灰被りの剣姫と帝國の皇子

 翌朝、ふかふかのベッドの上で目覚めた寧々は、自分が今どこにいるのかわからず混乱した。

(あ……、そっか。私、千晃様と帝都に……)

 やけに豪華な室内にいる理由を思い出して大きく伸びをする。
 その直後だった。何もない空間から一花が現れた。

「おはようございます、寧々様」

「えっと……おはようございます、一花さん」

(目が覚めるのを見張られていた……? いや、一花さんはこの建物そのものだから、わかって当然なのか……)

 一瞬恐怖を覚えるが、寧々は思い直した。
 女性の姿をしているが、付喪神である彼女には性別もないはずだ。

(なら問題ないかな)

 心の中でそう結論付ける。

「身支度のお手伝いにまいりました」

 一花は手にタオルと着物を抱えていた。
 見るからに高価そうなそれらに寧々は顔を引き攣らせた。

「あの、私が持ってきた着物があったと思うんですけど……」

 勢津子に持たされたものだと思うと少し複雑だが、衣装に罪はないし、身の丈に合わない贅沢品よりもずっと気が楽だ。

「持参された衣装だけでは少ないかと思いこちらで用意したものになります。お気になさらないでください」

「気にするなと言われても……」

「お気に召しませんか?」

「いえ! そんなことはないです!」

「ではお召しかえをしましょうか」

 一花はにこやかだが有無を言わさぬ雰囲気があった。



(朝から疲れちゃった……)

 前日と同じく可愛い形に結ばれた帯に、凝った形にまとめてもらった髪――。
 顔には化粧も施され、慣れない白粉(おしろい)の感触が少し気持ち悪い。

 一花によると、上流階級では外出の予定がなくてもここまでの身繕いをするのが当たり前らしい。
 寧々は慣れないお洒落に疲労感を覚えながら朝食を摂るために食堂へと移動する。すると、その途中で千晃と出くわした。

 彼は神祇官の制服を身に着けていた。
 背が高く、すらりとした彼の体型には軍服に似た詰襟の洋装がよく似合っており、ただでさえ整った顔立ちを更に引き立てている。
 ちなみにこの制服は織部の里で生産された霊布製だ。

「おはようございます、寧々さん」

 見蕩れていたら先に挨拶をされてしまった。

「おはようございます、千晃様」

 寧々は慌てて挨拶を返す。

「よく眠れましたか?」

「はい! 気がついたら朝でした」

 思わず力の入った返事になる。

「お疲れだったんでしょうね。今日、俺は神祇庁に出仕しますが、お体が辛いようなら遠慮なく休んでください」

「体調はいいので休まなくても大丈夫だと思いますが、お気遣いありがとうございます」

 寧々の返事を聞いた千晃は穏やかな笑みを浮かべた。

「食堂に入りましょうか。朝食が冷めてしまいます」

「そうですね」

 彼に促されて食堂に入ると、いい匂いが充満していた。
 食卓には二人分の食事が置かれていて、白い湯気を立てている。

(こんな贅沢いいのかしら……)

 焼き魚に小鉢が三つ、汁物に白いご飯と香の物。
 寧々は品数が多くて豪華な食事を前に不安を覚える。
 分不相応な贅沢をした分、しっぺ返しのように不幸が襲ってきそうで怖い。



 食べ終わってからちらりと千晃の様子を窺うと、目が合ってにっこりと微笑まれた。

「あの、千晃様、ここに来てから一花さん以外の人を見ていない気がします」

「人間の側近は置いていません。一花がいれば事足りるので」

 気まずさを誤魔化すための質問に返ってきた答えが意外で寧々は驚いた。

「いいんですか? 皇子様なのに……」

「俺は感知能力が人よりも高いみたいで、他の人が何人も近くにいると、誰がどこにいるのかわかってしまって気分が悪くなるんです」

 千晃は顔をしかめた。

「一生懸命働いてくれる方々には本当に申し訳ないんですが、忙しなく動き回る人がいると特に辛くて……。だから一花を式神として使役できる神祇卿は天職なんですよ」

「……私、ここにいていいんでしょうか?」

「一人二人なら大丈夫です。一花に頼んで霊力を遮断してもらうこともできますので、どうかお気になさらないでください」

 千晃はそう告げると微笑みかけてきた。
 その直後である。すうっと一花が中空から現れた。

「ご歓談中に失礼いたします。千晃様、晃成様が間もなく到着されます」

「もうそんな時間か」

 千晃は時計を見上げて眉を寄せると立ち上がった。

「寧々さん、俺はもう出仕しなければいけません。迎えが来たようです」

「では、見送ります」

 寧々も千晃に倣って立ち上がった。

「ありがとうございます。ついでに本物の藤澤晃成を紹介します」

 どこかで聞いた名前に寧々は首を傾げた。

「寧々さんに初めて会った時に名乗った名前と官職は母方の従弟のものなんです。神祇庁では俺の秘書官を任せていまして、兄の件でも協力してもらっています。治癒術師で、呪詛を斬る時にも同行させる予定なので、会っておいて欲しいです」

 寧々は驚いた。
 適性のある者にしか使えない神術なので治癒術師は数が少ない。

(……よく考えたら千晃様は皇子様だったわ)

 皇族なのだから、側近として治癒術師を抱えていてもおかしくない。
 寧々は内心でたじろぎながらも承諾すると、千晃と一緒に食堂を後にした。



(どんな方なんだろう……)

 侯爵家の貴公子で治癒術師――藤澤晃成という人物は、寧々にとっては千晃ほどではないにしても雲の上の存在である。

 緊張しながら玄関ホールに向かうと、千晃とは見た目の系統が違う青年と一花が言葉を交わしていた。
 千晃が色素が薄く透明感のある美形なのに対して、凛々しい顔立ちをした正統派の美形だ。長身の部類に入る千晃よりも更に体格がいい。

「おはよう、晃成」

「おはようございます、千晃様。こっそり帝都を抜け出した上に、よくもまあ私の印章を勝手に持って行ってくださいましたね」

 藤澤神祇官は、開口一番に千晃に食ってかかった。

「予定を調整するのは大変だったんですからね! 埋め合わせに三日以上の休暇を要求します」

「わかった。調整する。一応悪いとは思っているんだ」

 千晃が謝罪するとようやく気持ちが収まったのか、藤澤神祇官は寧々に視線を向けた。

「で、千晃様、そちらの女性が羽々斬の適合者ですか」

「ああ。織部寧々さんだ。寧々さん、彼が藤澤晃成三等神祇官です」

「初めまして、藤澤様」

 寧々は藤澤神祇官に向かって頭を下げた。

「こちらこそ初めまして。私のことは晃成で結構ですよ。宮中には藤澤姓の人間が溢れていますから」

 藤澤神祇官は愛想良く告げた。

「……では、晃成様と呼ばせていただきます」

 少しためらいながらも寧々は承諾する。

「是非そうしてください。生まれながらに千晃様に仕えるのが決まっていたのでこんな名前なんです」

「えっと、そうなんですか」

「はい。覚えやすいでしょう?」

 寧々に向かって晃成はにっこりと微笑む。

「寧々さんは女性でありながら織部で守人を務められていたとお聞きしています。千弘様のためにお越しくださってありがとうございました」

 東宮を名前で呼んでいるのは血が近いからだろう。
 晃成も千晃と一緒でこちらに対して丁寧だ。

「適合者が使うと羽々斬は青い刃を出すんですよね? 使う所を見てみたいな」

「見世物じゃない」

 千晃は晃成の要望をばっさりと切り捨てる。

「そんなことよりも兄上との日程の調整はできたのか?」

「はい。八日後でどうかと承っております」

「わかった。寧々さん、多忙な兄に合わせようと思いますが、それでいいでしょうか?」

「もちろんです」

 寧々は千晃に向かって承諾した。
 その直後である。ボーンボーンと玄関ホールの柱時計が鳴り、千晃と晃成は慌ただしく出て行った。