学校の呪いを解くために、幼馴染とオカ研部長と三角関係に!?

ブブブブ……。
穏やかな土曜日。朝の訪れを告げるように、バイブ音が鳴り響く。
煩わしい。目を閉じたまま手探りで音の出所を探るが、スマホは見つからない。

「はい」

ふと、頭上から透き通るような爽やかな声が降ってきた。
俺の手元にそっと乗せられたスマートフォンのボタンを押すと、煩わしい振動はようやく止んだ。

「あーさんきゅ……」
「うん。あ、部長からメッセージ来てるよ。嫌だな、消しちゃおっかな」
「ああ……ん、んん!?」

聞こえるはずのない声と、足元に感じる重み、そして冷ややかな温度感。
寝ている場合ではない。俺は枕元に置いてある眼鏡を掛けると、あわてて上半身を起こした。

「りょ、涼太!?」
「あ、おはよ」
「なんでここに居るんだよ!? 俺の部屋だぞ!」
「だって俺、幽霊だし。もしかしたら行けるんじゃないかなって思ったら、来れた」
「…………」

目の前で屈託なく笑う幼馴染の姿を見て、開いた口がふさがらない。

「具合は治った? といっても、俺のせいなんだろうけど……」
「あ、ああ、割と元気かも。……昨日は、悪かったな」
「え、尚樹が謝ること、一個もなくない?」

ないどころか、この件に関しては俺に落ち度しかない。
彼の告白から逃げ続け、向き合わざるを得なくなるその瞬間まで、俺はなにもかも気づいていないフリをしていたのだから。
俺が涼太を成仏させたくないと宣言した昨夜の海での出来事について、目の前の幽霊はどれほど分かっているのだろうか。
俺の元に行きたいと思ったら来れてしまうということは、正真正銘、内海涼太は俺に憑りついた幽霊だと解釈してよいのだろう。
であれば、あの夜の海に涼太の姿が見えなくても、やり取りの内容だけはしっかり把握している、なんてこともあり得そうだが。

「ボーっとして、何考えてるの」
「お前についてだよ。どういう感じなんだろうって」
「あ、オカルト好きの血が騒いだんだ」
「そうそう。たとえば、涼太は冷たいけど……」

制服の隙間から、彼の手首に触れてみる。
そういえば涼太はずっと制服を着ている。死んだときの姿そのままということなのだろうか。

「俺が触ってるのは、どういう感じなの」
「うーん、嬉しい」
「……それはただの感想だろ」
「感想求めてたんじゃないの?」
「いや、そういう感想じゃなくて。もっとほら、データになるようなやつをだな……」
「えー、でも嬉しいことしかわかんない。尚樹が俺の手を握ってくれるなんて、小学生のときに洞窟で泣いてた日以来じゃない?」
「し、知らない。覚えてない」
「嘘つき。思い出してたくせに」

涼太は口元に手を当てて、クスリと笑う。
気がつけばもう7月で、朝だというのに窓の外からはセミが元気に鳴く音が聞こえていた。

「そういえば、風鈴祭り、今日までらしいな」
「そうなんだ」
「……行く?」

朝から活動するのは面倒だが、夕方は人が増える。もし幽霊を連れていくのなら、できるだけ人けのない時間帯のほうが良いだろう。
俺の提案を聞いた涼太は、パッと目を輝かせた。

「もちろん。あ、でも……」
「なに」
「なんか、行っちゃいけない感じするんだよね。親が帰って来いって言ってるみたいなソワソワ感」
「別にいいだろ。もう死んでるんだし」
「うーん。屋台っていつも出てるんだっけ」
「今日はやってるんじゃないのか。最終日だし」
「なんかさ、屋台とか人が多いのイメージすると、ますます行きたいのに行けない感じがして、すごいもどかしい」
「……別に何も買わなくていいんじゃないのか」

涼太は社会的な行動が制限されているのだろうか。だが、ゲームセンターや映画館には入れるのに、祭りにだけ行けないというのも謎だ。……まさか、魔除けや厄除けの風鈴が涼太に効いているなんてことはないよな。
目の前に現れた幽霊のメカニズムについて、あれこれと疑問が湧いてくる。ここ最近のドタバタの中で忘れかけていたオカルト好きの血が騒いでいるような気がする。

「……部長も呼ぶの?」

そういえば、部長からメッセージが来ていたことをすっかり忘れていた。画面を開くと、それはただ単に俺の体調を案じる内容で。やはり彼は、見た目に反して気配りのできる人間であるのだなと思ってしまう。

「……いや、二人で行こう」
「本当?」

安堵したような、期待に満ちた表情。
いつもこんな目で見られていたのかと思うと、顔に熱が集まる。

実際、部長へ過剰なヘイトが向くと、ポルターガイストがどう作用するのか分からない。涼太だってなんだかんだ部長のことを完全に嫌っているわけではないだろうし、彼に危険が及ぶことを良しとはしないはずだ。

別に、俺が涼太と2人だけで祭りに行きたいから、というわけじゃない。

そう自分に言い聞かせて、ベッドからゆっくりと起き上がる。
机の引き出しから、小さなリングをつまみ上げた。あの日部長に貰ってから一度も着けていないシルバーのリングは、涼太の指に嵌められているものと同じデザインだ。
左手の薬指。……ロマンチックなことはよくわからないが、そこだけは絶対に避けた方がいい気がする。
少し考えて、俺は敢えて、リングを右手の薬指に嵌めた。

「あ、お揃いだ」

涼太がにこにこと笑う。

「…………」

何を答えればいいのか分からない。これは作戦でもなんでもなく、ただ単純に、慣れていなくて恥ずかしい。

「ねね、指輪つけてくれたってことはさ、俺のこと好きってことでいい?」
「好きじゃない」
「……でも、その、好きじゃないって言うの、俺にとっては好きって言われてるみたいなものだから。好きじゃないって言われたら、頭の中で好きって変換するけど、いいの?」
「……お前なあ」

肝心なことを曖昧にして交わすのは、俺の得意技だと思っていた。しかし、彼の俺さえいれば他になにもいらないという欲望の器は、想像よりもずっと深いようだ。

その欲が、完全に満たされきらないことを祈る。満タンギリギリまで水を注いで、そしてたまに器に穴をあけ、少しだけ水を逃がしてやらないと。

「変なこと言ってないで、行くぞ」

俺は身支度を整えて、神社へ向かった。





風鈴参道は、以前の人の多さが嘘のように閑散としていた。
風がなく人通りも少ないため、風鈴の音は聞こえない。

「なんかソワソワする。でも、綺麗だね。……って、なんか尚樹、反応薄くない?」
「いや、なんというか……前に部長と見たからな」

人は少なくて祭り感も薄いし、音もないし、圧巻の風鈴の景色も、目新しさはない。

「それ、嫌なんだけど」
「……ちなみに、手も繋いでた」

挑発的に言ってみる。涼太はムッと頬を膨らませた。冷たい感触が、リングを嵌めた右手の指先をなぞる。
冷たいと思うのも束の間、その指はあっという間に俺の手を強く絡めとった。
周りの人から涼太は見えていない。不自然にならないよう、俺は彼の手をとったまま自分のポケットに手を突っ込んだ。

「……うれしいけど、部長の上書きばっかじゃ悔しい」
「そうかよ」

彼の呟きを適当に流しつつ、いや、それでいいのだと俺は心の中でほくそ笑む。
そうして参道を歩いていると、だんだんと屋台が見えてきた。

「大丈夫か? 屋台だけど……帰りたくなってない?」

俺は涼太へ小声で尋ねた。まばらとは言え、周りに人がいる。

「……うん。なんか大丈夫そう」
「そうか。何か食べる?」
「俺はいいよ。多分、食べるのあんま意味ないし。それより尚樹が食べてるとこ見たい」
「……じゃあ、お前が好きなの買うけど。何が好きなの」

俺に好きなものを聞かれることなど滅多になかっただろう。涼太は困ったように、しばらく首を傾げていた。

「えーなんだろう。今日暑そうだから、アイスかな」
「げ、アイスかよ……」
「尚樹、苦手でしょ」

見透かしたように笑う。その通りだ。いくら世界がこのように暑くても氷を食す人の気がしれない。特に、食べた後のツンとした頭痛が嫌で、これが人気のスイーツ扱いされていることすら、本当は気に食わない。
自分の好みは完璧に把握されているのに、俺は涼太の好みについてはほとんど分からないという事実に、少し苛立った。

「じゃあ、アイスで」
「え~尚樹がアイス食べてるとこ見たことない。やめたら?」
「やめない。別に、食えるし」
「なんで。ねえ、無理しないで好きなの食べてよ」

屋台でアイスを買う。せめてラクトアイスがいい。氷みたいなのは本当に嫌だ。
カップに乗ったバニラ味のそれをじっと見つめ、付属のスプーンで口に運んだ。

「甘……」

甘くて冷たい。こんなの絶対に食べきれない。

「座って食べたいな……」
「あ、じゃあ尚樹、あそこ行かない? あそこはまだ部長と行ってないでしょ」

涼太が拝殿の後ろに茂る、洞窟へ続く小道を指差した。

「……まあ、そうだな」

これ以上、人前で隣の空白へ話しかけ続けるのも気をつかう。なにより、涼太の手よりもよっぽど冷たいアイスが、すでに溶け始めていた。





「尚樹まだ怖い?」
「さすがに怖くねーよ。隣にホンモノいるし」

まだ昼間であるため洞窟の中はそれほど暗くないが、幽霊を連れてあまり奥へ行くのも良くないと思い、岩肌を背にして入口付近に二人並んで腰を下ろした。落ち着いたところで、カップに盛られた食べかけのアイスを口に運ぶ。

「涼太は、こういうところに来たら落ち着くとかあるわけ?」
「え……よくわかんないけど。でも、さっきの人がいるところよりは落ち着くかも」
「そうか……」

オカルト好きの自分ですら、ここに長居すべきではないという感覚になるというのに。やはり涼太は幽霊になってしまったのだという実感が、少しだけ胸を締め付けた。
しかし、ナーバスになってばかりもいられない。

「ねえ、そんなことより。俺もアイス食べたいかも」

実際、隣にいる張本人は自分が死んだことなど気にも留めていない様子で俺に甘えてくる。
昼休みには購買から万引きしたパンを頬張っていた涼太だが、屋台での買い物はできないそぶりを見せていた。幽霊の物理法則にはまだまだ解明の余地があるな、などと思いながら手元に目を落とす。そこには溶けて半分くらい液体になってしまったアイスが、ますます食欲を失うような姿でカップに収まっていた。口の中に残る甘ったるいミルクの味は、全く俺の好みじゃない。

正直、もうすべてを涼太に押し付けてしまいたい気分だった。

「いいけど、普通に食べれんの?」
「……どうなんだろ」
「物体はどうなるのかとか、味は感じるのかとか。てか、昼に食べてたパンはどうだったんだよ」
「……わかんないから、ちょっと試していい?」
「は? なにをーー」

肩に手が置かれる。彼の整った顔が近づいてきて、静かに唇が重なった。
口内へ舌が侵入してくる。そのまま俺の舌も、上あごも、すべてを味わうように深く絡めとられた。

――待て、こんなキスは知らない。

岩肌に押し付けられた背中が痛む。しかし俺を味わう涼太の勢いは止まらず、いつの間にか地面へともつれ込んでいた。
彼の舌はアイスよりもずっと冷たくて、対照的に、俺の身体がいつもより熱を持っていることがわかる。

「……ん、甘い気がする」
「っ……味、は分かるのかよ……ッ、幽霊なのに……」
「こんなときに分析? でも尚樹らしい」

ようやく唇を離した涼太が、地面に組み敷かれた俺を見下ろしてクスリと笑う。

「……ほんとはもっとちゃんと、普通にしたかったけど」

そう言って、俺の頬を優しく撫でた。
こんなゴツゴツの岩肌を背にして、片方は生きていないし、友達がいないはずの俺はすでに他の男から唇を奪われているし。きっとこのシチュエーションは、彼が思い描いていた理想のストーリーからは大きく外れているのだろう。

「でもこれ以上、部長に奪われたくないよ」

キスなんてしたら、涼太が満足して成仏してしまうのではないか。そんな微かな不安も、彼の恨み言を聞いて消え去った。
ふと、涼太が俺の手元を覗き込む。

「それ、食べきれる?」

溶けてほとんど液体になったアイスのカップは、表面に水滴が結露していた。

「……正直、きつい。もう涼太に全部あげたいんだけど」
「うん。俺も全部食べたい」

手渡すと、涼太は素直にカップを受け取り、迷いなく地面へコトンと置いた。そうして自由になった両手が、俺の腰から服の下へと潜り込んでくる。
その冷たい指が肌を撫でる感触に、思わず体が震えた。

「は!? ちょ、た、食べたいって、な、何を……だ、だめだって」
「……尚樹、俺のこと好き?」
「好きじゃない……ッ!」

言葉では拒絶を続けているというのに。この妙に勘のいい幽霊は、一向に攻撃をやめてくれない。

「急に、触んな……っ」
「全部くれるって言うから」
「それはっ、アイスの、ことだろっ……!」

こんなふうに迫られると、どれだけ固く結んだ決意であっても、簡単に解けて、流されてしまいそうになる。
触られているうちに、いっそこのままでも……なんていう思考が頭を過る。しかし、俺は歯を食いしばった。

「あ、あのな! こういう性的なやつは、幽霊と相性サイアクなんだぞ……!」

羞恥心とくすぐったさで涙腺が緩むが、ぼうっとする頭をなんとか覚醒させ、抵抗の言葉を吐き出す。

「そうなんだ。じゃあ、尚樹が嫌がってるってことは、俺と離れたくないってことなんだ」
「……う」
「あは、尚樹分かりやすい」

涼太は俺の乱れた髪に指を通す。

「尚樹のそういうところ、本当に大好き」

愛おしそうな表情で、静かに囁いた。
こんなに俺のことを分かられていては、とても1人では太刀打ちできない。
今だって、彼がどこで満足して居なくなってしまうのだろうと思うと、たまったものではない。そんな考えが頭を過ぎると、目から温かい涙がこぼれ落ちてきた。

その涙を救うように、もう一度、キスをされる。
それはアイスよりもよっぽど甘くて、ひどく眩暈がした。





「リョウタと仲直りしたん?」

教室で頬杖をついていると、隣から声を掛けられた。飯田さんのメイクは今日もばっちりと決まっている。
思えば、涼太は幽霊だったのに、なぜこの人は涼太のことを知っているのだろう。

「仲直り、したけど……。なんで知ってんの」
「いやいや、知ってるも何も。サハラ、いつも昼になるとリョウタ、リョウタって言ってどっか行くじゃん。見えないモノが見える系~?」

思わず教室で涼太の名前を叫んでしまった記憶が蘇る。あのときのクラスからの怪訝な視線は、俺が誰もいない空間に向かって死んだはずの人間を呼んでいたからだったのか。

「飯田さんも俺のこと怖いだろ。別に一人のままでもいいし、話しかけるのやめたほうがいいんじゃないの」

彼女はなぜ、俺にここまでフレンドリーに接してくれるのだろう。オタクに優しいギャルというやつなのだろうか。

「いやいや。呪いなくなったって聞いてタクとより戻してみたんだけどさ。なんもないただの物音にビビりすぎでマジ萎え」
「は?」
「一回呪い? あって別れたときも思ったけど、ビビり方ヤバくて、コレ蛙化。ホラー耐性ある方がかっこよくない?」
「……えっと」

自分にはないスピード感で放たれる言葉たちに理解が追いつかず、顔が引きつる。とにかく、この人が男性への理想を追い求めるタイプなのだということは分かったけれども。

「リョウタって入学式にいた内海涼太君っしょ。ガチイケメンでマークしてたんだよね。ユーレイになってもイケメン?」
「まあ、そのまま……」
「まじ? 守護霊? 友達なろ。好みのタイプとか知ってる?」
「……会ったら、聞いとく」

涼太は常に俺のそばに居たいと言ったが、教室で話しかけられてうっかり俺が返事をしてしまったら不審に思われる。だから、授業中そばに居るのはやめてくれと頼み込んだのだ。その代わり、毎日放課後は必ずオカルト研究部へ顔を出すと約束して。

現実へ目を向けてみると、日常のかたちも少しずつ変わってきたように思う。
たとえば、飯田さん。彼女は男の顔さえ良ければあとはどうでもいいらしい。未知の現象を恐れないし、知ることを躊躇わない。俺がずっと涼太だけと過ごしていたら、こんな人がクラスにいることすら分からなかったかもしれない。

そして、部長。
最初と今とではそのイメージは大分変った。変人なのは変わらないかもだけれど、少なくともオカルト研究部の中では一番人間らしくて、人に対する優しさがあって、そして、ちょっとずるい。

放課後。いつものように化学準備室横の空き教室ぬ向かうと、遠慮なくオカルト研究部のドアを開ける。

「おお。来たね、涼太君はまだ来てないの?」

不気味だった祭壇は形を変え、窓際にはただの机と椅子がぽつりと置かれている。その上には、涼太の顔写真とささやかな生け花が添えられていた。
最初に見たときはなんて悪趣味なことを、と思ったが、これは鏡に映らない涼太が自分の顔を忘れないための代わりなのだという。
形はどうあれ、気遣いには変わりない。

「まだいないけど、すぐ来るんじゃないですかね」
「そうか。今日は涼太君について根本的なテーマに迫ろうと思って色々と考えてきたんだけれど」

学校の恋の呪いが解決してから、俺たちは早々に次のテーマを見つけた。それはもちろん、涼太そのものについてだ。

「なぜ僕には涼太君の姿が見えるのかという、基本的なところが全然解決してない」
「霊感強いからとか言ってませんでしたっけ」
「ああ。でもそれならば、僕以外の人間で、涼太君を認識できる人間がもっとたくさんいてもいいはずだからね」
「そんなに霊感強い人いるのかよ」
「いた方がいいよ。涼太君が寂しくならないようにね」

そんな話をしていると、教室のドアが開いた。

「俺は別に、尚樹以外の人とかどうでもいいんですけど」

涼太が開口一番にそう言い放つ。

「いやいや、そんなことはないはずだよ。君がこれから10年、20年と幽霊として存在するためには、さすがに尚樹君以外の話し相手も必要だろう」
「いらないです。はあ、なんで部長も俺のこと見えるんだろう。見えなくなる方法とか調査できないんですか」
「そんなの、優先順位としては1番下の下の下じゃないかい」

部長と俺は、涼太の未練をこの世に残すために、あえて手を組んで心を通わせている。……言ってしまえば共犯であり、愛人のようなものだ。
こんなのは、誰に対しても不誠実だということは分かっている。だが、常識外の現象には、常識外の行動で勝負をするしかない。
もともと俺は自分勝手なんだ。そのせいで見失ったものもたくさんあるけれど、結果的にそれが良かったことだって、あるのだから。

2人のやり取りは相変わらず喧嘩のように見えるけれど、前よりも少しだけ角が取れたような気がする。
そんな2人を見ていると、ここが自分の居場所なのだとひどく安心する。
何が正しいかなんて、誰にも分からない。ただ一つ確かなのは、俺はもう、生者と死者に挟まれたこの場所を、絶対に手放すつもりがないということだ。

……もし、俺が寿命を迎えて本当に彼と同じ世界へ行くとき。
そんなときが来たら、涼太にしっかりと好きだと伝えよう。

それまでは、ずっと俺の隣で。