灰被りの剣姫と帝國の皇子

 ――少し時は遡る。

 美栄の突然の訪問から一夜が明け、千晃は寧々と並んで応接室にて織部の守人を出迎えた。
 千晃の記憶通り、今日が織部からの霊布の納品日だった。
 前日のうちに帝都に到着していた彼らは宿を取って一泊しており、午前中に神祇庁を訪れた。
 そこを捕まえて事情を説明し、この一条堀河宮まで来てもらったのである。
 代表して一条堀河宮の中に入ってきたのは、壮年の男と織部孝志の二人だった。

「よく来てくれましたね。孝志殿とはこんなに早い再会になるとは思いませんでした」

 千晃が出迎えると、孝志はびくりと身をすくませた。

「覚えてくださって光栄です! ですが……あの……」

 ここに呼び出された理由が理由だけに、彼は可哀想なくらいに青ざめている。

「神祇卿宮様、私に発言をお許しいただけますでしょうか!」

 見兼ねたのか壮年の男が声を発した。

「どうぞ」

 千晃が許可を出すと、彼は深々と頭下げる。

「当代の織姫が宮様にご迷惑をおかけして大変申し訳ありませんでした!」

 遅れて孝志も頭を下げた。

「寧々さんはとてもよく仕えてくださっています。ですから今回は目を瞑(つむ)りますが、二度目はないようにしてください」

 千晃は心の中で二人の守人に同情しながらも釘を刺した。
 知らぬ間に利用されていただけとはいえ、美栄を帝都に連れてきたのは彼らなのだから責任は取って貰わなければいけない。

「里長より、改めて謝罪に伺うのでよろしく伝えてくれと伝言されております」

 壮年の男が青ざめながら告げた。

「わざわざ織部から? それには及ばないので、美栄さんをよく見てあげて欲しいとお伝えください」

 千晃は断った。相手をする方が面倒である。

「美栄さんは後ほど外までお連れします。実は夜中に家探しをしようとしたのか不審な動きをしていたので、式神の術で眠らせました」

「なっ……」

 守人の二人は絶句した。

「宮様にご迷惑をかけただけでなくそんなことまで!? 何とお詫びしたら……」

 二人とも更に顔色が悪くなった。
 表情が硬いのは隣に座る寧々も同じだ。
 美栄が夜中にしでかしたことは、この面会の前に彼女にも伝えた。
 責任を感じているらしく、千晃が寧々のせいではないと伝えたのに、ずっと暗い顔をしている。
 里長の娘である美栄は良くも悪くも『世間知らずのお嬢様』である。盗みを働こうとしたとは思っていない。
 初対面の時からやけに馴れ馴れしくまとわりついてきた彼女のことだ。おそらく千晃に夜這いをかけようとしたのだろう。
 だがそれは千晃にとってより性質が悪い。そういう目を向けられていたと思うと怖気が走る。

「謝罪は結構なので一刻も早く連れ帰ってください」

 千晃は壮年の守人に向かって吐き捨てた。

「すぐにお暇します。宮様にはとんだご迷惑を……」

 壮年の男はぺこぺこと頭を上げて立ち上がった。
 その直後、それまで沈黙を守っていた孝志が慌てて口を開いた。

「あの! 少しだけ寧々と話をさせてもらってもいいでしょうか?」

「おい、孝志……」

「私も! 孝志くんと話したいです! ろくにお別れをせずに出てきてしまったので……」

 窘めようとした壮年の守人を遮ったのは寧々だった。
 彼女と孝志はきっと特別仲がよかったのだろう。初めて会った時も気心が知れた様子だった。

「……では、俺は席を外します」

「いえ、そんな、宮様を追い出すなんて! いてくださって大丈夫です!」

 孝志は慌てて千晃を引き止めると、寧々に向き直った。

「寧々、突然里からいなくなったから驚いた。ちょっと心配してたんだけど元気そうでよかった」

「うん、千晃様には良くしてもらってる」

「ああ。見ればわかる」

 孝志は寧々に向かって眩しそうに目を細めた。そして千晃に視線を戻す。

「宮様、ありがとうございました。私がこんな事を言えた義理ではないんですが、寧々の事をよろしくお願いします」

 孝志は深々と頭を下げた。
 千晃はその姿にほんのわずかだが心がざわめいた自分に驚く。
 嘘をついて寧々を連れ出し、故郷から引き離した事に対する罪悪感だろうか。

「もういいんですか?」

「はい。元気そうな顔を見れたので」

 孝志はどこか寂しげな笑顔で頷いた。

「……では、美栄さんを連れてきます」

「運ぶのは我々でやります。これ以上宮様のお手を煩わせるのは申し訳ないです」

「お願いしてもいいでしょうか?」

 これ以上美栄とはかかわり合いになりたくなかったので、千晃は壮年の男の申し出を受け入れた。