東宮御所にたどり着くと、警護の近衛兵が女官を呼んでくれて、すぐに中に通された。
女官の先導で渡り廊下を歩いていたら、庭の方から子供の高い声が聞こえてくる。
そちらに目を向けると、二人の男の子が子守り役らしい女官と駆け回っていた。
「兄上と東宮后の貴子殿の間の子供たちです。可愛い甥っ子ではあるんですがやんちゃで……」
千晃が寧々に小声で教えてくれた。
その直後である。わあわあと騒いでいた男の子たちがこちらに気付いた。
「叔父様!」
二人は揃って駆け寄ってくると、キラキラとした目を千晃に向けた。
「晃成もいる!」
「それより叔父様! 小夜出して!」
「そうだ! 小夜と遊びたい!」
皇子たちのお目当ては千晃が従える猫又の式神らしい。
千晃は苦笑いを浮かべると、自分の影に向かって命じた。
「小夜、若宮たちの相手を頼む」
ぬっと真っ黒な毛並みの猫形態の小夜が影から現れた。
「仕方ないわねぇ……」
小夜は面倒そうにつぶやくと、庭に向かって飛び降りた。
「小夜!」
子供たちはきゃあきゃあと黄色い声を上げながら小夜を揉みくちゃにする。
「大丈夫でしょうか……?」
乱暴に見える手つきに心配になって、寧々は千晃に尋ねた。
「大丈夫ですよ。小夜は子供の扱いに慣れています」
そういえば何匹もの子猫を育てたお母さん猫だと聞いた気がする。
「こら! ヒゲは引っ張らないで!」
ぱしんと小夜が前脚で弟宮の手を叩いた。
「だめだよ。あんまり強くすると小夜が痛いよ」
兄宮が弟宮をたしなめる。
「そうよ、普通の猫相手なら引っかかれるわよ! ヒゲとお腹は駄目。前に教えたわよね? 次にやったら遊ばないから!」
教育的指導をする小夜の姿は微笑ましい。
「あんな感じで面倒を見てくれます」
千晃も同様の感想を抱いたようで目尻が下がっている。
「行きましょうか」
千晃に促され、女官は案内を再開した。
寧々たちは広々とした和室に通された。
室内には、晃成によく似た顔立ちの青年と清楚な雰囲気の美女が並んで座っている。二人とも和装がよく似合っており、一対の雛人形みたいだった。
明らかに貴人とわかる二人の姿に寧々は忘れていた緊張感が蘇った。
「千晃、晃成。そして織部寧々さん。来てくれてありがとう。座って楽にしてください」
青年は寧々達を招き入れると、まずは座るように勧めた。
寧々は千晃と晃成の動向を確認してから、空いていた晃成の隣に腰を降ろす。
「まずは初対面の寧々さんに自己紹介をさせてもらおうかな。千晃の兄の千弘です。名を許しますのでどうか千弘と呼んでください。隣にいるのは妻の貴子です」
晃成に似た青年の容姿から何となく察してはいたが、男女の正体は東宮・千弘親王と東宮后の貴子だった。
あらかじめ教えてもらっていた通りで、千晃と千弘は同母の兄弟なのにあまり似ていない。
千晃は今上帝の、千弘は藤澤侯爵家出身の母方の容姿を引き継いだのだろう。
「貴子です。私の事も名前で結構ですよ」
千弘に続いて貴子も寧々に名を許した。
「お、お二方から御名をお許しいただき光栄です。あ! 私は織部寧々です……」
いきなり名前を許されて、驚きのあまり受け答えがおかしくなった。
(どうしよう)
寧々は青ざめる。
「寧々さん、お気持ちはわかります。緊張しますよね。千弘様も貴子様も気さくな方なので大丈夫です。深呼吸しましょうか」
失態に固まってしまった寧々を見兼ねてか、晃成が声をかけながら背中に触れてきた。
吸って、吐いて。何度か繰り返したら気持ちが落ち着いてきた。
「も、申し訳ありません、みっともない姿をお見せして……」
「どうか楽になさってください。咎めたりはしませんから」
寧々に向かって千弘はゆったりとした口調で声をかけてきた。
「兄の言う通りです。ここにいる全員がここに来てくださった寧々さんに感謝しています。だからゆっくりで大丈夫ですよ」
千晃も声をかけてくれた。
だが、身分の高い人ばかりが揃ったこの場ではどうしても体が震える。
「寧々さんに緊張するなと言っても無理ではないかしら? まずはお話をしましょう」
貴子は提案すると、寧々に向かって微笑んだ。
「寧々さんは女性で間違いないのよね?」
(性別を疑われてる……?)
「はい」
寧々は怯えながら頷いた。すると――。
「素晴らしいわ! 帝都歌劇団の男役みたい! あなた、男装がとってもよくお似合いになるのね……」
貴子からうっとりとした目を向けられて、寧々は意表を突かれた。
帝都歌劇団は未婚の女性だけで構成された歌劇団である。
「私、帝都歌劇団が大好きなの! その制服姿もとてもお似合いだけど、和装や西洋風の煌びやかな舞台衣装もきっと似合うわ。機会があれば着て見せていただきたいくらい」
「えっと……貴子様に喜んでいただけて嬉しいです」
「貴子、寧々さんが驚いているのでそれくらいで」
千弘が助け舟を出すように割り込んできた。
「私は寧々さんの緊張を解そうと思っただけです」
貴子はむっと膨れた。
楚々とした美女のそんな姿はとても可愛らしい。
そして、寧々は体の震えがいつの間にか止まっているのに気が付いた。
「あの、緊張、解れたみたいです。貴子様のおかげです」
「よかった」
貴子はにっこりと微笑んだ。
気持ちが落ち着くと、遠くから子供の歓声が聞こえた。
「子供たちが盛り上がってるな。楽しそうだ」
千弘が庭の方向に視線を向けてつぶやく。
「小夜と遊びたいとねだられて貸し出したからでしょうね」
千晃が答えた。
「そうか。後で小夜を労わないといけないな」
微笑む千弘は父親の顔をしている。
「兄上、お体の具合はいかがでしょうか?」
「以前と変わりないが体が重いのが日常になっていて、呪印が現れる前を思い出せない」
千弘は苦笑いを浮かべた。
「早く呪印を斬った方がいいですよね? 私なら心の準備はできているので……」
寧々はおずおずと発言する。
「催促したみたいで申し訳ないですが、そうしてもらえると嬉しいです」
千弘は真剣な眼差しを寧々に向けた。
「では準備をします。晃成、結界を張るから手伝ってくれ」
千晃が発言すると、室内には張り詰めたような緊張感が漂った。
女官の先導で渡り廊下を歩いていたら、庭の方から子供の高い声が聞こえてくる。
そちらに目を向けると、二人の男の子が子守り役らしい女官と駆け回っていた。
「兄上と東宮后の貴子殿の間の子供たちです。可愛い甥っ子ではあるんですがやんちゃで……」
千晃が寧々に小声で教えてくれた。
その直後である。わあわあと騒いでいた男の子たちがこちらに気付いた。
「叔父様!」
二人は揃って駆け寄ってくると、キラキラとした目を千晃に向けた。
「晃成もいる!」
「それより叔父様! 小夜出して!」
「そうだ! 小夜と遊びたい!」
皇子たちのお目当ては千晃が従える猫又の式神らしい。
千晃は苦笑いを浮かべると、自分の影に向かって命じた。
「小夜、若宮たちの相手を頼む」
ぬっと真っ黒な毛並みの猫形態の小夜が影から現れた。
「仕方ないわねぇ……」
小夜は面倒そうにつぶやくと、庭に向かって飛び降りた。
「小夜!」
子供たちはきゃあきゃあと黄色い声を上げながら小夜を揉みくちゃにする。
「大丈夫でしょうか……?」
乱暴に見える手つきに心配になって、寧々は千晃に尋ねた。
「大丈夫ですよ。小夜は子供の扱いに慣れています」
そういえば何匹もの子猫を育てたお母さん猫だと聞いた気がする。
「こら! ヒゲは引っ張らないで!」
ぱしんと小夜が前脚で弟宮の手を叩いた。
「だめだよ。あんまり強くすると小夜が痛いよ」
兄宮が弟宮をたしなめる。
「そうよ、普通の猫相手なら引っかかれるわよ! ヒゲとお腹は駄目。前に教えたわよね? 次にやったら遊ばないから!」
教育的指導をする小夜の姿は微笑ましい。
「あんな感じで面倒を見てくれます」
千晃も同様の感想を抱いたようで目尻が下がっている。
「行きましょうか」
千晃に促され、女官は案内を再開した。
寧々たちは広々とした和室に通された。
室内には、晃成によく似た顔立ちの青年と清楚な雰囲気の美女が並んで座っている。二人とも和装がよく似合っており、一対の雛人形みたいだった。
明らかに貴人とわかる二人の姿に寧々は忘れていた緊張感が蘇った。
「千晃、晃成。そして織部寧々さん。来てくれてありがとう。座って楽にしてください」
青年は寧々達を招き入れると、まずは座るように勧めた。
寧々は千晃と晃成の動向を確認してから、空いていた晃成の隣に腰を降ろす。
「まずは初対面の寧々さんに自己紹介をさせてもらおうかな。千晃の兄の千弘です。名を許しますのでどうか千弘と呼んでください。隣にいるのは妻の貴子です」
晃成に似た青年の容姿から何となく察してはいたが、男女の正体は東宮・千弘親王と東宮后の貴子だった。
あらかじめ教えてもらっていた通りで、千晃と千弘は同母の兄弟なのにあまり似ていない。
千晃は今上帝の、千弘は藤澤侯爵家出身の母方の容姿を引き継いだのだろう。
「貴子です。私の事も名前で結構ですよ」
千弘に続いて貴子も寧々に名を許した。
「お、お二方から御名をお許しいただき光栄です。あ! 私は織部寧々です……」
いきなり名前を許されて、驚きのあまり受け答えがおかしくなった。
(どうしよう)
寧々は青ざめる。
「寧々さん、お気持ちはわかります。緊張しますよね。千弘様も貴子様も気さくな方なので大丈夫です。深呼吸しましょうか」
失態に固まってしまった寧々を見兼ねてか、晃成が声をかけながら背中に触れてきた。
吸って、吐いて。何度か繰り返したら気持ちが落ち着いてきた。
「も、申し訳ありません、みっともない姿をお見せして……」
「どうか楽になさってください。咎めたりはしませんから」
寧々に向かって千弘はゆったりとした口調で声をかけてきた。
「兄の言う通りです。ここにいる全員がここに来てくださった寧々さんに感謝しています。だからゆっくりで大丈夫ですよ」
千晃も声をかけてくれた。
だが、身分の高い人ばかりが揃ったこの場ではどうしても体が震える。
「寧々さんに緊張するなと言っても無理ではないかしら? まずはお話をしましょう」
貴子は提案すると、寧々に向かって微笑んだ。
「寧々さんは女性で間違いないのよね?」
(性別を疑われてる……?)
「はい」
寧々は怯えながら頷いた。すると――。
「素晴らしいわ! 帝都歌劇団の男役みたい! あなた、男装がとってもよくお似合いになるのね……」
貴子からうっとりとした目を向けられて、寧々は意表を突かれた。
帝都歌劇団は未婚の女性だけで構成された歌劇団である。
「私、帝都歌劇団が大好きなの! その制服姿もとてもお似合いだけど、和装や西洋風の煌びやかな舞台衣装もきっと似合うわ。機会があれば着て見せていただきたいくらい」
「えっと……貴子様に喜んでいただけて嬉しいです」
「貴子、寧々さんが驚いているのでそれくらいで」
千弘が助け舟を出すように割り込んできた。
「私は寧々さんの緊張を解そうと思っただけです」
貴子はむっと膨れた。
楚々とした美女のそんな姿はとても可愛らしい。
そして、寧々は体の震えがいつの間にか止まっているのに気が付いた。
「あの、緊張、解れたみたいです。貴子様のおかげです」
「よかった」
貴子はにっこりと微笑んだ。
気持ちが落ち着くと、遠くから子供の歓声が聞こえた。
「子供たちが盛り上がってるな。楽しそうだ」
千弘が庭の方向に視線を向けてつぶやく。
「小夜と遊びたいとねだられて貸し出したからでしょうね」
千晃が答えた。
「そうか。後で小夜を労わないといけないな」
微笑む千弘は父親の顔をしている。
「兄上、お体の具合はいかがでしょうか?」
「以前と変わりないが体が重いのが日常になっていて、呪印が現れる前を思い出せない」
千弘は苦笑いを浮かべた。
「早く呪印を斬った方がいいですよね? 私なら心の準備はできているので……」
寧々はおずおずと発言する。
「催促したみたいで申し訳ないですが、そうしてもらえると嬉しいです」
千弘は真剣な眼差しを寧々に向けた。
「では準備をします。晃成、結界を張るから手伝ってくれ」
千晃が発言すると、室内には張り詰めたような緊張感が漂った。
