学校の呪いを解くために、幼馴染とオカ研部長と三角関係に!?

思えば初めから、涼太君については不可解なことが多かった。
例えば、3人でゲームセンターに行ったとき、僕たちは普通に会話をしているつもりなのに、周りの人から妙にジロジロと見られたよね。何がここまで注目を集めるのか疑問だったんだ。

――それは部長が目立つから。

いくら僕が変でも、世の中には変わった格好の人は思ったよりもたくさんいる。

例えば、尚樹君の家にお見舞いに行ったとき、僕は彼氏としての責務を果たそうと思ってたくさん買い物をして行ったけど、涼太君は何も持っていなかった。
おかしいよね。尚樹君のことをあんなにかわいがっている涼太君が、学校を早退してまで来た涼太君が、何の見舞い品も用意していないなんて。

――別に一人暮らしじゃあるまいし、ただの同級生がお見舞いの品なんて買ってこないだろ。

そもそも、僕が君の家に入るとき、外客っぽい靴がなかったんだ。
だから聞いたんだよ。「なにで来たの」って。
でも涼太君無視して怒っちゃうから、ああ、嫌われてるなーってしょんぼりしたよね。

――それは部長がそう思っただけだろ。

で、僕が涼太君と待ち合わせして訊こうと思っていたのは、涼太君は、尚樹君が休んでいた2ヵ月間、一体何をしていたのか、っていうこと。
……尚樹君は事故にあったという割に、身体が綺麗すぎるんだよ。
海に行った日、着替えのときに君の身体を見たけれど、綺麗だったからね。
足? 背中? 何処に怪我を負ったの? 2ヵ月で完治するの? 逆に軽傷だったのならば、2ヵ月も休んでいた意味はなんなの?

――記憶がないんだから、そんなこと分かるわけないだろ。

尚樹君、君は目を覚ましてから、一度でも涼太君の家に遊びに行ったかい?

――行っていない。

……涼太君と関わる上で、違和感はなかったかい?

違和感しかない。
彼の家は厳格ではない。確かに多少噛み合いの悪い時期もあったのだろう。でも、放課後の買い食いも許されないような厳しい家ではなかったはずだ。
それに、触れるたび、彼の身体は氷のように冷たかった。

――でも、手を繋いだ時は梅雨で、雨が降っていたから。

……いや、違う。
家で頬にキスをされた時も、梅雨明けの暑い屋上で告白をされた時も、その肌は残酷なほど冷たかった。
それは海の日で抱き合った部長の体温とあまりにも対照的すぎて……。

でも、俺は、気付きたくなくて目を逸らしていた。
自分にとって都合の悪いことは、全部見ないふりをしていた。

入学式の帰り道――
俺を庇って事故に遭ったのは、涼太の方だ。



裏庭だと先生に見つかりかねないと言い、部長は俺たちを通い慣れた部室へ誘導した。

「で、僕は思った。涼太君は明らかに尚樹君のことを好いているし、彼と一緒に高校に通えなかったことが原因で、その未練が呪いになっているのだと」

部長は祭壇の布をめくった。祭壇を形作っていた机や椅子などの姿が露わになる。絶妙なバランスで組み立てられたそれらをあっさりと解体し、そのうちの一部分であった椅子を俺の元へ持ってくると、無理やり俺を座らせた。

「僕と涼太君が直接会えないのは……よくわからないけど、尚樹君を媒介しないと、僕は涼太君をイマイチ把握できないようだね」

現実から逃れられない状況に置かれて放心状態の俺をよそに、部長は淡々と持論を語り続ける。
さっきから黙って話を聞いていた涼太が口を開いた。

「俺、死んでたんだ」

その言葉はまるで独り言のような軽い調子で放たれた。あまりにも悲壮感のない口ぶりであるのに、その言葉はズシリと心に重くのしかかるような事実でしかなかった。

「え、涼太君、無自覚?」
「……でも、なんか、不思議じゃないかも。なんとなくしっくりくる」

涼太は改めて自分の手や足元を見渡し、

「高校入ってから、尚樹のこと以外、良く覚えていないんだ」

と、笑って言った。

なぜ、この二人はここまで冷静でいられるのか。俺がこの1ヵ月間、自分を騙してまで見て見ぬふりをしてきた事実が、もう言い逃れができないところまで迫ってきているというのに。

「でも、尚樹は無事だったんだね。……よかった」
「よ、良くないだろ!」

涼太は、その微笑みを俺に向けた。俺はその言葉を聞いて、ようやく反論を紡いだ。

「まあ、結論、霊がこの世に留まるのはあまり好ましいことじゃないよねえ。本当に涼太君が原因かはさておき、実際にこの学校には呪いのような現象が起きていたわけだし」
「……そうですよね。成仏ってやつでしょうか」

俺を置いて二人は冷静に今後について話を進めている。

「ま、まて。2人ともなんでそんなに冷静なんだよ!? 涼太だって、今気づいたんだろ……!?」
「でも、俺は尚樹を守りたくて死んだのに、祭りの時みたいに、自分の意思とは関係なく、尚樹や人を傷つける可能性があるってことの方がよっぽど嫌だよ」
「……ッ、そんなの、まだお前が呪いの原因って決まったわけじゃ……」
「まあ、俺も自覚ないし、それはそうかもだけど。……でも、ずっとこのままってわけにはいかないでしょ」
「でも、俺……俺は、嫌だ……涼太がいないと……ッ、は、はあ……」

まるで大きな板で胸を押しつぶされるような、あるいは喉を細い糸で締め付けられているかのような苦しさが襲う。息が吸えず、頭が上手く回らない。

思えば、前にも、こんな風になった気がする。

『死ぬ気で勉強した。人生で一番やった』
『そこまでして俺と同じ高校に行きたいとかよくわかんねえよ。教える身にもなってくれ』
『あは。まあ、二人で合格したしいいじゃん。同じクラスだといいな。部活も』
『オカルト部とかあるかな、俺そういうのじゃないとダメなんだけど』
『あるかな、文芸部とか映画部じゃダメなの?』
『全然違うだろ』
『じゃあ作ろうよ、俺と――』

見慣れた通学路。いつもの待ち合わせ場所である四つ角。何気ない会話。
横たわる幼馴染のだらんとした腕と、アスファルトに広がる赤黒い液体。不自然に横転したボロボロの自動車。
心の奥にしまって、鍵をかけておいたはずの記憶が、断片的に零れ落ちてくる。

あの時と同じだ。
喉が焼けるように熱く、通る空気が刃物のように切り裂く。呼吸はだんだん早くなり、やがて息の吸い方も忘れ、次の瞬間には、意識がブラックアウトしそうになる。

「尚樹、尚樹! 大丈夫ッ!?」
「あー、ちょっとまずいかも。横になって」
「ちょっと、部長、こんな部室の床に直接寝かせるんですか?」
「いやいや、緊急事態でしょ。君が死んでたせいだからね。それにこんな授業中に保健室行くわけにいかないし」
「……でも」
「もう仕方がないな」

部長はためらいなく床に膝をつき、正座のポーズをとった。そして、俺の頭を彼の太ももに優しく乗せる。
男性の、特に肉付きの良くない部長の膝だし、特段寝心地が良いというわけではない。しかし、それでも部室の床に直接横たわるよりは幾分かマシだという判断なのだろう。
部長の手が、俺の髪をゆっくりと撫でる。
その暖かさは、部長が生者であり……涼太が死人であるということをありありと示している。しかし、そのおかげで、俺の呼吸も少しだけ落ち着いてきた。

「なんで助けたんだ。俺なんかより、涼太の方が生きててほしかった」

涼太の方が愛される。実際、俺は自分の好きなことばかりに夢中で、自分に想いを寄せてくれている幼馴染の気持ちを無視していた。クラスには居場所がないし、自分を失うよりも、優しくて穏やかで格好よい彼の方が、生きているのにふさわしいのではないか。


「……尚樹」

横たわる俺の顔を、涼太が優しく覗き込んで言った。

「尚樹は俺のこと、好き?」

一瞬、彼が何を告げているのか理解できなかった。

「は? なんで今。そんなこと、今はどうでもいいだろ」
「良くないよ。俺にとっては一番大事。死んでも一番だから」

あの日、屋上で見せたのと同じ笑顔がそこにあった。すべてを悟ったような、ひどく寂しそうな微笑みだ。

「……待ってくれよ。例えば、これで俺が好きって言ったら、お前は満足して成仏するのかよ」

涼太は答えない。代わりに、すっと伸ばされた手が俺の頬を撫でる。
――冷たい。どう考えても生きている人間の温度じゃない。
分かっていた。分かっていたのに。幼馴染がこんな風になってしまっているのに、俺は都合よく見て見ぬふりをしていたんだ。

何かを言い返そうと口を開いた瞬間。自分の中で張り詰めていた糸がふつりと切れたように、ぼろぼろと涙が零れ落ちた。

「あ、なんで。ごめん、俺、尚樹を傷つけたいわけじゃないのに……」
「……ッ、な、なんで、いッ、嫌だ……、いやだ……」

嗚咽が邪魔をして、上手く言葉がまとまらない。
その間も、俺の頭を撫でる部長の手は止まらなかった。なんとか落ち着かせようとしてくれているのだろうが、子供のようにしゃくり上げるのをどうしてもやめられない。

「尚樹、泣かないで……お願い……」

俺を見つめる涼太の瞳にも、涙が滲んでいる。

「……嫌だ、涼太のことなんて、好きじゃない」

その言葉を聞いた瞬間、涼太が大きく目を見開いた。

「え……」

「好きじゃないから。俺を置いて死んだお前のことなんて、好きじゃない……。だから、ここに居ろよ……」
「……」
「俺、お前がいないと、どうやって生きてったらいいか、わかんねえよ……」

それは、俺に好意を寄せている彼にとって、最も聞きたくない拒絶の言葉であるはずだ。
それなのに。涼太は涙で滲んだ目を細めると、先ほどの寂しげなものとは違う、どこか安堵したような微笑みを浮かべた。

「……それ、告白みたい」

そう言った涼太の目から、一筋の涙が伝い落ちた。

「なんで嬉しそうなんだよ、バカな事言わないでくれ……」

たしかに好きじゃないと伝えたはずなのに、まるで想いが通じ合ったかのように満足げな表情をされてひどく焦る。

「……あの、僕の前でイチャイチャしないでくれるかな」

頭上から、部長が気まずそうに声を上げた。

「ちょっと部長、今いいところなんですけど、なんで居るんですか」
「いやいやいやいや。僕は尚樹君を落ち着かせてあげてたんだけど!? 君もむしろ僕に感謝しないといけないんじゃないのかな!?」
「……ほんとは俺がそれやりたかったのに」
「まあ、君が原因なら、無理だよね。残念だったねえ」

聞き慣れた口喧嘩が遠い場所から響く。
いつもなら勘弁してくれと頭を抱えるところだが、今回ばかりはこの騒がしい空気が懐かしく、俺の心を確かに落ち着かせてくれた。





深夜2時。俺は自宅のベットで静かに目を覚ました。

あの後、部長の提案に従って体調不良という理由で学校を早退した。
隣に涼太がいない徒歩15分の道のりは、ひどく長く感じられた。なんとか家にたどり着いた俺は、制服のまま倒れるようにベッドへ沈み込み、泥のように眠って――今に至る。
早退の旨を端的に母へメッセージで伝えた際、ひどく長文で身を案じる返信が来ていた。母親が俺に向けるあの過剰な心配は、事故の身体的な後遺症ではなく、俺の精神的な異常を案じてのものだったのではないかと、今になってようやく腑に落ちた。

――気持ち悪い。

泣き疲れが取れないのか、妙な気だるさが身体に残っている。
ベッドからずるずると起き上がり、そっと部屋のドアを開けた。音を殺して、一階のリビングへと向かう。
ふと、冷蔵庫横の薬品棚に目が行った。何かに導かれるように、二番目の引き出しを開ける。
「……あ」
A4を二つ折りにしたサイズの手帳がある。そこには、綺麗に折りたたまれた状態の入院証明書が挟まれていた。
――4月3日から、10日。
2ヵ月間丸々入院していたわけではないのか。そうすると、自分は残りの時間は何をしていたのだろう。
シンプルな罫線が引かれたその手帳には、母親の整った筆跡で文字が綴られていた。

4月15日
尚樹が起きたのは良かった。でも様子がおかしい。何に対して話しかけているのか。

4月25日
今日は急に泣き叫ぶから何事かと思った。部屋にあるタコや蛇のぬいぐるみを投げていた。壊れるものじゃなくて良かったけど、念のため寝ているうちに部屋を掃除しておかなければ。
……
5月29日
会話ができるようになった。でも、涼太君のことばかり。涼太君について伝えるべきか分からない…。このまま高校に行かせて本当に大丈夫なのか。

「……ッ」
文字面を追うだけで、当時の自分の悲惨な状況が生々しく頭に浮かぶ。
目を背けてはいけないと思ったが、すべてを読むことはできなかった。

昼間にいくらか落ち着いたはずの鼓動がまた早くなる。そんな俺を留めるかのように、ポケットのスマホが震えた。

「……はあ、っ……なんだよ」
動悸と寒気に震える手で画面をタップする。

『尚樹君、大丈夫?』

それは、部長から俺を案じるメッセージだった。
続いてピコン、ピコンと通知が届く。

『悲しいと思うけれど、尚樹君を想って化けて出てくるなんて。涼太君は本当に尚樹君のことが好きだったんだね』

「……部長」

短い文章が頭の中へ雪崩れ込んでくる。
俺は画面をスクロールして続きの文章を読んだ。

『涼太君は善人だけど、その性質は悪霊だ。だけど、憎しみくらいの強い愛を持ってこの世に留まっている涼太君は、幸せに送り出される権利があると、僕は思う』

「……」
息を飲んだ。

「悪霊って……」
涼太が? なんで。
俺の横でニコニコ笑いながら、自分にとってはちっぽけも興味がないであろう話を聞いてくれていた涼太が?

『色々と考えることが多いと思うけど、考え過ぎも良くない。ゆっくり寝て、疲れをとったらいいよ』

部長からのメッセージはそう締めくくられていた。俺はスマホの画面を伏せ、リビングの机に突っ伏した。