学校の呪いを解くために、幼馴染とオカ研部長と三角関係に!?

6月1日。よし、俺も遂に、今日から高校生デビューだ。そんな意気込みで重い身体をなんとか起こし、学校へ行く準備をする。パリッと整えられたままハンガーにかかっている新品の制服を取り出した。初めて腕を通すブレザーはなんだか大きくて、少し動きにくい。

「……行かなきゃ」

鏡の前で前髪を整える。なんの変哲もない、ごく普通の黒い髪。高校生になったのに、まだ幼さが残るような、自慢にならない顔立ち。進学するにあたって新調した眼鏡のレンズはピカピカに磨かれている。

「大丈夫? 1人で行ける?」

自室のドアがゆっくりと開く。三十センチくらい開いた隙間から、心配そうにこちらを見つめてくる母親と目が合った。

「大丈夫だって! そこの四つ角で涼太と待ち合わせしてるし。よし、いってきます!」

その言葉を聞き、ますます不安そうな表情を見せる母親だったが、そんなことはお構いなしだ。
――二ヶ月分の遅れを、取り戻さないと。
そんなことを考えながら、俺、佐原尚樹は急いで自宅を飛び出した。

「涼太!」

高校への通学路。約束の四つ角には、俺の幼馴染である内海涼太が立っていた。

「……ん、尚樹。大丈夫だった?」

振り向いた彼の、色素の薄い髪がフワッと揺れる。見慣れてはいるものの、端正でどこか儚げな顔立ちと、両耳に光る明らかな校則違反のピアスとのギャップには、相変わらず目を奪われそうになる。高校でも絶対にモテるだろう……などと思いながら近づいたのだが、出会い頭の挨拶もなく、第一声が心配とは。

「最初がそれかよ! お、は、よ、う、は?」

わざと大げさに言ってやると、涼太は「あ、おはよ」と適当な返事をしてきた。

「全然大丈夫!! ほら見て、五体満足だぞ」

涼太の心配を解消してやろう。ついでに制服姿もお披露目してやるかと思い、俺は彼の目の前でくるりと一回転して見せる。

「どう? 似合う?」
「うん……似合う。ちょっと大きいけど、それは仕方がないか。ずっと見たかった、『尚樹、高校生の姿』」
「ゲームのアナザーフォルムみたいに言うな」

いつものように冗談を言い合いながらも、俺を褒めてくれる涼太は花のように優しい笑顔を浮かべていた。男の俺でも、涼太のこの顔を見るとついドキッとしてしまう。

「あ、危ない!」

ふいに、涼太が俺の肩をぐっと抱き寄せた。直後、その後ろを車が一台、猛スピードで通り過ぎていく。

「……っ! わ、び、びっくりした」

自分の足で歩ける喜びと、久しぶりの友人との再会にすっかり浮かれてしまい、背後から迫る車に全く気が付いていなかった。

「ありがとう、涼太」
「……尚樹、ほんと、気をつけて」

涼太は涼しげな表情を崩さないものの、俺の肩を掴む手には強い力が込められているのがわかる。

「今日は手を繋いで行く?」

クスッと笑いながら、涼太は俺の顔を覗き込んだ。

「子どもみたいな扱いすんなって、いつも言ってるだろ!」
「はは、ごめんごめん。嬉しくて、尚樹がここにいるの。……またいなくなったら嫌だから、手ぇ繋いどこって思って」
「俺はいなくならないし、そんなんで男2人手を繋いで仲良く通学〜……っておかしいだろ!」

涼太は俺を子どもか何かだと勘違いしているのだろうか。いや、もはや彼女扱いだ。
昔から彼にはこういう過保護なところがあった。しかし、高校生になってもこれなのか。
いつも通り、一種のジョークだと受け取るしかない。俺のツッコミスキルが日々試されているような感覚を思い出して、少しだけ呆れてしまった。

「ところでさ、涼太は部活入った?」
「いや、入ってないよ。尚樹を待ってたから」
「なんでだよ!」
「? 尚樹と同じ部活に入りたいからに決まってるけど」

涼太が平然とそう言ってのけるものだから、俺はすっかり面食らった。この男、俺が学校に顔を出すまでの二ヶ月間、部活にも入らずただ待っていたというのか。

「涼太には自分の意思ってものがないのかよ」
「尚樹と同じ部活に入りたい、っていうのも十分俺の意思だけど……」
「そうかよ……いや、意味わかんねえけど。まあでも、俺の入りたい部活かあ……オカルト部とかあるかなあ」

まだほとんど足を踏み入れたことのない高校だ。どんな部活があるのかすらよくわかっていないが、希望を込めて思案を巡らせる。

「ああ……、そういうのあったら尚樹ぜったい入りたいだろうなって思って、探したけどなかったんだよね」
「マジかー」
「遂に友達できると思ったのに、残念だね」
「おい! 俺をぼっちみたいに言うな!」

俺に友達がいないのは事実ではある。事実ではあるのだが、ストレートに言われるとそれは弄りの範疇を通り越しているのではないか、と思えてくる。
俺は子どもの頃からオカルト、心霊、魔術など、そういった超常現象に目がなく、プライベートのほとんどの時間をホラー作品や心霊ドキュメンタリーの鑑賞に費やしてきた。おかげで同年代の話題には全くついていけず、言葉を選ばずに言うなら、見事に孤立していた。
高校生になったら、さすがに独りよがりな趣味は少々自重して、涼太以外の友達を作らねばと躍起になっていたのだ。
まあ、結果的に、不幸にも二ヶ月遅れの入学となってしまい、そんな意気込みもすっかりなくなってしまったのだが。

――二ヶ月前、入学式を終えた帰り道のことだった。俺は意識を失うほどの大きな事故に巻き込まれたようだ。
事故に遭ってからの二ヶ月間の記憶は、正直なところほとんど抜け落ちている 。唯一ハッキリと覚えているのは、涼太が、泣きながら俺の名前を呼ぶ声だけだった。

「まあ、友達ができないほうが、俺が尚樹を独り占めできるからいいけどね」

俺にとって、たった一人の友人である涼太は、まるで恋人を取られまいとするような独占欲を含ませたセリフを、微笑みながら投げかけてくる。

「俺の? オカルトトーク独り占め?」

長年の付き合いである俺にとって、彼のこうした冗談は慣れっこだ。
しかし、顔が良い上に本気で優しい表情をするものだから、たまにあまりにも気恥ずかしいことを言われると、うっかり真に受けそうになってしまう。

「はは、そうそう。それも大事。逆にさ、尚樹のオカルトトーク俺以外に聞いてくれる人もなかなかいないでしょ」
「断言するな! 高校だからな。色々な人がいるはず……」

そんな話をしながら歩き続けること十五分ほど、ようやく目的の高校へ辿り着いた。
下駄箱を探している俺に、涼太は親切に場所を教えてくれた。なぜ知っているのかと疑問に思ったが、涼太のことだ。俺が初登校で迷わないよう、事前に入念に調べてくれていたのだろう。

「え、なに、涼太違うクラスなんだ」
「そうなんだよね。下駄箱も違うし、階も違うから……玄関でお別れだね」
「まあどのみち、俺は職員室に呼ばれてるから、今日はここで別行動だけど」

俺がそう言うと、涼太は寂しげにこちらを見つめてきたが、仕方がないものは仕方がない。
じゃあまた後で! と手を振り、俺は職員室へ向かった。