教室に戻り、なんとか午後の授業をやりすごした。
早く帰って家でゆっくり休もう。そう思い、鞄を持って立ち上がったところを、突然担任に呼び止められた。
「佐原、色々大変だったかと思うが、今日は大丈夫だったか?」
「あ、ありがとうございます。やっぱり授業は自習とか、色々やって追いつかなければって感じですが……、なんとかやっていけそうです」
担任の口から放たれたのは、2カ月遅れで入学してきた俺に対する労いの言葉だ。
俺はそう言って笑顔を作ってみせたが、その表情は目の前の大人には不自然に映ったようだ。
「……で、佐原にとってはいきなりで悪いんだが、この学校では部活入部が必須になっているんだ」
担任は言いづらそうにそう続けた。てっきり遅れた新入生の俺を気遣って声をかけてきただけかと思いきや、本題はそこではなかったようだ。
「え! そうなんですか……!?」
その情報は俺にとって驚きの事実だった。少なくとも涼太はそんなことを言っていなかったし、彼自身も無所属だと聞いていたが、どういう事情でそれが許されているのだろうか。
「俺の友達も入ってないって言ってたんですけど」
「そうなのか? まあ、一回入ってしまえば、そのあと辞めても問題はないんだ。何か入りたい部活があるか? 佐原がよければ、ちょっと見て回らないか?」
なるほど、では涼太は一度部活に入って、すぐに辞めたのか。彼ならばそういった気まずいことを涼しい顔でやってしまいそうだ。それか小さい研究部かなんかに所属し、すでに幽霊部員となっているかのどちらかである。
担任は親切に、俺に部活見学を提案してくれた。高校ってそうなのか、なんか至れり尽くせりなんだな、と思いながらも、涼太と一緒に帰る約束を思い出し、丁寧に横に首を振った。
「いや、大丈夫です。自分で調べて決めようと思います」
「ああ、そうか。……実はけっこう時間経っちゃってるから、なるべく早めに回答をくれると助かるんだ。復帰したばっかりで大変なところを、急かしてしまってすまないな」
担任は言い辛そうに頭を掻いた。決まっていることなら仕方がない。俺が快く承諾すると、担任は安堵した様子で、「何か困ったことがあったらいつでも言ってくれ」と言って去っていった。
*
2ヶ月遅れの初登校から今日で2週間ほど経った。
勉強の遅れについては、家に帰ってから死ぬ気で自主勉をすることで補った。……とはいえ、6教科すべてを網羅することは難しい。しかしながら、努力をしているのだという自負が俺の精神力を前より強いものにしていた。
そして何より、昼休みにはあの屋上で涼太と2人、ゆっくりとお弁当を食べる。情けないけれど、そんな時間が俺の心を支えてくれていた。
しかし、困ったことは、俺に全く友達ができないことだ。いじめられているとかそういうわけでもなく、分からないことは聞けば教えてくれる程度には皆、優しかった。が、それとは別に、大事故を経てやっと登場した同級生である俺に対する興味関心が、周りからはほとんど感じられないのだ。
――まあ、ぼっちには慣れているし。
午前中の授業を終え、誰に向けるでもなく1人大きなため息を吐く。
そんな俺が居る教室の後方入口から、こっそり涼太が顔を覗かせていた。
「あ、涼太」
俺は振り返り、駆け寄って小声で呼びかける。
「ちょっと涼太、先行って待ってて、俺もすぐ行くから」
廊下に出で、ひそひそ声でそう伝えた。なるべく気を遣って小さな声で話しているにも関わらず、その様子だけは、なぜかいつもは無関心といった風のクラスメイトからジロジロと見られてしまう。
初日に大声で涼太の名前を呼んでしまったせいだろうか。しかし、よく考えてみたら、涼太の立ち姿には、平凡な見た目の俺とは違って目を引くオーラがある。俺はすっかり見慣れてしまったが、高校1年生にしては、大人っぽくて格好が良い。
そんな彼が毎日俺を呼びに来ているのだから、あいつは一体何なんだと見られているのかもしれない。
お弁当の支度をし、急いで涼太が待つ屋上へ向かおうとするが、そんな俺を担任が呼び止めた。
「あ、佐原……ちょっと待て」
心臓がドキリと跳ねる。屋上は立ち入り禁止のはず。それが担任にバレたら大変だ。
「あ、な、なんですか?」
俺は隠し事が苦手だ。なんでもない風に返事をしたつもりだが、明らかにキョロキョロと泳いだ視線を、担任は訝しげに見つめた。
「いや、佐原、部活のほうはどうかと思ってな」
ああ、そっちか、と胸を撫でおろしす。しかしながら、俺は入りたい部活をまだ決められていない。
「いや、まだ……」
「そうか。悩んでいるのか?」
「俺、実は、本当に自分が好きなものしか興味がなくて……。名前だけでいい、みたいな部活ってないでしょうか」
運動部のような体力や協調性が求められる団体に所属するタイプではない。そして、じゃあ吹奏楽部や美術部は……というと、そういう特殊技能を習得したいとも思わない。
「名前だけか……」
担任はしばらく考えた後、あっ、とひらめいたように目を見開いた。
「……そういえば、1つ、提案なんだが」
そういって担任は、少し言いにくそうに、ある提案を俺に持ち掛けてきた。
*
昼休みの屋上。
「……オカルト部発足?」
なんと耳障りのよい言葉だろうか。俺はその単語を聞くだけでワクワクしてきた。
入学してから今まで、俺はとにかく授業に追いつくことに一生懸命で、日課のホラー映画鑑賞も、心霊検証の動画配信者の動画も、まだろくに楽しめていなかったから尚更だ。
「ああ! 2年の先輩に、オカルト部を作りたいからっていって、1年間ずっと部活無所属だった大物がいるらしい。で、部活だと人数足りないから、研究部として2人で発足するのはどうかって先生が教えてくれてさ!」
「……なるほど」
顎に手を当てて下を向く涼太は、そんな都合の良い話があるのだろうかと考えているに違いない。自分のことは適当なのに、俺のことになると途端に思慮深くなるのが涼太だ。
「……ねえ、そんなうまい話があるのかな。いくらニッチな部活だったとしても、友達か誰か1人誘って、研究部にしちゃえばいいだけの話だと思うんだけど。1年間も意地になって1人で部活にも入っていないっていうのは」
涼太は当然の疑問をぶつけた。
「その2年生の先輩って、かなりの曲者なんじゃないの」
「……そうらしいんだよな」
流石の洞察力に、俺も頷く。まさに担任が話を切り出しにくそうにしていた理由がそこにある。
『そうか、佐原はオカルトに興味があるんだな……。それなら都合がいいか。でも、うーん……そいつ、ちょっと癖が強くてな……』
俺は担任の言葉を頭の中で反芻する。その人物がかなりの変わり者であるということは、その口ぶりからひしひしと伝わってきた。
「まあ、でもさ、ちょっと変わり者の方が俺はしゃべりやすいかもしれない」
俺自身、涼太以外友達がいない孤独な存在なのだ。オカルト好きの曲者先輩とは、もしかしたら何かしらのシンパシーが生まれるかもしれない。
「え~尚樹、意外と常識人だよ」
「嘘だろ!?」
「なんで、変人になりたいの?」
「いや、こんなに、友達もいないのに常識人なんて言われたら、もうどこにも逃げ場がないだろ。なんか、なんの個性もない人みたいで嫌だ」
「へえ、変人ぶってたんだ。なんか、かわいいね」
「かわ……ッ!?」
涼太の急な話題の転換に不意を突かれ、思わず顔が赤くなる。
いつものことで慣れてはいるのだが、かわいいとまで言われることは少ないため、油断してまっていた。
「……まあ、いいや。とにかく、今日の放課後、その部長に会ってみようと思うけど、涼太も来るか?」
「あ、もう予定してあったんだ。もちろん、俺も行く」
「よし、じゃあ約束な!」
不安材料はあるものの、もしかしたらオカルト研究部に所属できるかもしれないというワクワクで、俺の心は満ちていた。
キン……コン……
昼食も食べ終わり、予鈴の鐘が屋上まで鳴り響いた。
「……そろそろ行かなきゃだ」
2人で腰を上げ、踊り場へ戻る。いつも通り、屋上の鍵を閉めたか、俺と涼太の2人でしっかりと確認をしてから、それぞれの教室へと戻っていった。
「……オカルト部の先輩、か……」
ぼそりと、涼太が何かを呟いたように感じたが、俺の耳には届かなかった。
