「ねえねえ、今日はリョウタいないん?」
ざわめく教室の中、その声は突然降ってきた。声の主は隣の席の、バチバチにメイクを決めたギャル――たしか、飯田美和という名前だった気がする。
なぜ彼女が涼太を知っているのか。というか、そもそもなぜ俺に話しかけてきているのだろう。
「ねえ、ちょっと、聞いてる~? サハラに話しかけてるんですけど」
甘ったるい声に鼓膜を揺さぶられ、俺はようやく返事をした。
「あ、ああ……。ちょっと、け、喧嘩してて……」
クラスメイトとまともに話すのは久しぶりだ。特に隣の席の飯田さんとは、友達はおろか知り合いになれる気配すらなく、今まで本当に一言も喋ったことがなかった。
今も彼女の周囲にはいつものように人がいて、遠巻きに「おい、やめておけよ」「やばいだろそいつ」とざわめく声が聞こえてくる。
――俺って、クラスでここまで浮いていたのか。
「喧嘩ァ!? どゆことマジで。ん、あ~~~、だから昼なのに居るんだ」
先日、涼太に告白されてから、俺は気まずくて彼と会っていない。次の日の朝にはいつもの四つ角で待っているかと思って、一応こっそり覗いてみたが、彼の姿はなかった。
オカルト研究部にも顔を出していない。当然、昼休みに屋上へ向かうこともなく、今日も教室で弁当を広げていた。
「そこ、昼はかなっちの席だったんだよね」
「そ、そう……」
いつも俺がいないため、どうやらこの席は昼休みの間、かなっちという人の定位置になっていたらしい。
「ま、いいや。そだそだ、聞きたいことあんだよね」
「え?」
「霧崎センパイってさ、学校の七不思議とか知ってたりしない?」
「……は、なんでそれを」
「オカルトなんとかって部活やってるっしょ。こないだサハラ、変な格好してセンパイと仲良く走ってたじゃん」
部長と海でデートをした日のことだろうか。まだ学内に生徒が残っている時間だったからかなりの人に目撃されていたが、まさかクラスメイトにまで見られていたとは。
「あたし、マジでタクとより戻したくてさ。センパイに早く呪い解明してくださーい! って伝えて欲しいんだよね」
タクが誰なのかも分からないし、彼女の部長に対する異様な馴れ馴れしさも理解できない。
「てか、あの人死者蘇生とか言ってたことあるし、ワンチャン霧崎センパイが呪い説」
「……死者蘇生?」
「なんかさ、あー、まあ、あたしあの人と学校全部同じなんだよね。小中、そんで高」
「……もしかして、ご両親のこととか?」
「あ、なんだ知ってんだ。仲いいね。ねね、知ってる? あの人カオ超イケメンなの」
飯田さんは俺へぐっと顔を近づけてきた。キラキラと輝く黒目がちな瞳が容赦なく俺を射抜く。
「今は激ヤバ先輩~って感じだけどさ、小学校のころはあんなんじゃなかったんだよ。同じバドクラで超仲良かった。マジで、親居なくなって急にああなったの。サハラ仲良さそうだったからさ、今どんなカンジなのかな~って気になって」
「……はあ、そ、そうなんですか」
「ウケる、なんで敬語?」
クラスメイトとの会話の過去最長記録を更新している。飯田さんはその周りで遠巻きに見ている他の人たちと違って、何の偏見もなく、ただただ俺に部長のことを聞きたいだけのように見えた。なんというか、これはこれで息が詰まるような感覚だ。
話をしているうちに、後ろから体格の良い男子生徒がドカドカと歩いてきた。
「美和もうよくね? やめようぜ。リョウタに殺されるって」
「は? 大丈夫っしょ。リョウタ、イケメンだし」
「マジで美和、男の顔しか興味ねーじゃん」
ゲラゲラと笑うクラスメイトたちに、俺は愛想笑いすらできなかった。殺される?イケメン?――お前たちが涼太の何を知っているんだ。
そう思ったが、じゃあ俺は、一体涼太の何を知っているのだろうか。告白されて逃げ出したあの日から、そういう罪悪感が常に胸の奥につかえていて、呑み込めない異物みたいにずっと気持ち悪い。
――こういう時、どうすればいいんだよ。相談? 誰に? 母に? バカかよ。
好きなものを楽な相手と楽しんでいるだけならば悩みなど生じない。悩みの生じない人生は幸せだと思っていたが、それはただ、俺が涼太の優しさに甘えきっていただけなのだと思い知らされる。
――涼太。
もし、何かを相談するならば、俺には涼太しかいない。でも、その涼太が今は、ほかでもない悩みのタネである。
ぐるぐると答えのない問答を続けながら、いつもより味のしない弁当を口に運ぶ。……そうしてしばらくすると、ポケットの中でスマホが通知を受け取って震えた。
『from:部長 涼太君と毎日裏庭で待ち合わせしてるのに、全然来ないんだよね。リスケしてもすっぽかされるし。尚樹君今一緒にいたりしない?』
そういえば告白された日、涼太もそんなことを言っていた。約束の時間になっても、部長が来ないのだと。
涼太はややルーズなところがあるが、それでも約束はきちんと守る人間だ。あれから3日もたっているのに、二人が一度も落ち合えないなんてことがあるのだろうか。
……嫌な感じがする。
俺は目立たないようにゆっくりと席を立ち、裏庭へと向かった。
*
見慣れた薄い色の髪、儚げながらもすっきりとした輪郭に、少し高い身長。……遠目から見ても目を引く彼は、約束の場所に立っていた。
――なんだ、涼太いるじゃん。
その姿を見つけ、心臓が高鳴る。
しかし、彼の目的は俺ではない。そもそも、俺は部長のメッセージを見てついこの場所に来てしまっただけで、まだ直接会って何かを伝えられるような、心の準備などできていない。
見つからない場所からそっと覗き込み、周囲を見渡すと奇妙な違和感に気が付く。
――部長もいる。
でもなぜか、二人は会話をしていない。隣にいるのに、お互いがお互いを探すようにキョロキョロと視線を泳がせている。
――おかしいだろ、二人とも約束を守っているのに。
身体中から力が抜ける。自分の足で体重を支えることができず、校舎になんとかもたれ、そのままずるずると膝から崩れ落ちた。
俺が見て見ぬふりをしていたのは、優しい幼馴染が俺に向けている執着だけじゃない。もっと根本的で、決定的なことだ。
――知りたくない。
その動作で人が居ることに気づいたのだろうか。部長が訝しげにこちらを見てから、ゆっくりと近づいてくる。
ざ、ざ、と土を踏む音が、頭に大きく響いた。
――やめてくれ、来るな。
「ん? あれ、尚樹君だ。メッセージ見たのに返事もしないで直接ここに来たの?」
俺の悲痛な願いも空しく、音の主は簡単に、地面にへたり込んでいる俺を見下ろした。
「……あれ、涼太君もいるじゃない。あれほど涼太君とだけ話がしたいって言ったのに」
俺を見下ろしていたはずの視線は、俺の後方へと移動していた。
俺の後ろには、誰もいないはずなのに。
「なんで、尚樹君もまた一緒なの?」
ざわめく教室の中、その声は突然降ってきた。声の主は隣の席の、バチバチにメイクを決めたギャル――たしか、飯田美和という名前だった気がする。
なぜ彼女が涼太を知っているのか。というか、そもそもなぜ俺に話しかけてきているのだろう。
「ねえ、ちょっと、聞いてる~? サハラに話しかけてるんですけど」
甘ったるい声に鼓膜を揺さぶられ、俺はようやく返事をした。
「あ、ああ……。ちょっと、け、喧嘩してて……」
クラスメイトとまともに話すのは久しぶりだ。特に隣の席の飯田さんとは、友達はおろか知り合いになれる気配すらなく、今まで本当に一言も喋ったことがなかった。
今も彼女の周囲にはいつものように人がいて、遠巻きに「おい、やめておけよ」「やばいだろそいつ」とざわめく声が聞こえてくる。
――俺って、クラスでここまで浮いていたのか。
「喧嘩ァ!? どゆことマジで。ん、あ~~~、だから昼なのに居るんだ」
先日、涼太に告白されてから、俺は気まずくて彼と会っていない。次の日の朝にはいつもの四つ角で待っているかと思って、一応こっそり覗いてみたが、彼の姿はなかった。
オカルト研究部にも顔を出していない。当然、昼休みに屋上へ向かうこともなく、今日も教室で弁当を広げていた。
「そこ、昼はかなっちの席だったんだよね」
「そ、そう……」
いつも俺がいないため、どうやらこの席は昼休みの間、かなっちという人の定位置になっていたらしい。
「ま、いいや。そだそだ、聞きたいことあんだよね」
「え?」
「霧崎センパイってさ、学校の七不思議とか知ってたりしない?」
「……は、なんでそれを」
「オカルトなんとかって部活やってるっしょ。こないだサハラ、変な格好してセンパイと仲良く走ってたじゃん」
部長と海でデートをした日のことだろうか。まだ学内に生徒が残っている時間だったからかなりの人に目撃されていたが、まさかクラスメイトにまで見られていたとは。
「あたし、マジでタクとより戻したくてさ。センパイに早く呪い解明してくださーい! って伝えて欲しいんだよね」
タクが誰なのかも分からないし、彼女の部長に対する異様な馴れ馴れしさも理解できない。
「てか、あの人死者蘇生とか言ってたことあるし、ワンチャン霧崎センパイが呪い説」
「……死者蘇生?」
「なんかさ、あー、まあ、あたしあの人と学校全部同じなんだよね。小中、そんで高」
「……もしかして、ご両親のこととか?」
「あ、なんだ知ってんだ。仲いいね。ねね、知ってる? あの人カオ超イケメンなの」
飯田さんは俺へぐっと顔を近づけてきた。キラキラと輝く黒目がちな瞳が容赦なく俺を射抜く。
「今は激ヤバ先輩~って感じだけどさ、小学校のころはあんなんじゃなかったんだよ。同じバドクラで超仲良かった。マジで、親居なくなって急にああなったの。サハラ仲良さそうだったからさ、今どんなカンジなのかな~って気になって」
「……はあ、そ、そうなんですか」
「ウケる、なんで敬語?」
クラスメイトとの会話の過去最長記録を更新している。飯田さんはその周りで遠巻きに見ている他の人たちと違って、何の偏見もなく、ただただ俺に部長のことを聞きたいだけのように見えた。なんというか、これはこれで息が詰まるような感覚だ。
話をしているうちに、後ろから体格の良い男子生徒がドカドカと歩いてきた。
「美和もうよくね? やめようぜ。リョウタに殺されるって」
「は? 大丈夫っしょ。リョウタ、イケメンだし」
「マジで美和、男の顔しか興味ねーじゃん」
ゲラゲラと笑うクラスメイトたちに、俺は愛想笑いすらできなかった。殺される?イケメン?――お前たちが涼太の何を知っているんだ。
そう思ったが、じゃあ俺は、一体涼太の何を知っているのだろうか。告白されて逃げ出したあの日から、そういう罪悪感が常に胸の奥につかえていて、呑み込めない異物みたいにずっと気持ち悪い。
――こういう時、どうすればいいんだよ。相談? 誰に? 母に? バカかよ。
好きなものを楽な相手と楽しんでいるだけならば悩みなど生じない。悩みの生じない人生は幸せだと思っていたが、それはただ、俺が涼太の優しさに甘えきっていただけなのだと思い知らされる。
――涼太。
もし、何かを相談するならば、俺には涼太しかいない。でも、その涼太が今は、ほかでもない悩みのタネである。
ぐるぐると答えのない問答を続けながら、いつもより味のしない弁当を口に運ぶ。……そうしてしばらくすると、ポケットの中でスマホが通知を受け取って震えた。
『from:部長 涼太君と毎日裏庭で待ち合わせしてるのに、全然来ないんだよね。リスケしてもすっぽかされるし。尚樹君今一緒にいたりしない?』
そういえば告白された日、涼太もそんなことを言っていた。約束の時間になっても、部長が来ないのだと。
涼太はややルーズなところがあるが、それでも約束はきちんと守る人間だ。あれから3日もたっているのに、二人が一度も落ち合えないなんてことがあるのだろうか。
……嫌な感じがする。
俺は目立たないようにゆっくりと席を立ち、裏庭へと向かった。
*
見慣れた薄い色の髪、儚げながらもすっきりとした輪郭に、少し高い身長。……遠目から見ても目を引く彼は、約束の場所に立っていた。
――なんだ、涼太いるじゃん。
その姿を見つけ、心臓が高鳴る。
しかし、彼の目的は俺ではない。そもそも、俺は部長のメッセージを見てついこの場所に来てしまっただけで、まだ直接会って何かを伝えられるような、心の準備などできていない。
見つからない場所からそっと覗き込み、周囲を見渡すと奇妙な違和感に気が付く。
――部長もいる。
でもなぜか、二人は会話をしていない。隣にいるのに、お互いがお互いを探すようにキョロキョロと視線を泳がせている。
――おかしいだろ、二人とも約束を守っているのに。
身体中から力が抜ける。自分の足で体重を支えることができず、校舎になんとかもたれ、そのままずるずると膝から崩れ落ちた。
俺が見て見ぬふりをしていたのは、優しい幼馴染が俺に向けている執着だけじゃない。もっと根本的で、決定的なことだ。
――知りたくない。
その動作で人が居ることに気づいたのだろうか。部長が訝しげにこちらを見てから、ゆっくりと近づいてくる。
ざ、ざ、と土を踏む音が、頭に大きく響いた。
――やめてくれ、来るな。
「ん? あれ、尚樹君だ。メッセージ見たのに返事もしないで直接ここに来たの?」
俺の悲痛な願いも空しく、音の主は簡単に、地面にへたり込んでいる俺を見下ろした。
「……あれ、涼太君もいるじゃない。あれほど涼太君とだけ話がしたいって言ったのに」
俺を見下ろしていたはずの視線は、俺の後方へと移動していた。
俺の後ろには、誰もいないはずなのに。
「なんで、尚樹君もまた一緒なの?」
