学校の呪いを解くために、幼馴染とオカ研部長と三角関係に!?

「お、おお~……すげえ人……」

風鈴祭りは、大変賑わっていた。梅雨明けのじめじめした暑さが残る中、学生や子供、家族連れなど多数の人々が笑顔で祭りを堪能しているようだ。
参道仕立ての木枠に吊るされた無数の風鈴が、人波につられてチリンチリンと音を鳴らしている。子供のころは気が付かなかったが、確かに中々風情があるのかもしれないと、少しだけ耳を傾けた。
……しかしながら、とても音だけで涼めるような熱気ではない。

「暑すぎ」
「んん~やっぱり大人気だねえ」
「屋台が出てるからか? 屋台って今日しかやってないんでしたっけ?」
「今日だけってわけではないけれど、決められた日にしかやっていなかったはずだよ」
「へえ……」

そのとき、どん、と俺の肩に衝撃が走った。風鈴参道の前は人がひしめきあっており、もはや誰とぶつかったのかも判別できない。
自分が安全でいるためのスペースを確保しておきたい。そう思って移動していると、自然に俺と部長との距離が近づいていく。

「人ヤバいですね」
「はは。すごいね。それほど皆、風鈴の恩恵を受けたくてたまらないんだねえ。魔除け、厄除けってね」
「絶対違うと思いますけど……」
「まあ、ここまで人が多いと、人災を気にした方がいいと思うけれど」

人の波に沿うようにゆっくりと歩みを進め、気が付けば目の前には風鈴参道の入口があった。正直、風鈴に特段興味は湧かないのだが、これはデートであるという共通意識のもと、俺たちは人の流れから離脱するという選択肢を取らなかった。横でのんきに歩いている先輩だって、きっと本当は、こんな風鈴なんかよりもその奥にある件のトンネルへの興味が強いに違いない。
チリンチリンと鈴の音が鳴り、ガヤガヤと人のしゃべり声が聞こえる。

「僕、ここに来たのは初めてだな」

部長は木枠に吊るされた風鈴を見上げる。透明なガラスに、青、赤、黄色……鮮やかな着彩がなされた球体が揺れていた。

「部長こういうの興味なさそうですよね」
「ははは、そんなことはないよ。綺麗じゃないか。尚樹君の方こそ、全然見てないよねえ」
「いや、なんか足止めてるとはぐれそうで」

俺ははぐらかすように答えた。自分よりもこの怪しい男の方が風情を感じる素質があるということに、なんとも言えない悔しさがあったのだ。
……ふと、部長の手が触れた。俺は一瞬引いたが、それを追うように伸びてきた手が俺の手を握った。そのまま、ゆっくりと指が絡められる。

「……えっ」
「はぐれたら、ダメだからね」
「あ、ひ、人が」
「こんな人混み、誰も見てないでしょ」
「でも、こんな繋ぎ方する必要ないだろ……」

相変わらず、涼太の忠告など聞く耳も持たないようだ。しっかりと繋がれた右手は、汗ばんで熱を帯びている。
俺は羞恥心で顔がかっと熱くなった。この熱さを少しでも冷まそうと、風鈴を見上げる。

――確かに、圧巻といえるか……。

チリン……チリン……。
鈴の音を聞きながら歩みを続ければ、あっという間に参道の終点だ。先には屋台の橙色の灯が浮かんでいる。焼きそばやたこ焼きの食欲をそそる匂いが、鼻を掠めた。
ふと、強い風が吹く。
そのとき、俺の頭上からガラスの割れる音が響いた。

「……ッ!」
「尚樹君ッ!」

強く手を引かれる。思い切り引っ張られ、手首にズキズキとした痛みが走る。
周囲のざわめきが不穏な色を帯びている。「え、なに?」「やば~」「あぶねえ」などという各々の声が、とても遠くに聞こえた。

「大丈夫かい? 怪我は……!?」
「あ、大丈夫そうです……何もない」

自分の頭、肩、服も念のためパタパタと払ってみる。幸い、俺はガラス片の直撃を免れていたようで、目立った外傷はなかった。
部長は腕を組み、黙ったまま遠くを見つめた。その表情はいつもと違って真剣な様子だ。

「すみません。でも、これって」
「…………ああ」
「部長? おーい」

目が合わず、手を振ってみるが反応がない。彼が見つめている方向を振り返ってみても、そこには件のトンネルへ続く怪しげな小道が続いているだけだ。

「……あ、ああ。すまない。少し考えてしまった」
「何を考えていたんですか?」
「うーん、怪奇現象、学校の呪いについてだよ」
「……やっぱり、これって」

衣服紛失に、不自然な風鈴の破損。不可解な現象が2回も続くと、それはもう偶然といえない。

「服がなくなるくらいなら大したこともないんだが、誰かの身に危険が迫るのを良しとはできないねえ。今日で別れよう、尚樹君」
「服だって一大事ですけど……。確かに、これでもう偽装カップル解消で良さそうですね」
「ああ、さみしいねえ。僕じゃない人とお幸せにねえ」

部長はメソメソと泣きまねをする。そんなことを言われても、この高校にいる限り結局別れさせられるのではないか。

「……でも」

ちらりと屋台の方を見る。

「少しだけ、屋台に寄って帰らないかい?」
「屋台か……。でもさっきみたいに急に何か起きたら怖くないですか?」
「僕たちは今別れたんだから、理論的にはもう何も起こらないはずさ」
「……まあ、そうか」

正直、屋台の香りがここまで空腹を煽るとは思っていなかった。何年かぶりの祭りだ、せめて屋台でしか食べられない食べ物くらいは満喫して帰るのも悪くはない。

「じゃあ、行きましょう」
「うんうん。涼太君にもお土産買えるといいねえ」
「……渡せるの明日だし、食べ物は無理じゃ」
「なんだ、残念」

目の前の男は本気で残念そうな感情を滲ませる。

「涼太くんも祭りに来たがってたけど、こういう屋台の食べ物を食べているイメージがないね。彼はもっと上品なものが似合いそうだけれど、どういうものを好むんだろうね」
「大体俺についてきて同じものを食べたり買ったりするので、何が好きかとかは、あまり……」
「ああ、彼は筋金入りだねえ。ああいう射的とか、輪投げとかそういうのは?」
「……いや、どうなんだろう、あんまり覚えてないというか」
「……ふうん」
「なんですか」
「いやいや。彼はあんなに君に優しいのに、なんだか冷たくないかい?」
「……う」

痛いところを突かれた。
俺が彼の好きなものをすぐに答えられないのも、一緒に過ごしたはずの時間をあまり覚えていないのも、まるで涼太に興味がないように見えても仕方がないし、反論のしようもない。
唯一の友達であるはずなのに。

「いや、でも俺、絶対知ってますよ。涼太の好きなものとか」
「へえ。なになに~?」

思い出せ。小学生のときから今まで、ずっと隣にいたのは彼だけだったのだ。
涼太の好きなものは……と思い浮かべ、一つの答えにたどり着く。
思考の終着点は至極単純で、目を逸らしたくなるほど明らかだったが、

「……や、やっぱり、分からないです」

それを自分の口から言うのもなんだかおかしな話だと思い、わざと分からないふりをする。

「あちゃ~。涼太君泣いちゃうねえ」

それはきっと部長の目から見てもそうで、俺がわざわざ口にしなくても分かっているのだろう。

――なんで、涼太は俺なんかを……こんなに。

考えたことがなかったわけではない。しかし、どうして彼がそこまで俺を気にかけてくれるのか、分からないのだ。
彼の行動の一つ一つを意識してしまうと、自分の中でも意味が生まれてしまうような気がして、俺は無意識に答えを避けて生きてきた。

「まあいいや。あ、指輪なんて売ってるんだねえ。2人でお揃いにするのはどう? きっと涼太君は、こういうのを一番喜ぶんじゃないかい」
「……喜ぶわけないです」
「ええ~そうかなあ」

そう言いながら、怪しい宝石屋の屋台に陳列された、子どもには手の届かないような絶妙な値段のシルバーリングを物色し始める。しばらくして、2つのリングを持って帰ってきた。

「ダメにならないお土産が買えたね」

長い前髪の隙間から、嬉しそうに細められた碧眼が覗く。俺よりもよっぽど、彼の方が涼太のことを分かっている。

涼太が、俺とのペアリングを喜ばないはずがないのだから。