教室棟から少々離れたところに位置する、化学実験室横の空き教室。俺と涼太は、その前に立っていた。
「ここに、例の先輩がいるの?」
「うん。設立の許可もされていないのに、この部屋が空いているのをいいことに色々なものを持ち込んで、勝手にオカルト部として1人で活動しているらしいんだ」
「それ、破天荒すぎない? 俺そんな人を尚樹と会わせるの、ちょっと不安なんだけど」
「……俺が『意外と常識人』だから?」
「そうそう。ホンモノの変わり者には、太刀打ちできなさそう」
「舐めんな!」
涼太に啖呵を切り、俺はコンコンとドアをノックした。しかし、中に人が居る気配がない。
果たして本当に、例の先輩はここにいるのだろうか。
「……ねえ尚樹、先生は本当にこの部屋って言ってた?」
「そのはずだけど……」
静寂が焦りを生む。俺はもう一度、先ほどよりも力を込めてノックした。するとしばらくして、教室の奥でごそごそと物音が聞こえ、足音がこちらへ近づく。そして勢いよく教室のドアが開いた。
「……」
そこに立っていたのは、いかにも不気味そうな風貌の男だった。身長は高く、手足は細い。短く切りそろえられた漆黒の髪は、前髪だけが目が隠れるほど長く、素顔はよく見えない。
「あ、あの……っ、俺、藤巻先生から紹介されて……っ」
俺は、目の前の男が纏う負のオーラに圧倒され、あたふたと説明を始めた。
「藤巻って誰?」
「え、担任の先生で……」
「きみ、誰?」
「あ、お、俺は……、佐原尚樹っていって、1年生で……」
もだもだと話し続ける俺に耐えかねたのか、涼太が横から口を挟んでくる。
「すみません。俺たち、今年入学した1年生なんですけど、諸事情でまだ入る部活を決められていないんです。そこで、その……彼のクラス担任から、オカルト部を作りたがっている先輩が居るって聞いて来たのですが」
「オカルト部!!」
すらすらと説明を述べる涼太から『オカルト部』という単語が出た瞬間。先輩は目を太陽のように輝かせ、ぐいっと顔をこちらに近づけてきた。
「なになに、君たち、オカルト部に興味あるの~?」
先輩はワクワクした声色で、俺と涼太の顔を交互に見つめる。
「あ、は、はい……」
「そうなんです。ここの彼、結構オカルトとかホラーとか、そういうのが好きなんです。だから、3人で研究部として立ち上げるのはどうかなと思いまして」
どもる俺をよそに、言いたいことは涼太がすべて代弁してくれた。
「ただ、立ち上げるにしても何をやっていく部にするのか、先輩の展望をお伺いしてから決めたくて、それでお話しに来ました」
幼馴染の完璧な説明。俺は思わず頭の中で涙を流す。
「おっけい! ちょっとまってて」
そう言うと、先輩はバタバタと空き教室の奥へ消えていった。それからすぐにA4サイズの用紙を2枚持ち、こちらへ差し出してくる。
「ほんじゃあ、入部届けね。2人とも、これを書くんだ、さあ、今すぐ」
「ちょ、ちょっと待ってください。俺、今言いましたよね!? まずは何をやっていく部か、展望をお伺いしてから決めたいんですって」
あの涼太が珍しく焦るのも無理はない。あれほど理路整然と俺たちの目的を伝えたにも関わらず、突然入部届を書けと言われたのだから。
「? でもそこの彼はオカルト好きなんでしょ。で、今6月で~、これまでどこにも入ってない、で、わざわざこんなとこまで話を聞きに来るなんて、これはもう僕とオカ研やるしかないでしょ。それに、そっちのイケメン君がなんか違うなって思ったら、君はもう、すぐ辞めちゃえばいいんでね?」
「……は?」
「ねね、オカルト好き君、入るよね? 僕とオカ研やりたいでしょ?」
怒涛の会話ペースについていけず、ぽかんとしていると、突如俺に話を振られた。オカルト好き君、とは俺のことか。
「あ、は、はい……」
「ねえ、ちょっと、尚樹、この人変だ、やっぱりやめよう。てか、2人で研究部作れるんだったら、俺と尚樹で作ればいいじゃん」
「……でも、この人が言っていることも一理あるような気がする」
俺の入部が遅れたのは、単に入学が遅れてしまったからではあるのだが、この2週間で入りたい部活が決まらなかったのもまた事実だ。
「俺と涼太でオカ研作っても、どのみち同じことになる気がするし」
「うんうん、僕、もしオカルト研究部が出来たら、即入部するよ」
長い前髪でよく見えないが、うんうんと頷く先輩はきっと満面の笑みなのだろう。
「とりあえずさ、イケメン君も入部届け書いて! 何をするかなんてそれから考えたって遅くはないさ」
「…………涼太ですけど」
涼太は目をしかめ、先輩を睨むように見た。そして観念したように入部届を受け取る。
「イケメン涼太君ね。そっちのオカルト君は?」
「あ、尚樹です」
「尚樹、オカルト尚樹」
「……さっきも、一応、自己紹介しましたけど……」
俺たちの話などほとんど聞いていない様子で、先輩はぶつぶつと何かを呟いている。
「先輩は、名前……」
俺は恐る恐る名前を聞いた。
「ああ、僕は霧崎白だよ。まあ、名前なんてただの記号だよ。君たちはこれから僕のことを部長と呼びたまえ」
名前がただの記号なら部長はただの称号だが。これはただ単に彼が部長と呼ばれたいだけなのかもしれない。
俺は渡された用紙に学年と名前を書き、霧崎先輩……もとい、部長へそれを預けた。
「よし、発足には2人分のサインがあれば十分だ。僕と尚樹君が発起人として、そしてこの教室を部室として申請すればいいね。涼太くんは心の準備が出来たら提出すればいい」
「……」
涼太は釈然としない様子だったが、部長はお構いなしに話を進める。
「と、言うわけで今日から正式にオカ研誕生だ」
「え? 今日? まだ申請これからですよね?」
「僕が今日と言ったら今日なんだ。さあ、入って入って」
滅茶苦茶な理屈で笑いながら、空き教室へ案内するように手を広げる部長。なんと自分勝手な人なのだろう。
「あ、いや、俺、今日はもう帰りますよ。親に遅くなるって言ってないんで……」
「えっ! 嘘! せっかくのオカルトチャンスだよ……?」
「う、オカルトチャンス……」
オカルトチャンス、という単語に俺の心が靡く。入学してからというもの、オカルトやホラー系の娯楽コンテンツに全然触れられていなかったせいで、その甘い言葉に俺はつい頷きそうになった。
「いやいや、オカルトチャンスって何。お願い、尚樹、戻ってきて」
涼太の焦りを孕んだ声が降ってきた。俺は正気に戻って首を横に振る。
「と、とにかく、今日は帰ります。また、明日から、部長の活動に参加させていただければ……」
俺はしどろもどろになりながらも、何とか言葉を紡ぐ。断るのは慣れていないし、そもそも涼太と家族以外であまり会話をした経験がない。
「ちぇっ。まあ、仕方がないか。2人とも、気を付けて帰るんだよ~! この学校の『呪い』に狙われないようにね」
『呪い』という言葉に俺の耳が動いた。
「呪い?」
「ん? 今日はもうおしまい。また明日ね~」
ひらひらと手を振る部長は、もう今日は俺たちと話すつもりがないらしい。いや、こちらが先に断ったのは事実だが、呪いと言われるとなんだか気になってしまう。
「尚樹、行こう」
しかしながら、この物騒な単語は涼太には響かなかったらしく、彼は既に帰る方向を向いていた。俺も仕方なく彼の後に続き、暫定オカ研部室を後にした。
「ここに、例の先輩がいるの?」
「うん。設立の許可もされていないのに、この部屋が空いているのをいいことに色々なものを持ち込んで、勝手にオカルト部として1人で活動しているらしいんだ」
「それ、破天荒すぎない? 俺そんな人を尚樹と会わせるの、ちょっと不安なんだけど」
「……俺が『意外と常識人』だから?」
「そうそう。ホンモノの変わり者には、太刀打ちできなさそう」
「舐めんな!」
涼太に啖呵を切り、俺はコンコンとドアをノックした。しかし、中に人が居る気配がない。
果たして本当に、例の先輩はここにいるのだろうか。
「……ねえ尚樹、先生は本当にこの部屋って言ってた?」
「そのはずだけど……」
静寂が焦りを生む。俺はもう一度、先ほどよりも力を込めてノックした。するとしばらくして、教室の奥でごそごそと物音が聞こえ、足音がこちらへ近づく。そして勢いよく教室のドアが開いた。
「……」
そこに立っていたのは、いかにも不気味そうな風貌の男だった。身長は高く、手足は細い。短く切りそろえられた漆黒の髪は、前髪だけが目が隠れるほど長く、素顔はよく見えない。
「あ、あの……っ、俺、藤巻先生から紹介されて……っ」
俺は、目の前の男が纏う負のオーラに圧倒され、あたふたと説明を始めた。
「藤巻って誰?」
「え、担任の先生で……」
「きみ、誰?」
「あ、お、俺は……、佐原尚樹っていって、1年生で……」
もだもだと話し続ける俺に耐えかねたのか、涼太が横から口を挟んでくる。
「すみません。俺たち、今年入学した1年生なんですけど、諸事情でまだ入る部活を決められていないんです。そこで、その……彼のクラス担任から、オカルト部を作りたがっている先輩が居るって聞いて来たのですが」
「オカルト部!!」
すらすらと説明を述べる涼太から『オカルト部』という単語が出た瞬間。先輩は目を太陽のように輝かせ、ぐいっと顔をこちらに近づけてきた。
「なになに、君たち、オカルト部に興味あるの~?」
先輩はワクワクした声色で、俺と涼太の顔を交互に見つめる。
「あ、は、はい……」
「そうなんです。ここの彼、結構オカルトとかホラーとか、そういうのが好きなんです。だから、3人で研究部として立ち上げるのはどうかなと思いまして」
どもる俺をよそに、言いたいことは涼太がすべて代弁してくれた。
「ただ、立ち上げるにしても何をやっていく部にするのか、先輩の展望をお伺いしてから決めたくて、それでお話しに来ました」
幼馴染の完璧な説明。俺は思わず頭の中で涙を流す。
「おっけい! ちょっとまってて」
そう言うと、先輩はバタバタと空き教室の奥へ消えていった。それからすぐにA4サイズの用紙を2枚持ち、こちらへ差し出してくる。
「ほんじゃあ、入部届けね。2人とも、これを書くんだ、さあ、今すぐ」
「ちょ、ちょっと待ってください。俺、今言いましたよね!? まずは何をやっていく部か、展望をお伺いしてから決めたいんですって」
あの涼太が珍しく焦るのも無理はない。あれほど理路整然と俺たちの目的を伝えたにも関わらず、突然入部届を書けと言われたのだから。
「? でもそこの彼はオカルト好きなんでしょ。で、今6月で~、これまでどこにも入ってない、で、わざわざこんなとこまで話を聞きに来るなんて、これはもう僕とオカ研やるしかないでしょ。それに、そっちのイケメン君がなんか違うなって思ったら、君はもう、すぐ辞めちゃえばいいんでね?」
「……は?」
「ねね、オカルト好き君、入るよね? 僕とオカ研やりたいでしょ?」
怒涛の会話ペースについていけず、ぽかんとしていると、突如俺に話を振られた。オカルト好き君、とは俺のことか。
「あ、は、はい……」
「ねえ、ちょっと、尚樹、この人変だ、やっぱりやめよう。てか、2人で研究部作れるんだったら、俺と尚樹で作ればいいじゃん」
「……でも、この人が言っていることも一理あるような気がする」
俺の入部が遅れたのは、単に入学が遅れてしまったからではあるのだが、この2週間で入りたい部活が決まらなかったのもまた事実だ。
「俺と涼太でオカ研作っても、どのみち同じことになる気がするし」
「うんうん、僕、もしオカルト研究部が出来たら、即入部するよ」
長い前髪でよく見えないが、うんうんと頷く先輩はきっと満面の笑みなのだろう。
「とりあえずさ、イケメン君も入部届け書いて! 何をするかなんてそれから考えたって遅くはないさ」
「…………涼太ですけど」
涼太は目をしかめ、先輩を睨むように見た。そして観念したように入部届を受け取る。
「イケメン涼太君ね。そっちのオカルト君は?」
「あ、尚樹です」
「尚樹、オカルト尚樹」
「……さっきも、一応、自己紹介しましたけど……」
俺たちの話などほとんど聞いていない様子で、先輩はぶつぶつと何かを呟いている。
「先輩は、名前……」
俺は恐る恐る名前を聞いた。
「ああ、僕は霧崎白だよ。まあ、名前なんてただの記号だよ。君たちはこれから僕のことを部長と呼びたまえ」
名前がただの記号なら部長はただの称号だが。これはただ単に彼が部長と呼ばれたいだけなのかもしれない。
俺は渡された用紙に学年と名前を書き、霧崎先輩……もとい、部長へそれを預けた。
「よし、発足には2人分のサインがあれば十分だ。僕と尚樹君が発起人として、そしてこの教室を部室として申請すればいいね。涼太くんは心の準備が出来たら提出すればいい」
「……」
涼太は釈然としない様子だったが、部長はお構いなしに話を進める。
「と、言うわけで今日から正式にオカ研誕生だ」
「え? 今日? まだ申請これからですよね?」
「僕が今日と言ったら今日なんだ。さあ、入って入って」
滅茶苦茶な理屈で笑いながら、空き教室へ案内するように手を広げる部長。なんと自分勝手な人なのだろう。
「あ、いや、俺、今日はもう帰りますよ。親に遅くなるって言ってないんで……」
「えっ! 嘘! せっかくのオカルトチャンスだよ……?」
「う、オカルトチャンス……」
オカルトチャンス、という単語に俺の心が靡く。入学してからというもの、オカルトやホラー系の娯楽コンテンツに全然触れられていなかったせいで、その甘い言葉に俺はつい頷きそうになった。
「いやいや、オカルトチャンスって何。お願い、尚樹、戻ってきて」
涼太の焦りを孕んだ声が降ってきた。俺は正気に戻って首を横に振る。
「と、とにかく、今日は帰ります。また、明日から、部長の活動に参加させていただければ……」
俺はしどろもどろになりながらも、何とか言葉を紡ぐ。断るのは慣れていないし、そもそも涼太と家族以外であまり会話をした経験がない。
「ちぇっ。まあ、仕方がないか。2人とも、気を付けて帰るんだよ~! この学校の『呪い』に狙われないようにね」
『呪い』という言葉に俺の耳が動いた。
「呪い?」
「ん? 今日はもうおしまい。また明日ね~」
ひらひらと手を振る部長は、もう今日は俺たちと話すつもりがないらしい。いや、こちらが先に断ったのは事実だが、呪いと言われるとなんだか気になってしまう。
「尚樹、行こう」
しかしながら、この物騒な単語は涼太には響かなかったらしく、彼は既に帰る方向を向いていた。俺も仕方なく彼の後に続き、暫定オカ研部室を後にした。
