それから数日は休んだだろうか。あれ以来部長からのメッセージもなく、当然涼太と話すことも無かった。
高校へ通い始めたばかりで、あまり休んでもいられない。その日、俺は悲しいほど冷静に、取り乱すことなくベッドから身体を起こした。
「……行かなきゃ」
心配そうに見つめる母を気遣う余裕もなく、俺は最低限の支度をして自宅を出た。
空には雲一つない晴天で、初夏の生暖かい空気が俺の肌を撫でる。思い足取りで、いつもの四つ角へ向かう。
そこへ、涼太の姿はなかった。
……いつもなら、俺が来るころには必ずここで待っていたのに。
アスファルトを見つめながら、一人で通学路を歩く。
『ねえ、今日の夕方風鈴祭り行こうよ』
『はあ? あんな人の多いところやだよ。俺帰ったら録画した心霊スペシャル見るし』
『じゃあ俺も尚樹の家行って一緒に見ていい?』
『いいけどさ、祭りはいいのかよ。他の人と一緒に行けばいいじゃん』
『もう、尚樹は本当に俺のことを分かってない。尚樹と一緒がいいんだって』
中学生の頃の何気ない会話がフラッシュバックする。
いつでも横に居たのは、涼太だけだった。
ふらふらとした足取りで校門を抜けた。チャイムの音が遠いところで微かに鳴っているが、急いで向かう体力もない。
やっとの思いで下駄箱へたどり着いた。そういえばいつもはここで、涼太の姿が見えなくなって――
そもそも、涼太って何組だったんだ。
本当に俺はバカだ。気づきたくないから、聞かなかったんだ。
授業はとっくに始まっており、静かな廊下に、教師の声だけが小さく響いている。
涼太がいない学校は、まるでそれが当たり前のようで、そんな現実が俺の視界を歪ませた。
『尚樹と同じ高校に受かって本当に良かった』
あいつが俺と同じ高校を受けなければ、今だって生きた涼太と同じ時を過ごせていたのだろうか。
とうとう俺は教室へたどり着くことができず、そのまま廊下にうずくまってしまった。
「あれ、尚樹君、学校来れたの?」
そんな俺の後ろから、聞きなれた声が聞こえた。
「……ぶ、部長」
ゆっくりと振り向いてその姿を確認する。
何やってるんですか、授業中なのに……と毒づきたいけれど、そんな気力もない。
「あーあ、無理しちゃだめだよ」
背中を暖かい感触が撫でる。部長は俺の背中に手を添えたまま、目線を合わせるようにのぞき込んだ。
「ゆっくりでいいから」
部長は俺の手を取って、立ち上がらせると、俺の肩を支えてゆっくりと歩き始めた。
そうしてされるがままになっていると、いつの間にか、見慣れたオカルト部室へとたどり着いていた。
*
部室の椅子に腰を掛け、ボーっと窓の外を眺めた。朝よりも強くなった日差しが眩しくて目がくらむ。でも、いっそ嫌なものが見えなくなるくらい、目が焼かれてしまえばいいのに、なんてことを思ってしまう。
「今日は涼太君、お休みなんだねえ」
部室に着いてからしばらく何もしゃべらなかった部長が静かに口を開いた。「お休み」なんて優しい言葉を選んだのは、部長の気遣いなのだろうか。
俺もなんだかこの部室は落ち着くような気がして、さっきまでの足元が抜け落ちそうな喪失感は大分マシなものになっていた。
「……色々と、すみません」
「あ、やっと声が出た」
「なんか、もう、どうすればいいのか分からなくて」
「これまで当たり前だと思っていたものが突然無くなったんだからさ」
部長は俺の痛みを分かっているような声でそう言った。
そっと、ぼんと頭へ手が置かれる。
「ここからどうすればいいのかを考えるために、君はもう少し冷静になるべきだ」
少しだけいつもの冗談めいたような明るい声色に戻った。
「冷静って」
「例えば、こういうこととか」
頭の上にあったはずの部長の手が、いつの間にか俺の顎に添えられていた。
そして、俺の唇へ軽くキスを落とすと、いたずらに笑った。
部長の不意打ちに俺は一瞬フリーズする。そのあと、顔にじわじわと熱が集まっていくのが分かった。
「部長……ッ! なにやってんですか!」
「嫉妬させれば、涼太君も怒って出てくるんじゃないかなって」
「実験ってことかよ!? せめて予告してください!」
「ははは」
激しくツッコミを入れる俺を見て部長はさらに軽く笑った。
「そうそう、いつも通りの尚樹君がいいよ」
「冷静ってそういうことかよ……」
そう言われて、確かに今朝よりは調子が良いことに気がついた。
このまま、本当に涼太がまた現れてくれたのならば、しっかり話がしたい。部長は成仏と言っていたけれど、俺の中で答えは出ていない。
もっと、俺が冷静になって、涼太と向き合わなければ。
部長との時間は、俺を勇気づけてくれた。しかし、そのあと涼太は姿を現すこともなければ、不思議なポルターガイストが起こるようなこともなかった。
*
涼太の喪失を認識してから、俺は眠りが浅くなった。
暗い部屋で静かに目を覚ます。深夜2時。涼太の死を知った日と、同じだ。
しかし、前みたいに不安で辛くてたまらないというほどではない。
調子が良いと、俺は夜中にこっそり1階へ降りて、母親のメモを読むようにした。
リビングの薬品棚から、ノートを取り出してページをめくる。
現実に少しずつ目を向けていきたいと、そう思ったのだ。
そうは思っていても、凄惨な事実と母親の想いが綴られたノートは未だに見るに堪えない。
いくらか落ち着いていた心臓の鼓動が早くなる、こうなると自分はダメだ。諦めてノートを閉じた瞬間、スマホがブルブルと震えていることに気が付いた。
「……部長?」
通話だ。反射的にボタンを押す。
「……お、起きていたね。大丈夫かな? 具合は」
「あ、はい。一応寝て……」
「そうか。よかった。実は、君の家の前にいるんだ。コンビニでも行かないか?」
「は? 家の前?」
耳を澄ますと、窓の向こうから微かにエンジンの音がする。
「本当に部長って、意味わかんねー……」
俺は家族を起こさないように、ひっそりと、外で待っている部長の元へと向かった。
*
「コンビニじゃねえじゃん……」
「ちゃんと寄ったでしょ」
波の音が寂しく響く。部長に導かれるままコンビニへ寄ったところまではよかったが、なぜかバイクは進路を変え、以前デートした海へとたどり着いていた。
あの日と違うのは、ザーザー降りの雨ではなく、夜空に満天の星が瞬いている、静かな海であるということくらいだ。
「海が好きなんだよ。僕は」
「知ってますよ。デカい墓石でしょ」
「なにそれ? 誰がそんなポエムみたいなこと言ったの?」
「お前だろ!」
「ははは」
霧崎白はいつもの制服ではなく、黒いTシャツにゆったりとしたスウェット姿だった。相変わらずの猫背で姿勢はイマイチだが、Tシャツから伸びる細い腕や、ゆるめのスウェット越しでもわかる長い脚が目を引く。
彼が腕を上げて前髪をかきあげると、日本人離れしたくっきりとした顔立ちと、月の光を反射して光る碧眼が露わになった。
「調子はどうかな、涼太君のことも」
「まあ、前よりは。涼太は……まだ出てこないですけど」
「そっか」
そう伝えると、部長はうつむいて砂に足で円を描いた。
「……部長は学校の呪いが涼太のせいだと思いますか」
「まあ、そうだね」
俺たちが調査を開始してから、カップルが不自然な現象に見舞われるという呪いは大きく減ったのだと部長は言う。
「代わりに購買のおばちゃんが嘆き始めていたのだそうだ。毎日、会計がどうしても1つ分合わないんだって」
「……マジか」
涼太が毎日食べていたコッペパンは、購買から万引きしていたものだったというのか。
「購買の呪い! と言いたいところだけど、まあ、まずは窃盗のセンが疑われて、全体集会で問題にもなりそうだね」
「涼太は窃盗なんてしない」
「まあ、意識的に盗んでいるわけじゃないだろうね。母の服が無くなったのも、風鈴が割れたのも、本人の意思とは関係なさそうだし。涼太君は僕に対しては厳しいけれど、根はやさしい子なんじゃないかな」
「それくらいは、知ってますよ」
涼太は本気で部長を邪険にしていたわけではないのではないかと思う。
それは、涼太が俺を一途に想っていたという事実を知っても、なお。
「だからこそ、このままここに留まって、何かの帳尻を合わせるために自分の意思とは関係ないところでポルターガイストが起こったり、現実に影響を与えるのは、本人にとっても不服なんじゃないかな」
……そうかもしれない。
俺を傷つけたいわけじゃないと、彼は確かにそう言っていた。
だけれども。
俺は目を泳がせる。そんな俺を見て部長が静かに口を開いた。
「……僕は、両親が死んでからね、降霊術を試したことがあるんだよ。結果は、何も起きなかったけれど」
降霊術。そう言えば、クラスメイトの飯田さんがそんなことを言っていたような。
「幼い僕を残して逝った二人が、わざわざこっちから呼んでいるっていうのに、出てこない。今になって思えば、それも僕のためだったのかもしれないね。それほど、化けて出るというのは良くない事なんじゃないかと」
部長が極めて冷静に自分の見解を述べた。しかし、部長はきっと俺が思うよりもずっと両親に焦がれている。その証拠に、言葉の端に微かな震えがあった。
「じゃあ、部長は、涼太を成仏させた方がいいって思っているんですね」
「そうだね。その方が彼も安心して眠れるんじゃないかな」
「……部長は、涼太が居なくなるの、嫌じゃないんですか。部長だって、涼太のこと結構好きでしょ」
俺がそう指摘すると、
「そりゃあ嫌だけれど」
と、あっさり言い放つ。
それから、まるで自分自身を嘲笑うかのように、ふっと息を吐いた。
「……でも僕には、尚樹君がいる。涼太君の分まで、尚樹君と一緒にいることならできる」
いつものような胡散臭さのない低い声が、重く頭の中に響く。
目がすっと細められ、前髪の隙間から覗く碧眼が俺を真っ直ぐに捉えていた。
「だから、好きって言っちゃいなよ。それで、涼太君はきっと幸せに成仏できる」
彼は海を背にして砂を蹴り、顔だけを俺に向けた。そして口を真横に結び、満面の笑みを浮かべる。
その顔を見た瞬間、水が急沸騰するような怒りが俺の全身を満たした。
無性に腹が立ったのだ。
「勝手なこと言うな」
彼の細い腕を掴んで引き寄せる。
――見た目のわりにしっかりと重い。生きたヒトの重さだ。
ひ弱な俺に無理やり引き寄せられ、あの部長が驚いたように目を見開いている。顔の距離をぐっと近づけ、俺は彼の唇に自分の唇を重ねた。
「……ッ! な、なにやってるのッ……!」
「これで、悔しくて、成仏なんかできないだろ」
「は? 何を――」
部長は頭が切れる男だ。ここでまた何か言われたら、せっかくの決心が揺らいでしまう。そう思って、俺はもう一度彼の唇を封じた。
「涼太のことが好きだなんて、言ってやらない」
俺は腹を括った。
部長の好意を利用することになっても、呪いが誰かを傷つけようとも。
それが、涼太を悲しませることになろうとも。
「俺が死ぬまで、成仏なんて絶対にさせねーから」
突然、穏やかだった波が不自然なほどの音を上げて跳ねた。
静かな夜に似つかわしくない波しぶきが、俺たちを打つ。
涼太が怒っているのだろうと思うと、俺はなんだか満足して、自然と笑みがこぼれた。
高校へ通い始めたばかりで、あまり休んでもいられない。その日、俺は悲しいほど冷静に、取り乱すことなくベッドから身体を起こした。
「……行かなきゃ」
心配そうに見つめる母を気遣う余裕もなく、俺は最低限の支度をして自宅を出た。
空には雲一つない晴天で、初夏の生暖かい空気が俺の肌を撫でる。思い足取りで、いつもの四つ角へ向かう。
そこへ、涼太の姿はなかった。
……いつもなら、俺が来るころには必ずここで待っていたのに。
アスファルトを見つめながら、一人で通学路を歩く。
『ねえ、今日の夕方風鈴祭り行こうよ』
『はあ? あんな人の多いところやだよ。俺帰ったら録画した心霊スペシャル見るし』
『じゃあ俺も尚樹の家行って一緒に見ていい?』
『いいけどさ、祭りはいいのかよ。他の人と一緒に行けばいいじゃん』
『もう、尚樹は本当に俺のことを分かってない。尚樹と一緒がいいんだって』
中学生の頃の何気ない会話がフラッシュバックする。
いつでも横に居たのは、涼太だけだった。
ふらふらとした足取りで校門を抜けた。チャイムの音が遠いところで微かに鳴っているが、急いで向かう体力もない。
やっとの思いで下駄箱へたどり着いた。そういえばいつもはここで、涼太の姿が見えなくなって――
そもそも、涼太って何組だったんだ。
本当に俺はバカだ。気づきたくないから、聞かなかったんだ。
授業はとっくに始まっており、静かな廊下に、教師の声だけが小さく響いている。
涼太がいない学校は、まるでそれが当たり前のようで、そんな現実が俺の視界を歪ませた。
『尚樹と同じ高校に受かって本当に良かった』
あいつが俺と同じ高校を受けなければ、今だって生きた涼太と同じ時を過ごせていたのだろうか。
とうとう俺は教室へたどり着くことができず、そのまま廊下にうずくまってしまった。
「あれ、尚樹君、学校来れたの?」
そんな俺の後ろから、聞きなれた声が聞こえた。
「……ぶ、部長」
ゆっくりと振り向いてその姿を確認する。
何やってるんですか、授業中なのに……と毒づきたいけれど、そんな気力もない。
「あーあ、無理しちゃだめだよ」
背中を暖かい感触が撫でる。部長は俺の背中に手を添えたまま、目線を合わせるようにのぞき込んだ。
「ゆっくりでいいから」
部長は俺の手を取って、立ち上がらせると、俺の肩を支えてゆっくりと歩き始めた。
そうしてされるがままになっていると、いつの間にか、見慣れたオカルト部室へとたどり着いていた。
*
部室の椅子に腰を掛け、ボーっと窓の外を眺めた。朝よりも強くなった日差しが眩しくて目がくらむ。でも、いっそ嫌なものが見えなくなるくらい、目が焼かれてしまえばいいのに、なんてことを思ってしまう。
「今日は涼太君、お休みなんだねえ」
部室に着いてからしばらく何もしゃべらなかった部長が静かに口を開いた。「お休み」なんて優しい言葉を選んだのは、部長の気遣いなのだろうか。
俺もなんだかこの部室は落ち着くような気がして、さっきまでの足元が抜け落ちそうな喪失感は大分マシなものになっていた。
「……色々と、すみません」
「あ、やっと声が出た」
「なんか、もう、どうすればいいのか分からなくて」
「これまで当たり前だと思っていたものが突然無くなったんだからさ」
部長は俺の痛みを分かっているような声でそう言った。
そっと、ぼんと頭へ手が置かれる。
「ここからどうすればいいのかを考えるために、君はもう少し冷静になるべきだ」
少しだけいつもの冗談めいたような明るい声色に戻った。
「冷静って」
「例えば、こういうこととか」
頭の上にあったはずの部長の手が、いつの間にか俺の顎に添えられていた。
そして、俺の唇へ軽くキスを落とすと、いたずらに笑った。
部長の不意打ちに俺は一瞬フリーズする。そのあと、顔にじわじわと熱が集まっていくのが分かった。
「部長……ッ! なにやってんですか!」
「嫉妬させれば、涼太君も怒って出てくるんじゃないかなって」
「実験ってことかよ!? せめて予告してください!」
「ははは」
激しくツッコミを入れる俺を見て部長はさらに軽く笑った。
「そうそう、いつも通りの尚樹君がいいよ」
「冷静ってそういうことかよ……」
そう言われて、確かに今朝よりは調子が良いことに気がついた。
このまま、本当に涼太がまた現れてくれたのならば、しっかり話がしたい。部長は成仏と言っていたけれど、俺の中で答えは出ていない。
もっと、俺が冷静になって、涼太と向き合わなければ。
部長との時間は、俺を勇気づけてくれた。しかし、そのあと涼太は姿を現すこともなければ、不思議なポルターガイストが起こるようなこともなかった。
*
涼太の喪失を認識してから、俺は眠りが浅くなった。
暗い部屋で静かに目を覚ます。深夜2時。涼太の死を知った日と、同じだ。
しかし、前みたいに不安で辛くてたまらないというほどではない。
調子が良いと、俺は夜中にこっそり1階へ降りて、母親のメモを読むようにした。
リビングの薬品棚から、ノートを取り出してページをめくる。
現実に少しずつ目を向けていきたいと、そう思ったのだ。
そうは思っていても、凄惨な事実と母親の想いが綴られたノートは未だに見るに堪えない。
いくらか落ち着いていた心臓の鼓動が早くなる、こうなると自分はダメだ。諦めてノートを閉じた瞬間、スマホがブルブルと震えていることに気が付いた。
「……部長?」
通話だ。反射的にボタンを押す。
「……お、起きていたね。大丈夫かな? 具合は」
「あ、はい。一応寝て……」
「そうか。よかった。実は、君の家の前にいるんだ。コンビニでも行かないか?」
「は? 家の前?」
耳を澄ますと、窓の向こうから微かにエンジンの音がする。
「本当に部長って、意味わかんねー……」
俺は家族を起こさないように、ひっそりと、外で待っている部長の元へと向かった。
*
「コンビニじゃねえじゃん……」
「ちゃんと寄ったでしょ」
波の音が寂しく響く。部長に導かれるままコンビニへ寄ったところまではよかったが、なぜかバイクは進路を変え、以前デートした海へとたどり着いていた。
あの日と違うのは、ザーザー降りの雨ではなく、夜空に満天の星が瞬いている、静かな海であるということくらいだ。
「海が好きなんだよ。僕は」
「知ってますよ。デカい墓石でしょ」
「なにそれ? 誰がそんなポエムみたいなこと言ったの?」
「お前だろ!」
「ははは」
霧崎白はいつもの制服ではなく、黒いTシャツにゆったりとしたスウェット姿だった。相変わらずの猫背で姿勢はイマイチだが、Tシャツから伸びる細い腕や、ゆるめのスウェット越しでもわかる長い脚が目を引く。
彼が腕を上げて前髪をかきあげると、日本人離れしたくっきりとした顔立ちと、月の光を反射して光る碧眼が露わになった。
「調子はどうかな、涼太君のことも」
「まあ、前よりは。涼太は……まだ出てこないですけど」
「そっか」
そう伝えると、部長はうつむいて砂に足で円を描いた。
「……部長は学校の呪いが涼太のせいだと思いますか」
「まあ、そうだね」
俺たちが調査を開始してから、カップルが不自然な現象に見舞われるという呪いは大きく減ったのだと部長は言う。
「代わりに購買のおばちゃんが嘆き始めていたのだそうだ。毎日、会計がどうしても1つ分合わないんだって」
「……マジか」
涼太が毎日食べていたコッペパンは、購買から万引きしていたものだったというのか。
「購買の呪い! と言いたいところだけど、まあ、まずは窃盗のセンが疑われて、全体集会で問題にもなりそうだね」
「涼太は窃盗なんてしない」
「まあ、意識的に盗んでいるわけじゃないだろうね。母の服が無くなったのも、風鈴が割れたのも、本人の意思とは関係なさそうだし。涼太君は僕に対しては厳しいけれど、根はやさしい子なんじゃないかな」
「それくらいは、知ってますよ」
涼太は本気で部長を邪険にしていたわけではないのではないかと思う。
それは、涼太が俺を一途に想っていたという事実を知っても、なお。
「だからこそ、このままここに留まって、何かの帳尻を合わせるために自分の意思とは関係ないところでポルターガイストが起こったり、現実に影響を与えるのは、本人にとっても不服なんじゃないかな」
……そうかもしれない。
俺を傷つけたいわけじゃないと、彼は確かにそう言っていた。
だけれども。
俺は目を泳がせる。そんな俺を見て部長が静かに口を開いた。
「……僕は、両親が死んでからね、降霊術を試したことがあるんだよ。結果は、何も起きなかったけれど」
降霊術。そう言えば、クラスメイトの飯田さんがそんなことを言っていたような。
「幼い僕を残して逝った二人が、わざわざこっちから呼んでいるっていうのに、出てこない。今になって思えば、それも僕のためだったのかもしれないね。それほど、化けて出るというのは良くない事なんじゃないかと」
部長が極めて冷静に自分の見解を述べた。しかし、部長はきっと俺が思うよりもずっと両親に焦がれている。その証拠に、言葉の端に微かな震えがあった。
「じゃあ、部長は、涼太を成仏させた方がいいって思っているんですね」
「そうだね。その方が彼も安心して眠れるんじゃないかな」
「……部長は、涼太が居なくなるの、嫌じゃないんですか。部長だって、涼太のこと結構好きでしょ」
俺がそう指摘すると、
「そりゃあ嫌だけれど」
と、あっさり言い放つ。
それから、まるで自分自身を嘲笑うかのように、ふっと息を吐いた。
「……でも僕には、尚樹君がいる。涼太君の分まで、尚樹君と一緒にいることならできる」
いつものような胡散臭さのない低い声が、重く頭の中に響く。
目がすっと細められ、前髪の隙間から覗く碧眼が俺を真っ直ぐに捉えていた。
「だから、好きって言っちゃいなよ。それで、涼太君はきっと幸せに成仏できる」
彼は海を背にして砂を蹴り、顔だけを俺に向けた。そして口を真横に結び、満面の笑みを浮かべる。
その顔を見た瞬間、水が急沸騰するような怒りが俺の全身を満たした。
無性に腹が立ったのだ。
「勝手なこと言うな」
彼の細い腕を掴んで引き寄せる。
――見た目のわりにしっかりと重い。生きたヒトの重さだ。
ひ弱な俺に無理やり引き寄せられ、あの部長が驚いたように目を見開いている。顔の距離をぐっと近づけ、俺は彼の唇に自分の唇を重ねた。
「……ッ! な、なにやってるのッ……!」
「これで、悔しくて、成仏なんかできないだろ」
「は? 何を――」
部長は頭が切れる男だ。ここでまた何か言われたら、せっかくの決心が揺らいでしまう。そう思って、俺はもう一度彼の唇を封じた。
「涼太のことが好きだなんて、言ってやらない」
俺は腹を括った。
部長の好意を利用することになっても、呪いが誰かを傷つけようとも。
それが、涼太を悲しませることになろうとも。
「俺が死ぬまで、成仏なんて絶対にさせねーから」
突然、穏やかだった波が不自然なほどの音を上げて跳ねた。
静かな夜に似つかわしくない波しぶきが、俺たちを打つ。
涼太が怒っているのだろうと思うと、俺はなんだか満足して、自然と笑みがこぼれた。
