「なんですか、これ」
涼太は手渡されたシルバーリングに目を落とした。
「いやあ、風鈴祭りのお土産だよ。屋台で売ってたものだけど、まったくの粗悪品というわけでもなさそうだ」
リングは部室の窓から差し込む光を反射して輝きを放っていた。確かに、それなりの質を感じさせる一品だ。
「なんで部長から俺に?」
「食べ物だと腐るでしょ」
「いや、そういうことではなくてですね……」
「だって、さすがにお留守番はかわいそうだ。せっかくの祭りで、1人取り残されるなんて寂しいだろう」
部長はあっけらかんと言ったが、「1人取り残される」なんていう言葉が彼の口から出ると、あの雨の日に海で語られた境遇を思い出してしまう。
しかし俺だったら、祭りに行けない友達のために「食べ物を持って帰れないのならモノを持って帰ろう!」という発想には到底たどり着かない。
この破天荒で怪しい男は、実のところかなり人への思い遣りに長けているのではないか。そう思うと、昨日ぶりの悔しさが俺の胸をよぎった。
「その気持ちはありがたいですけど、別に嬉しくないというか……」
涼太は指輪をつまんで光に当ててみたり、裏表を見返したりしているが、その扱いに困惑しているようだ。
「まあまあ、涼太君が喜ぶと思って買ったんだ。尚樹君にも同じものをプレゼントしたんだよ」
「えっ」
その指輪が俺と同じものだと知ると、涼太は目を見開いて、勢いよく俺の方を振り向いた。
「お揃いなんだ。尚樹も貰ったの?」
「あ、ああ……。お揃いっていうか、同じもの、ま、まあお揃いか……」
「そっか。……じゃあ、嬉しい」
さっきまではどうしようかと吟味されていた指輪が、あっけなく彼の指に嵌められた。
「似合う?」
俺に左手の甲を向け、薬指に嵌められたリングを見せてくる。スッとした程よく骨ばった指に、それは大変よく似合っていた。
「ああ。涼太はなんでも似合うじゃん」
俺が褒めると、涼太は嬉しそうに笑った。その瞳に込められた感情を直視しないよう、俺はそっと目を逸らした。
「尚樹は? つけてないんだ」
「ああ、普通に家に置いてきたけど。てか、校則違反だし普段はつけていられないんじゃないか?」
「そんなの、先生が来る時だけこっそり外せばいいじゃん」
「調子いいな、そんな器用なこと俺にできるわけないだろ……」
横から腕を組んでうんうんと頷いていた部長が、何かを思い出したように顔を上げた。
「そういえば、昨日で僕と尚樹君の偽装カップルは解消したよ」
そう言うと、部長は昨日起こった怪奇現象について涼太へ説明を始めた。俺の身に危険が迫ったことを知ると、涼太の表情はみるみるうちに緊迫感を帯びていった。
「……そんな直接的な危害があったんですね」
「そうなんだよねえ。僕たちはまだせいぜい3日くらいしか偽装カップルを楽しんでいないというのに。まあ、一度ならず二度までもこういうことが起きてしまえば、検証としては十分な結果だと思うよ」
「なるほど、確かに……。とにかく尚樹に何もなくてよかった」
「ああ。人が多いのは不幸中の幸いだったね。僕たちははぐれないように手を繋いでいたから、すぐに助けることができた」
「……え?」
涼太は部長を睨んだ。またいつものような喧嘩が始まるかと思ったが、「手を繋いでいた結果、俺に怪我がなかった」という事実が彼のアンガーマネジメントに役立ったらしい。涼太はそれ以上何も言わず、部長の言葉を静かに待っていた。
「ちなみに、涼太君は昨日あのあとすぐに家に帰ったの?」
「ええ、ああ、はい……。昨日は母にすぐ帰って来いって言われていたので、どこにも寄らずに直帰しました」
「僕たちに起きたような、何か変わったことはなかった?」
「……いえ、特には」
「そうなんだねえ」
部長は何か考え込むように、顎に手を当てて床を見つめた。
「なにか思いついたんですか?」
呪いの解明について何か推測があるのかと思い聞いてみたが、部長は静かに顔を横に振った。
「少しだけ、気になることがあるけれど……。僕の中で核心じゃないんだ。ねえ、涼太君、明日どこかで会えないかい?」
「え、急にどうしたんですか。2人で会うなら普通に嫌なんですけど」
「ははは、僕のこと嫌いすぎない?」
部長は軽く笑い、
「でも、涼太君と話がしたいんだ。僕のいくつかの推測について、涼太君に意見を求めたい」
「それなら尚樹が一緒の方がいいんじゃないですか? 俺がそれを聞いてどうにかなるものですかね。俺、頭悪いし、オカルト的な話ならとくに」
突然矢印を向けられた涼太にとっては当然の疑問だ。それは俺にとってもそうだった。
「なんで俺がいたらダメなんですか」
「うーん、僕が尚樹君とペアになった瞬間に現象が起き始めたわけでしょ? なんで涼太君と尚樹君がペアだった時は何も起きなかったのかなって」
「それは俺も気になってましたけど、だからって俺がいちゃダメな理由ってどういうことですか」
「まあまあまあ! それは必ず後で説明するから」
部長は俺の肩に手を置いた。なんだか腑に落ちないが、いくら変人でも、決して考えなしの先輩ではないということがこの1ヶ月でそれなりに分かってきた。
「僕の予測が真実でもそうじゃなくても、尚樹君にも必ず話すから」
「はあ……」
妙な確信に満ちた様子に、俺と涼太は反論をやめた。
涼太にだけ話したいこととは、一体なんなのだろうか。それは、いつも強引で荒唐無稽な部長が見せる、珍しく慎重な行動だ。
俺は、何かが喉の奥に引っかかっているような、何か致命的なものを見落としているような、そんな違和感を覚えた。そんな胸騒ぎから無理やり目を逸らし、いつものように、気づかないフリをした。
*
いつもの屋上。梅雨明けの透き通るような青空の下で食べる昼食は、やはり気持ちがいい。
1ヶ月もたてば、立ち入り禁止の屋上に侵入する罪悪感もすっかり薄くなっていた。よくないことだが、ここまでやっても上手くやれば何の叱責も受けないのだという悪い成功体験が、俺の頭を麻痺させてしまっている。
「そういえば部長何か言ってた?」
今日はここに来る前、隣に座る幼馴染から『部長と例の話があるから、ちょっと遅くなる』とメッセージが届いていた。涼太が鍵を持ってこないと俺は屋上には入れないため、それまでは踊り場で1人寂しく待っていたのだが。
「あーそれ、ごめんね、遅くなって。行ってきたんだけど、結局あの人、いなかったんだよね」
「は? メッセとかした?」
「したんだけどさ、返事ないし」
「マジかよ」
自分から涼太と2人で話がしたいと約束しておきながら、約束の場所に現れないなんて。
「俺、早く尚樹と会いたいし、もう返事待てないから来ちゃった」
「……それ、大丈夫だったのか?」
「さあ、知らない」
「ええ……でも、あんなに俺は来るなって念押ししておいて、流石の部長でもすっぽかすなんてことあんのかよ」
「そういうこともあるんじゃない。勝手な人だから……」
そう言い放ち、涼太は購買で売っているパンの袋を開けた。今日はイチゴ味のコッペパンだ。昨日はあんこ味を食べていたような気がする。
「尚樹も色々振り回されて、結局部長の言いなりになってるよね。……盗られちゃいそう」
「俺はモノかよ」
約束をすっぽかされた不満からか、涼太の口からいつもの部長への恨み節が出始めた。俺は少し重くなった空気を逸らそうと、慌てて話題を探す。
「そういえばさ、なんで涼太っていつもパンばっかり食べてんの」
「え?」
涼太は目を丸くした。パンを頬張りながら、ゆっくりとこちらを振り向く。
「めずらし、尚樹が俺の食べ物、気にするなんて」
「……俺ってそんなに人に興味なく見える?」
中学生の頃は学校に購買などなく、教室で2人、弁当を広げていた。
環境が変われば生活も変わる。もう高校生になったのだから自分で用意しなさいと親から言われている可能性はあるが、そんな話を彼から聞いたこともない。それもそのはずだ。俺から聞かなければ、彼が彼自身について語ることなどほとんどないのだから。
「尚樹は人に興味がないんじゃなくて、オカルトに興味がありまくりなの。人に興味がないとか、そういう悪い言い方するからそう思うんだよ」
「いや、それにしても……。俺ってちょっと、知らなすぎかも、お前のこと」
「そうかな」
「何が好きとか、嫌いとか、そういうの考えたことなかったなって、この前思ったことがあって……」
「好き……なのは」
涼太はパンを食べていた手を止め、空を見上げた。
「たしかに、知っててほしいかも。好きなのは、尚樹」
風が止む。音もない屋上で、その甘い声だけが俺の耳に響いた。
「俺は、尚樹が好き。本当に好き」
いつものような冗談めいた言い方ではない。真っ直ぐ俺を射抜く瞳に、息が詰まる。まるで世界に俺と涼太しかいないようだ。
「な、なに、急に」
いつものように茶化して誤魔化そうと思った。でも、上手く言葉が出ない。彼の顔を見ることができず、目線が不自然に泳いでしまう。
「別に急じゃないよ。俺にとっては、昔からそうだから」
「昔からって……」
「うん。ていうか、今気づいたの?
「……」
確かに昔から優しかった。俺のすることを嫌と言わずすべて付き合ってくれた。心霊スポットでは手を握ってくれたし、風鈴祭りに行きたいという彼の誘いをすべて断っていても、嫌な顔一つせず受け入れてくれていた。
「付き合ってほしいとかはなくて。だって俺、それなりに態度に出してたつもりだけど、脈なさそうだったし。でも、それでもいいから、ずっと一緒にいたい」
「……なんで、俺」
「俺にないもの、全部持ってるから」
やっとのことで紡ぎ出した言葉も、即答されてしまう。
「家も学校も別に嫌いじゃないけど、何かに夢中にならなきゃいけないとか、これしなさいあれしなさいとか、そういうの本当嫌で。友達もなんか、悪口言う人もいるし、めんどくさいし」
涼太の手が、俺の手と重なる。太陽の熱を帯びる無機質なコンクリートと、冷たいその手の感触の異様な温度差に、俺の心臓が鳴った。
「……尚樹は、周りからどう思われても、自分の好きなものを貫いていたじゃん。ああ、俺が仲良くしてるのって、そういう人なんだって。気づいたときには、もう好きだった」
「でも俺はお前のことなんにもわかってない。お前がその……好きって言ってるのはそういう酷い奴だよ」
「うん。知ってる。でもそんな尚樹が、俺にはよかったんだよ」
悲しそうに笑う涼太は、今にも泣きだしそうだ。何年も一緒にいたのに、初めて見るその表情に胸が締め付けられる。
優しく握られた手の甲に伝う冷たい感触。俺は、どうしたらよいのか分からず、その場で立ち上がった。
「……嫌だ」
「え?」
「俺、今日オカ研行かないから。そこで、さっきできなかった話して」
「どうしたの、待って。俺、尚樹を困らせたいわけじゃ――」
「……ごめん」
「尚樹!」
俺は半分しか食べていない弁当を持って、屋上の扉を引いた。
背後で俺を呼ぶ声がするが、振り向くことができなかった。
涼太は手渡されたシルバーリングに目を落とした。
「いやあ、風鈴祭りのお土産だよ。屋台で売ってたものだけど、まったくの粗悪品というわけでもなさそうだ」
リングは部室の窓から差し込む光を反射して輝きを放っていた。確かに、それなりの質を感じさせる一品だ。
「なんで部長から俺に?」
「食べ物だと腐るでしょ」
「いや、そういうことではなくてですね……」
「だって、さすがにお留守番はかわいそうだ。せっかくの祭りで、1人取り残されるなんて寂しいだろう」
部長はあっけらかんと言ったが、「1人取り残される」なんていう言葉が彼の口から出ると、あの雨の日に海で語られた境遇を思い出してしまう。
しかし俺だったら、祭りに行けない友達のために「食べ物を持って帰れないのならモノを持って帰ろう!」という発想には到底たどり着かない。
この破天荒で怪しい男は、実のところかなり人への思い遣りに長けているのではないか。そう思うと、昨日ぶりの悔しさが俺の胸をよぎった。
「その気持ちはありがたいですけど、別に嬉しくないというか……」
涼太は指輪をつまんで光に当ててみたり、裏表を見返したりしているが、その扱いに困惑しているようだ。
「まあまあ、涼太君が喜ぶと思って買ったんだ。尚樹君にも同じものをプレゼントしたんだよ」
「えっ」
その指輪が俺と同じものだと知ると、涼太は目を見開いて、勢いよく俺の方を振り向いた。
「お揃いなんだ。尚樹も貰ったの?」
「あ、ああ……。お揃いっていうか、同じもの、ま、まあお揃いか……」
「そっか。……じゃあ、嬉しい」
さっきまではどうしようかと吟味されていた指輪が、あっけなく彼の指に嵌められた。
「似合う?」
俺に左手の甲を向け、薬指に嵌められたリングを見せてくる。スッとした程よく骨ばった指に、それは大変よく似合っていた。
「ああ。涼太はなんでも似合うじゃん」
俺が褒めると、涼太は嬉しそうに笑った。その瞳に込められた感情を直視しないよう、俺はそっと目を逸らした。
「尚樹は? つけてないんだ」
「ああ、普通に家に置いてきたけど。てか、校則違反だし普段はつけていられないんじゃないか?」
「そんなの、先生が来る時だけこっそり外せばいいじゃん」
「調子いいな、そんな器用なこと俺にできるわけないだろ……」
横から腕を組んでうんうんと頷いていた部長が、何かを思い出したように顔を上げた。
「そういえば、昨日で僕と尚樹君の偽装カップルは解消したよ」
そう言うと、部長は昨日起こった怪奇現象について涼太へ説明を始めた。俺の身に危険が迫ったことを知ると、涼太の表情はみるみるうちに緊迫感を帯びていった。
「……そんな直接的な危害があったんですね」
「そうなんだよねえ。僕たちはまだせいぜい3日くらいしか偽装カップルを楽しんでいないというのに。まあ、一度ならず二度までもこういうことが起きてしまえば、検証としては十分な結果だと思うよ」
「なるほど、確かに……。とにかく尚樹に何もなくてよかった」
「ああ。人が多いのは不幸中の幸いだったね。僕たちははぐれないように手を繋いでいたから、すぐに助けることができた」
「……え?」
涼太は部長を睨んだ。またいつものような喧嘩が始まるかと思ったが、「手を繋いでいた結果、俺に怪我がなかった」という事実が彼のアンガーマネジメントに役立ったらしい。涼太はそれ以上何も言わず、部長の言葉を静かに待っていた。
「ちなみに、涼太君は昨日あのあとすぐに家に帰ったの?」
「ええ、ああ、はい……。昨日は母にすぐ帰って来いって言われていたので、どこにも寄らずに直帰しました」
「僕たちに起きたような、何か変わったことはなかった?」
「……いえ、特には」
「そうなんだねえ」
部長は何か考え込むように、顎に手を当てて床を見つめた。
「なにか思いついたんですか?」
呪いの解明について何か推測があるのかと思い聞いてみたが、部長は静かに顔を横に振った。
「少しだけ、気になることがあるけれど……。僕の中で核心じゃないんだ。ねえ、涼太君、明日どこかで会えないかい?」
「え、急にどうしたんですか。2人で会うなら普通に嫌なんですけど」
「ははは、僕のこと嫌いすぎない?」
部長は軽く笑い、
「でも、涼太君と話がしたいんだ。僕のいくつかの推測について、涼太君に意見を求めたい」
「それなら尚樹が一緒の方がいいんじゃないですか? 俺がそれを聞いてどうにかなるものですかね。俺、頭悪いし、オカルト的な話ならとくに」
突然矢印を向けられた涼太にとっては当然の疑問だ。それは俺にとってもそうだった。
「なんで俺がいたらダメなんですか」
「うーん、僕が尚樹君とペアになった瞬間に現象が起き始めたわけでしょ? なんで涼太君と尚樹君がペアだった時は何も起きなかったのかなって」
「それは俺も気になってましたけど、だからって俺がいちゃダメな理由ってどういうことですか」
「まあまあまあ! それは必ず後で説明するから」
部長は俺の肩に手を置いた。なんだか腑に落ちないが、いくら変人でも、決して考えなしの先輩ではないということがこの1ヶ月でそれなりに分かってきた。
「僕の予測が真実でもそうじゃなくても、尚樹君にも必ず話すから」
「はあ……」
妙な確信に満ちた様子に、俺と涼太は反論をやめた。
涼太にだけ話したいこととは、一体なんなのだろうか。それは、いつも強引で荒唐無稽な部長が見せる、珍しく慎重な行動だ。
俺は、何かが喉の奥に引っかかっているような、何か致命的なものを見落としているような、そんな違和感を覚えた。そんな胸騒ぎから無理やり目を逸らし、いつものように、気づかないフリをした。
*
いつもの屋上。梅雨明けの透き通るような青空の下で食べる昼食は、やはり気持ちがいい。
1ヶ月もたてば、立ち入り禁止の屋上に侵入する罪悪感もすっかり薄くなっていた。よくないことだが、ここまでやっても上手くやれば何の叱責も受けないのだという悪い成功体験が、俺の頭を麻痺させてしまっている。
「そういえば部長何か言ってた?」
今日はここに来る前、隣に座る幼馴染から『部長と例の話があるから、ちょっと遅くなる』とメッセージが届いていた。涼太が鍵を持ってこないと俺は屋上には入れないため、それまでは踊り場で1人寂しく待っていたのだが。
「あーそれ、ごめんね、遅くなって。行ってきたんだけど、結局あの人、いなかったんだよね」
「は? メッセとかした?」
「したんだけどさ、返事ないし」
「マジかよ」
自分から涼太と2人で話がしたいと約束しておきながら、約束の場所に現れないなんて。
「俺、早く尚樹と会いたいし、もう返事待てないから来ちゃった」
「……それ、大丈夫だったのか?」
「さあ、知らない」
「ええ……でも、あんなに俺は来るなって念押ししておいて、流石の部長でもすっぽかすなんてことあんのかよ」
「そういうこともあるんじゃない。勝手な人だから……」
そう言い放ち、涼太は購買で売っているパンの袋を開けた。今日はイチゴ味のコッペパンだ。昨日はあんこ味を食べていたような気がする。
「尚樹も色々振り回されて、結局部長の言いなりになってるよね。……盗られちゃいそう」
「俺はモノかよ」
約束をすっぽかされた不満からか、涼太の口からいつもの部長への恨み節が出始めた。俺は少し重くなった空気を逸らそうと、慌てて話題を探す。
「そういえばさ、なんで涼太っていつもパンばっかり食べてんの」
「え?」
涼太は目を丸くした。パンを頬張りながら、ゆっくりとこちらを振り向く。
「めずらし、尚樹が俺の食べ物、気にするなんて」
「……俺ってそんなに人に興味なく見える?」
中学生の頃は学校に購買などなく、教室で2人、弁当を広げていた。
環境が変われば生活も変わる。もう高校生になったのだから自分で用意しなさいと親から言われている可能性はあるが、そんな話を彼から聞いたこともない。それもそのはずだ。俺から聞かなければ、彼が彼自身について語ることなどほとんどないのだから。
「尚樹は人に興味がないんじゃなくて、オカルトに興味がありまくりなの。人に興味がないとか、そういう悪い言い方するからそう思うんだよ」
「いや、それにしても……。俺ってちょっと、知らなすぎかも、お前のこと」
「そうかな」
「何が好きとか、嫌いとか、そういうの考えたことなかったなって、この前思ったことがあって……」
「好き……なのは」
涼太はパンを食べていた手を止め、空を見上げた。
「たしかに、知っててほしいかも。好きなのは、尚樹」
風が止む。音もない屋上で、その甘い声だけが俺の耳に響いた。
「俺は、尚樹が好き。本当に好き」
いつものような冗談めいた言い方ではない。真っ直ぐ俺を射抜く瞳に、息が詰まる。まるで世界に俺と涼太しかいないようだ。
「な、なに、急に」
いつものように茶化して誤魔化そうと思った。でも、上手く言葉が出ない。彼の顔を見ることができず、目線が不自然に泳いでしまう。
「別に急じゃないよ。俺にとっては、昔からそうだから」
「昔からって……」
「うん。ていうか、今気づいたの?
「……」
確かに昔から優しかった。俺のすることを嫌と言わずすべて付き合ってくれた。心霊スポットでは手を握ってくれたし、風鈴祭りに行きたいという彼の誘いをすべて断っていても、嫌な顔一つせず受け入れてくれていた。
「付き合ってほしいとかはなくて。だって俺、それなりに態度に出してたつもりだけど、脈なさそうだったし。でも、それでもいいから、ずっと一緒にいたい」
「……なんで、俺」
「俺にないもの、全部持ってるから」
やっとのことで紡ぎ出した言葉も、即答されてしまう。
「家も学校も別に嫌いじゃないけど、何かに夢中にならなきゃいけないとか、これしなさいあれしなさいとか、そういうの本当嫌で。友達もなんか、悪口言う人もいるし、めんどくさいし」
涼太の手が、俺の手と重なる。太陽の熱を帯びる無機質なコンクリートと、冷たいその手の感触の異様な温度差に、俺の心臓が鳴った。
「……尚樹は、周りからどう思われても、自分の好きなものを貫いていたじゃん。ああ、俺が仲良くしてるのって、そういう人なんだって。気づいたときには、もう好きだった」
「でも俺はお前のことなんにもわかってない。お前がその……好きって言ってるのはそういう酷い奴だよ」
「うん。知ってる。でもそんな尚樹が、俺にはよかったんだよ」
悲しそうに笑う涼太は、今にも泣きだしそうだ。何年も一緒にいたのに、初めて見るその表情に胸が締め付けられる。
優しく握られた手の甲に伝う冷たい感触。俺は、どうしたらよいのか分からず、その場で立ち上がった。
「……嫌だ」
「え?」
「俺、今日オカ研行かないから。そこで、さっきできなかった話して」
「どうしたの、待って。俺、尚樹を困らせたいわけじゃ――」
「……ごめん」
「尚樹!」
俺は半分しか食べていない弁当を持って、屋上の扉を引いた。
背後で俺を呼ぶ声がするが、振り向くことができなかった。
