
俺の悲痛な願いは、雨の音にかき消されていった。
